かたいなか

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9/6/2024, 4:41:10 AM

「貝殻、シェルパウダー、シェルフレーク、シェルビーズ。ハンドメイド以外だと、クラムシェルなんて言葉もあるんだな」
わぁ。今回もなかなかに手強いお題が来た。
某所在住物書きは「貝殻」から連想し得る複数個を検索し、それらの物語を仮組みし、途中で「無理」と挫折を繰り返している。

青森県には「貝焼き味噌」、ホタテの貝殻を使用して作る郷土料理があり、
岩手県はアワビの生産量が、酒蒸しが美味いアサリは愛知県が、それぞれ日本一だという。
食い物ネタが書ける――おそらく酒とセットで。
「他に貝殻って言ったら、耳に当てて『海の音』とか、『白い貝殻の小さなイヤリング』?」
なお、牡蠣の貝殻は肥料としても優秀らしい。
螺鈿細工は貝殻を使った工芸だ。 他には?

――――――

9月なのに、真夏日の予報で、かつ最低気温との差が10℃だの8℃だの開いている東京です。
残暑と気温差で体調崩す方も多からず居そうなこの頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。
アサリは加熱するとすぐ身が固くなるから、ふっくらしているうちに食うのが美味い
という情報を見つけた物書きが、こんなおはなしをご用意しました。

某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益ゆたかなお餅を作って売って、
あるいはお母さん狐が店主をしている茶っ葉屋さんで看板子狐なんかして、
一生懸命、人間を勉強しておりました。

今日は都内で漢方医をしているお父さん狐が、お家に薬師の赤貝とハマグリ、貝の精の姉妹を招いて、
コンコンコン、ぷかぷかぷか。1匹と2個、もとい3人で、内科医療の情報交換の真っ最中。

「そちら、治療に漢方薬を使用してみるタイプの研究は、どれくらい進んでいますか」
「こっちはひとまず、葛根湯に黄麻湯、それから小柴胡湯加桔梗石膏の名前が、よく出てきます。
あと、漢方から離れますが、藍や緑茶、ホタテの貝殻を用いた除菌や予防のハナシも見ました」

「ホタテの貝殻ですか」
「はい。ホタテの貝殻です」

ととさん、難しいハナシをしてるなぁ。
コンコン子狐、父狐がちっとも遊んでくれないので、床にお腹とアゴをべったりつけて、退屈千万。
父狐が晩酌用に保管している、貝焼き味噌用のホタテの貝殻を引っ張り出してきて、かじかじ、かじかじ。噛んで舐めて遊んでいます。

「西洋医学の方はどうですか。最近、新しい薬の開発や、アプローチの仕方に関する論文は」
「一番最初に比べれば、目新しいものの発表は減ってきているように感じます。論文の量も落ち着いてきました。追加情報はほぼありません」
「そうですか。ありがとうございます」

「ところで狐さん。そちらのお子さんが、どうやら何か噛んでいるようですが」
「お気になさらず。ホタテの貝殻です」
「……ホタテの貝殻ですか」
「はい。ホタテの貝殻です。

あ、すいません。気に障りましたよね」
ご安心ください。「あなたがた」を食う筈がありませんので。 コンコン父狐、赤貝の精とハマグリの精の薬師姉妹に誠心誠意で説明、釈明。
ホタテの貝殻を絶賛かじかじ中の子狐抱えて、部屋の外に出そうとフスマの前へ。
「すぐ移動させます。ちょっと、待ってください」
子狐としては父狐と離れるのは不服ですが、
父狐としては子狐からホタテの貝殻を取り上げるより、ホタテの貝殻咥えた子狐に他の部屋でお留守番してもらう方が楽なのです。

「ついでにお茶でも、」
お茶でも、持ってきましょうか。
コンコン父狐がそう言おうとして、フスマに手をかけると、父狐が開ける前に、フスマが動きました。

「あら。お客様?」
現れたのは丁度お昼の買い物から帰ってきた、若くて綺麗なご婦人に化けたおばあちゃん狐。
「お出しするのは、冷茶と生菓子で良かった?」
手にはヒイキのお魚屋さんからオマケで貰った岩牡蠣が、貝殻をきつく閉じて、虚無そうに透明なナイロン袋の中で氷風呂しておったとさ。

「カキの貝殻……」
「すいません、すいません!決してわざとでは」
「分かっています。偶然です。偶然ですとも」

「お客さんも岩牡蠣食べてくかい?」
「お母さん!ヤメテ!」

9/5/2024, 3:21:07 AM

「防衛省運用の、防衛通信衛星ひとつの愛称。
某特急列車。楽曲の名前。酒の名前にも複数。
前々回の『心の灯火』で紹介した『四つの署名』、
『自分の中に秘め持つ小さな不滅の火花
(little immortal spark concealed about him』
の『spark』も『きらめき』って一応訳せるわな」

他には「命のきらめき」とか?
某所在住物書きはスマホに映る、輝きの赤い輪を見つめた――「きらめき」や輝きの解釈は人それぞれなのだろう。それがどう見えるか、どう感じるか、「何を連想するか」。

「去年はたしか、財布から出したカードの『光の反射』ってことで、きらめきのハナシを書いたわ」
ぶっちゃけエモいハナシが不得意だから、今回も日常の生活感マシマシでお送りするわな。
物書きはため息を吐く。今回も今回だが、たしか次回のお題もこの「きらめき」と同等に難題なのだ。

――――――

最近最近の都内某所、某職場某支店の昼休憩。
久しぶりに寝坊した男性従業員の名前を付烏月、ツウキというが、昼食の準備もコンビニでの現地調達の余裕も無かったらしく、
ランチボックスから、減塩フワフワ食パンとツナ缶と、チューブ入り個包装マヨネーズに自作のマーマレードやいちごジャムなど取り出して、
とん、とん。己のデスクに並べている。

隣の席の後輩もとい高葉井は興味津々だ。
申し訳程度のカット野菜は袋入り。リーフレタスにラディッシュ、オニオン等々が少量ずつ。
袋に値引きシールが貼られている。
消費期限は今日だという。

「ナンデ?」
「だから。俺、寝坊しちゃったんだって」
「なんで?」
「えー。 藤森が悪の組織に捕まって魂のきらめきを抜き取られそうになってたから救出ミッション」

「それなんて異次元ユニバース?」
「昨日藤森とメシ食ってハナシしてたらバチクソ遅い時間でしたってのを隠蔽したいユニバース」

ほら、アレだよ。
大きな大きなアクビに、まばたき数回。目尻に生理現象として、涙のきらめきがひとつ。
付烏月はツナ缶を開けて、マヨチューブをにゅんにゅん。中にブチ込み、かき混ぜる。
「今年の3月、ウチの本店に藤森の元恋人さんが乗り込んできて、5月まで仕事してたでしょ?」
ツナマヨとなったツナ缶の中身は、油漬けに使われたアマニ油をまとい、食パンに塗られた。
「藤森の行きつけの茶っ葉屋さんがね。
執着強火元恋人さんの現在の情報を入荷しまして」

「元恋人さん……加元さんのことだ」
「そうそう」
「8〜9年前に、藤森先輩の心だの何だのをズッタズタにしたくせに、去年、今更になって『やっぱりヨリを戻そう』って押し掛けてきた」
「そうそう」

「どしたの」
「東京離れて、故郷に戻って、相変わらず恋人候補に『地雷ガー』『解釈違いガー』って自分の理想押し付けてるらしいよん。茶っ葉屋さんの茶葉仕入先さんが偶然ターゲットになったらしくって」
「わぁ。まじ」

恋に恋、恋人はアクセサリー、呼吸するように恋。
本人も多分苦しいだろうけどね。大変だね。まぁ俺の友達傷つけた時点でギルティーだけど。
ため息ひとつ吐いて、付烏月がツナマヨサンドに、すなわちモフモフもっちりの食パンに歯をたてる。
ひとりで弁当を突っついていた真面目な新卒も、心細くなったのか申し訳無さそうに近づいてきて、
そして、調理も何も為されないままサンドイッチの材料だけランチボックスに入れてきた付烏月の昼食を学習してしまった。 これは便利である。
「新卒ちゃん。コレ、多分真似しちゃダメな付烏月さん。見習っちゃダメな付烏月さん。ね」

「『見習っちゃダメ』は、俺じゃなくて例の執着強火で理想押しつけ厨な元恋人さんの方じゃない?」
食材詰めて職場でサンドイッチ作るのは、いわゆる合理的な「寝坊からの復帰術」だと思うけどなぁ。
ツナを食べ終えた付烏月はマーマレードサンドを作り、ひとくちサイズに切り分け、新卒と高葉井の前に差し出す。「おひとつどーぞ」
後者はともかく、前者の真面目な新卒は目に勤勉と好奇心のきらめきを光らせ、付烏月お手製のマーマレードサンドを見つめておったとさ。

9/4/2024, 3:38:44 AM

「8月4日あたりのお題が少し似てた。たしか『つまらないことでも』だったかな」
それこそ、区切り線『――――――』の上の300字程度で、せめて些細なことでも誰かに執筆の種を提供できたらとは思ってるわな。
某所在住物書きは過去作を辿り、呟いた。
「些細なこと、事、古都、子と……琴は違うか」

些細な事でもなければ、私は動きません。
些細な事でも、話してください。
些細な事、でも私には重要だったんです。
「些細な子」、とでも思っていましたか。
些細な子とでも真剣に練習した結果、その「些細な子」が私の最大のライバルになりました。
あとは?他には? 物書きは今回も途方に暮れる。

――――――

去年の9月の第2週、最初の月曜日。
私の職場の先輩が、当分、約2週間程度、リモートワークで職場から離れてた。
理由は、私と、先輩の親友である宇曽野主任以外、誰も知らない。というか誰も気にしてない。
残暑残る東京で、コロナの静かに忍び寄る東京だ。
理由なんて、予想すればゴロゴロ出てくる。
些細なこと、大きな理由、何か壮大な裏が潜む陰謀。ありとあらゆる想像を、しようと思えば、できる。
でもきっと、全部不正解だ。

種明かしをすると、先輩は当時、親友の宇曽野主任の一軒家に絶賛避難中だった。
先輩の前に、8年前の恋人さんが今更現れて、その恋人さんがなんと、ほぼストーカー数歩手前。
加元っていう人で、去年の今頃突然職場に来た。
「この人に取り次いでください」って。

この加元さんから8年間、名字と名前の読み方と、職場と居住区を変えてまで、逃げ続けてきた先輩。
そんな先輩の、今の住所までバレないようにって、3人暮らしの宇曽野一家が避難場所を提供した。
それが去年の今頃。去年の9月。
メタいハナシをすると前回投稿分の裏話。

「嫁と娘には大好評だ。何せ、あいつの得意料理は低糖質低塩分の、ほぼダイエットメニューだからな」
先輩今頃どうしてますか。
去年の今頃、当時勤めてた本店で、隣部署勤務の宇曽野主任に近況聞いてみたら、なんか避難生活満喫してそうな回答が返ってきたのはよく覚えてる。
「レトルト使った雑炊だの、サバ缶でトマトリゾットだの、あいつの故郷の冷やし麺だの。
加元からは『低糖質メシ作るとか解釈違い』と不評だったのが、今は『美味しい』、『面白い』だ」

遠くでは、それこそ今話題に出してる元恋人さん、加元さんが、先週に引き続きその日もご来店。
先輩に関する些細な情報、些細な事でも収集しようと、躍起になってた。
「この名前の人物がここに居るのは調べが付いてるんです」からの「お調べしましたけど居ません」で、受け付け担当さんの営業スマイルが引きつってる。
だって先輩、加元さんから逃げるために「藤森 礼(ふじもり あき)」に改姓改名したから
もう加元さんの知ってる「附子山 礼(ぶしやま れい)」じゃないもん。 残念でした。

「解釈違いなんなら、早く次の恋に行けば良いのに」
「どうせ次を食って、食って、何度か繰り返して、一番まともだったのが実は、だったんだろう?」
「なら些細なことでいちいち『地雷』とか『解釈違い』とか言わなきゃ良かったのに」
「加元にそれができれば、あいつは今頃8年も逃げたりしちゃいないし、ここにも居ない」

結局収穫ナシでご退店の加元さん。
スマホ取り出して、何かいじって、帰ってった。
加元さんに対応してた受け付けさんは、相当疲れたらしくって、加元さんが見えなくなった途端大きなため息吐いて背伸びして。
丁度パッタリ、「さっきの人見てた?」ってカンジで私と目が合ったから、
私も、ねぎらいの心をこめて、「見てた。お疲れ様」ってカンジで、小さく頷いてみせた。

「そうそう。お前も用心しておけ」
「なんで私?」
「加元にお前の存在がバレてる。おととい『あの人誰』と、わざわざダイレクトメールを寄越してきた」
「まじ……?」

結末を話すと、加元さんと先輩はこの後、
11月に先輩側がキッパリ加元さんをフって
今年の3月加元さんがウチの職場に就職してきて、
そして5月24日、完全に加元さんが撤退した。
「元恋人の執着が酷い」って些細なことでも、先輩の親友である宇曽野主任と先輩の友人である付烏月さんとが結託して、加元さんを追っ払った格好。
「持つべきは有能な友人だよね」っていう、要するにこちらも、バチクソ単純で些細なハナシ。

9/3/2024, 3:25:26 AM

「『心の火が燃え上がる』とか『恋心の火が消える』とかは、多分表現としてメジャーだろうな。
……で、それをどう物語に落とし込むって?」
かの有名な『四つの署名』に、「自分の中に秘め持つ小さな不滅の火花」といった趣旨のセリフがあった。
某所在住物書きは自室の本棚を行ったり来たり。
なんとか今回配信分のお題を書き上げようと、ネタ収集に躍起になっている。

きっと上記セリフは「心」そのものに関してのセリフではないだろう。なんなら「心の灯火」のお題にカスリもしていないだろう。
しかしネタとしては頼れるかもしれない。なにせこの物書き、エモいジャンルが不得意なのだ。
「で、そのエモ系お題で何書けって?」

親友と後輩を守るため、ひねくれ者は住み慣れた東京を離れ、ひとり去る決断をしましたとか?
大切なひとに危害は加えさせぬ、ひねくれ者の心の灯火は十数年ぶり、ごうと燃え盛りましたとか?
物書きは物語を仮組みし、その書きづらさに敗北して、ため息をひとつ。やはりエモはムズい。

――――――

童話風の神秘7割増しなおはなしです。トンデモ設定てんこ盛り、去年の今頃のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、稲荷神社のご利益豊かで不思議なお餅を作って売って、絶賛修行の真っ最中。
1週間に1〜2回の訪問販売。1個200円で高コスパ。ひとくち食べればストレスやら、疲れやらで溜まった汚毒にひっつき、落として、心の灯火の保守保全をしてくれます。

たったひとり、唯一の固定客、お得意様もできまして、3月3日のファーストコンタクトから2023年9月時点で早くも6ヶ月。
長く長く、お付き合いが続いておりました。

「おとくいさん、心のおかげん、わるい」
「何故そう思う」
「キツネわかる。キツネ、うそつかない」
「だから、何故私の精神状態が悪いと思う」

さて。
その日もやって来ました。不思議なお餅の訪問販売。
しっかり人間の子供に化けて、葛のカゴと透かしホオズキの明かりを担ぎ、
アパートの一室から親友の一軒家に諸事情でお引っ越し避難中の、唯一のお得意様のところへ向かいます。
避難理由は割愛です。なんせ去年の8月28日投稿分のハナシなのです。
要するにこのお得意様は去年のこの頃、昔々の初恋相手に付きまとわれ、大騒動勃発中だったのです。

人界のあれやこれや、常識や仕組みなんかは、まだまだ勉強中のコンコン子狐。おヨメかおムコか知らないけど、お得意様は結婚して、「家庭に入る」をしたに違いないと、トンデモ解釈をしております。
ゆえに神前結婚式のパンフレットを見せては、お得意様をチガウ・ソウジャナイさせておったのでした。

「おとくいさん、前のアパートに居たときと、『家庭に入る』した後で、ニオイちがう」
「何度も言っているが、親友の家に一時的に身を寄せることを『家庭に入る』とは言わない」
「おとくいさん、疲れちゃったんだ。おとくいさん、イロイロあって、心にススとか汚れとか付いちゃって、灯火がちゃんと燃えてないんだ」
「『灯火』?」

「だからおとくいさん、おもち、どうぞ。
スス落とし、汚れ落とし。心の灯火のホシュホゼン。ご利益ゆたかなおもちどうぞ」
「あのな子狐?」

「心の灯火」のお題に従い、問答無用で不思議なお餅を食わせにかかる子狐と、
子狐によって、そこそこのデカさのお餅を1個、口の中に押し込められるお得意様。
噛んで飲み込もうにも口内にスペースが足らぬ。
お茶淹れて、唇に両手を重ねて当てて、モゴモゴ、ちゃむちゃむ、もっちゃもっちゃ。
なんとかお得意様が不思議なお餅を食べ終わったのは、それから10分後のことでしたとさ。

「おとくいさん、まだ、魂が曇ってる。まだ心にススがついてる。稲荷のおもちどうぞ」
「もう十分だ。もういい。ありがとう子狐」
「ダメ!心の灯火のホシュホゼン、おもちどうぞ」
「子狐待て。よせ。ほんとうに、もういい。
子狐、こぎッ……ステイ!」

心の灯火を癒やす子狐のお餅と、そのお餅に四苦八苦させられる人間のおはなしでした。
おしまい、おしまい。

9/2/2024, 4:42:22 AM

「『あけない』、『ひらけない』。
その後のアルファベット4文字はまぁ、ドチャクソ捻くれて読むなら、某アプリの名称以外だと回線・接続・釣り糸・方針・口癖等々の英単語よな」
今回配信分の題目をチラリ見て、某所在住物書きは相変わらず、ガリガリ頭をかいた。
開けない。 圏外か、意図的か、その他か。

「Line」に多々和訳が存在する。英単語1個を全部大文字表記するのは、一種の強調表現でもある。
よって「開けないLINE」を「ひらけない『その』接続」や「あけない『特定の』回線」と曲解することも、まぁまぁ、可能といえば可能と考えた。
問題はそれで実際物語が書けるかどうか。
「うん。俺にはムズいわな」
そもそもアプリを入れてないので「開けない」。いっそこれで書いてやろうか。物書きはまた頭をかく。

――――――

最近最近の都内某所、某職場の一室、早朝。
藤森という雪国出身者が、部屋の主より先に来て、掃除をしたり消耗品を補充したり、湯を沸かしたりアイスブロックの量を確認したり。
要するに、室内整備と清掃を、ひとりで。
観葉植物は調子が悪いのか、それとも秋を先取りしてか、一部だけ葉が黄色く褪せている。
それらを摘んで水やりのタイミングを見極めるのも、藤森の担当である。

ところで昨日補充したばかりの個包装菓子が、ガラスの器から随分消失している。
部屋の主の仕業である。彼は名前を緒天戸という。
給料が給料なので「良いモノ」を食っている筈なのに、彼はともかくチープな甘味と塩味を好む。
ゆえに藤森の基準で購入補充された「普通のモノ」、来客用である筈の菓子が大量に消える。
それはいつものハナシであった。

「おい藤森!」
「はい。おはようございます」

始業時刻30分前、緒天戸が出勤。
不機嫌そうな理由は、藤森がよく理解している。
今年の3月から諸事情により「ここ」に配属になって、はや半年。藤森は己の上司の性質をだいたい、6割程度、把握し始めていた。

「『はいおはようございます』じゃねぇ!
なんでお前、俺のグルチャ無視しやがった」
「『昨日の「ペットも食べられる自然の甘さの和菓子」と「自然のしょっぱさの和スナック」が美味かったから補充してくれ』、ですか?」
「それよ。例のあの、和菓子屋ポンポコ堂のやつ。あそこの見習い坊主の見習い新作」
「お忘れですか。時間外のメッセージでしたよ」

「あ。わり。すまね」
「時間外だったため、グループチャットアプリは開けていませんし、既読も付けていません。

ご要望の和菓子とスナックは購入してあります」
「さすが藤森信じてた」

はぁ。 藤森が静かで長いため息を吐く。
開けないグループチャット、聞かない時間外命令。
それらは公私双方に仕事が割り込みやすい緒天戸との「付き合い」において、不可欠な対応である。
他店他業界との会合を終業時刻の後にこなし、その延長線上でついつい、緒天戸はそのまま藤森に、業務上の指示を出すのだ。
『お前が買ってきたアレ美味かった補充してくれ』
『今日来た客がお前の淹れた茶っ葉の購入先と値段を聞きたいってよ。よこせ』
開けないグループチャット、聞かない時間外命令。
断じて即時返信が面倒だからではない。
業務時間外だからである――他意はない、ナイ。
「……私は一体いつからこのひとの女房だの専属秘書だのになったんだろう」

「なんか言ったか藤森」
「総務課から書類が届いています。9時頃回収に来るとのことなので、優先決裁お願いします」

開けない、あけない。
再度息を吐く藤森は、上司の緒天戸にひとまず礼をして、掃除用具を片付けるために部屋を出る。
数年前からSNS界隈において、「繋がらない権利」というものが叫ばれているそうである。
ウチの「あの上司」にそれを進言したら、どんな駄々っ子が返ってくるだろう。
(間違いなくあのひとの菓子事情は崩壊するな)
三度目のため息を吐いて、藤森は開けていなかったグループチャットのメッセージに既読をつけた。

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