かたいなか

Open App

「貝殻、シェルパウダー、シェルフレーク、シェルビーズ。ハンドメイド以外だと、クラムシェルなんて言葉もあるんだな」
わぁ。今回もなかなかに手強いお題が来た。
某所在住物書きは「貝殻」から連想し得る複数個を検索し、それらの物語を仮組みし、途中で「無理」と挫折を繰り返している。

青森県には「貝焼き味噌」、ホタテの貝殻を使用して作る郷土料理があり、
岩手県はアワビの生産量が、酒蒸しが美味いアサリは愛知県が、それぞれ日本一だという。
食い物ネタが書ける――おそらく酒とセットで。
「他に貝殻って言ったら、耳に当てて『海の音』とか、『白い貝殻の小さなイヤリング』?」
なお、牡蠣の貝殻は肥料としても優秀らしい。
螺鈿細工は貝殻を使った工芸だ。 他には?

――――――

9月なのに、真夏日の予報で、かつ最低気温との差が10℃だの8℃だの開いている東京です。
残暑と気温差で体調崩す方も多からず居そうなこの頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。
アサリは加熱するとすぐ身が固くなるから、ふっくらしているうちに食うのが美味い
という情報を見つけた物書きが、こんなおはなしをご用意しました。

某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益ゆたかなお餅を作って売って、
あるいはお母さん狐が店主をしている茶っ葉屋さんで看板子狐なんかして、
一生懸命、人間を勉強しておりました。

今日は都内で漢方医をしているお父さん狐が、お家に薬師の赤貝とハマグリ、貝の精の姉妹を招いて、
コンコンコン、ぷかぷかぷか。1匹と2個、もとい3人で、内科医療の情報交換の真っ最中。

「そちら、治療に漢方薬を使用してみるタイプの研究は、どれくらい進んでいますか」
「こっちはひとまず、葛根湯に黄麻湯、それから小柴胡湯加桔梗石膏の名前が、よく出てきます。
あと、漢方から離れますが、藍や緑茶、ホタテの貝殻を用いた除菌や予防のハナシも見ました」

「ホタテの貝殻ですか」
「はい。ホタテの貝殻です」

ととさん、難しいハナシをしてるなぁ。
コンコン子狐、父狐がちっとも遊んでくれないので、床にお腹とアゴをべったりつけて、退屈千万。
父狐が晩酌用に保管している、貝焼き味噌用のホタテの貝殻を引っ張り出してきて、かじかじ、かじかじ。噛んで舐めて遊んでいます。

「西洋医学の方はどうですか。最近、新しい薬の開発や、アプローチの仕方に関する論文は」
「一番最初に比べれば、目新しいものの発表は減ってきているように感じます。論文の量も落ち着いてきました。追加情報はほぼありません」
「そうですか。ありがとうございます」

「ところで狐さん。そちらのお子さんが、どうやら何か噛んでいるようですが」
「お気になさらず。ホタテの貝殻です」
「……ホタテの貝殻ですか」
「はい。ホタテの貝殻です。

あ、すいません。気に障りましたよね」
ご安心ください。「あなたがた」を食う筈がありませんので。 コンコン父狐、赤貝の精とハマグリの精の薬師姉妹に誠心誠意で説明、釈明。
ホタテの貝殻を絶賛かじかじ中の子狐抱えて、部屋の外に出そうとフスマの前へ。
「すぐ移動させます。ちょっと、待ってください」
子狐としては父狐と離れるのは不服ですが、
父狐としては子狐からホタテの貝殻を取り上げるより、ホタテの貝殻咥えた子狐に他の部屋でお留守番してもらう方が楽なのです。

「ついでにお茶でも、」
お茶でも、持ってきましょうか。
コンコン父狐がそう言おうとして、フスマに手をかけると、父狐が開ける前に、フスマが動きました。

「あら。お客様?」
現れたのは丁度お昼の買い物から帰ってきた、若くて綺麗なご婦人に化けたおばあちゃん狐。
「お出しするのは、冷茶と生菓子で良かった?」
手にはヒイキのお魚屋さんからオマケで貰った岩牡蠣が、貝殻をきつく閉じて、虚無そうに透明なナイロン袋の中で氷風呂しておったとさ。

「カキの貝殻……」
「すいません、すいません!決してわざとでは」
「分かっています。偶然です。偶然ですとも」

「お客さんも岩牡蠣食べてくかい?」
「お母さん!ヤメテ!」

9/6/2024, 4:41:10 AM