かたいなか

Open App

「『あけない』、『ひらけない』。
その後のアルファベット4文字はまぁ、ドチャクソ捻くれて読むなら、某アプリの名称以外だと回線・接続・釣り糸・方針・口癖等々の英単語よな」
今回配信分の題目をチラリ見て、某所在住物書きは相変わらず、ガリガリ頭をかいた。
開けない。 圏外か、意図的か、その他か。

「Line」に多々和訳が存在する。英単語1個を全部大文字表記するのは、一種の強調表現でもある。
よって「開けないLINE」を「ひらけない『その』接続」や「あけない『特定の』回線」と曲解することも、まぁまぁ、可能といえば可能と考えた。
問題はそれで実際物語が書けるかどうか。
「うん。俺にはムズいわな」
そもそもアプリを入れてないので「開けない」。いっそこれで書いてやろうか。物書きはまた頭をかく。

――――――

最近最近の都内某所、某職場の一室、早朝。
藤森という雪国出身者が、部屋の主より先に来て、掃除をしたり消耗品を補充したり、湯を沸かしたりアイスブロックの量を確認したり。
要するに、室内整備と清掃を、ひとりで。
観葉植物は調子が悪いのか、それとも秋を先取りしてか、一部だけ葉が黄色く褪せている。
それらを摘んで水やりのタイミングを見極めるのも、藤森の担当である。

ところで昨日補充したばかりの個包装菓子が、ガラスの器から随分消失している。
部屋の主の仕業である。彼は名前を緒天戸という。
給料が給料なので「良いモノ」を食っている筈なのに、彼はともかくチープな甘味と塩味を好む。
ゆえに藤森の基準で購入補充された「普通のモノ」、来客用である筈の菓子が大量に消える。
それはいつものハナシであった。

「おい藤森!」
「はい。おはようございます」

始業時刻30分前、緒天戸が出勤。
不機嫌そうな理由は、藤森がよく理解している。
今年の3月から諸事情により「ここ」に配属になって、はや半年。藤森は己の上司の性質をだいたい、6割程度、把握し始めていた。

「『はいおはようございます』じゃねぇ!
なんでお前、俺のグルチャ無視しやがった」
「『昨日の「ペットも食べられる自然の甘さの和菓子」と「自然のしょっぱさの和スナック」が美味かったから補充してくれ』、ですか?」
「それよ。例のあの、和菓子屋ポンポコ堂のやつ。あそこの見習い坊主の見習い新作」
「お忘れですか。時間外のメッセージでしたよ」

「あ。わり。すまね」
「時間外だったため、グループチャットアプリは開けていませんし、既読も付けていません。

ご要望の和菓子とスナックは購入してあります」
「さすが藤森信じてた」

はぁ。 藤森が静かで長いため息を吐く。
開けないグループチャット、聞かない時間外命令。
それらは公私双方に仕事が割り込みやすい緒天戸との「付き合い」において、不可欠な対応である。
他店他業界との会合を終業時刻の後にこなし、その延長線上でついつい、緒天戸はそのまま藤森に、業務上の指示を出すのだ。
『お前が買ってきたアレ美味かった補充してくれ』
『今日来た客がお前の淹れた茶っ葉の購入先と値段を聞きたいってよ。よこせ』
開けないグループチャット、聞かない時間外命令。
断じて即時返信が面倒だからではない。
業務時間外だからである――他意はない、ナイ。
「……私は一体いつからこのひとの女房だの専属秘書だのになったんだろう」

「なんか言ったか藤森」
「総務課から書類が届いています。9時頃回収に来るとのことなので、優先決裁お願いします」

開けない、あけない。
再度息を吐く藤森は、上司の緒天戸にひとまず礼をして、掃除用具を片付けるために部屋を出る。
数年前からSNS界隈において、「繋がらない権利」というものが叫ばれているそうである。
ウチの「あの上司」にそれを進言したら、どんな駄々っ子が返ってくるだろう。
(間違いなくあのひとの菓子事情は崩壊するな)
三度目のため息を吐いて、藤森は開けていなかったグループチャットのメッセージに既読をつけた。

9/2/2024, 4:42:22 AM