かたいなか

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「『心の火が燃え上がる』とか『恋心の火が消える』とかは、多分表現としてメジャーだろうな。
……で、それをどう物語に落とし込むって?」
かの有名な『四つの署名』に、「自分の中に秘め持つ小さな不滅の火花」といった趣旨のセリフがあった。
某所在住物書きは自室の本棚を行ったり来たり。
なんとか今回配信分のお題を書き上げようと、ネタ収集に躍起になっている。

きっと上記セリフは「心」そのものに関してのセリフではないだろう。なんなら「心の灯火」のお題にカスリもしていないだろう。
しかしネタとしては頼れるかもしれない。なにせこの物書き、エモいジャンルが不得意なのだ。
「で、そのエモ系お題で何書けって?」

親友と後輩を守るため、ひねくれ者は住み慣れた東京を離れ、ひとり去る決断をしましたとか?
大切なひとに危害は加えさせぬ、ひねくれ者の心の灯火は十数年ぶり、ごうと燃え盛りましたとか?
物書きは物語を仮組みし、その書きづらさに敗北して、ため息をひとつ。やはりエモはムズい。

――――――

童話風の神秘7割増しなおはなしです。トンデモ設定てんこ盛り、去年の今頃のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、稲荷神社のご利益豊かで不思議なお餅を作って売って、絶賛修行の真っ最中。
1週間に1〜2回の訪問販売。1個200円で高コスパ。ひとくち食べればストレスやら、疲れやらで溜まった汚毒にひっつき、落として、心の灯火の保守保全をしてくれます。

たったひとり、唯一の固定客、お得意様もできまして、3月3日のファーストコンタクトから2023年9月時点で早くも6ヶ月。
長く長く、お付き合いが続いておりました。

「おとくいさん、心のおかげん、わるい」
「何故そう思う」
「キツネわかる。キツネ、うそつかない」
「だから、何故私の精神状態が悪いと思う」

さて。
その日もやって来ました。不思議なお餅の訪問販売。
しっかり人間の子供に化けて、葛のカゴと透かしホオズキの明かりを担ぎ、
アパートの一室から親友の一軒家に諸事情でお引っ越し避難中の、唯一のお得意様のところへ向かいます。
避難理由は割愛です。なんせ去年の8月28日投稿分のハナシなのです。
要するにこのお得意様は去年のこの頃、昔々の初恋相手に付きまとわれ、大騒動勃発中だったのです。

人界のあれやこれや、常識や仕組みなんかは、まだまだ勉強中のコンコン子狐。おヨメかおムコか知らないけど、お得意様は結婚して、「家庭に入る」をしたに違いないと、トンデモ解釈をしております。
ゆえに神前結婚式のパンフレットを見せては、お得意様をチガウ・ソウジャナイさせておったのでした。

「おとくいさん、前のアパートに居たときと、『家庭に入る』した後で、ニオイちがう」
「何度も言っているが、親友の家に一時的に身を寄せることを『家庭に入る』とは言わない」
「おとくいさん、疲れちゃったんだ。おとくいさん、イロイロあって、心にススとか汚れとか付いちゃって、灯火がちゃんと燃えてないんだ」
「『灯火』?」

「だからおとくいさん、おもち、どうぞ。
スス落とし、汚れ落とし。心の灯火のホシュホゼン。ご利益ゆたかなおもちどうぞ」
「あのな子狐?」

「心の灯火」のお題に従い、問答無用で不思議なお餅を食わせにかかる子狐と、
子狐によって、そこそこのデカさのお餅を1個、口の中に押し込められるお得意様。
噛んで飲み込もうにも口内にスペースが足らぬ。
お茶淹れて、唇に両手を重ねて当てて、モゴモゴ、ちゃむちゃむ、もっちゃもっちゃ。
なんとかお得意様が不思議なお餅を食べ終わったのは、それから10分後のことでしたとさ。

「おとくいさん、まだ、魂が曇ってる。まだ心にススがついてる。稲荷のおもちどうぞ」
「もう十分だ。もういい。ありがとう子狐」
「ダメ!心の灯火のホシュホゼン、おもちどうぞ」
「子狐待て。よせ。ほんとうに、もういい。
子狐、こぎッ……ステイ!」

心の灯火を癒やす子狐のお餅と、そのお餅に四苦八苦させられる人間のおはなしでした。
おしまい、おしまい。

9/3/2024, 3:25:26 AM