かたいなか

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6/30/2024, 3:26:23 AM

「入道雲、あるいは雷雲。積乱雲の別名らしいな」
積雲、わた雲が発達して、バチクソ高いとこまで達しちまった雲で、上部が小さい氷の結晶でできてるんだとさ。某所在住物書きは自室の本棚の一冊を取り出し、パラ見して言った。
「真夏に多い夕立ちの、前兆として稲妻が光りだすのは、雨降らせてるのも稲妻光らせてるのも、同じ『入道雲』だからっぽい、と」

で、この「入道雲」のお題の何がてごわいって、
俺みたいなその日の天候や出来事をリアルタイムで追っかけて、連載風の投稿してるタイプの場合、
投稿日に丁度良くその雲が出ない可能性があるってハナシよな。 物書きは空を見上げ、息を吐き、
「入道雲『っぽい形』で、何かで代用するか……」

――――――

29℃、31℃、33℃。とうとう東京都も夏の気配。今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、稲荷のご利益ゆたかなお餅を売ったり、母狐が店主をつとめる茶っ葉屋さんの看板子狐をしたりして、絶賛修行中。

今日も、どんより影さす雲の下、それを吹っ飛ばすような氷スイーツを狐型の配膳ロボットにのせて、
とってって、ちってって。
茶っ葉屋さんの常連専用、完全個室な飲食スペースの、一番奥の部屋に向かって、尻尾をピンと上げて歩きます。大好きなお得意様が居るのです。

カリカリカリ。前足を上手に使って個室のふすまを開けまして、ご注文の氷スイーツの到着をお知らせするや否や、コンコン子狐猛ダッシュ。
お得意様のお連れ様、たしか「お得意様の職場の後輩」と言った筈ですが、子供なので知ったこっちゃありません。その女性の膝の上に陣取ります。
尻尾をビタンビタン振って、頬を指を顎なんかも、べろんべろんに舐め倒すと、
お得意様のお連れ様はすっかり気をよくしてしまって、注文用タブレットを手繰るのでした。
「よーしゃしゃしゃ。今日は何のおやつを頼んでほしいのかなぁ?ジャーキー?ペット用かき氷?」

子狐のやつ、学習したな。完全に味をしめたな。
チベットスナギツネのジト目で子狐と自分の後輩を見るお得意様。配膳ロボットが持ってきたお膳を受け取って、厨房へ返します。
「おい。溶けるぞ」
御膳の上には、2人のお客様に対して、5個のカラフルかき氷。デカ盛りの様子はさながら入道雲。
ふわふわの氷が、涼しいクリスタルガラスの器に盛られ、あとがけのシロップ、つぶあん、抹茶あん、わたあめ等々で飾られるのを待っています。

1人で2個半づつ食うのでしょうか?
いいえ、いいえ。違うのです。食いしん坊な後輩が、1人で4個、食うらしいのです。

「先輩!私の代わりにかき氷撮って!」
入道雲より子狐コンコン!個室に備え付けの猫じゃらしを左手に、同じく備え付けの抜け毛取りブラシを右手に持って、ご満悦な後輩。
「私もうちょっとだけ子狐くんと遊ぶから」
あぁでも、コンくん撮りたい、コンくんどうしよ。
後輩はモフモフな子狐を甘やかして、撫でて、ブラッシングして、日頃の心の疲れだの何だのを存分に癒やしておるようでした。

あのな。 とけるぞ。
チベットスナギツネなお得意様がジト目で小さく、ため息をひとつ吐きました。

5個のカラフル入道雲なかき氷は、5個セットでコンコンこやこや、5858円税込み。
名前は「夏空のかき氷セット 特大入道雲盛り」。
夜明けのブルーベリー、朝焼けのレモン、青空のブルーサイダーに白雲のプレーン、それから夕焼けのスイカで合計5色の氷を使いまして、
それぞれのフレーバーで色付けされたふわふわ氷が、バチクソにデカく降り積もっておるのです。

お得意様は、普通盛りサイズの「ひつじ雲」で十分だと止めたのです。後輩が大丈夫「入道雲」でも行けると押し切ってしまったのです。
ほんとに、とけるぞ。
コレに白玉団子だのシロップだの、諸々トッピングして撮影してからの、実食だぞ。
なぁ。……とけるぞ。 お得意様は再度ため息。
お得意様のジト目と、お得意様の後輩の幸福笑顔と、それからコンコン子狐の尻尾ブンブンの裏で、
クリスタルグラスに盛られた入道雲は、下の方に少しだけ、雨がぽたぽた、たまり始めておりました。

結局、5色の入道雲かき氷は、
お得意様の後輩が淡々と適切なペースで完璧に食べ終えて、お得意様の朝焼けレモンだけ水たまり。
レモンハニーシロップと強炭酸水を追加しまして、濃厚レモンスカッシュにしてお持ち帰りになったとさ。
おしまい、おしまい。

6/29/2024, 3:09:54 AM

「ひとまず去年の夏は、フェーン現象を覚えた」
だって「体温超え」だぜ。なんなら局所的に40℃だぜ。嘘だろっていう。
某所在住物書きは今後の夏の投稿ネタに向けて、ネットで涼し気なものを調査していた。

去年はざる中華・中華ざる・ざるラーメンと呼ばれているらしい冷やし麺を物語に織り込んだ。
山形発祥の名物には、冷やしラーメンという美味もあるらしい。ただ温かいラーメンを冷やしただけではなく、いくつか工夫が凝らされているという。
「冷やしシャンプーってどこだっけ?」
それも山形か。物書きはカキリ、首を鳴らした。
「冷や汁は宮崎が発祥か。
……え、山形バージョンも、ある……?」

――――――

前々回投稿分から続く、ありふれた日常話。
都内某区、某職場休憩室。どんより曇天に、鬱陶しいまでの湿度を伴った6月最終営業日の始業前。
雪国出身の藤森と、その親友であるところの宇曽野という男が、ぐるぐる巻きの低糖質ソフトクリーム片手に語り合っている。
予報によれば、その日の最高気温は29℃。
完全に、夏の始まりの暑さであった。

「お前のこと、一昨日あの稲荷神社で見たぞ」
「稲荷神社のどこで。証拠は」
「あそこのデカいビオトープのホタル。去年はたしか後輩から電話が来てビビって飛び上がってた」
「ちがう」
「痛い図星を突くとお前は必ず、まず『ちがう』だ」

自分のようなカタブツが、夏の蛍光の数十に、少年少女の如く感激するのは「解釈に相違がある」。
昔々の酷い失恋、初恋相手に刺された傷が、未だに捻くれ者の魂と心の深層を蝕んでいる様子。
チロリチロリ。ソフトクリームを舐めては、懸命に友人の証言を否定しようと努力している。
藤森の健気な照れ隠しと懸命な抵抗が、親友として痛ましくも少々微笑ましく、宇曽野は笑った。

「夏だな」
呟く宇曽野は休憩室の窓の外を見た。
特に何か、空の青だの自然の緑だのが見えるでもなく、年中ほぼほぼ一定の景色は人工物が約八割級割を占領している。
「今でも思い出す。数年前の夏、お前の帰省にくっついて行って、田んぼに咲く青紫色を見て、それから、誰も居ない夜の海でダベった」
8月なのに朝が寒いのは心底驚いたな。
付け足す宇曽野の視線はただただ遠く、向かい側のビルなど見ておらず、そもそも現在にすら居ない。

それはコロナ禍前、藤森の故郷たる雪国に、親友たる宇曽野が興味本位で同行した数日間であった。
絶滅危惧種たるミズアオイの咲く水田は広く、海と見紛う夜の湖は静かで、波音が聞こえるばかり。
詳細は過去投稿分8月14日から16日の3日間あたりを参照だが、スワイプが面倒なので気にしない。
「夏だ」
ともかく。宇曽野は再度、ぽつり呟いた。

「その夏のことなら、私もよく覚えている」
「だろうな」
「お前は私の故郷の、8月なのに朝が涼しいのを知らなくて、寒い寒いとベッドで毛布を。
それからお前に実山椒を摘んでたっぷり食わせてやったら、それが『それ』だと分からなかった」
「……そうだな」
「結果舌と唇が数秒死んで報復に私の口にも実を大量に突っ込んだ」
「お前の後輩もいつか連れてけよ。それか友人の付烏月あたり。あの朝寒くて夜静かな北の夏に」

「何故そこでウチの後輩と付烏月さんを出す」
「お前と仲が良いだろう」
「彼女も彼も、私のことなど、何とも思っていない。そもそも双方、私のことなど」
「にぶいなぁ。藤森」

式には呼べ。スピーチくらいは引き受けてやる。
軽く笑い飛ばす宇曽野は自分の白を片付けて、じき始業開始であるところの己のデスクに戻っていく。
「誰がもう恋などするか」
予想外に量の多かったソフトクリームを、なんとか短時間で解消しようとした藤森。
大口で塊を崩し、強引に喉に通して、
「……ァ、がっ……、つめた……!」
それが食道を通り胃へ落ちる過程で、地味な氷冷に苦しんだ。

6/28/2024, 2:56:37 AM

「ここではないどこか『で』誰かが居眠りしてる、
ここではないどこか『の』何かが雨に濡れてる、
ここではないどこか『に』行く必要がある、
ここではないどこか『は』電気代が安いだろう。
……他は?ここではないどこか『から』?」

ここではない「どこか」、昔々の個人ホームページから、諸事情によってこのアプリへ引っ越ししてきた某所在住物書きである。
視聴に堪えない広告のスキップ作業こそ面倒ながら、「向こう」と違ってアンチも荒らしも見えず、心の平静平穏が保たれるのは完全にアドバンテージ。
過去作品の参照が「これ」だけではスワイプオンリーなのは、玉にキズかな。物書きは呟き息を吐いた。

「で、ここではない、『あるところ』で、このアプリのブラウザ版経由して個人用の過去投稿分のまとめを作ろうと、思ってたんだがな」
一気に物書きの表情が曇る。
「その『あるところ』が、8月で、サ終」
つまるところ、例の森頁である。
「もうWeb小説リーダー系しか勝たん……」
あるいは485日分のスクショか、いっそ呟きックスで専用アカウントでも作るか――ムリでは?

――――――

去年の今頃の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社と、「ここ」ではない「どこか」のおはなしです。

「お庭に、知らないニオイのウサギさんがいる!」

敷地内の一軒家、化け狐の末裔が家族で暮らすその稲荷神社は、草が花が山菜が、いつかの過去を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折妙な連中が芽吹いたり、居着いたり、■■■したりしていますが、そういうのは大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。

「やいっ、知らないウサギさん!ウカノミタマのオオカミサマの、ご利益ゆたかなお餅いかがですか!」

多分気にしちゃいけません。深く考えてはなりません。きっと別の世界のおはなしです。遠い遠い、ここではない、どこか誰かのおはなしです。
ところでその日も、何やらかにやら、稲荷神社に「妙な連中」が現れた様子。
神社在住のコンコン子狐、神社の庭で、黒い耳飾りに黒い爪飾りをつけた、黒いウサギを見つけました。

稲荷の狐は不思議な狐。耳も鼻も、よく利きます。
心の音を聴き、魂の匂いを嗅いで、ヨソモノをすぐに察知します。ヨソモノにすぐ反応します。
子狐の耳と鼻は、神社に現れた黒いウサギを、「ここではない『どこか』」から来たウサギだと、
すぐに、すっかり特定してしまったのです。

「そうよ。俺は『知らないウサギ』」
不服そうな抑揚と表情で、黒いウサギは言いました。
「『ここ』ではない『どこか』から来た、悪いウサギだ。……畜生それだけさ。どれだけ『ここ』で悪逆非道の限りを尽くしても、どれだけ『ここ』で恐ろしいイタズラをしても、その先には行けない。
『ここ』ではない『未来』や『過去』では、俺のことなんざ綺麗サッパリ忘れ去られちまうのさ」
畜生、畜生。俺だって、「別の物語」ではガッツリ設定も名前もあるってのに。「この物語」ではただのチョイ役にしか過ぎないんだ。
ウサギはギーギー毒づいて、子狐を威嚇しました。

「去年の9月15日」も、「8月13日」だって、
畜生、畜生。今となっては誰も、覚えちゃいない。
誰も俺が何をしたか知らない。
全部全部忘れられて、埋もれちまうのさ。畜生。

「ウサギさん、捻くれてる。やさぐれちゃってる」
「うるせぇ。『お前』に俺の何が分かる」
「ウサギさん、お餅食べなよ。ウカサマのお餅食べれば、元気になるよ」

ウサギさん、新商品、ウナギの蒲焼きお餅どうぞ。
俺はウサギだぞ。お約束的にそこはニンジンだろ。
父狐が庭にやって来て、ウサギを鍵付きのキャリーケージに入れ、『世界線管理局 脊椎動物・草食陸上哺乳類担当行き』と書かれた黒穴に送り出すまで、
子狐はウサギの吐く毒を、神社のご利益あるお餅を2個3個、もっちゃもっちゃ食べながら、お利口さんに聞いてやっておりましたとさ。
おしまい、おしまい。

6/27/2024, 3:32:47 AM

「当たり前の話だが、お題の後ろに言葉を少し足せば、『最後に会った日』の当日、以外の日も書けるな。最後に会った日『の、前日』とか。最後に会った日『から数日後』とか」
昨日トレンドに上がってた例の森頁に関しては、最後に会った日のネタも最後に会った前の日だの後日談だのに関しても、世代だから思うところはあるわな。
某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、ガリガリ頭をかきながらため息を吐いた。
固い頭と、かたより過ぎた知識の引き出しのせいで、ともかくエモい題目が不得意なのである。
物書きの所持するセンサーでは、今回のお題はその「エモい題目」に少々抵触していた。

「まぁエモを狙い過ぎて、『最期』に会った日とか、最後に『逢った』日とかの漢字セレクトになってないだけ、比較的書きやすいっちゃ書きやすい……?」
なワケねぇよな、そうだよな。物書きは再度ため息を、深く、長く吐く。

――――――

去年の今頃のハナシ。まだ私が本店に居て、先輩の酷い恋愛トラブルが解消されてなかった頃。
雪国の田舎出身っていう職場の先輩が、珍しく、スマホの画面見て笑ってた。
あんまり穏やかに笑ってるから、何だろうって後ろからニョキリ覗き見たら、真っ暗な中に白い点が4、5個表示されてる程度。
最初は、何の画像か全然分からなかった。

「実家の母が送ってきた画像だ」
先輩が私のチラ見に気付いて、説明してくれた。
「今年の、私の故郷のホタルだとさ。ギリギリ白い点がホタルだとは分かるが、何が何だかサッパリだ」
それが、妙におかしくてな。
先輩はまた笑って、少し照れくさそうに、でもやっぱり穏やかに、スマホをポケットに戻した。

「先輩の故郷、今頃ホタル飛ぶんだ」
「らしいな。いつの間に復活したやら」
「『復活』?」
「よくあることだと思うぞ。農薬の影響や河川の汚れ等で、昔いた筈のホタルが消える。いい具合の自然が残る片田舎なのに、そういう経緯でホタルがいない」
「先輩の田舎も、そうだったの?」
「虫は詳しくないから、何とも、断言できない。ただ、そうだな、コイツと最後に会ったのは、ガキもガキの、年齢一桁の頃だったか」
「ふーん」

見たいな。もう一度。
遠くを見ながら、寂しそうに先輩は呟いた。
「最後に会った日」のことを、覚えてたんだと思う。それを思い出してたんだと思う。
当時は先輩の故郷のことは知らなかったけど、
数ヶ月前、具体的には今年の2月28日、先輩の帰省にくっついて(グルメと雪とスイーツとグルメを堪能しに)行ったから、ちょっと分かる。
その風景はきっと、日が沈んで月が子供の先輩を照らしてて、河原や田んぼの用水路の水の音が流れる中、
たくさんの小さな小さなホタルが飛び交う、バチクソ綺麗な光景なんだと思う。多分そうだと思う。

「行こうよ」
突発的に、私がポツリ提案すると、先輩は私の方を見て、ハテナマークを頭に浮かべながら頭を傾けた。
「今年は、もう無理かもしれないけど、東京でだってホタルは見れるよ。一緒に見ようよ。ホタル」
来年でも。上手く行けば、今年の滑り込みセーフ狙いでも。見ようよ。
付け加えて言う私に、先輩の角度は更に傾いたけど、最終的に酷く寂しそうな、心のどこかが痛いのを一生懸命隠してるような笑顔をして、
「遠慮させて頂く。……蚊に刺されたくない」
何か含みのありそうな理由で、首を小さく、優しく、横に振った。

「大丈夫だよ。ムヒー塗ったら治るよ」
「それでも、かゆいものはかゆいだろう」
「ウーナ派?」
「そういう話ではない、と思うが?」

「最近じゃ『かゆみ止めペン』なんて有るらしいよ」
「待てなんだそれ。知らないぞ」

結論を言うと、ホタルはすぐ見ることができた。
先輩のアパート近所の稲荷神社に、今の時期でもギリギリ飛んでるホタルがいて、
その情報を、先輩に流したワケだ。
「一緒に」は、見に行かなかったけど、私も先輩も、神社と大型ビオトープな泉とホタルと時折子狐の、エモでチルい景色を楽しんだ。

ホタルと最後に会った日から、約1年。
今年も先輩のアパート近くの稲荷神社は、今年も去年と変わらず、ホタルが飛んでる。

6/26/2024, 4:02:22 AM

「去年は、茎が細い花のハナシ書いたわ」
どの部分が繊細な花か、どう扱う条件下で繊細になる花なのか、いっそ「花」が何かの比喩表現であるか。
某所在住物書きは超難題を前に途方に暮れた。
花だってよ。今月は「あじさい」のお題で、はやぶさのハナシ書いたけど、次は「繊細な」花か。

「繊細って、水のやり方で根腐れとか、日光のあたり具合で土の温度上がっちゃうとか?ギンラン系は土の中の菌に依存してて、菌がいない別の場所に植え替えると死んじまうから、その点は『繊細』よな」
もうコレは、「繊細な花」の「花」が「別の何か・誰か」っていうトリックに助けてもらうしかねぇわい。物書きは両手を挙げ、降参の意を示した。
去年も去年、今年も今年。さて、どうしよう。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
防音防振対策の整ったそこで、部屋の主の友人たる付烏月、ツウキがキッチンに立ち、
日常の彼からは想像のつかぬ真剣さと集中力でもって、菓子製作の作業をしている。
これから飴細工でユリの花を組み立てるのだ。
「よし」
静かに深く、長く息を吐く付烏月を、
リビングから部屋の主の藤森が、
付烏月の目の前で何故か近所の稲荷神社の子狐が、
それぞれ、見守っている。

まんまるおめめをキラキラさせて付烏月の技巧をロックオンする子狐は、読者諸君のご想像通り、完全にオチ要員。所業については後述する。

「花びらは、おっけ、割れてない」
モールドから丁寧に剥がし取ったのは、青いユリの花びら、小さいものだけ3セット、計18枚。
大中小合計3個を作る予定で、そのうち大と中が既に完成。「諸事情」により小サイズだけ難航。
バタフライピーの性質を利用しており、花の奥の奥が紫色のグラデーションを呈している。
「おしべと、めしべも、折れてない」
花粉は飴の味に合うように、レモンピールパウダーで再現。慎重にまとめ上げて、ひとつのパーツへ。
花びらの1枚と接着して、もう1枚花びらを重ね、次の1枚、また1枚、更に1枚。

美しい作品になりますように。
受け取った人がまず驚いて、よく観察して、なによりこの繊細な花を楽しんでくれますように。
ひとつひとつの作業に美しい願いを込めて、付烏月は青飴の小さなユリを、とうとう組み終えた。
薄く透き通ったそれは、付烏月の丁寧な仕事と善良な心魂の証明。飴の芸術は照明を反射して輝k

カリカリポリポリこんこん!
カリリ、カリリ、コリコリこやん!
パキ、パキ、パキン……ぺろり。 こやこや。

「附子山ぁぁぁぁー!!」
「私は藤森だ。付烏月さん」
「また小さい飴ちゃんだけ食われたんだけど!コンちゃんケージか何かに入れといて!」
「当方、そのようなものはございません」

「てか、なんで毎度、完成してから食べるの!?」
「完成したのを食べたいからだろう」

伏線回収。これぞ「諸事情」。
付烏月の目の前に陣取っていた稲荷の子狐、付烏月が飴細工を完成させるや否や、カリカリポリポリ。
それはそれは幸福そうに、それはそれは容赦無しに、少し鋭い牙と小さな舌でもって、作品を噛み砕き、散らかった粒を舐め取り、一欠一片も残さず完食。
付烏月がわざわざ花のパーツを3セット作っておいたのはこれが理由。食われるのだ。

一番最初の小さな飴のユリは、まさしく付烏月の美しい願いのとおりに食われた。
すなわちこの、不思議な不思議な子狐は、
丸いおめめをキラキラさせて飴の透過性を驚き、
鼻と目でもって丹念に匂いと性質とを観察し、
最終的に、カリリ。繊細な花を楽しんだのだ。
そこで味をしめたらしい。

キラリ、キラリ。
何故か藤森の部屋に遊びに来ている稲荷の子狐。
付烏月をまっすぐ見つめて、瞳を輝かせた。

「子狐に食われたくないなら、あなたの家で作れば良いだろう、付烏月さん」
「お前の部屋の方が俺の支店に近いんだもん。なるべく湿気とか高温とかに当てたくないもん」
「あなたのところの新卒の、誕生日だったか」
「そうそう。これ、新卒ちゃんの明日の誕プレ。
誕プレなのにさ。コンちゃん、食べちゃうの」

「お礼に稲荷のご利益でも、あるんじゃないか」
「コンちゃんから?『あのとき飴ちゃん食べさせてもらった狐です』って?昔話じゃないんだからさ」

子狐を抱き上げて、ひとまず寝室のふかふかベッドに放り込み、しっかり扉を閉めた付烏月。
これで今度こそ邪魔を食らわず作業ができる。
「さて。今度こそ――」
よくよく手を石鹸と流水で洗い直し、拭く。
作業台をしっかり消毒すべく視線を向けると、
「……コンちゃん?」
キラリ、キラリ。
台の上では子狐が行儀よくお座りしており、輝く瞳で付烏月をまっすぐ、見つめ返している。

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