「入道雲、あるいは雷雲。積乱雲の別名らしいな」
積雲、わた雲が発達して、バチクソ高いとこまで達しちまった雲で、上部が小さい氷の結晶でできてるんだとさ。某所在住物書きは自室の本棚の一冊を取り出し、パラ見して言った。
「真夏に多い夕立ちの、前兆として稲妻が光りだすのは、雨降らせてるのも稲妻光らせてるのも、同じ『入道雲』だからっぽい、と」
で、この「入道雲」のお題の何がてごわいって、
俺みたいなその日の天候や出来事をリアルタイムで追っかけて、連載風の投稿してるタイプの場合、
投稿日に丁度良くその雲が出ない可能性があるってハナシよな。 物書きは空を見上げ、息を吐き、
「入道雲『っぽい形』で、何かで代用するか……」
――――――
29℃、31℃、33℃。とうとう東京都も夏の気配。今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、稲荷のご利益ゆたかなお餅を売ったり、母狐が店主をつとめる茶っ葉屋さんの看板子狐をしたりして、絶賛修行中。
今日も、どんより影さす雲の下、それを吹っ飛ばすような氷スイーツを狐型の配膳ロボットにのせて、
とってって、ちってって。
茶っ葉屋さんの常連専用、完全個室な飲食スペースの、一番奥の部屋に向かって、尻尾をピンと上げて歩きます。大好きなお得意様が居るのです。
カリカリカリ。前足を上手に使って個室のふすまを開けまして、ご注文の氷スイーツの到着をお知らせするや否や、コンコン子狐猛ダッシュ。
お得意様のお連れ様、たしか「お得意様の職場の後輩」と言った筈ですが、子供なので知ったこっちゃありません。その女性の膝の上に陣取ります。
尻尾をビタンビタン振って、頬を指を顎なんかも、べろんべろんに舐め倒すと、
お得意様のお連れ様はすっかり気をよくしてしまって、注文用タブレットを手繰るのでした。
「よーしゃしゃしゃ。今日は何のおやつを頼んでほしいのかなぁ?ジャーキー?ペット用かき氷?」
子狐のやつ、学習したな。完全に味をしめたな。
チベットスナギツネのジト目で子狐と自分の後輩を見るお得意様。配膳ロボットが持ってきたお膳を受け取って、厨房へ返します。
「おい。溶けるぞ」
御膳の上には、2人のお客様に対して、5個のカラフルかき氷。デカ盛りの様子はさながら入道雲。
ふわふわの氷が、涼しいクリスタルガラスの器に盛られ、あとがけのシロップ、つぶあん、抹茶あん、わたあめ等々で飾られるのを待っています。
1人で2個半づつ食うのでしょうか?
いいえ、いいえ。違うのです。食いしん坊な後輩が、1人で4個、食うらしいのです。
「先輩!私の代わりにかき氷撮って!」
入道雲より子狐コンコン!個室に備え付けの猫じゃらしを左手に、同じく備え付けの抜け毛取りブラシを右手に持って、ご満悦な後輩。
「私もうちょっとだけ子狐くんと遊ぶから」
あぁでも、コンくん撮りたい、コンくんどうしよ。
後輩はモフモフな子狐を甘やかして、撫でて、ブラッシングして、日頃の心の疲れだの何だのを存分に癒やしておるようでした。
あのな。 とけるぞ。
チベットスナギツネなお得意様がジト目で小さく、ため息をひとつ吐きました。
5個のカラフル入道雲なかき氷は、5個セットでコンコンこやこや、5858円税込み。
名前は「夏空のかき氷セット 特大入道雲盛り」。
夜明けのブルーベリー、朝焼けのレモン、青空のブルーサイダーに白雲のプレーン、それから夕焼けのスイカで合計5色の氷を使いまして、
それぞれのフレーバーで色付けされたふわふわ氷が、バチクソにデカく降り積もっておるのです。
お得意様は、普通盛りサイズの「ひつじ雲」で十分だと止めたのです。後輩が大丈夫「入道雲」でも行けると押し切ってしまったのです。
ほんとに、とけるぞ。
コレに白玉団子だのシロップだの、諸々トッピングして撮影してからの、実食だぞ。
なぁ。……とけるぞ。 お得意様は再度ため息。
お得意様のジト目と、お得意様の後輩の幸福笑顔と、それからコンコン子狐の尻尾ブンブンの裏で、
クリスタルグラスに盛られた入道雲は、下の方に少しだけ、雨がぽたぽた、たまり始めておりました。
結局、5色の入道雲かき氷は、
お得意様の後輩が淡々と適切なペースで完璧に食べ終えて、お得意様の朝焼けレモンだけ水たまり。
レモンハニーシロップと強炭酸水を追加しまして、濃厚レモンスカッシュにしてお持ち帰りになったとさ。
おしまい、おしまい。
6/30/2024, 3:26:23 AM