かたいなか

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「ひとまず去年の夏は、フェーン現象を覚えた」
だって「体温超え」だぜ。なんなら局所的に40℃だぜ。嘘だろっていう。
某所在住物書きは今後の夏の投稿ネタに向けて、ネットで涼し気なものを調査していた。

去年はざる中華・中華ざる・ざるラーメンと呼ばれているらしい冷やし麺を物語に織り込んだ。
山形発祥の名物には、冷やしラーメンという美味もあるらしい。ただ温かいラーメンを冷やしただけではなく、いくつか工夫が凝らされているという。
「冷やしシャンプーってどこだっけ?」
それも山形か。物書きはカキリ、首を鳴らした。
「冷や汁は宮崎が発祥か。
……え、山形バージョンも、ある……?」

――――――

前々回投稿分から続く、ありふれた日常話。
都内某区、某職場休憩室。どんより曇天に、鬱陶しいまでの湿度を伴った6月最終営業日の始業前。
雪国出身の藤森と、その親友であるところの宇曽野という男が、ぐるぐる巻きの低糖質ソフトクリーム片手に語り合っている。
予報によれば、その日の最高気温は29℃。
完全に、夏の始まりの暑さであった。

「お前のこと、一昨日あの稲荷神社で見たぞ」
「稲荷神社のどこで。証拠は」
「あそこのデカいビオトープのホタル。去年はたしか後輩から電話が来てビビって飛び上がってた」
「ちがう」
「痛い図星を突くとお前は必ず、まず『ちがう』だ」

自分のようなカタブツが、夏の蛍光の数十に、少年少女の如く感激するのは「解釈に相違がある」。
昔々の酷い失恋、初恋相手に刺された傷が、未だに捻くれ者の魂と心の深層を蝕んでいる様子。
チロリチロリ。ソフトクリームを舐めては、懸命に友人の証言を否定しようと努力している。
藤森の健気な照れ隠しと懸命な抵抗が、親友として痛ましくも少々微笑ましく、宇曽野は笑った。

「夏だな」
呟く宇曽野は休憩室の窓の外を見た。
特に何か、空の青だの自然の緑だのが見えるでもなく、年中ほぼほぼ一定の景色は人工物が約八割級割を占領している。
「今でも思い出す。数年前の夏、お前の帰省にくっついて行って、田んぼに咲く青紫色を見て、それから、誰も居ない夜の海でダベった」
8月なのに朝が寒いのは心底驚いたな。
付け足す宇曽野の視線はただただ遠く、向かい側のビルなど見ておらず、そもそも現在にすら居ない。

それはコロナ禍前、藤森の故郷たる雪国に、親友たる宇曽野が興味本位で同行した数日間であった。
絶滅危惧種たるミズアオイの咲く水田は広く、海と見紛う夜の湖は静かで、波音が聞こえるばかり。
詳細は過去投稿分8月14日から16日の3日間あたりを参照だが、スワイプが面倒なので気にしない。
「夏だ」
ともかく。宇曽野は再度、ぽつり呟いた。

「その夏のことなら、私もよく覚えている」
「だろうな」
「お前は私の故郷の、8月なのに朝が涼しいのを知らなくて、寒い寒いとベッドで毛布を。
それからお前に実山椒を摘んでたっぷり食わせてやったら、それが『それ』だと分からなかった」
「……そうだな」
「結果舌と唇が数秒死んで報復に私の口にも実を大量に突っ込んだ」
「お前の後輩もいつか連れてけよ。それか友人の付烏月あたり。あの朝寒くて夜静かな北の夏に」

「何故そこでウチの後輩と付烏月さんを出す」
「お前と仲が良いだろう」
「彼女も彼も、私のことなど、何とも思っていない。そもそも双方、私のことなど」
「にぶいなぁ。藤森」

式には呼べ。スピーチくらいは引き受けてやる。
軽く笑い飛ばす宇曽野は自分の白を片付けて、じき始業開始であるところの己のデスクに戻っていく。
「誰がもう恋などするか」
予想外に量の多かったソフトクリームを、なんとか短時間で解消しようとした藤森。
大口で塊を崩し、強引に喉に通して、
「……ァ、がっ……、つめた……!」
それが食道を通り胃へ落ちる過程で、地味な氷冷に苦しんだ。

6/29/2024, 3:09:54 AM