かたいなか

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「ここではないどこか『で』誰かが居眠りしてる、
ここではないどこか『の』何かが雨に濡れてる、
ここではないどこか『に』行く必要がある、
ここではないどこか『は』電気代が安いだろう。
……他は?ここではないどこか『から』?」

ここではない「どこか」、昔々の個人ホームページから、諸事情によってこのアプリへ引っ越ししてきた某所在住物書きである。
視聴に堪えない広告のスキップ作業こそ面倒ながら、「向こう」と違ってアンチも荒らしも見えず、心の平静平穏が保たれるのは完全にアドバンテージ。
過去作品の参照が「これ」だけではスワイプオンリーなのは、玉にキズかな。物書きは呟き息を吐いた。

「で、ここではない、『あるところ』で、このアプリのブラウザ版経由して個人用の過去投稿分のまとめを作ろうと、思ってたんだがな」
一気に物書きの表情が曇る。
「その『あるところ』が、8月で、サ終」
つまるところ、例の森頁である。
「もうWeb小説リーダー系しか勝たん……」
あるいは485日分のスクショか、いっそ呟きックスで専用アカウントでも作るか――ムリでは?

――――――

去年の今頃の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社と、「ここ」ではない「どこか」のおはなしです。

「お庭に、知らないニオイのウサギさんがいる!」

敷地内の一軒家、化け狐の末裔が家族で暮らすその稲荷神社は、草が花が山菜が、いつかの過去を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折妙な連中が芽吹いたり、居着いたり、■■■したりしていますが、そういうのは大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。

「やいっ、知らないウサギさん!ウカノミタマのオオカミサマの、ご利益ゆたかなお餅いかがですか!」

多分気にしちゃいけません。深く考えてはなりません。きっと別の世界のおはなしです。遠い遠い、ここではない、どこか誰かのおはなしです。
ところでその日も、何やらかにやら、稲荷神社に「妙な連中」が現れた様子。
神社在住のコンコン子狐、神社の庭で、黒い耳飾りに黒い爪飾りをつけた、黒いウサギを見つけました。

稲荷の狐は不思議な狐。耳も鼻も、よく利きます。
心の音を聴き、魂の匂いを嗅いで、ヨソモノをすぐに察知します。ヨソモノにすぐ反応します。
子狐の耳と鼻は、神社に現れた黒いウサギを、「ここではない『どこか』」から来たウサギだと、
すぐに、すっかり特定してしまったのです。

「そうよ。俺は『知らないウサギ』」
不服そうな抑揚と表情で、黒いウサギは言いました。
「『ここ』ではない『どこか』から来た、悪いウサギだ。……畜生それだけさ。どれだけ『ここ』で悪逆非道の限りを尽くしても、どれだけ『ここ』で恐ろしいイタズラをしても、その先には行けない。
『ここ』ではない『未来』や『過去』では、俺のことなんざ綺麗サッパリ忘れ去られちまうのさ」
畜生、畜生。俺だって、「別の物語」ではガッツリ設定も名前もあるってのに。「この物語」ではただのチョイ役にしか過ぎないんだ。
ウサギはギーギー毒づいて、子狐を威嚇しました。

「去年の9月15日」も、「8月13日」だって、
畜生、畜生。今となっては誰も、覚えちゃいない。
誰も俺が何をしたか知らない。
全部全部忘れられて、埋もれちまうのさ。畜生。

「ウサギさん、捻くれてる。やさぐれちゃってる」
「うるせぇ。『お前』に俺の何が分かる」
「ウサギさん、お餅食べなよ。ウカサマのお餅食べれば、元気になるよ」

ウサギさん、新商品、ウナギの蒲焼きお餅どうぞ。
俺はウサギだぞ。お約束的にそこはニンジンだろ。
父狐が庭にやって来て、ウサギを鍵付きのキャリーケージに入れ、『世界線管理局 脊椎動物・草食陸上哺乳類担当行き』と書かれた黒穴に送り出すまで、
子狐はウサギの吐く毒を、神社のご利益あるお餅を2個3個、もっちゃもっちゃ食べながら、お利口さんに聞いてやっておりましたとさ。
おしまい、おしまい。

6/28/2024, 2:56:37 AM