「去年は、茎が細い花のハナシ書いたわ」
どの部分が繊細な花か、どう扱う条件下で繊細になる花なのか、いっそ「花」が何かの比喩表現であるか。
某所在住物書きは超難題を前に途方に暮れた。
花だってよ。今月は「あじさい」のお題で、はやぶさのハナシ書いたけど、次は「繊細な」花か。
「繊細って、水のやり方で根腐れとか、日光のあたり具合で土の温度上がっちゃうとか?ギンラン系は土の中の菌に依存してて、菌がいない別の場所に植え替えると死んじまうから、その点は『繊細』よな」
もうコレは、「繊細な花」の「花」が「別の何か・誰か」っていうトリックに助けてもらうしかねぇわい。物書きは両手を挙げ、降参の意を示した。
去年も去年、今年も今年。さて、どうしよう。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
防音防振対策の整ったそこで、部屋の主の友人たる付烏月、ツウキがキッチンに立ち、
日常の彼からは想像のつかぬ真剣さと集中力でもって、菓子製作の作業をしている。
これから飴細工でユリの花を組み立てるのだ。
「よし」
静かに深く、長く息を吐く付烏月を、
リビングから部屋の主の藤森が、
付烏月の目の前で何故か近所の稲荷神社の子狐が、
それぞれ、見守っている。
まんまるおめめをキラキラさせて付烏月の技巧をロックオンする子狐は、読者諸君のご想像通り、完全にオチ要員。所業については後述する。
「花びらは、おっけ、割れてない」
モールドから丁寧に剥がし取ったのは、青いユリの花びら、小さいものだけ3セット、計18枚。
大中小合計3個を作る予定で、そのうち大と中が既に完成。「諸事情」により小サイズだけ難航。
バタフライピーの性質を利用しており、花の奥の奥が紫色のグラデーションを呈している。
「おしべと、めしべも、折れてない」
花粉は飴の味に合うように、レモンピールパウダーで再現。慎重にまとめ上げて、ひとつのパーツへ。
花びらの1枚と接着して、もう1枚花びらを重ね、次の1枚、また1枚、更に1枚。
美しい作品になりますように。
受け取った人がまず驚いて、よく観察して、なによりこの繊細な花を楽しんでくれますように。
ひとつひとつの作業に美しい願いを込めて、付烏月は青飴の小さなユリを、とうとう組み終えた。
薄く透き通ったそれは、付烏月の丁寧な仕事と善良な心魂の証明。飴の芸術は照明を反射して輝k
カリカリポリポリこんこん!
カリリ、カリリ、コリコリこやん!
パキ、パキ、パキン……ぺろり。 こやこや。
「附子山ぁぁぁぁー!!」
「私は藤森だ。付烏月さん」
「また小さい飴ちゃんだけ食われたんだけど!コンちゃんケージか何かに入れといて!」
「当方、そのようなものはございません」
「てか、なんで毎度、完成してから食べるの!?」
「完成したのを食べたいからだろう」
伏線回収。これぞ「諸事情」。
付烏月の目の前に陣取っていた稲荷の子狐、付烏月が飴細工を完成させるや否や、カリカリポリポリ。
それはそれは幸福そうに、それはそれは容赦無しに、少し鋭い牙と小さな舌でもって、作品を噛み砕き、散らかった粒を舐め取り、一欠一片も残さず完食。
付烏月がわざわざ花のパーツを3セット作っておいたのはこれが理由。食われるのだ。
一番最初の小さな飴のユリは、まさしく付烏月の美しい願いのとおりに食われた。
すなわちこの、不思議な不思議な子狐は、
丸いおめめをキラキラさせて飴の透過性を驚き、
鼻と目でもって丹念に匂いと性質とを観察し、
最終的に、カリリ。繊細な花を楽しんだのだ。
そこで味をしめたらしい。
キラリ、キラリ。
何故か藤森の部屋に遊びに来ている稲荷の子狐。
付烏月をまっすぐ見つめて、瞳を輝かせた。
「子狐に食われたくないなら、あなたの家で作れば良いだろう、付烏月さん」
「お前の部屋の方が俺の支店に近いんだもん。なるべく湿気とか高温とかに当てたくないもん」
「あなたのところの新卒の、誕生日だったか」
「そうそう。これ、新卒ちゃんの明日の誕プレ。
誕プレなのにさ。コンちゃん、食べちゃうの」
「お礼に稲荷のご利益でも、あるんじゃないか」
「コンちゃんから?『あのとき飴ちゃん食べさせてもらった狐です』って?昔話じゃないんだからさ」
子狐を抱き上げて、ひとまず寝室のふかふかベッドに放り込み、しっかり扉を閉めた付烏月。
これで今度こそ邪魔を食らわず作業ができる。
「さて。今度こそ――」
よくよく手を石鹸と流水で洗い直し、拭く。
作業台をしっかり消毒すべく視線を向けると、
「……コンちゃん?」
キラリ、キラリ。
台の上では子狐が行儀よくお座りしており、輝く瞳で付烏月をまっすぐ、見つめ返している。
6/26/2024, 4:02:22 AM