かたいなか

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6/28/2024, 2:56:37 AM

「ここではないどこか『で』誰かが居眠りしてる、
ここではないどこか『の』何かが雨に濡れてる、
ここではないどこか『に』行く必要がある、
ここではないどこか『は』電気代が安いだろう。
……他は?ここではないどこか『から』?」

ここではない「どこか」、昔々の個人ホームページから、諸事情によってこのアプリへ引っ越ししてきた某所在住物書きである。
視聴に堪えない広告のスキップ作業こそ面倒ながら、「向こう」と違ってアンチも荒らしも見えず、心の平静平穏が保たれるのは完全にアドバンテージ。
過去作品の参照が「これ」だけではスワイプオンリーなのは、玉にキズかな。物書きは呟き息を吐いた。

「で、ここではない、『あるところ』で、このアプリのブラウザ版経由して個人用の過去投稿分のまとめを作ろうと、思ってたんだがな」
一気に物書きの表情が曇る。
「その『あるところ』が、8月で、サ終」
つまるところ、例の森頁である。
「もうWeb小説リーダー系しか勝たん……」
あるいは485日分のスクショか、いっそ呟きックスで専用アカウントでも作るか――ムリでは?

――――――

去年の今頃の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社と、「ここ」ではない「どこか」のおはなしです。

「お庭に、知らないニオイのウサギさんがいる!」

敷地内の一軒家、化け狐の末裔が家族で暮らすその稲荷神社は、草が花が山菜が、いつかの過去を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折妙な連中が芽吹いたり、居着いたり、■■■したりしていますが、そういうのは大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。

「やいっ、知らないウサギさん!ウカノミタマのオオカミサマの、ご利益ゆたかなお餅いかがですか!」

多分気にしちゃいけません。深く考えてはなりません。きっと別の世界のおはなしです。遠い遠い、ここではない、どこか誰かのおはなしです。
ところでその日も、何やらかにやら、稲荷神社に「妙な連中」が現れた様子。
神社在住のコンコン子狐、神社の庭で、黒い耳飾りに黒い爪飾りをつけた、黒いウサギを見つけました。

稲荷の狐は不思議な狐。耳も鼻も、よく利きます。
心の音を聴き、魂の匂いを嗅いで、ヨソモノをすぐに察知します。ヨソモノにすぐ反応します。
子狐の耳と鼻は、神社に現れた黒いウサギを、「ここではない『どこか』」から来たウサギだと、
すぐに、すっかり特定してしまったのです。

「そうよ。俺は『知らないウサギ』」
不服そうな抑揚と表情で、黒いウサギは言いました。
「『ここ』ではない『どこか』から来た、悪いウサギだ。……畜生それだけさ。どれだけ『ここ』で悪逆非道の限りを尽くしても、どれだけ『ここ』で恐ろしいイタズラをしても、その先には行けない。
『ここ』ではない『未来』や『過去』では、俺のことなんざ綺麗サッパリ忘れ去られちまうのさ」
畜生、畜生。俺だって、「別の物語」ではガッツリ設定も名前もあるってのに。「この物語」ではただのチョイ役にしか過ぎないんだ。
ウサギはギーギー毒づいて、子狐を威嚇しました。

「去年の9月15日」も、「8月13日」だって、
畜生、畜生。今となっては誰も、覚えちゃいない。
誰も俺が何をしたか知らない。
全部全部忘れられて、埋もれちまうのさ。畜生。

「ウサギさん、捻くれてる。やさぐれちゃってる」
「うるせぇ。『お前』に俺の何が分かる」
「ウサギさん、お餅食べなよ。ウカサマのお餅食べれば、元気になるよ」

ウサギさん、新商品、ウナギの蒲焼きお餅どうぞ。
俺はウサギだぞ。お約束的にそこはニンジンだろ。
父狐が庭にやって来て、ウサギを鍵付きのキャリーケージに入れ、『世界線管理局 脊椎動物・草食陸上哺乳類担当行き』と書かれた黒穴に送り出すまで、
子狐はウサギの吐く毒を、神社のご利益あるお餅を2個3個、もっちゃもっちゃ食べながら、お利口さんに聞いてやっておりましたとさ。
おしまい、おしまい。

6/27/2024, 3:32:47 AM

「当たり前の話だが、お題の後ろに言葉を少し足せば、『最後に会った日』の当日、以外の日も書けるな。最後に会った日『の、前日』とか。最後に会った日『から数日後』とか」
昨日トレンドに上がってた例の森頁に関しては、最後に会った日のネタも最後に会った前の日だの後日談だのに関しても、世代だから思うところはあるわな。
某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、ガリガリ頭をかきながらため息を吐いた。
固い頭と、かたより過ぎた知識の引き出しのせいで、ともかくエモい題目が不得意なのである。
物書きの所持するセンサーでは、今回のお題はその「エモい題目」に少々抵触していた。

「まぁエモを狙い過ぎて、『最期』に会った日とか、最後に『逢った』日とかの漢字セレクトになってないだけ、比較的書きやすいっちゃ書きやすい……?」
なワケねぇよな、そうだよな。物書きは再度ため息を、深く、長く吐く。

――――――

去年の今頃のハナシ。まだ私が本店に居て、先輩の酷い恋愛トラブルが解消されてなかった頃。
雪国の田舎出身っていう職場の先輩が、珍しく、スマホの画面見て笑ってた。
あんまり穏やかに笑ってるから、何だろうって後ろからニョキリ覗き見たら、真っ暗な中に白い点が4、5個表示されてる程度。
最初は、何の画像か全然分からなかった。

「実家の母が送ってきた画像だ」
先輩が私のチラ見に気付いて、説明してくれた。
「今年の、私の故郷のホタルだとさ。ギリギリ白い点がホタルだとは分かるが、何が何だかサッパリだ」
それが、妙におかしくてな。
先輩はまた笑って、少し照れくさそうに、でもやっぱり穏やかに、スマホをポケットに戻した。

「先輩の故郷、今頃ホタル飛ぶんだ」
「らしいな。いつの間に復活したやら」
「『復活』?」
「よくあることだと思うぞ。農薬の影響や河川の汚れ等で、昔いた筈のホタルが消える。いい具合の自然が残る片田舎なのに、そういう経緯でホタルがいない」
「先輩の田舎も、そうだったの?」
「虫は詳しくないから、何とも、断言できない。ただ、そうだな、コイツと最後に会ったのは、ガキもガキの、年齢一桁の頃だったか」
「ふーん」

見たいな。もう一度。
遠くを見ながら、寂しそうに先輩は呟いた。
「最後に会った日」のことを、覚えてたんだと思う。それを思い出してたんだと思う。
当時は先輩の故郷のことは知らなかったけど、
数ヶ月前、具体的には今年の2月28日、先輩の帰省にくっついて(グルメと雪とスイーツとグルメを堪能しに)行ったから、ちょっと分かる。
その風景はきっと、日が沈んで月が子供の先輩を照らしてて、河原や田んぼの用水路の水の音が流れる中、
たくさんの小さな小さなホタルが飛び交う、バチクソ綺麗な光景なんだと思う。多分そうだと思う。

「行こうよ」
突発的に、私がポツリ提案すると、先輩は私の方を見て、ハテナマークを頭に浮かべながら頭を傾けた。
「今年は、もう無理かもしれないけど、東京でだってホタルは見れるよ。一緒に見ようよ。ホタル」
来年でも。上手く行けば、今年の滑り込みセーフ狙いでも。見ようよ。
付け加えて言う私に、先輩の角度は更に傾いたけど、最終的に酷く寂しそうな、心のどこかが痛いのを一生懸命隠してるような笑顔をして、
「遠慮させて頂く。……蚊に刺されたくない」
何か含みのありそうな理由で、首を小さく、優しく、横に振った。

「大丈夫だよ。ムヒー塗ったら治るよ」
「それでも、かゆいものはかゆいだろう」
「ウーナ派?」
「そういう話ではない、と思うが?」

「最近じゃ『かゆみ止めペン』なんて有るらしいよ」
「待てなんだそれ。知らないぞ」

結論を言うと、ホタルはすぐ見ることができた。
先輩のアパート近所の稲荷神社に、今の時期でもギリギリ飛んでるホタルがいて、
その情報を、先輩に流したワケだ。
「一緒に」は、見に行かなかったけど、私も先輩も、神社と大型ビオトープな泉とホタルと時折子狐の、エモでチルい景色を楽しんだ。

ホタルと最後に会った日から、約1年。
今年も先輩のアパート近くの稲荷神社は、今年も去年と変わらず、ホタルが飛んでる。

6/26/2024, 4:02:22 AM

「去年は、茎が細い花のハナシ書いたわ」
どの部分が繊細な花か、どう扱う条件下で繊細になる花なのか、いっそ「花」が何かの比喩表現であるか。
某所在住物書きは超難題を前に途方に暮れた。
花だってよ。今月は「あじさい」のお題で、はやぶさのハナシ書いたけど、次は「繊細な」花か。

「繊細って、水のやり方で根腐れとか、日光のあたり具合で土の温度上がっちゃうとか?ギンラン系は土の中の菌に依存してて、菌がいない別の場所に植え替えると死んじまうから、その点は『繊細』よな」
もうコレは、「繊細な花」の「花」が「別の何か・誰か」っていうトリックに助けてもらうしかねぇわい。物書きは両手を挙げ、降参の意を示した。
去年も去年、今年も今年。さて、どうしよう。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
防音防振対策の整ったそこで、部屋の主の友人たる付烏月、ツウキがキッチンに立ち、
日常の彼からは想像のつかぬ真剣さと集中力でもって、菓子製作の作業をしている。
これから飴細工でユリの花を組み立てるのだ。
「よし」
静かに深く、長く息を吐く付烏月を、
リビングから部屋の主の藤森が、
付烏月の目の前で何故か近所の稲荷神社の子狐が、
それぞれ、見守っている。

まんまるおめめをキラキラさせて付烏月の技巧をロックオンする子狐は、読者諸君のご想像通り、完全にオチ要員。所業については後述する。

「花びらは、おっけ、割れてない」
モールドから丁寧に剥がし取ったのは、青いユリの花びら、小さいものだけ3セット、計18枚。
大中小合計3個を作る予定で、そのうち大と中が既に完成。「諸事情」により小サイズだけ難航。
バタフライピーの性質を利用しており、花の奥の奥が紫色のグラデーションを呈している。
「おしべと、めしべも、折れてない」
花粉は飴の味に合うように、レモンピールパウダーで再現。慎重にまとめ上げて、ひとつのパーツへ。
花びらの1枚と接着して、もう1枚花びらを重ね、次の1枚、また1枚、更に1枚。

美しい作品になりますように。
受け取った人がまず驚いて、よく観察して、なによりこの繊細な花を楽しんでくれますように。
ひとつひとつの作業に美しい願いを込めて、付烏月は青飴の小さなユリを、とうとう組み終えた。
薄く透き通ったそれは、付烏月の丁寧な仕事と善良な心魂の証明。飴の芸術は照明を反射して輝k

カリカリポリポリこんこん!
カリリ、カリリ、コリコリこやん!
パキ、パキ、パキン……ぺろり。 こやこや。

「附子山ぁぁぁぁー!!」
「私は藤森だ。付烏月さん」
「また小さい飴ちゃんだけ食われたんだけど!コンちゃんケージか何かに入れといて!」
「当方、そのようなものはございません」

「てか、なんで毎度、完成してから食べるの!?」
「完成したのを食べたいからだろう」

伏線回収。これぞ「諸事情」。
付烏月の目の前に陣取っていた稲荷の子狐、付烏月が飴細工を完成させるや否や、カリカリポリポリ。
それはそれは幸福そうに、それはそれは容赦無しに、少し鋭い牙と小さな舌でもって、作品を噛み砕き、散らかった粒を舐め取り、一欠一片も残さず完食。
付烏月がわざわざ花のパーツを3セット作っておいたのはこれが理由。食われるのだ。

一番最初の小さな飴のユリは、まさしく付烏月の美しい願いのとおりに食われた。
すなわちこの、不思議な不思議な子狐は、
丸いおめめをキラキラさせて飴の透過性を驚き、
鼻と目でもって丹念に匂いと性質とを観察し、
最終的に、カリリ。繊細な花を楽しんだのだ。
そこで味をしめたらしい。

キラリ、キラリ。
何故か藤森の部屋に遊びに来ている稲荷の子狐。
付烏月をまっすぐ見つめて、瞳を輝かせた。

「子狐に食われたくないなら、あなたの家で作れば良いだろう、付烏月さん」
「お前の部屋の方が俺の支店に近いんだもん。なるべく湿気とか高温とかに当てたくないもん」
「あなたのところの新卒の、誕生日だったか」
「そうそう。これ、新卒ちゃんの明日の誕プレ。
誕プレなのにさ。コンちゃん、食べちゃうの」

「お礼に稲荷のご利益でも、あるんじゃないか」
「コンちゃんから?『あのとき飴ちゃん食べさせてもらった狐です』って?昔話じゃないんだからさ」

子狐を抱き上げて、ひとまず寝室のふかふかベッドに放り込み、しっかり扉を閉めた付烏月。
これで今度こそ邪魔を食らわず作業ができる。
「さて。今度こそ――」
よくよく手を石鹸と流水で洗い直し、拭く。
作業台をしっかり消毒すべく視線を向けると、
「……コンちゃん?」
キラリ、キラリ。
台の上では子狐が行儀よくお座りしており、輝く瞳で付烏月をまっすぐ、見つめ返している。

6/25/2024, 3:24:56 AM

「5月8日、『「一」年後』の漢数字版で、このお題書いたわ。あと6月16日が『1年前』」
先月の「一年後」は「◯◯してから一年後」ってネタで書いたわ。某所在住物書きは過去投稿分を軽く確認してから、文章を組み始めた。
去年はこの、「1年後」と「一年後」のような、少し文字や記号が変わっただけのお題の再出題がもう少し、存在していた気がする――句読点の有無とか。

「『今日から数えて』1年後だったら、2025年6月25日のハナシだが、『〇〇を実行する』1年後、とかならずっと未来のハナシも書ける。1年後『〇〇しようね』って約束とその結末も執筆可能よな」
こういう、アレンジが容易で、書きやすいお題が重複するなら、こっちも嬉しいんだがねぇ。物書きは恒例にため息を吐き、次に来るであろうお題を思い……

――――――

去年の夏、何月何日頃のハナシか忘れたけど、
某惣菜屋さんの家庭料理まつりで、鶏肉とか鶏軟骨とかの黒酢炒め……みたいなものが売られてた。
味は完全に黒酢炒めなのに、値札やレシートに書かれてた商品名は「鶏の黒酢じゃない炒め」。

『夏に余りがちな調味料と鶏肉を絡めたんですよ』
惣菜屋さんは家庭料理まつりの最終日、私にひとつだけヒントをくれた――夏に余りがちらしい。
『ウチでも毎年余っちゃうんで、コスパ悪いけど、去年まですごく小さなボトル買ってました』
それが1年後の今年、夫が普通の大きさのボトル買ってきちゃいましてね。さぁ困ったって。
惣菜屋さんがそう言って笑うと、厨房からすごく申し訳無さそうな男声が、「だからゴメンってぇ」。
バチクソ仲が良さそうだけど、多分男声の持ち主さん、奥さんの尻に敷かれてるとみた。

鶏の黒酢じゃない炒めの、鶏肉にハマって、鶏軟骨をリピって、どうにか黒酢じゃない炒めの「黒酢じゃない」何かを突き止めたくて、ざるそば&そうめんに使ってるめんつゆと米酢をまぜて作ってみて、
食べて、んんん(落胆)、ってなった。
それが1年前。それが去年。

1年後の6月9日頃、私は唐突に答えを見つけた。
長い付き合いの職場の先輩が、偶然、「豚の黒酢じゃない炒め」を作った。
それは確かに「夏に余りがち」で、だから私は「それ」の、完成品をコンビニで買ってた。

米酢と砂糖と醤油、それからごま油と塩とかつお出汁、隠し味と思うけどオイスターソースも少々。
冷やし中華のタレだ。
1年後の今年、惣菜屋さんに答え合わせをしに行ったら、にっこり笑って頷いた。
『夫ったらね、今年は胡麻ダレの方買ってきたの』

――「で、レシピ教えてもらったのが、こちら」
どんより蒸し暑い曇り空、職場の昼休憩。
さっそく「鶏軟骨の黒酢じゃない炒め」を作ってお弁当に詰めてきた私に、数ヶ月前から一緒に仕事してる付烏月さん、ツウキさんが、1年前の私よろしく「黒酢?」って聞いてきた。
違うんだなぁ。冷やし中華だもの。わたし。

「最初に野菜と軟骨炒めちゃって、そこに冷やし中華のタレ入れて、味を絡めていくんだってさ」
カリカリカリ、コリコリコリ。
レモン果汁入りを使ったから、タレの絡んだ軟骨を噛むたび、柑橘の香りがジメジメムシムシの雰囲気をパッと払ってくれる。
「私もずっと、結局何炒めだったのか分からなくてさ。それが1年後になって、ほほーん、って」
世の中、どれと何がいつ繋がるか、分かんないモンだよね。 私はそう付け足して、またカリカリ。

ふと、職場最年少、人付き合いがすっっごく苦手っていう新卒ちゃんの方を見た。
目からウロコ、みたいな瞳をキラキラさせて何度も頷いて、大事なことを書き留めておくメモ帳に、ボールペンを当ててる。
視線が合った。 新卒ちゃんは慌てて、申し訳無さそうにすぐ視線を外して、ミテマセンヨって。
ういやつよのう(しみじみ)
こっちゃおいで(軟骨シェアの構え)

「1年前のなぞなぞが1年後、離れた場所の偶然で答え合わせ。たしかに世の中、何がどれと繋がるか、分かったもんじゃないねぇ」
付烏月さんもしみじみコリコリ。焼き豚とトレードした私の黒酢じゃない炒めを賞味してる。
「鶏肉と酸味、っていえばさ」
付烏月さんが言った。
「どっかのお店で、焼き鳥にポン酢かけるところがあって、予想以上に美味かった記憶」
キラリ。今年度から自炊を始めた新卒ちゃんの目が、ボールペンのペン先が、また輝いた。

6/24/2024, 2:46:02 AM

「子供の頃は『ガラケーすら有りませんでした』なら『時代背景』、子供の頃は『内気な性格でした』なら『人物描写』。他にどんな切り口があるかねぇ」
これ、今現在「子供の頃」のユーザーって何書くんだろうな。某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、首を小さく傾けて、思慮に唇を尖らせた。

先月は「子供のままで」で、脳みそが子供の頃のままのような客の話を書き、去年の10月は「子供のように」で、子狐の物語を投稿した。
今回はどうしよう。

「時代と、人物と、なんだ、バチクソ難しいぞ……」
俺の頭が単に固いだけかな。物書きはガリガリ首筋を掻き、長考に天井を見上げて……
「むり。全然思い浮かばねぇ」

――――――

最近最近の都内某所。ひとりの女性が、職場の先輩のアパートの、玄関越えてリビングに至るドアの前で、ため息を吐き、虚無な表情で、立ち尽くしている。

「良い加減『人』を見ろ脳科学厨!」
「私に命令をするなPFCガタガタの脳筋め!」
「『蛋脂炭(Protein・Fat・Carbohydrate)』ガタガタはお前だ、低糖質主義者!」
「『前頭前野(PreFrontal Cortex)』だ!誰が今栄養バランスのハナシなどするか!」

眼前で繰り広げられているのは、部屋の主で彼女の先輩、本店勤務の藤森と、その親友で同じく本店勤務、主任の宇曽野の大喧嘩。
力量と体格、いわば剛の技でぶつかる宇曽野と、彼の勢いと重心を利用して柔の投げ崩しを仕掛ける藤森の、双方子供の頃はこういうじゃれ合いしてたんだろうなと想像に難くない「何か」。
防音防振対策の徹底された、このアパートならではのアクティビティである。

ポコロポコロポコロ。
掃除を日課とする綺麗好きの藤森の部屋にもかかわらず、まるでカートゥーンかアニメーション作品のデフォルメ演出のごとく、
ふたりの周囲だけ都合良くホコリの煙幕が舞い、パーカッションを連打する効果音が聞こえる心地がする。
何故であろう。 フィクションだからである。
アクションシーンの不得意な物書きが「子供の頃は」の題目で「子供の頃はよく喧嘩してた」程度しか閃かなかったゆえの、ごまかしである。
ひとまずポカポカさせておけば喧嘩っぽくなる。
細かいことを気にしてはいけない。

「せんぱーい……」
何故宇曽野がの藤森に来ていたかは知らないが、後輩たる彼女としては、先輩との先約があった。
ぶっちゃけ人数が増える分には好都合でもあった。
というのも、同じ支店で数ヶ月前から同僚関係である付烏月(ツウキ)の作ったチーズケーキの消費を、その手伝いを、藤森に要請していたのだ。
「あの、その、チーズケーキ……」

詳細の前日譚は前回投稿分により、割愛。
サファイア色した青いジャムを、しかし「青」ゆえになかなか使い道が難しく、結果として消費期限間近まで放ったらかした付烏月。
本店と支店で勤務先が離れてしまった先輩の藤森の部屋に、遊びに行くついでにジャム消費任務の手伝いを頼み、よくよく腹を空かせて来てみれば、
見よ。肝心の先輩は子供と子供の大乱闘中である。

自称人間嫌いの捻くれ者で、人間の心より人間の脳の傾向を信じる藤森に、なんやかんやあって宇曽野が「心を見ろ」と一喝したか。
有り得るだろう。
宇曽野と長い長い付き合いの、雪国の田舎出身である藤森が、今年の今回に限って、実家から大量に届いた季節の恵みを主任にお裾分けし忘れたか。
こちらの方が自然であろう。
それとも、ちょこちょこ藤森の部屋を訪れているであろう宇曽野が、藤森の部屋の冷蔵庫にプリンを置き去りにして、それを藤森が食ってしまったか。
それは確実に修羅場であろう。
真相は推して知るのみである。

「せんぱい……」
ねぇ。藤森先輩。チーズケーキ。甘味パーティー。
後輩たる彼女は腹をぐぅと鳴らし、5分10分、ホコリの舞うのが収まるまで、己の先輩とその親友との子供対子供の如きポカポカを見続けた。
喧嘩の理由は「子供の頃は」の題目に相応しく、双方覚えておらず、ひとしきり暴れ倒してスッキリした後はケロッと元通りの仲良しに戻りましたとさ。
おしまい、おしまい。

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