かたいなか

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「子供の頃は『ガラケーすら有りませんでした』なら『時代背景』、子供の頃は『内気な性格でした』なら『人物描写』。他にどんな切り口があるかねぇ」
これ、今現在「子供の頃」のユーザーって何書くんだろうな。某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、首を小さく傾けて、思慮に唇を尖らせた。

先月は「子供のままで」で、脳みそが子供の頃のままのような客の話を書き、去年の10月は「子供のように」で、子狐の物語を投稿した。
今回はどうしよう。

「時代と、人物と、なんだ、バチクソ難しいぞ……」
俺の頭が単に固いだけかな。物書きはガリガリ首筋を掻き、長考に天井を見上げて……
「むり。全然思い浮かばねぇ」

――――――

最近最近の都内某所。ひとりの女性が、職場の先輩のアパートの、玄関越えてリビングに至るドアの前で、ため息を吐き、虚無な表情で、立ち尽くしている。

「良い加減『人』を見ろ脳科学厨!」
「私に命令をするなPFCガタガタの脳筋め!」
「『蛋脂炭(Protein・Fat・Carbohydrate)』ガタガタはお前だ、低糖質主義者!」
「『前頭前野(PreFrontal Cortex)』だ!誰が今栄養バランスのハナシなどするか!」

眼前で繰り広げられているのは、部屋の主で彼女の先輩、本店勤務の藤森と、その親友で同じく本店勤務、主任の宇曽野の大喧嘩。
力量と体格、いわば剛の技でぶつかる宇曽野と、彼の勢いと重心を利用して柔の投げ崩しを仕掛ける藤森の、双方子供の頃はこういうじゃれ合いしてたんだろうなと想像に難くない「何か」。
防音防振対策の徹底された、このアパートならではのアクティビティである。

ポコロポコロポコロ。
掃除を日課とする綺麗好きの藤森の部屋にもかかわらず、まるでカートゥーンかアニメーション作品のデフォルメ演出のごとく、
ふたりの周囲だけ都合良くホコリの煙幕が舞い、パーカッションを連打する効果音が聞こえる心地がする。
何故であろう。 フィクションだからである。
アクションシーンの不得意な物書きが「子供の頃は」の題目で「子供の頃はよく喧嘩してた」程度しか閃かなかったゆえの、ごまかしである。
ひとまずポカポカさせておけば喧嘩っぽくなる。
細かいことを気にしてはいけない。

「せんぱーい……」
何故宇曽野がの藤森に来ていたかは知らないが、後輩たる彼女としては、先輩との先約があった。
ぶっちゃけ人数が増える分には好都合でもあった。
というのも、同じ支店で数ヶ月前から同僚関係である付烏月(ツウキ)の作ったチーズケーキの消費を、その手伝いを、藤森に要請していたのだ。
「あの、その、チーズケーキ……」

詳細の前日譚は前回投稿分により、割愛。
サファイア色した青いジャムを、しかし「青」ゆえになかなか使い道が難しく、結果として消費期限間近まで放ったらかした付烏月。
本店と支店で勤務先が離れてしまった先輩の藤森の部屋に、遊びに行くついでにジャム消費任務の手伝いを頼み、よくよく腹を空かせて来てみれば、
見よ。肝心の先輩は子供と子供の大乱闘中である。

自称人間嫌いの捻くれ者で、人間の心より人間の脳の傾向を信じる藤森に、なんやかんやあって宇曽野が「心を見ろ」と一喝したか。
有り得るだろう。
宇曽野と長い長い付き合いの、雪国の田舎出身である藤森が、今年の今回に限って、実家から大量に届いた季節の恵みを主任にお裾分けし忘れたか。
こちらの方が自然であろう。
それとも、ちょこちょこ藤森の部屋を訪れているであろう宇曽野が、藤森の部屋の冷蔵庫にプリンを置き去りにして、それを藤森が食ってしまったか。
それは確実に修羅場であろう。
真相は推して知るのみである。

「せんぱい……」
ねぇ。藤森先輩。チーズケーキ。甘味パーティー。
後輩たる彼女は腹をぐぅと鳴らし、5分10分、ホコリの舞うのが収まるまで、己の先輩とその親友との子供対子供の如きポカポカを見続けた。
喧嘩の理由は「子供の頃は」の題目に相応しく、双方覚えておらず、ひとしきり暴れ倒してスッキリした後はケロッと元通りの仲良しに戻りましたとさ。
おしまい、おしまい。

6/24/2024, 2:46:02 AM