かたいなか

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6/1/2024, 6:24:07 AM

「無垢(むく)と、無垢(むアカ)、頑張ってこじつければ2通りの読みができると言い張りたい」
自然の木をそのまま切り出した加工をしていない木材のことを「無垢材」と言うのか。某所在住物書きは「無垢」のサジェストに目を通した。
金無垢なる言葉もあるらしい。時計用語のようだ。

「金無垢、無垢材、アカ無し、御無垢(おむく)。
元々は仏教用語なんだな。……で?」
純潔ならひとり、もうサ終したソシャゲだけど、「そう来るか」ってのがいたわ。 物書きはネット検索を終了し、過去のスクショ倉庫に目を向ける。
「……ところで無垢と純粋の違いって?」
最終的にお題そっちのけ。いつもの展開である。

――――――

某呟きックスで早朝、ほんの少しの間だけ、妙な投稿がバズって、なぜかすぐ消えた。

それは要約すると、こんな話題だった。
中国の某所。ひとつ、あるいは複数のビル。
不動産の不況で建設や開発が数年前から放棄されてるのに、何故か日に日に高くなり続けてるらしい。
霊能力者が中を調査すると、そこには多くの欲望、可能性、亡霊、幻影が残っていて、
物理法則に干渉可能なほど強力な個体ばかり。
「増築」部分の「見た目『は』」純粋な無垢材。
見た目通りの木材でも、金属でも、石材でもなく、未知の物質なのだとか。

「完成」すれば亡霊や幻影は消え、欲望や可能性は歪曲、変質、変異する。その後は分からない。
増築や完成を阻止するには、欲浅く無垢に近い魂魄の持ち主の大声が必要だという。
で、
その中国某所の某ビルと同じ物が都内にあり
○区△町×丁目××にある■って名前の廃ビルだと。

そりゃ野次馬も撮りたがりも配信者も来るよね。

書かれてた住所がそこそこ近所だったから、職場で長いこと一緒に仕事してる先輩を引っ連れて、一緒にその廃ビルに行ってみた。
「何故私を?」
「だって先輩、無垢オブ無垢だもん。誠実で優しい、純粋、お人好し。なにより呟きの垢無し」
「『無垢(むアカ)』しか合っていない」

「先輩は『無垢(むく)』でしょ……?」
「どこが?」
「いや、『無垢』でしょ……」
「だから、どこが」

さすが、すぐ削除されたとはいえ、万バズ投稿。
実在する住所の廃ビルに集結した人は、男性も女性もその他も、老いも若きも、なんなら小学生くらいの子まで、みんなスマホをボロいビルに向けてる。
我こそが「無垢に近い魂の持ち主だ」と自慢したい少年少女、紳士淑女が、騒ぎに騒いでた。
道路を隔てて向かい側には、報道陣や警察車両も、数台だけ、チラホラ見える。
きっと今日の、それか来週の月曜のニュースで、小さく報道されるんだろう。

「増築と完成を阻止するには、無垢な魂を持った人の大声が必要なんだってさ」
「本気で信じているのか、その例の投稿のこと?」
「全然。でも先輩、大声出してみてよ」
「ことわる。近所迷惑だ」

「そんなこといわずに。それ!こちょこちょ!」
「わっ!よせ、やめろ!」

ソレこちょこちょ、おいヤメロ。
万バズの招いた人だかりを十分堪能して、私と先輩はその後、近くのカフェでコーヒーやらケーキやら飲み食いして別れた。
帰宅途中で先輩のアパート近くの稲荷神社の、神職さんと子狐くんを見た気がするけど、気のせいだったか事実だったか、よく分からない。

投稿と騒動の標的にされた廃ビルは、後日、「倒壊のおそれアリ」ってことでバリケードが設置されて、重機による解体作業が始まったけど、
結局、無垢な魂がどうとかこうとか、廃ビルが謎の増築とかの、妙な投稿の元ネタも元凶も、言い出しっぺも完全に闇の中。
ほんの数時間ネットを賑わせて、ほんの数十分警察と報道と私達を動かして、少し動画やら写真やらでスマホの容量を圧迫して、それだけ。
全部全部、最終的に皆の記憶から忘れ去られて、それっきりで終わった。

5/31/2024, 4:06:26 AM

「終わり無き旅、亡き旅、泣き旅、鳴き旅。
……『鳴き旅』って、麻雀の長期戦か何か?」
ぶっちゃけ、「どこ」に期間を設定するかで、終わる終わらないは変わると思うんだわ。
某所在住物書きはポテチをカリカリかじりながら、今日も今日とて途方に暮れている。
人生を終わりの無い旅と定義することは可能かもしれない――考察範囲を生きている間だけにすれば。

「お題の『なき』が平仮名だから、ここをあれこれ漢字変換でいじれば、何か書きやすいものが出てくると思ったんだがな。結局全部難しいわな……」
終わりが無いことを、「イタチごっこ」と曲解することは妙案かもしれない。物書きは己の腹を見てひとつ閃く。すなわち体重増加とダイエットのそれだ。
「だって美味いモンは美味い。仕方ねぇよ……」

――――――

鳴き旅終わり、グッバイ泣き旅、亡き旅の終わり。
エモい漢字変換をポンポン閃いては「無理、書けねぇ」で絶望し、案をポイポイする物書きです。
今回はこんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益ゆたかなお餅を売ったり、お母さん狐の営む茶っ葉屋さんのお手伝いをしたり、花と植物とキノコあふれる神社の大庭をパトロールしたりして、コンコン、しっかり人間をお勉強しておりました。

さて。その日のコンコン子狐は、稲荷神社本殿の玉の緒の下で、くるくるくる、自分の尻尾を追っかけてエンドレストラベルをしておりました。
だって参拝客が来ません。誰も遊んでくれません。
お父さん狐とお母さん狐はそれぞれ漢方医と茶っ葉屋さんとして勤労中だし、おじいちゃん狐とおばあちゃん狐は人間のお金持ちな「オエライさん」の要請で、自業自得案件の厄払い中。
くるくるくる、くるくるくる。だぁれも遊んでくれないので、コンコン子狐、自分の尻尾を追いかけて、おいかけて、エンドレストラベルです。

何分、尻尾追いの旅を続けていたでしょう。
「終わらないと思ってた旅路が突然切れた気分さ」
コンコン子狐、人間の何倍も高性能な自慢の耳で、人間2人分の足音と話し声をキャッチしました。
「『終わらない旅路』?」
「加元さんの執着の強さは、お前も知っているだろう。ずっと追われ続けると思っていたんだ。私が東京から離れるか、折れてあのひとのモノになるまで」

「お前は『物』じゃない」
「いいや。物だったよ。あのひとにとって恋は鏡、恋人はアクセサリーかジュエリーだ」

2人のうち片方を、コンコン子狐知っていました。
メタい話をすると去年の9月14日頃。
その声は「夜明け前」、この神社でパンパン手を叩いて、悪しき恋人から自分の大切なものを守ってほしいと、美しく尊い願い事を神社に託しました。
というかこのひと、お母さん狐の茶っ葉屋のお得意様です。子狐の頭や腹を撫でてくれる常連客です。
お礼参りかしら。それとも子狐を撫でに来てくれたのかしら。 まぁ前者でしょう、そうでしょう。

「あれほど簡単に加元さんが私を手放すとは思わなかった。去年の7月の『アレ』など、まだほんの少しだけトラウマモドキなのに」
「付烏月のやつがなぁ……」
「結局何をしたんだ。付烏月さんは?」
「『事実を述べた』、『左手の薬指を見せた』、『結果加元が盛大に勘違いして自爆した』。以上」
「それは聞いた。具体的に、何を言ったんだろう」
「本人に聞け」

話し声と足音が、ゆっくり善良に近づいてきます。
あと少しで2人は子狐のところへ来るでしょう。

よしよし。これでようやく子狐の、セルフ尻尾追いかけっこのエンドレスも終了です。
参拝客に遊んでもらおう、あわよくばお賽銭してもらって、ついでにおやつも頂こう。
コンコン子狐くるくるをやめて、参拝客を迎えに行こうとしましたが、
尻尾を追いかけ続け、くるくる回り過ぎて、それから本殿の階段を降りようとしたので、
目が回って、よろよろして、コロコロぽてん!
終わりなき尻尾チェイスな旅の果てに、階段から落っこちてしまいましたとさ。 おしまい。

5/30/2024, 4:51:57 AM

「車運転してたら対向車がパッシングしてきたの」
俺のごめんねエピソードっつったらコレよ。某所在住物書きはそう前置いた。
「進行方向確認したら、『あっ、察し』よな。
で、安全運転してたら、後続車両がバチクソ危険な運転で、詰めて追い越して急ブレーキして、急発進。……全〜部見られてたぜ」

ごめんねナラズモノ中年さん。アンタを煽りたくて安全運転してたんじゃねえの。「ネズミ捕り」がその先で臨時のサイン会開催してたのよ。
物書きはため息を吐き当時を懐かしみ、ぽつり。
「あのひと今頃なにしてっかな」

――――――

最近最近の都内某所、某職場の某支店、午後。
伝票の科目名と金額をそれぞれ集計中の新卒が、酷く困った様子で、電卓を叩いている。
金額が合わないのだろう。
「大丈夫?」
自分の電卓を持ってきて、新卒の世話役が肩を優しく叩いた。己にも昔、同じような経験があるのだ。
あのときは上司の伝票の書き間違いが原因だった。おかげでこちらは「正確に」処理していたのに、30分も合わぬ合わぬの電卓地獄であった。
「落ち着いて。一緒に確認しよ」

ぶっちゃけリモートと在宅と電子管理の時代の令和において、今も伝票の集計の初手が電卓とペンと紙のままである。いかがなものか。
というのは、支店に限らず多くの従業員が首をかしげている疑問であった。

「はいはい。慌てな〜い、慌てな〜い」
ごめんねごめんね、俺も混ぜて。
顔面蒼白の新卒にリラックス用の温かいカフェオレを渡すのは、付烏月、ツウキという男。
人差し指に小さなマイクロバッグをプランプランぶら下げ、揺らして、タブレットをテーブルに置く。
「藤森お手製の、マクロシートの出番だよん」
付烏月がプランプランのマグネットボタンをつまみ、フタを開けて、中からつまみ上げたのは、
リップクリームでも小さなコンパクトでもなく、
Type-C規格の、USBメモリであった――なんで?

「付烏月さん、それどしたの?」
「マクロと関数詰め込んだエクスェルシート!藤森のお手製を貰ってきたよん。伝票を入力すれば簡単に伝票のカンペが作成できるよ」
「そっちじゃなくて。マイクロバッグ」
「まいくろばっぐ?あぁ、これ?これも藤森から教えてもらった。『メモリとかSDカードとか入れるのにすごく重宝してる』って」

「藤森先輩、」
「ほら。こんなにいっぱい入る」

サイズばっちり。取りやすい。スゴイよね〜。
もはや伝票電卓そっちのけ。新卒と世話役の視線は、付烏月のマイクロバッグに向いている。
「『後輩から譲り受けた』って聞いたけど?」
中には灰色の厚紙が、仕切りとして折られて1枚。
マイクロSD、スタンダード、それからA規格とC規格のUSBメモリが複数個。手前がプライベート用で、真ん中と奥が仕事用だという。

「『藤森から教えてもらった』……?」
目を輝かせて仕事用のメモ帳に「マイクロミニバッグはメモリ保存バッグにピッタリ」と書き込みたがっている新卒に、世話役は片手で待ったをかけた。


――「『使い方が違う』?!」
業務終了後、夜。
世話役は付烏月の言う藤森本人と、低価格レストランで待ち合わせ、「マイクロバッグ」の話を伝えた。
先週の週末、藤森にマイクロバッグを譲ったのが、まさに彼女本人であったのだ。
千円札ガチャでダブったマイクロバッグを、捨てるのももったいなく、売っても二束三文。
丁度近くに藤森が居たものだから、「あげる」と。
「こんなに丁度良く、記憶媒体が入るのに?」

よもやそのダブりマイクロバッグが
コスメ入れでもアクセサリーとしてでもなく
業務用として愛用されていたとは。

「ごめんね。でも大半はメモリ入れない」
「では、何を入れるんだ。ハンコか」
「だいたい何も入れない。入れても化粧直しのコスメとかリップとか、ヘアゴムとか」

「『なにもいれない』……?バッグに……?」
「ホントだって。嘘じゃないって」

あのね。こういうのは、小さくてカワイイのを楽しむの。それかホントの小物入れとして使うの。
マイクロバッグの「マイクロバッグ」たる理由と用途を、あらためて説明する女性に、
藤森は目を見張り、口をパックリ。
サイズ感と容量と深さとを示し、いかに業務と実用に耐え得るか無言で主張して、何度も、己の「メモリ入れ」と目の前の女性とを見ている。

「藤森先輩。ごめんね」
藤森の両肩に、女性の両手が置かれた。
「多分こういうのに実用性求めちゃダメだと思う」

5/29/2024, 2:22:59 AM

「物語のネタが浮かばないときは、その日のトレンドワードとか、時事ネタとか絡めてるわな」
これまた随分と、ピンポイントな。某所在住物書きはスマホの通知画面を見てため息を吐き、この難題をどう組み立てるか頭をフル稼働させていた。

「たとえば某ゲームのレゴ。……懐かしいし主人公半袖っぽいが二次創作が難しい。保留。
あるいは今日の気温。東京は最高28度予報らしい。……まぁ半袖だがネタが浮かばん。保留。
もしくは今日はクレープの日でこんにゃくの日で肉の日らしい。……飯テロ万歳だが全部は無理」
あれ、今日、マジでネタがムズい。物書きは天井を見上げ、ガリガリ頭をかき、ぽつり。
「半袖で何を書けと」

――――――

例年今頃半袖だったか長袖だったか、分からなくなってしまった物書きです。皆様いかがお過ごしでしょうか。今日はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近の都内某所。人間に化ける妙技を持つ不思議な子狐が、夜雨に降られておりました。
「寒いよ、さむいよ」
街灯乱反射する雨の夜道に、ひとりぼっちの子狐。絵になりますね。約20℃の夜の東京の、降雨と風は、コンコン子狐の傘持たぬ体をまんべんなく濡らし、体温を奪っていきます。

「かかさん、さむいよ。おててが冷たいよ」
お茶屋を営む母狐に褒めてほしくて、稲荷の餅売りで貯めたお金を握りしめ、買い出しに出た帰り道。
東京に台風が近づくらしいので、その間に食べるおやつ、もとい、コン平糖と油揚げを、ゲフンゲフン!……非常食と保存食を、備蓄しておきたいのです。
ついでに少し、お肉とこんにゃくも買ったのです。
これできっと、子狐のお母さんは雨の中、買い物に出なくて良いに違いないのです。
買ったものを濡らさぬよう、ぎゅっと抱えて、体を丸めますが、それでもポタポタ水滴と、ごうごう強風は、双方一切容赦しません。
「かかさん、かかさん……」
キャン、キャン。ここココンコンコン。
子狐はとうとう寂しく、心細くなって、心も体もすっかり弱ってしまって、人間の子供に化けていた化けの皮がペロリンチョ。
子狐の弱々しい姿で、道路のすみっこで、小ちゃく、うずくまってしまいました。

そこに現れたのが母狐の茶っ葉屋のお得意様。
「見つけた。茶葉屋の子狐だな」

黒くて大きな傘に、深い群青のレインコート、その下には白いリネンの半袖サマーコート。
お得意様はぴっちゃり濡れた子狐を傘で覆い、雨から遠ざけてくれました。
「茶葉屋の店主から言われて、お前を探しに来た」
あーあー。こんなに濡れて。洗濯直後のぬいぐるみかシャンプー中の犬猫だ。
お得意様は子狐に、エキノコックスも狂犬病も無いのを知っているので、手持ちのタオルで体を拭いてやって、拭ききれないのを諦めて、自分の半袖リネンを脱ぎ、それで包んでやりました。

「お前の父さんも母さんも、皆、すごく心配している。一緒に帰ろう」
子狐が大事に持っていた袋を防水バッグに入れる、茶っ葉屋さんのお得意様。
半袖リネンに包んだ子狐を抱え、雨や風がこれ以上子狐にイジワルしないよう、レインコートの内側に入れてやって、黒い傘を差し直します。
「捻くれ者と相合傘だが、文句言うなよ」
まぁ、子狐と私とで、相合傘がそもそも成立するのか不明だが。お得意様が云々付け加えて話す間に、体が少し乾いてあったかくなった子狐は、すっかり安心して、スピスピ寝息をたててしまいました。
街灯乱反射する雨の夜道に、子狐抱えて傘さし帰路につく大人は、それは、それは絵になる構図でした。

半袖コートと子狐が、相合傘するおはなしでした。
深い意味はありません。某所在住物書きが、半袖ネタに苦しまぎれでたどり着いたおはなしです。
猛暑シチュは過去作で結構出尽くしたので、「暑いジメジメ5月に半袖でデロンデロン」を投稿すると、短期間二番煎じになっちゃうのです。
しゃーない、しゃーない。

5/28/2024, 4:31:48 AM

「詳しくはないが、仏教だと、『天国と地獄』っつーより『極楽浄土と地獄』、なんだっけ?」
昨日も昨日だったが今日も今日。固い頭を限界まで酷使して前回の題目を書ききった某所在住物書きであったが、なんと非情なことであろう。
今回の題目も題目で、物書きにとって難題難問。頭を抱え天井を見上げ、ため息をつく案件であった。

「で、詳しくないからこそ分からんのがさ。仏教の輪廻転生思想と極楽&地獄の世界観なのよ。善人は極楽行って即解脱なの?悪人はどうよ?一旦地獄行った後で輪廻に戻るのか?どうなんだろなその辺?」
まぁぶっちゃけ、天国だろうと地獄だろうと、極楽輪廻云々も、あるいは「地獄のオルフェ」でも、信仰してねぇから別に良いけどさ。
物書きは首を傾け、某「カルシウム+サルピス」の乳酸菌飲料によく似た味の般若湯をあおった。

――――――

最近最近の都内某所、某支店、雨降りの昼。
友人に関する諸事情で3月に就職してきた付烏月、ツウキという男が、申し訳無い表情で、
唇をキュッと結び、友人の後輩をチラリ見て、
バツが悪そうに視線を外し、目を閉じる。

後輩の落ち込む様子が、地獄の真っ只中にひとり落とされたようで、痛ましいのだ。
「諸事情」を完遂したため近々離職予定だというところの付烏月に、ずっと職場に居てほしくて。
厳密には彼の作るスイーツと別れたくなくて。

最近菓子づくりに凝っている付烏月。
食うより作る派のため、消費と補充のバランスが行方不明。ゆえに製作物を職場に持ち込んでいた。
茶と共に客に供され、昼休憩に従業員に渡され、
今年度は「当たり年」だと菓子好きの常連は天国。
友人の後輩も、彼の作るカップケーキで日頃の心の傷と化膿と炎症を癒やした。
その天国がサービス終了のお知らせなのだ。

「世の中、仕方無いのよ。お別れの連続なのよ」
支店の常連マダム4人が、ひとつの来客用テーブルを囲み、絶賛地獄滞在中の後輩と悲しみを共有している。彼女達も付烏月の趣味を、すなわち時折職場に持ち込まれるクッキーだのマカロンだのを好んだ。
「いつか別れる。いつか消える、無くす。その積み重なりが人生なの。割り切らなきゃ」
まぁ私も孫のバースデーケーキ彼にお願いする予定だったのを、変更する必要があるから寂しいけど。
私も、彼のボンボンショコラ目当てに入り浸ってたから、これから来店の回数少し減っちゃうけど。
仕方無いわ。人生、こういうものよ。
マダムは後輩の肩を優しく叩き、優しく微笑み、
ニッコリ、何とも言わず、付烏月を見る。

どうやら付烏月の味方は支店長だけらしい。
「付烏月君。あまり気にし過ぎるな」
支店長の手が付烏月の肩を憐れんだ。
「あのご婦人方の得意技だ。クレームもヘイトも迷惑行為も無いが、ああやって感情に訴えて、『お気に入り』の離職を『少しだけ』引き止めるのだよ」
私も10年前ご婦人方に「アレ」で引き止められ、結果ズルズル、今となっては支店長だ。
追加情報を提示する支店長の目は、まっすぐ常連客を見ていたが、付烏月には彼の瞳が少し虚ろに曇っているように感じた。

わぁ。深堀りしたら何か出てきそう。

「あのね支店長。俺、元々俺の用事が済んだらココからオサラバする予定だったの」
「そうか」
「スイーツの差し入れも、ただの趣味の副産物だから、コンビニのとか本職とかよりレベルは低いの」
「そうか」

「なんで後輩ちゃん、たった数ヶ月の同僚に地獄フィーリングになっちゃったんだろ」
「逆に数ヶ月紳士淑女の胃袋を掴み続けて何故惜しまれず離職できると思ったのかね」

仕方無いよ。仕方無いさ。 付烏月と支店長は互いに互いを見て、長いため息を同時に吐いた。
「もちょっとだけ、」
ポソリ呟く付烏月の声に、後輩がまるで地獄から天国へ引き上げられたような輝きで視線を向ける。
「離職するの、待とう、か……?」
常連マダム4名は、穏やかな微笑を返すだけ。
唯一中立を保ちどちらの肩も持たなかった新卒は、
「これが相手を引き止めるテクニックか」と、手持ちのメモ帳にその日の一切を、絶大な話術の威力を、勤勉にしっかりメモりましたとさ。

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