かたいなか

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「物語のネタが浮かばないときは、その日のトレンドワードとか、時事ネタとか絡めてるわな」
これまた随分と、ピンポイントな。某所在住物書きはスマホの通知画面を見てため息を吐き、この難題をどう組み立てるか頭をフル稼働させていた。

「たとえば某ゲームのレゴ。……懐かしいし主人公半袖っぽいが二次創作が難しい。保留。
あるいは今日の気温。東京は最高28度予報らしい。……まぁ半袖だがネタが浮かばん。保留。
もしくは今日はクレープの日でこんにゃくの日で肉の日らしい。……飯テロ万歳だが全部は無理」
あれ、今日、マジでネタがムズい。物書きは天井を見上げ、ガリガリ頭をかき、ぽつり。
「半袖で何を書けと」

――――――

例年今頃半袖だったか長袖だったか、分からなくなってしまった物書きです。皆様いかがお過ごしでしょうか。今日はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近の都内某所。人間に化ける妙技を持つ不思議な子狐が、夜雨に降られておりました。
「寒いよ、さむいよ」
街灯乱反射する雨の夜道に、ひとりぼっちの子狐。絵になりますね。約20℃の夜の東京の、降雨と風は、コンコン子狐の傘持たぬ体をまんべんなく濡らし、体温を奪っていきます。

「かかさん、さむいよ。おててが冷たいよ」
お茶屋を営む母狐に褒めてほしくて、稲荷の餅売りで貯めたお金を握りしめ、買い出しに出た帰り道。
東京に台風が近づくらしいので、その間に食べるおやつ、もとい、コン平糖と油揚げを、ゲフンゲフン!……非常食と保存食を、備蓄しておきたいのです。
ついでに少し、お肉とこんにゃくも買ったのです。
これできっと、子狐のお母さんは雨の中、買い物に出なくて良いに違いないのです。
買ったものを濡らさぬよう、ぎゅっと抱えて、体を丸めますが、それでもポタポタ水滴と、ごうごう強風は、双方一切容赦しません。
「かかさん、かかさん……」
キャン、キャン。ここココンコンコン。
子狐はとうとう寂しく、心細くなって、心も体もすっかり弱ってしまって、人間の子供に化けていた化けの皮がペロリンチョ。
子狐の弱々しい姿で、道路のすみっこで、小ちゃく、うずくまってしまいました。

そこに現れたのが母狐の茶っ葉屋のお得意様。
「見つけた。茶葉屋の子狐だな」

黒くて大きな傘に、深い群青のレインコート、その下には白いリネンの半袖サマーコート。
お得意様はぴっちゃり濡れた子狐を傘で覆い、雨から遠ざけてくれました。
「茶葉屋の店主から言われて、お前を探しに来た」
あーあー。こんなに濡れて。洗濯直後のぬいぐるみかシャンプー中の犬猫だ。
お得意様は子狐に、エキノコックスも狂犬病も無いのを知っているので、手持ちのタオルで体を拭いてやって、拭ききれないのを諦めて、自分の半袖リネンを脱ぎ、それで包んでやりました。

「お前の父さんも母さんも、皆、すごく心配している。一緒に帰ろう」
子狐が大事に持っていた袋を防水バッグに入れる、茶っ葉屋さんのお得意様。
半袖リネンに包んだ子狐を抱え、雨や風がこれ以上子狐にイジワルしないよう、レインコートの内側に入れてやって、黒い傘を差し直します。
「捻くれ者と相合傘だが、文句言うなよ」
まぁ、子狐と私とで、相合傘がそもそも成立するのか不明だが。お得意様が云々付け加えて話す間に、体が少し乾いてあったかくなった子狐は、すっかり安心して、スピスピ寝息をたててしまいました。
街灯乱反射する雨の夜道に、子狐抱えて傘さし帰路につく大人は、それは、それは絵になる構図でした。

半袖コートと子狐が、相合傘するおはなしでした。
深い意味はありません。某所在住物書きが、半袖ネタに苦しまぎれでたどり着いたおはなしです。
猛暑シチュは過去作で結構出尽くしたので、「暑いジメジメ5月に半袖でデロンデロン」を投稿すると、短期間二番煎じになっちゃうのです。
しゃーない、しゃーない。

5/29/2024, 2:22:59 AM