かたいなか

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「車運転してたら対向車がパッシングしてきたの」
俺のごめんねエピソードっつったらコレよ。某所在住物書きはそう前置いた。
「進行方向確認したら、『あっ、察し』よな。
で、安全運転してたら、後続車両がバチクソ危険な運転で、詰めて追い越して急ブレーキして、急発進。……全〜部見られてたぜ」

ごめんねナラズモノ中年さん。アンタを煽りたくて安全運転してたんじゃねえの。「ネズミ捕り」がその先で臨時のサイン会開催してたのよ。
物書きはため息を吐き当時を懐かしみ、ぽつり。
「あのひと今頃なにしてっかな」

――――――

最近最近の都内某所、某職場の某支店、午後。
伝票の科目名と金額をそれぞれ集計中の新卒が、酷く困った様子で、電卓を叩いている。
金額が合わないのだろう。
「大丈夫?」
自分の電卓を持ってきて、新卒の世話役が肩を優しく叩いた。己にも昔、同じような経験があるのだ。
あのときは上司の伝票の書き間違いが原因だった。おかげでこちらは「正確に」処理していたのに、30分も合わぬ合わぬの電卓地獄であった。
「落ち着いて。一緒に確認しよ」

ぶっちゃけリモートと在宅と電子管理の時代の令和において、今も伝票の集計の初手が電卓とペンと紙のままである。いかがなものか。
というのは、支店に限らず多くの従業員が首をかしげている疑問であった。

「はいはい。慌てな〜い、慌てな〜い」
ごめんねごめんね、俺も混ぜて。
顔面蒼白の新卒にリラックス用の温かいカフェオレを渡すのは、付烏月、ツウキという男。
人差し指に小さなマイクロバッグをプランプランぶら下げ、揺らして、タブレットをテーブルに置く。
「藤森お手製の、マクロシートの出番だよん」
付烏月がプランプランのマグネットボタンをつまみ、フタを開けて、中からつまみ上げたのは、
リップクリームでも小さなコンパクトでもなく、
Type-C規格の、USBメモリであった――なんで?

「付烏月さん、それどしたの?」
「マクロと関数詰め込んだエクスェルシート!藤森のお手製を貰ってきたよん。伝票を入力すれば簡単に伝票のカンペが作成できるよ」
「そっちじゃなくて。マイクロバッグ」
「まいくろばっぐ?あぁ、これ?これも藤森から教えてもらった。『メモリとかSDカードとか入れるのにすごく重宝してる』って」

「藤森先輩、」
「ほら。こんなにいっぱい入る」

サイズばっちり。取りやすい。スゴイよね〜。
もはや伝票電卓そっちのけ。新卒と世話役の視線は、付烏月のマイクロバッグに向いている。
「『後輩から譲り受けた』って聞いたけど?」
中には灰色の厚紙が、仕切りとして折られて1枚。
マイクロSD、スタンダード、それからA規格とC規格のUSBメモリが複数個。手前がプライベート用で、真ん中と奥が仕事用だという。

「『藤森から教えてもらった』……?」
目を輝かせて仕事用のメモ帳に「マイクロミニバッグはメモリ保存バッグにピッタリ」と書き込みたがっている新卒に、世話役は片手で待ったをかけた。


――「『使い方が違う』?!」
業務終了後、夜。
世話役は付烏月の言う藤森本人と、低価格レストランで待ち合わせ、「マイクロバッグ」の話を伝えた。
先週の週末、藤森にマイクロバッグを譲ったのが、まさに彼女本人であったのだ。
千円札ガチャでダブったマイクロバッグを、捨てるのももったいなく、売っても二束三文。
丁度近くに藤森が居たものだから、「あげる」と。
「こんなに丁度良く、記憶媒体が入るのに?」

よもやそのダブりマイクロバッグが
コスメ入れでもアクセサリーとしてでもなく
業務用として愛用されていたとは。

「ごめんね。でも大半はメモリ入れない」
「では、何を入れるんだ。ハンコか」
「だいたい何も入れない。入れても化粧直しのコスメとかリップとか、ヘアゴムとか」

「『なにもいれない』……?バッグに……?」
「ホントだって。嘘じゃないって」

あのね。こういうのは、小さくてカワイイのを楽しむの。それかホントの小物入れとして使うの。
マイクロバッグの「マイクロバッグ」たる理由と用途を、あらためて説明する女性に、
藤森は目を見張り、口をパックリ。
サイズ感と容量と深さとを示し、いかに業務と実用に耐え得るか無言で主張して、何度も、己の「メモリ入れ」と目の前の女性とを見ている。

「藤森先輩。ごめんね」
藤森の両肩に、女性の両手が置かれた。
「多分こういうのに実用性求めちゃダメだと思う」

5/30/2024, 4:51:57 AM