かたいなか

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5/9/2024, 3:32:18 AM

「去年6月16日のお題が『1年前』で、同月24日が一年後ならぬ『1年後』だったな」
某所在住物書きは100均のマグカップにスティックコーヒーを落とし、湯を入れながら呟いた。
数日前の猛暑に対して、今日は随分肌寒い。
去年は何℃だったか。一年後の今日との気温差は?

「去年がアレで、今年が今年の真夏だったけどさ」
ちびちびコーヒーを飲む物書き。実は猫舌である。
「まさか一年後『4月の猛暑日』とか無いよな?」
一年後だろうと十年後だろうと、物書きの舌のステータスは「猫舌」のままに違いない。

――――――

昔々、まだ年号が平成だった頃、約10年くらい前のおはなしです。出逢って約一年後に縁切れた、トリカブトと元カレ・元カノのおはなしです。
都内某所、約4年前上京してきた珍しい名字の雪国出身者がおりまして、つまり附子山というのですが、
田舎と都会の違いに揉まれ、打たれ、擦り切れて、ゆえに厭世家と人間嫌いを発症しておりました。

異文化適応曲線なるカーブに、ショック期というものがあります。
上京や海外留学なんかした初期はハネムーン期。全部が全部、美しく、良いものに見えます。
その次がショック期。段々悪い部分や自分と違う部分が見えてきて、混乱したり、落ち込んだりします。
附子山はこの頃、丁度ショック期真っ只中。
うまく都会の波に乗れず、悪意に深く傷つき、善意を過度に恐れ、相違に酷く疲れ果ててしまったのです。
大抵、大半の上京者が、大なり小なり経験します。
しゃーない、しゃーない。

「附子山さん!」
さて。
「ケーキが美味しいカフェ見つけたの。行こうよ」
そんなトリカブトの花言葉発症中の附子山の職場に、ハネムーン期真っ最中な者がおりました。
加元といいます。元カレ・元カノの、かもと。未来が予測しやすいネーミングですね。

「何故いつも私なんかに声をかける?」
絶賛トリカブト中の附子山は「人間は皆、敵か、まだ敵じゃないか」の境地。無条件に突っぱねます。
「あなた独りか、他のもっと仲の良い方と一緒に行けばいい。何度誘われようと私は行かない」
加元は附子山の、威嚇するヤマアラシのような、傷負った野犬のような、誰も寄せ付けぬ孤高と危うさと痛ましさが大好き。
附子山の顔と性質が、加元の心に火を付けました。

このひとが、欲しい。 このひとを身につけたい。
きっと美しいミラーピアスになるだろう。
恋に恋するタイプの加元にとって、この所有欲・独占欲の大業火こそが、すなわち恋のカタチでした。

「だって、附子山さん、いっつも何か寂しそうな、疲れてそうな顔してるんだもん」
己の声、言葉、表情それら全部を使って、附子山の傷ついた心に、炎症を起こした魂に、
ぬるり、ぬるり、加元は潜り降りていきます。
「美味しいもの食べれば、元気になるよ」

それは、表面的には附子山をいたわり、寄り添う言葉に聞こえますが、
その心の奥の奥には、清く尊いジェムの原石に手をかける、不遜な収集家の欲望がありました。
そして悲しいかな、附子山は加元の言葉の、奥の奥に気付くことが、まったく、できなかったのです。

「……あなたが分からない」
何度突っぱねても、どれだけ拒絶の対応をとっても、こりずに優しく言葉の手を伸ばしてくる加元に、
ぽつり、怯えるように、少し懐いてきたように、でもまだ相手を威嚇するように、附子山は呟きました。
とくん。附子山の絶賛トリカブト中な筈の心が小さく揺れます。それはひょっとしたら、もしかしたら、附子山の「初恋の日」だったかも、しれませんでした。

この数ヶ月後、加元は望み通り附子山を手に入れ、
しかし「実は附子山、心の傷が癒えてみたら、自然を愛する真面目で心優しいひとでした」の新事実発覚で地雷級の解釈違い。ショック期が堂々到来します。
「人間嫌い」と「厭世家」のトリカブトには、礼儀正しく義理深い「騎士道」の花言葉もある。それを加元、知らなかったのです。
そもそも「花」に「宝石」を求めていたのですから、そりゃ齟齬も相違も発生するのです。

「アレが解釈違い」、「これが地雷」、「頭おかしい」と旧呟きアプリに愚痴を投下していたら、
あれや、これや、なんやかんや。
初めて附子山に会って約一年後、元カレ・元カノの加元の名前どおり、プッツリ、附子山の方から縁切られましたとさ。 しゃーない、しゃーない。

5/8/2024, 3:39:41 AM

「10月30日が『初恋の日』らしい」
島崎藤村、リンゴの木がどうのこうのだとさ。
某所在住物書きはネットの検索結果をスワイプしながら、「10月30日」の他のネタを探している。
尾崎紅葉の紅葉忌、たまごかけごはんの日、海外に目を向ければ宇宙戦争の日。香りの日でもあるとか。
「紅葉が見れるTKGレストランでアロマポット商談の予約を入れるハナシ?……無理だが?」

記念日ネタが難しいなら、誕生花は?
物書きは早々にターゲットを変更して、某サイトを検索。「初恋の日」10月30日の誕生花は、リンゴやサザンカ、カエデにパセリ、スイレン等々。
「ここでも『リンゴ』か」
物書きは頭をガリガリ掻いた。
「初恋の日とリンゴの花を結びつけたネタ、去年もう書いてるんだわ……」

――――――

最近最近の都内某所、某ブラックに限りなく近いグレー企業の某部署、朝。
室内には、藤森という雪国出身者だけが1人居て、消耗品であるところの茶葉やコーヒーのポーション等々を補充している。
それが終われば観葉植物の枯れ葉を整理して、掃除機をかけて、ゴミ箱の中身を整理して。

来客用のテーブルの上、チープな個包装の少し盛られたクリスタルガラスは手を出さない。
その菓子器の中身を勝手に追加すると、部屋のトップが目ざとく気づくのだ。
『新作はどれだ』『これを食ったことがない』『ボサっとするな茶を淹れろ一緒に食え』と。
「……さすが『オテント様はお見通し』」
ぽつり、ひとりごと。
その部屋のトップは名前を緒天戸という。

「俺がどうしたって?」
途端、予想外の人の声。噂をすれば影である。
今年の3月から藤森の「上司」となった緒天戸だ。
「そうそう、聞いてきたぞ。お前の『初恋の日』」
先月25日から進行中の1ヶ月新人研修に、1週間だけ同行しており、昨晩東京に帰ってきたのだ。

「随分今のお前とかけ離れてたが、アレは事実か?あいつ、お前の前々職バーテンって言ってたぞ?」
緒天戸が同行した新人研修には、今年の3月就職してきた藤森の「初恋のひと」が混じっていた。
藤森を一方的にディスり、ゆえに藤森からやんわり縁を切られたのに、強い執着でもって藤森の職場を探し当てて、潜り込んできた。
藤森の初恋は名前を加元といった。

「多分、『加元の』初恋の日ですね。私は加元の、たしか2番目。それに前々職は図書館です」
「『ぼくの初恋の日は「初恋の日」に立ち寄ったダイニングバーでした』、『客に優しく笑い、でも心を完全に閉ざしてるバーテンでした』ってのは」
「私ではありません」
「なんだ。お前が美味い酒を出せるワケじゃねぇのか。1杯作らせようと思ったのに」

「『シンデレラ』なら、お出しできますが」
「レモンとオレンジとパイナップルのミックスジュースじゃねぇか。休肝日かよ」

ぽい、ぽい、ぽい。
自分のデスクにつくなり、緒天戸はバッグを開けて、大小複数の紙舗装の箱を取り出している。
「ちぇっ。お前の過去と初恋の日をチラ見したと思って、面白がって聞いてたのによ」
これは誰々の分、それは何処其処の分、あれは孫とひ孫と孫嫁の分、ついでのオマケを藤森へ。
1週間同行した新人研修を随分堪能してきたらしく、デスクの上は各所への土産でいっぱい。
「俺が聞いたのは、『お前の』初恋じゃなくて、『お前の初恋の』初恋の日のハナシか」

ちょいちょい。
緒天戸は藤森を手招きで呼ぶと、寄ってきたところにリンゴの花の形をしたパイの小箱を提示した。
「私への土産、ですか?」
「いんや」
「……『コレを今食いたいから、ピッタリな茶かコーヒーを淹れるように』?」
「久しぶりにお前の美味い茶が飲みてぇ。淹れろ」
「はぁ。……はい」

ちなみにリンゴの花といえば、10月30日が「初恋の日」で、元ネタにリンゴの木が出てきてだな。
そいつと全然関係無いが、その日は紅葉もなか、もとい紅葉忌とかいう日でもあってだな。
藤森が湯冷ましと湯呑みを用意して、急須に茶葉を落とす間、緒天戸によるトリビアタイム。
リンゴの花が紅葉になり、紅葉美しい旅亭のハナシから名物の裏メニューのたまごかけごはんの味、それから藤森自身の「初恋の日」の催促へ。

(こんなにあちこち食い歩いて、美味を知っているのに、何故私なんかが淹れる茶が好きなんだ)
藤森は上司のアレコレを聞き流しながら、静かなため息をひとつ、小さく吐いた。

5/7/2024, 2:52:23 AM

「去年6月7日が『世界の終わりに君と』だった」
先月18日の「無色の世界」、1月15日の「この世界は」、それから去年9月の「世界に一つだけ」。
この世界(アプリ)で遭遇する世界ネタはだいたいこれくらいだっただろうかと、某所在住物書きは過去のお題をスワイプで辿る。
去年とお題が変わらなければ、来月7日に終末ネタを書くのだ――金曜日に。

「個人的にはな」
物書きは呟いた。
「第一印象はソシャゲよ。『明日コレに終了告知が来る』とか、ザラにあるじゃん……」
世は無常。課金して爆死してサ終して、世界は次のソシャゲへ流れていく。

――――――

「明日世界が終わるなら」。終わる世界は地球そのものからダムの底に沈む村、1年経たずにサ終するスマホのゲームまで、様々かと思います。
この物書きがご用意したのは、ひとつの小さなお店が終わる物語。なぜか狐と猫が登場します。

去年のだいたい今頃、都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ、化け狐の末裔が暮らしており、その内の末っ子の子狐は、キラキラキレイなものが大好き。
不思議なお餅を売って得たお金で、コロコロビー玉を買ったり、チャリチャリおはじきを買ったり。
お気に入りの小さな宝箱を、美しいものでいっぱいにして、楽しんでおりました。
で、人間たちが定める大型連休最終日、雨降るちょっと寂しい午後のこと。

「今日で閉店なの」
雨音を聴きながら家の縁側でお昼寝していた子狐を、都内の某病院で漢方医として労働し納税している父狐が、起こしてお外に連れ出しました。
「客は減ったし、最近どこもカメラの目ばかりで」
父狐が連れてきたのは、今日を限りに店を畳むという大化け猫の駄菓子屋さん。
もう歳だから、いつ防犯カメラの前でうっかり化けの皮剥げちゃうか、怖くてねぇ。
穏やかに笑う、おばあちゃんに擬態した大化け猫は、しかし少しだけ寂しそう。
「明日には静かな、福島に向かう予定よ」

防犯用、スマホの標準装備、それらの普及。今や都内は、カメラの監視で溢れています。
少し化ければ拡散され、術を使えば晒される。
この大化け猫のように、肩身の狭い都会から、僅かでも秘匿と神秘の残る田舎へ、多くの物の怪が逃れてゆきました。

「フクシマ?ヘイテン?」
コンコン子狐、まだまだ子供なので、ヘイテンの意味が分かりません。
「明日来ても、ここでお菓子もビー玉も、買えなくなってしまうんだよ」
「あさっては?来週は?」
「明後日も来週も、買えないんだ。だから今日は、お前の好きなものを、全部貰っていきなさい。ととさんが買ってあげるから」
「好きなモノもらう!全部もらう!」
父狐が説明しても、ちんぷんかんぷん。「ととさんが、欲しいものを全部買ってくれる」その一点だけ、理解して、キラキラおめめを輝かせるのでした。

明日世界が終わるなら、終わる前に、世界から遺言を受け取りましょう。
明日世界が終わるなら、終わる前に、世界が在った思い出を受け取りましょう。

「明日で、ここはもう無くなってしまうけど、」
おはじきと、ビー玉と、ビーズと飴玉と金平糖。
「お元気で。悲しまないでね。たまに、『こんな場所があった』って、思い出して」
他にもたくさんカゴに詰めて、大満足のお会計。
「向こうで落ち着いたら、桃が有名らしいから、いっぱい送ってあげるわ」
大化け猫が撫でてくれた手の優しさと温かさを、子狐はいつまでも、いつまでも多分、覚えておりました。

「明日」で終わる、小さなお店のおはなしでした。
ちなみにお店の店主さん、1年経った現在ですが、
田舎で静かに穏やかに、しかし終わらせたお店の常連さんとお手紙で交流なんかして、
幸福に、元気に、今もゴロニャン過ごしているそうです。 おしまい、おしまい。

5/6/2024, 4:48:10 AM

「『君と出逢って』、何年経ったのか、何か変わったのか何も変わってないのか、そもそも『出逢ってない』って展開の方なのか。なんならこの『君』が人間でなくて物とか猫とかってパターンもあるわな」
ネット情報だと、「逢」の字は、思いがけず逢うとか大切なものと逢うとかに使われるらしい。
某所在住物書きはネットに掲載されている「出会う」と「出逢う」の違いをスワイプで流し見ていた。
去年は「君と出逢って『から、私は…』」だった。
『 』の部分が削れたため、今年は、自由度に関しては上がったと言えよう――難度上下は別として。

「令和ちゃんと出逢ってからは、春が夏よな」
物書きが呟いた。
「あとこのアプリと出逢ってから、見たくない不快な広告の強制終了のやり方は2個覚えた」
ぶっちゃけ買い切り1000円でも2000円でも構わないから、広告削除オプションが欲しい。

――――――

最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社と、「ここ」ではない「どこか」のおはなしです。
人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らすその稲荷神社は、草が花が山菜が、いつかの過去を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折妙な連中と出逢ったり、不思議なものが顔を出したり、×××な◇が■■したりしていますが、そういうのは大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。

多分気にしちゃいけません。きっと別の世界のおはなしです。「ここ」ではないどこかのおはなしです。
ですが今日は少しだけ、神社にやってくる「妙な連中」に、目を向けてみることにしましょう。

ある時ガマズミの花が咲いた頃、稲荷神社在住の子狐が、完璧な星の模様の赤キノコと出逢いました。
そのキノコの香りを嗅ぐと、昔食べた思い出深い料理の、香りと余韻を完璧に思い出すのでした。
君と出逢ってから、すごく某店のアレが食べたい。
父狐はそれを「アジナシカオリダケ」と呼び、周囲の土ごと掘り起こして、『世界線管理局 植物・菌類担当行き』の黒穴にブチ込みました。

またある時キバナノアマナが種をつける頃、神社の庭を散歩していた子狐が、
どの黒よりも黒い前羽と、光を反射して透き通る青い後羽を持つチョウチョと出逢いました。
チョウチョは誰かの左目を隠したがり、目を隠されたモノは人も獣でも、心の中の何か恥ずかしい――カッコイイ設定を、カッコよく演じたくなるのでした。
君と出逢ってから、魂の奥底の「花」が騒ぐ?
君と出逢ってから、心の深層の「結晶」が軋む?
父狐はそれを「クロレキシジミ」と呼び、カッコ良さげな虫かごに入れて、『世界線管理局 節足動物・昆虫担当行き』の黒穴に放り込みました。

そしてある時ヤマニンジンが食べ頃な頃、お昼ごはんをたっぷり胃袋におさめてゴキゲンな子狐が、
白百合のような花を右耳の裏、首筋あたりに付けた白い狼と出逢いました。
狼は、ここではない別のおはなしの世界で、恐ろしい裂け目に落ちて、ここに来てしまったと言いました。
なんだかすごく、去年も君と出逢った気がする。
本来の姿の君と出逢っていれば、それは美しい魂を秘めた「誰か」に、似た姿をしている気がする。
父狐は彼を「ただの迷子」と呼び、『世界線管理局 密入出・難民保護担当行き』の黒穴へ案内しました。

妙なキノコ、妙なチョウチョ、それから不思議な白い狼。稲荷神社の子狐は、いろんな「なにか」と出逢って、いろんな「なにか」の名前を知って、それらすべてをバイバイさよなら、父狐と一緒に見送ります。
最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社は、今日も「ここ」ではない「どこか」の世界と、繋がり、関わり、送り返しています。

5/5/2024, 5:02:07 AM

「去年の7月30日に『澄んだ瞳』なら書いた」
「見る」と「言う」は複数個覚えてるけど、「聞く」と「耳」は1年で2〜3個程度、だったよな?
某所在住物書きは過去投稿文をスワイプしながら、お題の傾向を追いかけていた。
先々月の「見つめられると」、先月の「もしも未来を見れるなら」、それから去年10月の「鋭い眼差し」等々。視覚に関するお題は比較的多いが、「聞く」にフォーカスしたものは今年初、通年でもこれを含めて2〜3個程度ではなかろうか。

「モスキート音とかは、あれ、『耳を澄まして聞こえる』ってジャンルには入るのか?」
そういえば。物書きはふと、「30〜40代以降は聞こえなくなる周波数帯」の話題を思い出した。
ネット情報によると、かつて携帯電話を学校に持ち込み、モスキート音を鳴らした猛者が居たとか、実は作り話のフィクションだとか。

――――――

昨日も昨日だったけど、今日も今日で、東京は真夏日一歩手前。晴れた絶好のゴールデンウィーク後半なのに、雪国出身の先輩はアパートの自室でエアコンつけて、デロンデロン、溶けて床に落ちてる。

冬は最強の先輩だ。
最低気温がマイナスでも、最高と最低が15℃以上離れても、眉ひとつ動かさず、温度差と寒さのせいでガチで動けない私の代わりに、おいしくて温かくて食べやすい料理を作って、シェアしてくれる。
なのに春は例年5月の20℃で弱って、夏は毎年30℃で溶けるのだ。去年なんか熱失神で倒れた。

そんな先輩だから、どうせ今日も「そう」なってるんだろうなと思って、
お昼に先輩の行きつけのお茶っ葉屋さんで山椒ほうじ茶のアイスティーをテイクアウトして、店主さんから夏用の水出しティーバッグ5種類の試供品を受け取って、先輩のアパートを尋ねたら、
まぁ、まぁ。案の定。デロンデロン。
目を閉じて床に伏せて、先輩の故郷の冬みたいな甚平を着て、エアコンの真下で冷風に髪をそよがせてる。

最近似た光景を見た気がする。多分4月28日頃。
耳を澄ますと、 すぅ、すぴぃ、 静かで少し苦しそうな吐息が聞こえる。
先月と違うところといえば、うつ伏せてる先輩の背中の上に、例のお茶っ葉屋さんの看板猫ならぬ看板子狐が乗っかって、かじかじ、カジカジ。先輩の髪の毛で遊んでるところくらいだ。
こやーん(コンコンかわいいです)

「雪だるま先輩、雪女先輩、生きてる?」
「とけている」
「それは見れば分かる。無事?ごはん食べた?」
「めし、すまない、このザマだ、よーいできない」
「食べてないのね了解」

先輩の手の届くところにテイクアウトのお茶置いて、エアコンの冷風が直接当たらないように先輩にタオルケットかければ、
先輩の背中を占領してた子狐ちゃんが、タオルケットの中でモゾモゾ秘密基地ごっこ。
すごく楽しそうだけど、すごく困ってそう。
先輩つよく生きて(コンコンかわ以下略)

「冷やし中華で良き?」
「それなら、なんとか、つくれる」
「私が作るから聞いてるんだって。よき?」
「よき、……よき?」
「ごめんそれどっち?」
「○×◆※……」
「おっけ。分かんないから勝手に作るね」

冬の寒さなら、へっちゃらなのにね。15℃以上の寒暖差だって、平坦にケロッとしてるのにね。
私は小さなため息ひとつ吐いて、手を洗って先輩の冷蔵庫と自分の買ってきた食材を漁って、それから、まな板と包丁を出す。

「……、………」
先輩が落ちてるエアコンの下に視線を向けると、
子狐ちゃんに抗議してるのか、私にランチを作らせることに「すまない」とでも言ってるのか、
ぽそぽそ、すごく小さな声で、何かささやいてる。
耳を澄ましても、先輩の口元に近づいても、きっと言葉は聞きとれない。
それほど先輩は弱ってたし、溶けてた。

先輩が復活したのは、約20分くらい後だった。

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