「『君と出逢って』、何年経ったのか、何か変わったのか何も変わってないのか、そもそも『出逢ってない』って展開の方なのか。なんならこの『君』が人間でなくて物とか猫とかってパターンもあるわな」
ネット情報だと、「逢」の字は、思いがけず逢うとか大切なものと逢うとかに使われるらしい。
某所在住物書きはネットに掲載されている「出会う」と「出逢う」の違いをスワイプで流し見ていた。
去年は「君と出逢って『から、私は…』」だった。
『 』の部分が削れたため、今年は、自由度に関しては上がったと言えよう――難度上下は別として。
「令和ちゃんと出逢ってからは、春が夏よな」
物書きが呟いた。
「あとこのアプリと出逢ってから、見たくない不快な広告の強制終了のやり方は2個覚えた」
ぶっちゃけ買い切り1000円でも2000円でも構わないから、広告削除オプションが欲しい。
――――――
最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社と、「ここ」ではない「どこか」のおはなしです。
人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らすその稲荷神社は、草が花が山菜が、いつかの過去を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折妙な連中と出逢ったり、不思議なものが顔を出したり、×××な◇が■■したりしていますが、そういうのは大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。
多分気にしちゃいけません。きっと別の世界のおはなしです。「ここ」ではないどこかのおはなしです。
ですが今日は少しだけ、神社にやってくる「妙な連中」に、目を向けてみることにしましょう。
ある時ガマズミの花が咲いた頃、稲荷神社在住の子狐が、完璧な星の模様の赤キノコと出逢いました。
そのキノコの香りを嗅ぐと、昔食べた思い出深い料理の、香りと余韻を完璧に思い出すのでした。
君と出逢ってから、すごく某店のアレが食べたい。
父狐はそれを「アジナシカオリダケ」と呼び、周囲の土ごと掘り起こして、『世界線管理局 植物・菌類担当行き』の黒穴にブチ込みました。
またある時キバナノアマナが種をつける頃、神社の庭を散歩していた子狐が、
どの黒よりも黒い前羽と、光を反射して透き通る青い後羽を持つチョウチョと出逢いました。
チョウチョは誰かの左目を隠したがり、目を隠されたモノは人も獣でも、心の中の何か恥ずかしい――カッコイイ設定を、カッコよく演じたくなるのでした。
君と出逢ってから、魂の奥底の「花」が騒ぐ?
君と出逢ってから、心の深層の「結晶」が軋む?
父狐はそれを「クロレキシジミ」と呼び、カッコ良さげな虫かごに入れて、『世界線管理局 節足動物・昆虫担当行き』の黒穴に放り込みました。
そしてある時ヤマニンジンが食べ頃な頃、お昼ごはんをたっぷり胃袋におさめてゴキゲンな子狐が、
白百合のような花を右耳の裏、首筋あたりに付けた白い狼と出逢いました。
狼は、ここではない別のおはなしの世界で、恐ろしい裂け目に落ちて、ここに来てしまったと言いました。
なんだかすごく、去年も君と出逢った気がする。
本来の姿の君と出逢っていれば、それは美しい魂を秘めた「誰か」に、似た姿をしている気がする。
父狐は彼を「ただの迷子」と呼び、『世界線管理局 密入出・難民保護担当行き』の黒穴へ案内しました。
妙なキノコ、妙なチョウチョ、それから不思議な白い狼。稲荷神社の子狐は、いろんな「なにか」と出逢って、いろんな「なにか」の名前を知って、それらすべてをバイバイさよなら、父狐と一緒に見送ります。
最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社は、今日も「ここ」ではない「どこか」の世界と、繋がり、関わり、送り返しています。
5/6/2024, 4:48:10 AM