かたいなか

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「去年6月16日のお題が『1年前』で、同月24日が一年後ならぬ『1年後』だったな」
某所在住物書きは100均のマグカップにスティックコーヒーを落とし、湯を入れながら呟いた。
数日前の猛暑に対して、今日は随分肌寒い。
去年は何℃だったか。一年後の今日との気温差は?

「去年がアレで、今年が今年の真夏だったけどさ」
ちびちびコーヒーを飲む物書き。実は猫舌である。
「まさか一年後『4月の猛暑日』とか無いよな?」
一年後だろうと十年後だろうと、物書きの舌のステータスは「猫舌」のままに違いない。

――――――

昔々、まだ年号が平成だった頃、約10年くらい前のおはなしです。出逢って約一年後に縁切れた、トリカブトと元カレ・元カノのおはなしです。
都内某所、約4年前上京してきた珍しい名字の雪国出身者がおりまして、つまり附子山というのですが、
田舎と都会の違いに揉まれ、打たれ、擦り切れて、ゆえに厭世家と人間嫌いを発症しておりました。

異文化適応曲線なるカーブに、ショック期というものがあります。
上京や海外留学なんかした初期はハネムーン期。全部が全部、美しく、良いものに見えます。
その次がショック期。段々悪い部分や自分と違う部分が見えてきて、混乱したり、落ち込んだりします。
附子山はこの頃、丁度ショック期真っ只中。
うまく都会の波に乗れず、悪意に深く傷つき、善意を過度に恐れ、相違に酷く疲れ果ててしまったのです。
大抵、大半の上京者が、大なり小なり経験します。
しゃーない、しゃーない。

「附子山さん!」
さて。
「ケーキが美味しいカフェ見つけたの。行こうよ」
そんなトリカブトの花言葉発症中の附子山の職場に、ハネムーン期真っ最中な者がおりました。
加元といいます。元カレ・元カノの、かもと。未来が予測しやすいネーミングですね。

「何故いつも私なんかに声をかける?」
絶賛トリカブト中の附子山は「人間は皆、敵か、まだ敵じゃないか」の境地。無条件に突っぱねます。
「あなた独りか、他のもっと仲の良い方と一緒に行けばいい。何度誘われようと私は行かない」
加元は附子山の、威嚇するヤマアラシのような、傷負った野犬のような、誰も寄せ付けぬ孤高と危うさと痛ましさが大好き。
附子山の顔と性質が、加元の心に火を付けました。

このひとが、欲しい。 このひとを身につけたい。
きっと美しいミラーピアスになるだろう。
恋に恋するタイプの加元にとって、この所有欲・独占欲の大業火こそが、すなわち恋のカタチでした。

「だって、附子山さん、いっつも何か寂しそうな、疲れてそうな顔してるんだもん」
己の声、言葉、表情それら全部を使って、附子山の傷ついた心に、炎症を起こした魂に、
ぬるり、ぬるり、加元は潜り降りていきます。
「美味しいもの食べれば、元気になるよ」

それは、表面的には附子山をいたわり、寄り添う言葉に聞こえますが、
その心の奥の奥には、清く尊いジェムの原石に手をかける、不遜な収集家の欲望がありました。
そして悲しいかな、附子山は加元の言葉の、奥の奥に気付くことが、まったく、できなかったのです。

「……あなたが分からない」
何度突っぱねても、どれだけ拒絶の対応をとっても、こりずに優しく言葉の手を伸ばしてくる加元に、
ぽつり、怯えるように、少し懐いてきたように、でもまだ相手を威嚇するように、附子山は呟きました。
とくん。附子山の絶賛トリカブト中な筈の心が小さく揺れます。それはひょっとしたら、もしかしたら、附子山の「初恋の日」だったかも、しれませんでした。

この数ヶ月後、加元は望み通り附子山を手に入れ、
しかし「実は附子山、心の傷が癒えてみたら、自然を愛する真面目で心優しいひとでした」の新事実発覚で地雷級の解釈違い。ショック期が堂々到来します。
「人間嫌い」と「厭世家」のトリカブトには、礼儀正しく義理深い「騎士道」の花言葉もある。それを加元、知らなかったのです。
そもそも「花」に「宝石」を求めていたのですから、そりゃ齟齬も相違も発生するのです。

「アレが解釈違い」、「これが地雷」、「頭おかしい」と旧呟きアプリに愚痴を投下していたら、
あれや、これや、なんやかんや。
初めて附子山に会って約一年後、元カレ・元カノの加元の名前どおり、プッツリ、附子山の方から縁切られましたとさ。 しゃーない、しゃーない。

5/9/2024, 3:32:18 AM