「去年の7月30日に『澄んだ瞳』なら書いた」
「見る」と「言う」は複数個覚えてるけど、「聞く」と「耳」は1年で2〜3個程度、だったよな?
某所在住物書きは過去投稿文をスワイプしながら、お題の傾向を追いかけていた。
先々月の「見つめられると」、先月の「もしも未来を見れるなら」、それから去年10月の「鋭い眼差し」等々。視覚に関するお題は比較的多いが、「聞く」にフォーカスしたものは今年初、通年でもこれを含めて2〜3個程度ではなかろうか。
「モスキート音とかは、あれ、『耳を澄まして聞こえる』ってジャンルには入るのか?」
そういえば。物書きはふと、「30〜40代以降は聞こえなくなる周波数帯」の話題を思い出した。
ネット情報によると、かつて携帯電話を学校に持ち込み、モスキート音を鳴らした猛者が居たとか、実は作り話のフィクションだとか。
――――――
昨日も昨日だったけど、今日も今日で、東京は真夏日一歩手前。晴れた絶好のゴールデンウィーク後半なのに、雪国出身の先輩はアパートの自室でエアコンつけて、デロンデロン、溶けて床に落ちてる。
冬は最強の先輩だ。
最低気温がマイナスでも、最高と最低が15℃以上離れても、眉ひとつ動かさず、温度差と寒さのせいでガチで動けない私の代わりに、おいしくて温かくて食べやすい料理を作って、シェアしてくれる。
なのに春は例年5月の20℃で弱って、夏は毎年30℃で溶けるのだ。去年なんか熱失神で倒れた。
そんな先輩だから、どうせ今日も「そう」なってるんだろうなと思って、
お昼に先輩の行きつけのお茶っ葉屋さんで山椒ほうじ茶のアイスティーをテイクアウトして、店主さんから夏用の水出しティーバッグ5種類の試供品を受け取って、先輩のアパートを尋ねたら、
まぁ、まぁ。案の定。デロンデロン。
目を閉じて床に伏せて、先輩の故郷の冬みたいな甚平を着て、エアコンの真下で冷風に髪をそよがせてる。
最近似た光景を見た気がする。多分4月28日頃。
耳を澄ますと、 すぅ、すぴぃ、 静かで少し苦しそうな吐息が聞こえる。
先月と違うところといえば、うつ伏せてる先輩の背中の上に、例のお茶っ葉屋さんの看板猫ならぬ看板子狐が乗っかって、かじかじ、カジカジ。先輩の髪の毛で遊んでるところくらいだ。
こやーん(コンコンかわいいです)
「雪だるま先輩、雪女先輩、生きてる?」
「とけている」
「それは見れば分かる。無事?ごはん食べた?」
「めし、すまない、このザマだ、よーいできない」
「食べてないのね了解」
先輩の手の届くところにテイクアウトのお茶置いて、エアコンの冷風が直接当たらないように先輩にタオルケットかければ、
先輩の背中を占領してた子狐ちゃんが、タオルケットの中でモゾモゾ秘密基地ごっこ。
すごく楽しそうだけど、すごく困ってそう。
先輩つよく生きて(コンコンかわ以下略)
「冷やし中華で良き?」
「それなら、なんとか、つくれる」
「私が作るから聞いてるんだって。よき?」
「よき、……よき?」
「ごめんそれどっち?」
「○×◆※……」
「おっけ。分かんないから勝手に作るね」
冬の寒さなら、へっちゃらなのにね。15℃以上の寒暖差だって、平坦にケロッとしてるのにね。
私は小さなため息ひとつ吐いて、手を洗って先輩の冷蔵庫と自分の買ってきた食材を漁って、それから、まな板と包丁を出す。
「……、………」
先輩が落ちてるエアコンの下に視線を向けると、
子狐ちゃんに抗議してるのか、私にランチを作らせることに「すまない」とでも言ってるのか、
ぽそぽそ、すごく小さな声で、何かささやいてる。
耳を澄ましても、先輩の口元に近づいても、きっと言葉は聞きとれない。
それほど先輩は弱ってたし、溶けてた。
先輩が復活したのは、約20分くらい後だった。
5/5/2024, 5:02:07 AM