「10月30日が『初恋の日』らしい」
島崎藤村、リンゴの木がどうのこうのだとさ。
某所在住物書きはネットの検索結果をスワイプしながら、「10月30日」の他のネタを探している。
尾崎紅葉の紅葉忌、たまごかけごはんの日、海外に目を向ければ宇宙戦争の日。香りの日でもあるとか。
「紅葉が見れるTKGレストランでアロマポット商談の予約を入れるハナシ?……無理だが?」
記念日ネタが難しいなら、誕生花は?
物書きは早々にターゲットを変更して、某サイトを検索。「初恋の日」10月30日の誕生花は、リンゴやサザンカ、カエデにパセリ、スイレン等々。
「ここでも『リンゴ』か」
物書きは頭をガリガリ掻いた。
「初恋の日とリンゴの花を結びつけたネタ、去年もう書いてるんだわ……」
――――――
最近最近の都内某所、某ブラックに限りなく近いグレー企業の某部署、朝。
室内には、藤森という雪国出身者だけが1人居て、消耗品であるところの茶葉やコーヒーのポーション等々を補充している。
それが終われば観葉植物の枯れ葉を整理して、掃除機をかけて、ゴミ箱の中身を整理して。
来客用のテーブルの上、チープな個包装の少し盛られたクリスタルガラスは手を出さない。
その菓子器の中身を勝手に追加すると、部屋のトップが目ざとく気づくのだ。
『新作はどれだ』『これを食ったことがない』『ボサっとするな茶を淹れろ一緒に食え』と。
「……さすが『オテント様はお見通し』」
ぽつり、ひとりごと。
その部屋のトップは名前を緒天戸という。
「俺がどうしたって?」
途端、予想外の人の声。噂をすれば影である。
今年の3月から藤森の「上司」となった緒天戸だ。
「そうそう、聞いてきたぞ。お前の『初恋の日』」
先月25日から進行中の1ヶ月新人研修に、1週間だけ同行しており、昨晩東京に帰ってきたのだ。
「随分今のお前とかけ離れてたが、アレは事実か?あいつ、お前の前々職バーテンって言ってたぞ?」
緒天戸が同行した新人研修には、今年の3月就職してきた藤森の「初恋のひと」が混じっていた。
藤森を一方的にディスり、ゆえに藤森からやんわり縁を切られたのに、強い執着でもって藤森の職場を探し当てて、潜り込んできた。
藤森の初恋は名前を加元といった。
「多分、『加元の』初恋の日ですね。私は加元の、たしか2番目。それに前々職は図書館です」
「『ぼくの初恋の日は「初恋の日」に立ち寄ったダイニングバーでした』、『客に優しく笑い、でも心を完全に閉ざしてるバーテンでした』ってのは」
「私ではありません」
「なんだ。お前が美味い酒を出せるワケじゃねぇのか。1杯作らせようと思ったのに」
「『シンデレラ』なら、お出しできますが」
「レモンとオレンジとパイナップルのミックスジュースじゃねぇか。休肝日かよ」
ぽい、ぽい、ぽい。
自分のデスクにつくなり、緒天戸はバッグを開けて、大小複数の紙舗装の箱を取り出している。
「ちぇっ。お前の過去と初恋の日をチラ見したと思って、面白がって聞いてたのによ」
これは誰々の分、それは何処其処の分、あれは孫とひ孫と孫嫁の分、ついでのオマケを藤森へ。
1週間同行した新人研修を随分堪能してきたらしく、デスクの上は各所への土産でいっぱい。
「俺が聞いたのは、『お前の』初恋じゃなくて、『お前の初恋の』初恋の日のハナシか」
ちょいちょい。
緒天戸は藤森を手招きで呼ぶと、寄ってきたところにリンゴの花の形をしたパイの小箱を提示した。
「私への土産、ですか?」
「いんや」
「……『コレを今食いたいから、ピッタリな茶かコーヒーを淹れるように』?」
「久しぶりにお前の美味い茶が飲みてぇ。淹れろ」
「はぁ。……はい」
ちなみにリンゴの花といえば、10月30日が「初恋の日」で、元ネタにリンゴの木が出てきてだな。
そいつと全然関係無いが、その日は紅葉もなか、もとい紅葉忌とかいう日でもあってだな。
藤森が湯冷ましと湯呑みを用意して、急須に茶葉を落とす間、緒天戸によるトリビアタイム。
リンゴの花が紅葉になり、紅葉美しい旅亭のハナシから名物の裏メニューのたまごかけごはんの味、それから藤森自身の「初恋の日」の催促へ。
(こんなにあちこち食い歩いて、美味を知っているのに、何故私なんかが淹れる茶が好きなんだ)
藤森は上司のアレコレを聞き流しながら、静かなため息をひとつ、小さく吐いた。
5/8/2024, 3:39:41 AM