「おろかなこと、無益なこと、度が過ぎることに用を為さないこと。……『バカ』にも色々あんのな」
ネット情報では、一部のセンダングサとかひっつき虫のオオオナモミとかを「バカ」って呼ぶ地域もあるのか。某所在住物書きはネットの検索結果を辿りながらひとつ閃き、数秒で諦めた。
「ひっつき虫とも呼ばれる『バカ』みたいに、近くを通るとピョンとくっついてくる子猫あるいは子犬」
物書きはため息を吐いた。猫犬カフェであろうか。
「『バカ』って通称の魚もいる」
植物を元ネタとした物語に困難を感じた物書きは、検索の幅を植物から食い物へ変更。
「調理法は、この地域で『バカ』って言われてる魚や貝『みたい』なカンジで大丈夫」
再度ため息。「バカ」の調理法が分からない。
――――――
東京の今日は、お昼過ぎまで雨だ。
そろそろ花粉症のピークはスギからヒノキに変わる頃で、でも雨だから飛散量は比較的少なくて、
私はさいわい、スギもヒノキも平気。
そのかわり天気と気圧とホルモンバランスが天敵。
スギでもヒノキでもなく、イネの花粉症持ちな前係長は、バカみたいに出てくる鼻水に対処しながら、
アナタ、別に毎年毎年箱ティッシュが半日で無くなるでもないんだから、マシでしょ、
なんてネチネチ言ってきたことがあった。
ティッシュにお金はかからないけど漢方とかお薬とかで生活費が消えるんだ。
ブタクサの花粉症持ちでスイカが食べられないって清掃員さんは、バカみたいに鼻がつまるらしくて、
キミは良いねぇ、花粉の時期にその花粉の飛散状況をいちいち気にしなくても、外に出られるんだから
なんて花粉対策用メガネを直しながら言ってた。
花粉の飛散状況はあんまり気にしてないけど、気圧配置とかは梅雨の時期バチクソ気になるんだ。
北海道でわりとメジャーなシラカバ花粉症が東京で猛威をふるうことはすごく少ないらしいけど、
その花粉症のせいでイチゴが食べられなくなったっていう相互さんは、バカみたいにでもないけど、
多分私達の苦労って、症状持ち同士、当事者同士でしか分かりあえないよね
なんて、ポロリため息を吐きながら言ってた。
……ホントそれ(共感と同意)
「付烏月さんはさ、何か、花粉症あるの」
「附子山だよ後輩ちゃん。俺、ブシヤマ」
「ヒノキとか大丈夫なのツウキさん」
「スギ持ちだったよん。舌下療法で完治したけど」
「そんな効くの?」
「運が良かっただけかなぁ。完治数割、改善大半、全然効果ナシも数割だってさ」
後輩ちゃんの体調不良も、いつか、舌下免疫療法みたいに完治できる時代が来ればいいね。
午前営業で終わった支店で、片付けと退勤の準備をしながら、付烏月さんが私に言った。
天気とホルモンバランスの関係で、体があんまり思うように動かない私に代わって、私が使ったコーヒーのマグカップとかお菓子の小皿とかは、付烏月さんが全部洗ってくれた。
「昼ごはん、どーする?作れる?出前?」
「今日はウバろうかなって」
「俺でよけりゃ作るよ?藤森からも、『あいつは苦しいとき、倦怠感で本当に体が動かなくなってしまうから』ってハナシは聞いてるし」
「ウバるんでホントにダイジョブです付烏月さん」
ぽんぽんぽん。タブレットの電源落としてデスクに置いて、ノートのタスクもAlt+F4の連打で強制終了。
支店の照明も全部消したら、最後に一度だけ店内を見渡して今日の仕事はおしまい。
「そういえば、例の稲荷神社の茶っ葉屋さん、ご近所の和菓子屋さんとコラボって、期間限定で桜スイーツと桜のお茶入れたらしいよん」
「マジ」
「藤森によると、『桜の花びらを仕込んだローシュガーのイチゴ大福が美味かった』らしいよ」
「情報あざすです附子山さん」
カギかけて、セキュリティーをオンにして、
じゃ、また月曜、また月曜。
ちょっとスマホいじってソシャゲのデイリーこなしてから、 さぁ、帰ろうって顔を上げて、
なお降り続いてる雨に対して、今更気づいた。
私、ロッカーから、傘持って来るの忘れた。
(まさしくバカみたい)
「花にいくつか『二人』があるわ。
今の時期ならニリンソウとか、フタリシズカとか」
ニリンソウの花言葉は「友達」、「協力」、「ずっと離れない」等々、フタリシズカは「いつまでも一緒に」だとさ。某所在住物書きはネットで花の画像をスワイプしながら、他の「二人」を探していた。
ニリンソウが1株だけ、ふたつの花をつけてぽつんと朝日に当たっているのは、ノスタルジックであろう。
フタリシズカは見たことがない。ただ、某大ヒットオープンワールドゲーに登場する、例の名前が似ている「しずか」とは、まったくの別物らしい。
ぼっちか。物書きは呟いた。こちとら生粋の一人ぼっちだが、二人ぼっちへの憧れは無い――断じて。
――――――
都内某所、某職場の某支店、昼休憩。
かつての物書き乙女、元夢物語案内人の現社会人は、睡眠負債返済の一環として仮眠をとっている最中、
己の4日前の行動ゆえにひとつ、幸福なような、あるいは黒歴史のような夢を見た。
――すなわち、このような夢であった。
会員制レストラン、最高ランクの個室。
クリスタルのシャンデリアが、落ち着いた明度と彩度を伴って、真下の男女二人ぼっちに対し、
平等に、穏やかに、光を注いでいる。
『単刀直入に言う』
男性側が言った。それは乙女の架空の推しであった。
かつて個人開設のホームページが全盛であった頃、ハマったゲームに己の分身を付け足して、
主食の夢物語も、いわゆる非公式メジャーカップリングとされている薔薇物語も、この元物書き乙女は双方を楽しんだものであった。
『君の力を貸してほしい。私の地位と経済力の範囲であれば、報酬はいくらでも相談に応じる』
何故今更二次創作的な夢を見ているのだろう。
多分4日前投稿分の作品が理由です。
要するに発端は何であろう。
同人時代に配布されたという公式シークレットノベルが手に入り、それを読み倒したからです。
詳しいことは過去作参照が面倒なので気にしない。
で、夢の情景に戻る。
ダークブラウンの円卓に、向かい合って座るふたり。
片や黒、所属を示す制服にロングジャケット。
片や白、着慣れぬ様子のワンピースにストール。
芸術的に整えられた肉料理と魚料理が、エディブルフラワーのベジサラダをまとい、
スパークリングのグラスとデカンタ、それから3色のプチマカロンの隣に控える。
カチャッ、……カチッ。
フォークとナイフと料理皿の間で、つつましく心地よい接触音が、己の要求を静かに提示する男の声と、その背後で控えめにささやく弦楽四重奏に混じった。
わぁ。 私、昔こういうの書いてたんだ。
傍観者としての元物書き乙女は、夢の登場人物としての元物書き乙女をジト見して、口をパックリ開けた。
『金が必要であれば、管理局の平社員の給料10年分程度を、一括で。地位が欲しければ、私の口利きが可能な場所に限られるが、ある程度。世界一の宝石を手元に置きたければ、それも良いだろう。
……復讐や、仕返しをしたい相手が居るなら、君の望む範囲と程度で、君のシナリオに添えるように』
男の独白は続く。
今思えば「彼」は「こういうキャラ」ではない。
むしろ最近登場した別キャラがこれに該当する。
まぁ気にしない。
『どうしても探し出して、取り戻したいものがあるんだ。その探しものが終わるまでの間で構わない。その後の君の人生まで、拘束しようとは思わない。
どうか……どうか。私に、君の数年数ヶ月を、くれ』
たのむ。 二人ぼっちの室内で目を閉じ、うつむいて黙り、女性の良い返事を乞い願う彼は、
『え、っと』
彼女の戸惑いの声を、祈る心地で聞き、
『……あの、地位とか、仕返しとか、別に良いので』
続く言葉を悪く予想して、更に強く目をつぶり、
『ひとまず、普通の婚姻届と普通の指輪、欲しいんですけど。良いですか』
『えっ?』
予想外の要求に、ぱっ、と顔を上げ、驚きと困惑が差したそれで、彼女を見詰めた。
7、8秒間フリーズし、口が開きっぱなしになる。
過負荷の思考リソースを無理矢理働かせて、どうにかこうにか意味にたどり着くと――
「後輩ちゃーん、そろそろ休憩終わるよん」
夢の中の架空な推しが何か返事を寄越す前に肩をポンポン叩かれて起こされた。
「支店長は今本店だし、他の人も外回り中だから、二人ぼっちだよ。俺ひとりじゃお仕事困るよ」
起きて起きてー。
元物書き乙女の同僚たる彼は、彼女が何の夢を見ているか知りもせず、ただ乙女にコーヒーとプチマカロンの3色を差し出した。
「ふたりぼっち、」
「そう、二人ぼっち」
「もっかい寝たいような、ハズくて無理なような」
「ゴメンよく分かんない」
「だいじょぶ分かんなくていい……」
「見事にやらかした『夢見心地から醒める直前』の失態エピソードなら、丁度仕入れて手持ちにあるわ」
某所在住物書きは昼のニュースを確認しながら、ぽつり。それから、長く大きなため息を吐いた。
「最近、家電量販店、ウォーク◯ン見なくなったろ。店員に聞いたら『最近はは皆スマホだし、需要も減って生産終了』と。……シリーズそのもの全部撤退と勘違いしてさ、生産終了機の、近隣他県に残ってた最後の新品1個を、取り寄せてもらうことにしたワケ。
もう夢見心地よ。『間に合った』、『良かった』と」
まぁ、その後は、ネット少し調べてもらえばすぐ分かるわな。物書きは再度息を吐く。
「夢見心地の2日後、ネットで『後継機が去年発売したぞ!』って記事見つけちまったの。
取り寄せキャンセルも、返金も、無理だとさ」
夢心地は夢心地のままの方が、良いよな。物書きは3度目のため息を吐く。
ストップその場の即決。まずスマホで公式からの情報を確認しよう。
――――――
夢が醒める前に緊急地震速報が鳴って、
夢が覚めた直後にはもう揺れてた。
今日の私は、支店長のはからいで、今年度未消化分の有給休暇を使ってた。
理由は酷い睡眠不足と頭の圧迫感だ。ベッドのスプリングマットレスのヘコみと枕の組み合わせが悪かったせいで、ここ2〜3日くらい私は寝たいのに眠れない日が続いてて、
支店長が「1日か2日くらい使って体を休めなさい」って、有給消化を勧めてくれたのだ。
「有給使用が癪ならリモートの在宅ということにしても良い」って。
枕をオーダーメイドで調整してもらって、
ヘコんでるマットレスを逆にして、調整してもらった枕を置いて毛布も整えて、
ちょっと背中、肩甲骨のあたりの高さをハーフタオルケット敷いて調整したら、
頭にかかる圧とか良い具合に減って、すごく久しぶりにぐっすり眠れて、
で、バチクソ久しぶりに夢とか見てたら夢が醒める前に例の地震でスマホに起こされて、
何故か、私の毛布の上で、
先輩のアパートの近所の稲荷神社の、そのまたご近所にある茶っ葉屋さんの看板子狐が、
地震の揺れに驚いて飛び跳ねて、
私の毛布の中に潜り込んできた。
ナンデ(知らない)
どこから入ってきたの。窓もドアも鍵してるよ。なんならカーテンだって閉めてるよ。ここ3階だよ。
どうやって入ってきたの。
「私まだ夢の中なのかな」
枕元のスマホを見ると、ピロンピロン、安否確認と朝のあいさつのメッセが飛び交ってて、
多分これから呟きックスのトレンドも、地震関連で埋まってくるんだろう。
「夢にしては、子狐ちゃんのモフみが、リアル」
どうやって入ってきたかも、何故入ってきたかも知らない看板子狐は、カタカタ毛布の中で震えてる。
よく整えられたモフモフを撫でると、その撫でた手やら腕やらに顔を押し付けてきた。
「……夢の中なのかな」
再度呟いて子狐を撫でると、何か思い出したのか、もぞもぞ毛布から出てきて私の机から何かを咥え持って、私のところに戻ってきた。
それは先輩のアパートの近所の稲荷神社の、そのまたご近所の茶っ葉屋さんの、ハーブティーを入れた小さな巾着だった。
「『睡眠不足と伺いました。安眠に効果があるとされているハーブティーの試供品をお送りします』」
ハーブティーにくっついてきた封筒を開けて、便箋を取り出して、バチクソキレイな文字を読む。
「『注文票も同封しましたので、お気に召しましたら、ぜひ数量御記入のうえ、子狐に持たせてやってください』……ちゅーもんひょー?」
カサリ。封筒の中を見ると、これまたバチクソキレイな手書き文字で、それぞれのお茶の効能とオススメのアレンジと、値引き後の価格が書かれてる。
和ハーブのお茶と、漢方根拠のお茶と、それから普通のラベンダーとかカモミールとか。
種類はそこそこ多い。
注文票の一番下には、漢方根拠のお茶のアドバイザーとして、昨日お世話になった病院の、昨日お世話になった漢方医さんの名前が、「夫:」の前置詞をくっつけて、明記されてた。
「昨日の先生と御夫婦だったんだ……」
なるほどね。それで、私の寝不足を知ってたんだ。
まだまだ夢が醒める前のような心地で、あくびしながら子狐のモフみと共に在った私は、グルチャやDMに返信してからお茶用のお湯を沸かしにキッチンへ。
何かおやつが貰えると思ってるらしく、子狐は尻尾をブンブン振って、私にくっついてくる。
お茶は結局和ハーブの1種類と、洋ハーブの2種類を、それぞれ小分けティーバッグで2杯ずつ、
注文票に数字を書いて、子狐に持たせた。
ティーバッグはその日のうちに、昨日お世話になった漢方医さんが届けてくれたけど、
結局、子狐がどうやって私の部屋に入ってきたかは、サッパリ分からずじまいのままだった。
「『桜開花にドキドキ!』は競争者が多いよな」
胸の高鳴りはすなわちアドレナリン等々の作用。
恋にストレスにガチャ、全力疾走や音楽。
ニュアンスこそ違うものの、ヒヤリ体験も心拍数は増えよう。とはいえ「胸の高鳴り」には違いない。
どの胸の高鳴りが、書きやすいか。某所在住物書きは時折首を傾けながら、スマホで情報収集に努めた。
強制的に胸を高鳴らせる方法は薬物であろう。
低血圧に対する昇圧薬、あるいはアレルギーのアナフィラキシーに対するエピペンなどは、
それぞれの症状に対処、あるいは緩和するため、血圧を上げさせる。ゆえに胸は医学的に高鳴る。
「……コーヒーでも心臓はバクバクするわな」
ふと、手元の茶を見る。
「『胸が高鳴る』のを自覚するくらいのバチクソな量って……何リットル?」
多分それコーヒーや茶よりエナドリが早いです。
――――――
最近最近の都内某所、某支店、1日に10人も来れば繁忙日と言える静寂のそこ、朝。
寝不足にあくびの女性が、大きめの紙袋をデスクの下に隠し置いて、カフェイン入りの飴を2個放り込み、ガリリ。噛み砕いている。
一気に入り込んだ成分は神経を刺激し、脈拍を増加させ、胸を高鳴らせるだろう――不健康な意味で。
ただでさえ寝不足と睡眠負債の影響で、少し血圧も上がっているのに。
「随分つらそうではないか」
通称「教授」、情報確認中のタブレットから顔を上げた支店長が、女性に挨拶を投げた。
「何かあったのかね?時間給で仮眠でもどうだ?」
「もう、完全に、私自身の自業自得で」
ふわわ。ガリガリガリ。
「枕合ってなかったらしくって、ひどい目に」
もう1個飴を取り出そうとする彼女の手を、ヤメトキナする男性がある。それは今月一緒にこの支店へ異動してきた男であった。
名前を付烏月、ツウキという。
自称「旧姓附子山」だが細かいことは気にしない。
「まくら?では、その紙袋の中は、」
「ですです。オーダーメイド枕。聞きます?
おとといの夜から、寝ると、なんっていうか、脳がパンパンっていうか頭がしめつけられるっていうか」
「頭痛はどうかね?」
「全然。で、昨日の夜が特に酷くて、このまま頭の血管切れちゃうんじゃないかって不安になって」
「救急車は」
「丁度近くの病院の漢方内科医さんが深夜対応可能なひとで、行ったら『多分枕が合ってませんね』って。『漢方お出しすることもできますけど、ひとまず枕で様子見てみませんか』って」
「ふむ」
「『猫又の雑貨屋さん』ってとこが猫らしく深夜も開けてくれてて、事情話したらメッチャ調整してくれて『明日の朝までに仕上げます』って」
「昨晩は眠れたのか」
「2時間だけ。怖くて」
大変だったねぇ。
カフェインレスのインスタントコーヒーを差し出す付烏月は、机の下の紙袋をチラリ。
中には穏やかな薄いペールブラウンのフカフカが、
きっと枕カバーであろう、かわいらしい柄のタオル生地と一緒にかくれんぼしている。
「『頭をあんまり動かさない、デスクワーカーじゃないですか』、『凝ってませんか』って言われた」
コーヒーの湯気を、香りをいっぱいに吸って、深く、長く息を吐き、またあくび。
「ともかく、コレで症状良くならなかったら、もう一回病院行ってきます……」
もう、大丈夫かなって、ハラハラで、悪い意味で胸がドキドキで。高鳴って。
女性は胸骨の、心臓のあたりを左手でさすり、右手で首筋の筋肉を押す。
連動して脳圧の上がる心地や錯覚がするのであろう。表情はすぐれず、不安そうであった。
「一旦今寝てみて、昼休憩にその『化け猫の雑貨屋』に微調整を依頼することは、」
「『化け猫』じゃなくて『猫又』です支店長」
「で、依頼することは、できないのかね?」
「ちょっとお店まで遠いです支店長」
「事情は把握した。ともかく今か昼にでも、一度試したまえ。どうせウチは客が少ない。」
「わぁ。平和店ならではの福利厚生……」
結果。
1日に10人も来れば繁忙日と言える支店に、「今日に限ってモンスターカスタマーの襲来」といったトラブルは発生せず、
枕を試して仕事も終えて、雑貨屋で調整も終えた彼女は、しかし夜また不調が現れて、再度通院。
「マットレスはどうですか」
リラックス作用のあるハーブティーを差し出して、実家が狐住む稲荷神社という漢方医が尋ねた。
「何年も何年も、同じ向きで、使っていませんか」
不健康に胸の高鳴りが継続していた女性は、途端、己の寝具にハッとした。
「380日くらい、このアプリで作品投稿してっけどさ。こういうネガティブなお題、貴重な気がする」
だいたい空ネタとか季節ネタとか、あとラブ&ピースみたいなのが多い気がする。
某所在住物書きはスマホで、杉だのヒノキだのを調べながらポツリ呟いた。
不条理といえば、これではなかろうか。すなわち過去の政策ゆえにザッカザッカと大量に植えられて、林業衰退した後の世の自分達が、花粉で被害を被る。
これぞ不条理である。理不尽である。
ところで鼻うがいというのは花粉症に効くのか。
「……そういや『バカみたい』ってお題もあった」
物書きは再度、ポツリ。
「バカみたいに飛んでくる不条理がバカみたい過ぎて、ガキの頃、黄砂なんだか花粉なんだか理解してない時期があったわ」
――――――
去年の話題である。ブラックに限りなく近い、グレー企業のエピソードである。
1割程度の事実に9割以上の脚色を施した、誰か数人へは起こり得る「不条理」のひとつである。
都内某所、夜の某アパート。
名前を藤森、旧姓を附子山というが、茶香炉焚いた静かな部屋で、ぼっちで職場の後輩のアフターフォローをしていた。
前回投稿分をご覧の方に向けて補足すると、こちらが本物の「旧姓附子山」であるが、
ぶっちゃけ細かいことは、まぁまぁ、気にしない。
グループチャットアプリを通して通話しながら、藤森は明日の仕事準備、後輩は泣いてしゃっくり。
事の元凶は、後輩の書類をチェックして次の決裁に回した、オツボネ係長。
何度も何度も確認したと、後輩は嘆く。
係長にチェックも貰ったし、係長、最後コレで良いって言ったもんと、後輩は訴える。
しかし後輩が任された仕事は、課長決裁で重大ミスが発覚。以前もたしか同じことがと、藤森が気付いたタイミングでは既に遅く。
保守に回ったオツボネ係長は全責任を後輩に回し、後輩ひとりに始末書の提出を命じた。
『アナタの担当でしょ』と。
上が良ければそれでヨシ。
下は使い潰せば宜しい。
これが藤森とその後輩の勤務先の、昔々からの悪しき慣習と体質であった。
おお、社会よ。汝、部下の負う深い深い傷より己の来年度の昇給と給料明細を気にする者よ。
すなわち不条理の別名よ。
なおこの物語の中の「不条理」は、己のミスと不条理がまるっとトップにバレて、係長から平社員に落とされ事実上の左遷を食らいます。
……というスッキリを、当時の彼等はまだ知らない。
「明日。どうするつもりだ」
トントントン。確認用に印刷した紙束の、端をデスクで揃えながら、藤森が尋ねると、
『わかんない』
ぐすぐす鼻をすすりながら、後輩が答える。
『行かなきゃだけど、行きたくないけど、そもそも行ける気がしない』
わかんない。どうしよう。
後輩は2言3言付け足すと、どうやら土砂降りだの集中豪雨だのが来てしまったらしく、通話から少し離れてしまった。
大丈夫だ。気にするな。
無責任な楽観視など、言える筈もなく。
見返してやれ。心を強く持て。
励ましなど、完全に役立たずなのは明白で。
かける言葉をあちこち探し続けた藤森は、最終的に満腹中枢とエンドルフィンで物理的にコンディションを底上げさせようとして、
「今、私のアパートに来れるか」
ケトルの電源を入れ、茶香炉の葉を入れ替えた。
「丁度、魔法の餅を仕入れてある。たまに不思議な子狐が売りに来る不思議な餅でな。食べると、何故か元気になる。どうだ」
『狐って。なにそれ。絵本じゃなし』
突然の申し出に、後輩は少し笑った風であった。
『そっち行く。泣いて、おなか空いたし。甘いの食べたくなってきたし』
お酒も用意しといてよね。
精いっぱいの強がりの後、いくつか言葉を交わして、それから、通話は途切れた。
再度明記するが、これは去年の話題で、過ぎ去ったエピソードである。
約1年経過した現在、作中の藤森はこの頃と別の部署で仕事にはげみ、
後輩は己の趣味に対して格段の理解ある支店長の居る支店へ移され、
その支店には、何故か藤森の旧姓「附子山」を自称する付烏月、ツウキという男が居る。
「不条理」の係長は当時を後悔しながら、下っ端の仕事をせっせと捌き続けておりましたとさ。