かたいなか

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「花にいくつか『二人』があるわ。
今の時期ならニリンソウとか、フタリシズカとか」
ニリンソウの花言葉は「友達」、「協力」、「ずっと離れない」等々、フタリシズカは「いつまでも一緒に」だとさ。某所在住物書きはネットで花の画像をスワイプしながら、他の「二人」を探していた。

ニリンソウが1株だけ、ふたつの花をつけてぽつんと朝日に当たっているのは、ノスタルジックであろう。
フタリシズカは見たことがない。ただ、某大ヒットオープンワールドゲーに登場する、例の名前が似ている「しずか」とは、まったくの別物らしい。
ぼっちか。物書きは呟いた。こちとら生粋の一人ぼっちだが、二人ぼっちへの憧れは無い――断じて。

――――――

都内某所、某職場の某支店、昼休憩。
かつての物書き乙女、元夢物語案内人の現社会人は、睡眠負債返済の一環として仮眠をとっている最中、
己の4日前の行動ゆえにひとつ、幸福なような、あるいは黒歴史のような夢を見た。

――すなわち、このような夢であった。
会員制レストラン、最高ランクの個室。
クリスタルのシャンデリアが、落ち着いた明度と彩度を伴って、真下の男女二人ぼっちに対し、
平等に、穏やかに、光を注いでいる。

『単刀直入に言う』
男性側が言った。それは乙女の架空の推しであった。
かつて個人開設のホームページが全盛であった頃、ハマったゲームに己の分身を付け足して、
主食の夢物語も、いわゆる非公式メジャーカップリングとされている薔薇物語も、この元物書き乙女は双方を楽しんだものであった。
『君の力を貸してほしい。私の地位と経済力の範囲であれば、報酬はいくらでも相談に応じる』

何故今更二次創作的な夢を見ているのだろう。
多分4日前投稿分の作品が理由です。
要するに発端は何であろう。
同人時代に配布されたという公式シークレットノベルが手に入り、それを読み倒したからです。
詳しいことは過去作参照が面倒なので気にしない。

で、夢の情景に戻る。
ダークブラウンの円卓に、向かい合って座るふたり。
片や黒、所属を示す制服にロングジャケット。
片や白、着慣れぬ様子のワンピースにストール。
芸術的に整えられた肉料理と魚料理が、エディブルフラワーのベジサラダをまとい、
スパークリングのグラスとデカンタ、それから3色のプチマカロンの隣に控える。
カチャッ、……カチッ。
フォークとナイフと料理皿の間で、つつましく心地よい接触音が、己の要求を静かに提示する男の声と、その背後で控えめにささやく弦楽四重奏に混じった。

わぁ。 私、昔こういうの書いてたんだ。
傍観者としての元物書き乙女は、夢の登場人物としての元物書き乙女をジト見して、口をパックリ開けた。

『金が必要であれば、管理局の平社員の給料10年分程度を、一括で。地位が欲しければ、私の口利きが可能な場所に限られるが、ある程度。世界一の宝石を手元に置きたければ、それも良いだろう。
……復讐や、仕返しをしたい相手が居るなら、君の望む範囲と程度で、君のシナリオに添えるように』
男の独白は続く。
今思えば「彼」は「こういうキャラ」ではない。
むしろ最近登場した別キャラがこれに該当する。
まぁ気にしない。
『どうしても探し出して、取り戻したいものがあるんだ。その探しものが終わるまでの間で構わない。その後の君の人生まで、拘束しようとは思わない。
どうか……どうか。私に、君の数年数ヶ月を、くれ』

たのむ。 二人ぼっちの室内で目を閉じ、うつむいて黙り、女性の良い返事を乞い願う彼は、
『え、っと』
彼女の戸惑いの声を、祈る心地で聞き、
『……あの、地位とか、仕返しとか、別に良いので』
続く言葉を悪く予想して、更に強く目をつぶり、
『ひとまず、普通の婚姻届と普通の指輪、欲しいんですけど。良いですか』

『えっ?』
予想外の要求に、ぱっ、と顔を上げ、驚きと困惑が差したそれで、彼女を見詰めた。
7、8秒間フリーズし、口が開きっぱなしになる。
過負荷の思考リソースを無理矢理働かせて、どうにかこうにか意味にたどり着くと――

「後輩ちゃーん、そろそろ休憩終わるよん」
夢の中の架空な推しが何か返事を寄越す前に肩をポンポン叩かれて起こされた。
「支店長は今本店だし、他の人も外回り中だから、二人ぼっちだよ。俺ひとりじゃお仕事困るよ」
起きて起きてー。
元物書き乙女の同僚たる彼は、彼女が何の夢を見ているか知りもせず、ただ乙女にコーヒーとプチマカロンの3色を差し出した。

「ふたりぼっち、」
「そう、二人ぼっち」
「もっかい寝たいような、ハズくて無理なような」
「ゴメンよく分かんない」
「だいじょぶ分かんなくていい……」

3/22/2024, 4:12:33 AM