かたいなか

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3/20/2024, 2:54:34 AM

「『桜開花にドキドキ!』は競争者が多いよな」
胸の高鳴りはすなわちアドレナリン等々の作用。
恋にストレスにガチャ、全力疾走や音楽。
ニュアンスこそ違うものの、ヒヤリ体験も心拍数は増えよう。とはいえ「胸の高鳴り」には違いない。
どの胸の高鳴りが、書きやすいか。某所在住物書きは時折首を傾けながら、スマホで情報収集に努めた。

強制的に胸を高鳴らせる方法は薬物であろう。
低血圧に対する昇圧薬、あるいはアレルギーのアナフィラキシーに対するエピペンなどは、
それぞれの症状に対処、あるいは緩和するため、血圧を上げさせる。ゆえに胸は医学的に高鳴る。

「……コーヒーでも心臓はバクバクするわな」
ふと、手元の茶を見る。
「『胸が高鳴る』のを自覚するくらいのバチクソな量って……何リットル?」
多分それコーヒーや茶よりエナドリが早いです。

――――――

最近最近の都内某所、某支店、1日に10人も来れば繁忙日と言える静寂のそこ、朝。
寝不足にあくびの女性が、大きめの紙袋をデスクの下に隠し置いて、カフェイン入りの飴を2個放り込み、ガリリ。噛み砕いている。
一気に入り込んだ成分は神経を刺激し、脈拍を増加させ、胸を高鳴らせるだろう――不健康な意味で。
ただでさえ寝不足と睡眠負債の影響で、少し血圧も上がっているのに。

「随分つらそうではないか」
通称「教授」、情報確認中のタブレットから顔を上げた支店長が、女性に挨拶を投げた。
「何かあったのかね?時間給で仮眠でもどうだ?」

「もう、完全に、私自身の自業自得で」
ふわわ。ガリガリガリ。
「枕合ってなかったらしくって、ひどい目に」
もう1個飴を取り出そうとする彼女の手を、ヤメトキナする男性がある。それは今月一緒にこの支店へ異動してきた男であった。
名前を付烏月、ツウキという。
自称「旧姓附子山」だが細かいことは気にしない。

「まくら?では、その紙袋の中は、」
「ですです。オーダーメイド枕。聞きます?
おとといの夜から、寝ると、なんっていうか、脳がパンパンっていうか頭がしめつけられるっていうか」
「頭痛はどうかね?」
「全然。で、昨日の夜が特に酷くて、このまま頭の血管切れちゃうんじゃないかって不安になって」

「救急車は」
「丁度近くの病院の漢方内科医さんが深夜対応可能なひとで、行ったら『多分枕が合ってませんね』って。『漢方お出しすることもできますけど、ひとまず枕で様子見てみませんか』って」
「ふむ」
「『猫又の雑貨屋さん』ってとこが猫らしく深夜も開けてくれてて、事情話したらメッチャ調整してくれて『明日の朝までに仕上げます』って」

「昨晩は眠れたのか」
「2時間だけ。怖くて」

大変だったねぇ。
カフェインレスのインスタントコーヒーを差し出す付烏月は、机の下の紙袋をチラリ。
中には穏やかな薄いペールブラウンのフカフカが、
きっと枕カバーであろう、かわいらしい柄のタオル生地と一緒にかくれんぼしている。

「『頭をあんまり動かさない、デスクワーカーじゃないですか』、『凝ってませんか』って言われた」
コーヒーの湯気を、香りをいっぱいに吸って、深く、長く息を吐き、またあくび。
「ともかく、コレで症状良くならなかったら、もう一回病院行ってきます……」
もう、大丈夫かなって、ハラハラで、悪い意味で胸がドキドキで。高鳴って。
女性は胸骨の、心臓のあたりを左手でさすり、右手で首筋の筋肉を押す。
連動して脳圧の上がる心地や錯覚がするのであろう。表情はすぐれず、不安そうであった。

「一旦今寝てみて、昼休憩にその『化け猫の雑貨屋』に微調整を依頼することは、」
「『化け猫』じゃなくて『猫又』です支店長」
「で、依頼することは、できないのかね?」
「ちょっとお店まで遠いです支店長」

「事情は把握した。ともかく今か昼にでも、一度試したまえ。どうせウチは客が少ない。」
「わぁ。平和店ならではの福利厚生……」

結果。
1日に10人も来れば繁忙日と言える支店に、「今日に限ってモンスターカスタマーの襲来」といったトラブルは発生せず、
枕を試して仕事も終えて、雑貨屋で調整も終えた彼女は、しかし夜また不調が現れて、再度通院。
「マットレスはどうですか」
リラックス作用のあるハーブティーを差し出して、実家が狐住む稲荷神社という漢方医が尋ねた。
「何年も何年も、同じ向きで、使っていませんか」
不健康に胸の高鳴りが継続していた女性は、途端、己の寝具にハッとした。

3/19/2024, 3:59:35 AM

「380日くらい、このアプリで作品投稿してっけどさ。こういうネガティブなお題、貴重な気がする」
だいたい空ネタとか季節ネタとか、あとラブ&ピースみたいなのが多い気がする。
某所在住物書きはスマホで、杉だのヒノキだのを調べながらポツリ呟いた。
不条理といえば、これではなかろうか。すなわち過去の政策ゆえにザッカザッカと大量に植えられて、林業衰退した後の世の自分達が、花粉で被害を被る。
これぞ不条理である。理不尽である。
ところで鼻うがいというのは花粉症に効くのか。

「……そういや『バカみたい』ってお題もあった」
物書きは再度、ポツリ。
「バカみたいに飛んでくる不条理がバカみたい過ぎて、ガキの頃、黄砂なんだか花粉なんだか理解してない時期があったわ」

――――――

去年の話題である。ブラックに限りなく近い、グレー企業のエピソードである。
1割程度の事実に9割以上の脚色を施した、誰か数人へは起こり得る「不条理」のひとつである。

都内某所、夜の某アパート。
名前を藤森、旧姓を附子山というが、茶香炉焚いた静かな部屋で、ぼっちで職場の後輩のアフターフォローをしていた。
前回投稿分をご覧の方に向けて補足すると、こちらが本物の「旧姓附子山」であるが、
ぶっちゃけ細かいことは、まぁまぁ、気にしない。

グループチャットアプリを通して通話しながら、藤森は明日の仕事準備、後輩は泣いてしゃっくり。
事の元凶は、後輩の書類をチェックして次の決裁に回した、オツボネ係長。
何度も何度も確認したと、後輩は嘆く。
係長にチェックも貰ったし、係長、最後コレで良いって言ったもんと、後輩は訴える。
しかし後輩が任された仕事は、課長決裁で重大ミスが発覚。以前もたしか同じことがと、藤森が気付いたタイミングでは既に遅く。
保守に回ったオツボネ係長は全責任を後輩に回し、後輩ひとりに始末書の提出を命じた。
『アナタの担当でしょ』と。

上が良ければそれでヨシ。
下は使い潰せば宜しい。
これが藤森とその後輩の勤務先の、昔々からの悪しき慣習と体質であった。

おお、社会よ。汝、部下の負う深い深い傷より己の来年度の昇給と給料明細を気にする者よ。
すなわち不条理の別名よ。
なおこの物語の中の「不条理」は、己のミスと不条理がまるっとトップにバレて、係長から平社員に落とされ事実上の左遷を食らいます。
……というスッキリを、当時の彼等はまだ知らない。

「明日。どうするつもりだ」
トントントン。確認用に印刷した紙束の、端をデスクで揃えながら、藤森が尋ねると、
『わかんない』
ぐすぐす鼻をすすりながら、後輩が答える。
『行かなきゃだけど、行きたくないけど、そもそも行ける気がしない』
わかんない。どうしよう。
後輩は2言3言付け足すと、どうやら土砂降りだの集中豪雨だのが来てしまったらしく、通話から少し離れてしまった。

大丈夫だ。気にするな。
無責任な楽観視など、言える筈もなく。
見返してやれ。心を強く持て。
励ましなど、完全に役立たずなのは明白で。
かける言葉をあちこち探し続けた藤森は、最終的に満腹中枢とエンドルフィンで物理的にコンディションを底上げさせようとして、
「今、私のアパートに来れるか」
ケトルの電源を入れ、茶香炉の葉を入れ替えた。
「丁度、魔法の餅を仕入れてある。たまに不思議な子狐が売りに来る不思議な餅でな。食べると、何故か元気になる。どうだ」

『狐って。なにそれ。絵本じゃなし』
突然の申し出に、後輩は少し笑った風であった。
『そっち行く。泣いて、おなか空いたし。甘いの食べたくなってきたし』
お酒も用意しといてよね。
精いっぱいの強がりの後、いくつか言葉を交わして、それから、通話は途切れた。

再度明記するが、これは去年の話題で、過ぎ去ったエピソードである。
約1年経過した現在、作中の藤森はこの頃と別の部署で仕事にはげみ、
後輩は己の趣味に対して格段の理解ある支店長の居る支店へ移され、
その支店には、何故か藤森の旧姓「附子山」を自称する付烏月、ツウキという男が居る。
「不条理」の係長は当時を後悔しながら、下っ端の仕事をせっせと捌き続けておりましたとさ。

3/18/2024, 4:52:54 AM

「今の時期に『泣かない』は、ちょっと難しい人も居るんじゃねぇのかな……」
だって、花粉だぜ。鼻水に涙、くしゃみだぜ。
某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら、小さく首を振った。

去年は職場の不条理と、それをフォローする先輩とを題材に選んだようである。「上司のミスを自分に責任転嫁された」と。
「花粉、職場の理不尽、ガチャの爆死……」
泣く状況、他には? 物書きは天井を見上げて――

――――――

3月も後半戦。残り約2週間。
夜中に都内で震度1とか2とかを観測する地震があったらしいけど、気づかない程度には寝てた。
都内全域に強風注意報が出る程度には風が吹いてて、私は通勤中に引き直し可能ガチャで目当てのキャラ3枚抜きの最高条件を流れ作業で見送った。
泣かないよ(涙拭けよ)
泣かないもん(だから、涙拭けよ)

隣に乗ってたオバチャンが
「飴ちゃんに願い事すれば、きっとこれから良いことあるよ。知らんけど」
みたいなことを関西っぽいアクセントで言って、私に星の形の飴ちゃんくれたけど、
一気に心のAPが無くなっちゃって、ガチャ画面でスマホ放置して、それから午前中、ずっと引いてない。
私の界隈で「鶴」、ツルと呼ばれてるカプに、「ウサギ」を足した3人だったのに。
ツー様がまさしく「このキャラの中では完全に人権かつ最強」って言われる属性とコスのやつだったのに。
泣かないよ( )
泣かないもん(  )

「後輩ちゃん、その、『ツル』ってなに」
「主人公の『ツバメ』と上司の『ルリビタキ』部長」
「『ウサギ』って、もしかしてツバメとルリビタキの組織の裏切り者さん?」

「知ってるの、付烏月さん」
「俺附子山だよ後輩ちゃん。俺、ブシヤマ」
「ゲームやってるの、ツウキさん」
「図書館勤務時代、それのアンソロジーコミック全巻寄贈に来た猛者を見たの」

「あんそろじー、ぜんかん」
「ウチの図書館が、そのゲームの同人時代の聖地だからって。『是非置いてください』って」
「わかった、ばしょ、とくていした……」

仕事場での昼休憩は、引き直しガチャの続きをしながらお弁当食べつつ、
3月に一緒にこの支店に異動してきた「謎の男」、自称旧姓附子山の付烏月さん、ツウキさんと雑談。
今日の差し入れは、花粉症に予防効果があるっていうゴボウパウダーと緑茶の粉を使った、ホイップクッキー。付烏月さんいわく、「作りたいから作るけど、たまってばっかりだから持ってきてる」って。
……二次創作仲間がおんなじこと言ってた(推しモチーフ小物を作りたいから作るけど云々)

「多分まだ、『借りた人に渡してください』って言われたノベルティ、残ってると思う」
「『ノベルティ』?」
「同人時代のシークレットノベルって言ってたよん」
「ツル召喚の触媒だ、同人時代の聖遺物だ……!」

良かったね、俺の前職がそこの図書館で。
付烏月さんがニヨロルン、私にメッチャ良い笑顔で名刺を――図書館の職員時代の名刺を渡してくれた。
コレ持って図書館に行け、ってことだと思う。
支店は小さくて人が居なくて静かだから、私と付烏月さんの会話は支店長にも聞こえてて、
支店長も、私を見てニヤリしてる。

「相変わらずの開店休業状態だし、ちょっと、外回りにでも出てきたまえ」
支店長が言った。
「そのままリモート直帰でも構わん。君に任せる」
前職聖地の付烏月さんと、
職場で一番「小説」に理解があるって言われてる支店長――昔々のコ◯ケを知り、昔々のコミ◯に『民俗学と二次創作』って頒布本でカチコミかけた事があるという「教授支店長」に、
私はバチクソ深く、ふかーくお礼のお辞儀をして、
その日の午後は、急きょ自分の部屋でリモートワークってことにした。

図書館寄ってシークレットノベル貰って、朝貰った飴ちゃん食べながらガチャの引き直し作業してたら、
触媒のおかげか飴ちゃんの加護か、きっとどっちもだと思う、30分で脅威の推し4枚抜きを達成。
泣いていいと思う(Happy End)
これは、泣かないでいられないと思う(Peaceful)
次にオバチャンと付烏月さんに会ったら、
最大限のお礼を、しようと思う。

3/17/2024, 5:07:17 AM

「このアプリ入れてから382日らしいけど、未だに『みんなの投稿』に関しては『怖がり』よ」
去年は「ドアノブ触るときの静電気が怖い」ってネタ書いてたな。某所在住物書きは鼻に優しい系のティッシュ箱を手繰り寄せながら白状した――自分の頭が加齢によって段々固くなってきていることを、他者の投稿は明確に提示してくるのだ。

「昨日の『星が溢れる』だけどさ。久しぶりに他の人の投稿見てよ。涙を星に見立てるってネタいくつか見てハッとしたもん。『その手があったか』って」
コレよ。この引き出しの種類の差よ。
ぐしゅぐしゅ、ちーん。物書きは少し痛くなり始めた鼻に対して恨めしく、ティッシュをゴミ箱へ。
今の時期なら外出も、花粉症諸兄諸姉にとって、一種の「怖がり」に該当するだろう。

そういえば以前、ニュースで某北国は、杉の木が多いのに花粉症持ちが少ないと報道されていた。
ゴボウが鍵という。 個人的には信じていない。

――――――

東京の日曜日は、バチクソに暖かくて、いい感じに晴れた。つまり散歩日和だ。
先月まで一緒の本店、一緒の部署で仕事してお弁当食べて、たまにシェアランチしたりした先輩の、
今はお互い別々の場所に飛ばされて、今どの場所どの部署で仕事してるかも分からない先輩との、
先月までの思い出、面影を探して、先輩が先月まで住んでたアパートの近所にある稲荷神社を訪ねた。

今はそのアパートの部屋、先輩の旧姓を名乗る「謎の男」が住んでる。スイーツ作りがすごく上手な男だ。
先輩ホントどこ行っちゃったんだろう。
いや、別に、新しい異動先でその人のスイーツおすそ分けしてもらえるから敵視はしてないけど。
先輩ホントどこ行っちゃったんだろう。

『あの白いフクジュソウモドキが、キクザキイチゲ』
その稲荷神社は、深めの森の中にあって、本物の狐の家族が住んでる神社だった。
『そこの黄色がキバナノアマナ。絶滅危惧種だ』
先輩はそこに咲く日本の在来種を愛した。
田舎の雪国の公園を、懐かしく思い出すらしい。
一緒に散歩すると、よく「あの花は◯◯」、「その花は△△」って、花言葉や可食不食、毒なんかも含めて教えてくれた。
おかげで私は少しだけ、エモい花、エモい植物のエモい撮り方に詳しくなった。

『ところで、知ってるか』
そういえば先輩、こんなことも話してた。
『この神社、私利私欲で許可無く草花を持っていくと、稲荷の狐に祟られて心や魂を食われるそうだ』
別に怖くない(誰も質問してない)

先輩が狐の話をしてくれたのは、一昨年の春。
稲荷神社で山椒の葉っぱの見分け方を教えて貰ってたとき、子狐が男のひとにギャンギャン吠えてた。
そのひとは私達の隣の部署の非正規君で、少し大きめのバッグを持ってて、
非正規君のそばにある黄色い花畑が、一部、不自然に掘り起こされてた。

『実際は、ここの神職と大学の植物学部と、善良な自然保護団体とが結託して、花や植物を手入れして保全して、手厚く守っているから、らしいがな』
ギャン!ギャン! 当時の子狐は非正規君相手に、尻尾を後ろ足の間に隠して怖がりながらも、果敢に吠えて、牙まで剥いてた。
『神社でよく会うおばあさんが言っていた。「ここの狐は祟る」と。「善を好み悪を決して許さない」と』

非正規君は子狐を、うっとうしそうにコツン、軽く蹴り飛ばして、そそくさ花畑から離れて、
翌日、何かに酷く怯えながら職場に来た。
数日すごく何かを怖がって、何かを警戒して、
次の週から1ヶ月くらい、職場に来なかった。

『おばあさんが言うにはな。昔、神社を取っ払ってマンションを建てようとした悪徳建設業者の社長が、強引に神社の木を数本切らせたことがあったらしい』
別に怖くない(だから、誰も質問してない)
『伐採した人は数ヶ月寝込み、社長は半年後死亡』
ホントに別に怖くない(同上)
『特に社長は亡くなる数ヶ月前、何度も神社に出向いて何度も謝罪の祈祷を頼んで、最後は魂が抜けたように無感情だったそうだ。……真偽は不明だが』
怖くない(略)

「私と先輩には、こんなに甘えん坊なのにね」
神社の花畑でパシャパシャ、アクスタと一緒にスマホで静かに写真を撮ってたら、
例の子狐が、尻尾ブンブンに振り回して私に突撃してきて、ソッコーでおなかを見せてきた。
「なんであんな、怖い噂が出てくるやら」
くぅくぅ幸せそうに、かつ盛大に甘え鳴く子狐は、何も答えない。ただ尻尾振って幸せそうに鳴いて、私に撫で撫でをせがむだけ。
私が撮った花とアクスタの写真を見ると、「花が増えた」とでも勘違いしてるのか、更に幸せそうに歌って私を舐めて、尻尾をもっと振り回した。

3/16/2024, 1:58:18 AM

「星のお題はこれから複数回出てくるんだわ……」
記憶している限りでの直近は10月の「星座」、それから7月の「星空」。「星空の下で」なんてのもあった気がするけれど何月だっただろう。
某所在住物書きは過去投稿分を辿って、ぽつり。
空ネタ、エモネタ、雨のお題に星。あと愛。
このアプリが出題するお題には、いくつかの頻出傾向が存在する。「星」はその中のひとつであった。
無論物書き自身の経験と偏見と独自解釈である。

「『星』をダイレクトに使うと、すぐネタが枯渇するからさ。前回は星を別の何かに置き換えたわ」
物書きは経験を提示した。
「例としては、今回なら『星みたいな夜景が溢れる』とか。夜の新幹線を流れ星に見立てるとか」
今なら海水に洗われたシーグラスを星に重ねるのも、アリかもしれない。 ……他には?

――――――

星が溢れる。なにやら難しそうなお題ですね。
困った時の、童話頼みなおはなしです。「都内にそんな神社無いよ」は気にしない構えのおはなしです。
都内某所の某稲荷神社に、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。

稲荷神社は森の中。あっちこっちに木が生えて、あっちこっちに花が咲き、あっちこっちで山菜や薬草、キノコなんかがポコポコ出てきます。
だいたい日本の在来種です。外来種や帰化植物は生態系を崩さない程度に、お行儀良くしています。
たまに妙な■■■なんかも顔を出しますが、気にしない、気にしない。

そんな不思議な不思議な、森深めな稲荷神社の中に、フクジュソウの見頃のピークが過ぎる頃、それらが土の中に帰る頃、入れ替わりに顔出す花がありました。
キバナノアマナといいます。
ユリ科キバナノアマナ属。レッドデータブック掲載。
絶滅危惧I類にカテゴライズされており、全国的に個体数が減少。神奈川では姿を消しました。
黄色い、小ちゃな小ちゃな星のような花びらを、ユリかオオアマナかニラのように咲かせる早春の花です。
これは、そのキバナノアマナの早起き組、フライングチームが、花を咲かせた時期のおはなしです。

「咲いた、咲いた!今年もさいた!」
稲荷神社の社殿のそば、正面向かって斜め右よりの、お日様がポカポカ当たる広場で、
今年も春の妖精が、春の儚い告知花が、6枚の黄色をお日さまに向けて、綺麗に広げておりました。
その黄色は、まるでお星様のような形でした。
「ちっちゃなお星さま、あぁ、キレイだなぁ!」
これから顔を出すであろうたくさんの「星の花」を、子狐は思い出し、跳ねまわりました。

つい最近まで咲いていたフクジュソウは星の海。
これから顔を出すキバナノアマナは星の原っぱ。
同じユリ科のカタクリは、白い花びらと紫の花びらをして、ぽつぽつ、庭にまたたきます。
今年も春が、始まるのです。
今年もあれらの花畑が、去年より少しだけ大きくなって、この場所に現れるのです。
まるで夜のお空のお星様が、朝昼の間ここに来て、ぎゅうぎゅう、溢れてしまっているような。
星溢れるあの春が、始まるのです。

今年も多くの人間が、パシャパシャいうカメラと一緒に、あるいは同じ音で鳴く板を片手に、この稲荷神社へ来るのでしょう。
今年も多くの人間が、お賽銭して、ガラガラを鳴らして、狐のまじない振ったおみくじを買って、祈りを願いを嘆きを決意を、稲荷神社に託すのでしょう。
「でも、一番星は、渡さないんだ。どの一番星も、だれにも、渡さないんだ」
今年最初のキバナノアマナを、フサフサ尻尾で囲い込み、子狐は幸福に、そこでお昼寝を始めます。
子狐のお母さんは心優しく元気に育った子狐を、慈悲深く、安らかな瞳で、見守っておったのでした。

お花を星に見立てた、稲荷神社の早春、花畑のおはなしでした。 おしまい、おしまい。

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