かたいなか

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3/15/2024, 4:59:29 AM

「7月30日付近にもうひとつ『瞳』書いたわ」
たしか「澄んだ瞳」だったかな。某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら、ぽつり。「安らか」通り越して虚無な瞳で呟いた――眠いのだ。
10時間以上前の揺れに関しては何の被害も無かった。ただ情報を追い掛けているうちに睡眠時間を削ってしまったのだ。
いわゆる「明日は我が身」の心構えである。

「『澄んだ瞳』ってどんな瞳よって、当時俺、それっぽい顔して、鏡見たんよ」
ふわわ、わわぁ。デカいあくびを行儀悪く為して、物書きはまた虚無る。
「……案の定鏡見た途端自爆したわな」
日頃の防災意識は重要だが、眠れるときに寝ておくことも大事である。

――――――

日付変わる頃の例の最大震度5弱、某ヤホーのリアルタイム検索でぼーっとトレンドウォッチンしてたら
『強い地震がありました』
って速報がトップに上がってきて、
一番揺れの酷かった県を見た途端、ヒュッって、私の舌先から血流が引いてった。

そこは「おばあちゃん」の引っ込み先だった。
血縁関係ある本当のおばあちゃんじゃない。小学校と中学校時代にお世話になった「大化け猫の駄菓子屋さん」って駄菓子屋さんを切り盛りしてた、当時の皆のおばあちゃんだ。
去年の5月6日頃――つまり、さかのぼるのも面倒なくらい昔の数ヶ月前――都内のお店を畳んで、福島に引っ込んだ。
さいわい私は約5ヶ月後の10月14日頃――つまり、これまたさかのぼるのが面倒な昔――職場の長い付き合いな先輩のおかげで、「おばあちゃん」に手紙を出すことができて、
おばあちゃんは私にランチクレープのレシピを手紙に書いて贈ってくれた。「贈って」くれたのだ。

福島のおばあちゃん、どうしてるだろう。
おばあちゃんのスマホの番号は知らないし、グルチャや呟きックスに関しては、そもそもおばあちゃんのアカウント自体存在しない。
だから安否の確認方法なんて、手紙しかない。
すぐ書いて速達に出そうにも、0時だから郵便局が開いてない。コンビニに持ち込むにしたって速達対応できるコンビニが分からない。

おばあちゃん、どうしてるだろう。
居ても立ってもいられなくなった私は、呟きックスで現地の「無事です」の投稿を漁って、でもやっぱり少しも安心できなくて、
何をトチ狂ったか、先輩のアパートの近所にある稲荷神社の鳥居を潜ってた。
「困ったときの神頼み」とはこのことだと思う。
テンパってもいたんだと思う。

相手の安否を「すぐ」確かめるための方法が無い。
既読も未読も無い。相手と1ミリも繋がってない。
それは、今の私にはとんでもなくストレスだった。

お賽銭して、手をパンパンして、ただただ、昔お世話になったおばあちゃんの安全を祈る。
我に返って振り返ると、ポツリ、すごくキレイな大人の狐が、ホンドギツネとキタキツネのハーフっぽい色合いの明るい毛並みな狐が、
参道の真ん中におすわりして、私を見て、
すごく安らかな瞳をしてて――


――「……そっから帰宅までの記憶が曖昧なんです」
「狐にイタズラされたのでしょう」
「いたずら、」
「稲荷の狐は善良な心魂を愛でて、そういう者を茶化したり、心の味見をしたりするのを好みますから」
「はぁ……」

15日の昼休憩。
今どこに居るとも分かんない先輩がよく使ってる茶っ葉屋さんにフラリ立ち寄って、リラックス用にスイーツでも買おう、と思ってブラリしてきたら、
お店の女店主さんから開口一発、ポツリ。
『日付変わってすぐの頃、稲荷神社を参拝していませんでしたか』。
茶っ葉屋さんの店主さんは、稲荷神社のひとだった。

「『駄菓子屋のおばあちゃん』でしたら、」
私がレジに持ってきたスイーツをピッピしながら、店主さんが言った。
「震度は3で、被害も無く元気にしていますよ」
何も心配は要りません。善い杞憂で終わるでしょう。
店主さんはそう付け足して、なんだかすごく見覚えありそうな、安らかな瞳を私に向けた。

……。
……いやまさかね(あなた疲れてるのよ案件)

スマホで決済して、おまんじゅうと低価格生菓子を小さい紙箱に入れてもらって、
こちらクーポンですからの、アリガトウゴザイマシタまたお越しくださいからの、退店。
ドア潜って、ふと店主さんの方を振り返ったら、
やっぱり、店主さんはバチクソに見覚えありそうな、すごく安らかな瞳をしてた。

3/14/2024, 5:00:47 AM

「まだ咲いてない花のハナシだが、お題に丁度良いネタ見つけたわ。銀蘭、ギンランだとさ」
◯◯さん、ずっと隣でイビキかいてたよ。
ずっと隣で独り言言ってたけどどうしたの。
お題の上京をあれこれ考えながら、しかしなかなかコレという物語を書けないでいる某所在住物書きである。何をトチ狂ったか、花に新天地を求めた。

「特定の種類の樹木、ブナとかに対して、おんぶに抱っこな花らしくてさ。そのおんぶ抱っこな木から離されると、生きられないらしい。だから『キレイだな』って思って根っこごと引っこ抜いて、鉢植えにしても、途端に枯れちまうの。……つまりずっと隣同士でなきゃならねぇと」
ずっと隣同士で居続けたブナ役とギンランモチーフ、ひょんなことから離されて、数日後ブナがギンランを尋ねると、云々。「ずっと隣でなければ、生きられなかったんだね」。

あらエモい。しかし物書きは首を振った。
「……書けねぇ。」

――――――

最近最近の都内某所、某稲荷神社近所の茶葉屋、お得意様専用の飲食スペース。完全防音のそこ。
準和風の廊下をトテトテチテチテ、看板子狐が尻尾振って歩き、狐型料理配膳ロボットを先導して、ひとつの個室のふすまに辿り着く。
前足で器用にふすまを開けて、目当ての客と視線が合うと、爆速で突撃して、スライディングよろしく畳に顔と背中を擦り寄せ、ポンポンチラリ。
腹を撫でてほしいのだ。

「随分お前に懐いてるな」
くぅーくくくっ、くわー、くわぅー!
全力で甘え鳴く子狐に優しいため息を吐き、腹を撫でる親友に、声を投げる者がある。宇曽野という。
その男声に、狐撫でる方が答えた。
「私の後輩の方が、こいつは好きだろうさ。ペット用メニューをいつも頼んでやっているから」
こちらの名前は藤森、旧姓を附子山といった。

藤森の言う「後輩」とは、長年同じ部署で共に仕事をしてきた仲の女性のこと。
まさしく「ずっと隣で」、書類を捌き、ノートのキーボードを叩き、上司の理不尽に抗いながら、苦楽とシェアランチ・シェアディナーを共にしてきた。
今年の3月突然、離れ離れとなり、後輩は支店に、藤森は後輩と違う場所に、それぞれ異動となった。

面倒な人物が彼等と同じ職場に就職してきたのだ。

「ところで藤森。加元が動いたぞ」
「加元、私の元恋人の、今月ウチに入ってきて、お前の部署に配属された加元さん?」
「他に居ないだろう」
「『動いた』って何をした?お前に危害など、加えちゃいないだろうな?」
「お前の姿を探して、今まで本店だけをウロウロしてたがな、最近ウチの全7支店の場所を調べ始めた」
「支店、……あいつは、後輩のあいつは無事か?!」
「一昨日、店舗の外には来ていたそうだ。付烏月のやつが『加元の差し金っぽい人が支店の外観撮ってたよん』だとさ。店内には入らなかったと。

心配か。長年ずっと隣で仕事してきた後輩が」
「隣ではない。向かい合わせだ。
……付烏月さんが居るから、べつに、心配など」
「正直だなぁ藤森」

まぁ、俺としては、加元がお前にどれだけ執着しようと執念をごうごう燃やそうと、面倒な騒動だの事件だのさえ起こさなければ、別に。
そう付け足す宇曽野は、配膳ロボットから己の頼んだ料理を取り出し、追加注文としてオススメ表示された東北地鶏のササミの小鉢をトントン。2度タップ。
藤森の和膳も回収して、ロボットを厨房へ送り返す。

「お前の今の所属先、いつ加元にバレるだろうな」
「あのひとはすぐ嗅ぎつけるよ。それより先に、付烏月さんの『自称旧姓附子山』に引っかかるだろうさ」
「違いない」

双方が双方で、意味深な言葉を交わして、茶なり酒なり各々グラスに注いで「いただきます」。
詳細は前回投稿分、あるいは前々回投稿分参照だが、スワイプが面倒なので気にしない。
藤森と宇曽野はその後もアレコレ情報を交換し合い、その間、看板子狐は藤森のずっと隣で、あるいは膝の上で、丸くなったりヘソ天したりしていたそうな。

3/13/2024, 3:41:30 AM

「いや、個人的には、例のロケットの発射失敗の情報はそれこそ『もっと知りたい』だわな……」
だって「じばく」も「だいばくはつ」も覚えないでしょ?まぁそれ言ったら「そらをとぶ」も覚えないタイプだった筈だけどさ。
某所在住物書きはカッコイイものが好きであるがゆえに、トレンドから某ロケットの発射失敗を知って窓の外の空を見上げた。
素人なので、詳細も理由も想像つかぬ。風が強かったのだろうかと素人考えもするが、それならそもそも発射の許可が最初から出なかっただろう。

「……『もっと知りたい』から情報を集めて、それを創作に活用するのは、まぁ大事よな」
で、今日のお題、何書く?物書きは空から目を離し、自室の本棚に目を向ける。
「料理にせよ茶にせよ、酒のツマミにせよ……」
本棚には積ん読状態の複数がズラリ並んでいた。

――――――

最近最近のおはなしです。年度末のおはなしです。
都内某所、某職場に、加元という、すごく中性的な中途採用が入ってきました。
この加元、恋に恋するタイプの厳選厨で、解釈押しつけ厨で、なにより所有欲がバチクソに強火。
この「某職場」に転職してきたのも、恋に恋する加元が、8年前に自分の所から、サヨナラひとつ言わず縁切って消えた2番目の恋人と、ヨリを戻すため。
2番目の恋人は、名前を附子山という、筈でした。

実は加元の元恋人たる附子山、執着強い加元から逃げるにあたって、合法的に改姓していたのです。
旧姓附子山、加元が表のリアルで明るく笑いながら、裏の鍵無し呟き垢で暗く自分をディスり倒していたのを、見つけてしまったのです。
そりゃ縁も切りたくなるというもので。

で、8年ずっと行方知れずだった「旧姓附子山」の足取りを、加元、去年ようやく突き止めまして、
やって来ました附子山の職場。
客として尋ねると「『附子山』という職員は居ません」と言われました。そりゃそうです、もう「附子山」ではないのですから。
探偵雇って内情を探ってもらうとその探偵が調査断念。そりゃそうです、旧姓附子山が探偵に事情を話して、買収という形で手を引いてもらったのですから。
きわめつけに去年11月13日頃、せっかく久しぶりに会ったのに、「ヨリを戻す気は無い」、「それでも私と話をしたいなら、恋人でも友達でもなく他人として、また会いましょう」とか言われる始末。

そこで加元、動きました。
旧姓附子山の職場と部署は特定していました。
自分の手元から勝手に消えた元恋人の、勤務先に履歴書を出して面接も通って、
今年3月、年度末からの中途採用組として、
まさしく「附子山」と同じ部署に、配属になった、
筈なのですが。

「まさか、去年ウチを出禁になった筈のお前が、ウチの部署に入ってくるとはな」
部署を何度見渡しても、おかしいな、目当ての相手がどこにも居ません。
「主任の宇曽野だ。お前の教育係ということになってる。……何度も言うがウチに『附子山』は居ないぞ」
しかも、加元の教育係が、去年加元に「『附子山』という職員は居ません」と告げた張本人。

逃げられたのかな。加元は考えます。
いや、そんな筈はない。まだこの職場に居る筈だ。加元は考え直します。
執着と所有欲の強い加元は、自分の手元から勝手に消えたジュエリーの居場所を突き止めるべく、
侵入可能な部署、侵入可能な階を、地道にちまちま新人のジコケンサン、自己研修として歩き回り、
この職場に支店が存在することを知りました。

附子山は支店に異動になったかもしれません。
でも加元、この職場に何個支店があって、それらがどこに建てられているか、何も知りません。

「職場のこと、もっと知りたいの」
加元は同じ部署の、優しそうな女性の先輩に目をつけ、近寄りました。
「支店にも挨拶に行きたいんだけど、支店の数と場所と、外観も分からなくて」
もっと知りたいだけなの。教えてくれる?
ぬるり、ぬるり。高い男声とも低い女声ともとれる中性的な声と抑揚で、加元、先輩の心に潜り込みます。

「良ければ撮ってきてあげようか」
加元のたくらみなんて、先輩、何も知りません。
「外回りついでに、今日ひとつ行ってきてあげる」
先輩は親切心からニッコリ、加元は所有欲と執着からニッコリ。双方表面上は穏やかです。
ただ、主任の宇曽野だけが、加元の心の奥の奥を知っていて、ふたりをチラリ、見ておったのでした……

3/12/2024, 4:14:08 AM

「……言われるまでもなくほぼほぼ『平穏な日常』のネタしか書いてねぇ」
こちとらアプリ入れてから1年、「少し不思議を混ぜた原題軸日常ネタ連載風」で通してきたんじゃい。
某所在住物書きは過去投稿分を辿り、ぽつり。
去年は「平穏な日常は、だいたい手持ちの現金の不足で簡単に瓦解してしまう」といった趣旨を物語に落とし込んだらしい。
当時はプチプライスショップの手芸・ネイルコーナーの商品を利用した、小物製作物語なども2〜3程度。
平穏といえば平穏なネタである。

「今の時期なら『花粉症で付けざるを得ないマスクを彩るマスクチャームの物語』とか……いや、無理」
そういえば以前話題に出したが、北海道には、杉もヒノキも無い天国があるらしいな。
物書きは窓の外を見つめた。花粉の大量飛散無き「平穏な日常」まで、あと何週何ヶ月であったか。

――――――

最近最近の都内某所、某職場の某支店。
都内にありながら1日10人も来れば繁忙のそこ。
ほぼほぼ来店者が常連のロマンスグレー、あるいは老婦人の平和平穏で、
3月に本店から異動してきた女性が、一昨年のノベルティグッズの余り、小洒落た湯呑みで緑茶をすすりながら、カタカタ、ノートのキーボードを叩いている。

「……アミノ酸入りだ」
ずず。ひとくちで旨味成分の追加を言い当てる感覚は、本店時代の影響。茶を好む先輩が居たのだ。
「白米にかけると簡単にお茶漬けになるやつだ」
長年共に仕事をしてきたが、3月、突然離れ離れになり、異動先が分からない。
先輩は名前を藤森、旧姓を附子山という。

今頃どうしてるだろう。
先輩の元恋人さん――8年前に旧姓時代の先輩の心をズッタズタに壊して、去年先輩自身にフられた加元さんが、本店に採用になったらしいけど。
突然己の生活から消えた藤森を思いながら、開放感ある大窓の先を、路地歩く不特定多数の人々を、一旦ノートから視線を上げ、眺める。
新年度間近の異動により平穏な日常を享受するようになって、約10日が経過していた。

正午である。雨のランチタイムである。
ラブラドール連れた男女が通り、立ち止まり、進行方向から歩いてきた柴犬の老夫婦と談笑。
反対車線の歩道では、和装したカフェの従業員が、客に傘の忘れ物を叫んでいる。
手前車線、支店側に視線を戻すと、傘をさして何か撮影している女がひとり。
本店時代に同部署だった同僚だ。今は藤森の元恋人たる加元の先輩、あるいは上司である。

「ウチの支店の中、撮ってるねぇ」
ニヨロルン。「自称旧姓附子山」の「謎の男」、3月付けで同じ支店に来た彼が、悪い笑顔で呟いた。
本名を付烏月、ツウキという。
「誰の差し金だろうなぁ?加元かなぁ?」
新しいおもちゃを手にした子供のように目を輝かせる
付烏月は、それはそれは、もう、それは。
バチクソに嬉しそうであった。

「どゆこと?」
「多分ね、加元、元恋人の藤森の職場と部署を突き止めて転職してきたけど、いざ就職してみるとその部署に藤森が居なかったんだろうねぇ」
「そりゃ私と先輩、3月で突然異動になったもん」
「おまけに『附子山』って名前の職員が居ない」
「そりゃ先輩、加元さんに心をズッタズタにされてから、『藤森』に改姓しちゃったもん」

「加元はその改姓を知らないワケだ」
「うん……」

つまり加元も、「旧姓附子山」が、つまり藤森が、今どこで仕事しててどこに住んでるか掴めてないんだ。
わぁ。不穏だねぇ。平穏な日常が、崩れていくねぇ。
ニヨロルン。自称旧姓附子山たる付烏月の悪い笑顔が、更に、よりいっそう、悪く咲く。
その間に支店を撮影していた女性はスマホを耳元に当てて、可視範囲の外へ。
「藤森先輩、大丈夫かな……」
ゆっくり去っていく女性の唇は通話相手に対し、
あっ、 カモトさん?
と、動いているようであった。

「平穏が、せっかくの支店での、チルな日常が……」
「加元も必死だねぇ。去年藤森がフったんだから、諦めればイイのにさ。まぁ、できないんだろうなぁ」
「先輩マジどこ居るの……」
「俺ならココに居るよ後輩ちゃん」
「お呼びじゃないです付烏月さん」

3/11/2024, 2:24:01 AM

「わぁ。来た。去年もバチクソに悩んだお題」
某所在住物書きは「愛」と「平和」を双方ネット検索にかけながら、深く長いため息を吐いた。
双方に単語や仕組み以上の意味を抱きづらいのだ。

愛である。愛情ホルモンと俗に言われているオキシトシンは、「仲間以外への攻撃性」も一緒に持ち合わせているという。
平和である。「世界全員これ皆家族」は多様性も認められているとは思うが、現実を見れば二次創作の解釈論争にカップリング闘争、「家族こそ敵」が横行。
愛&平和とは何であろう。

「……少なくとも二次が『平和』だったら、俺このアプリに来なかったわ」
野暮なので詳細は省く。

――――――

突然支店に異動になって、早くも10日くらい。相変わらず3月から発生してる謎は全然解けてない。
先輩どこ行っちゃったの。付烏月さんって、誰。

長年一緒に仕事してた先輩は、名前を藤森っていって、私同様いきなり部署を飛ばされたんだけど、
この先輩が今どこで仕事してるかサッパリ。
なんならこの先輩が今まで住んでたアパートに、家具そのまんま、内装手つかずで、「謎の男」が変わりに住みついてて、そのことを先輩も了承済みという。
しかもこの謎の男、私の異動先の人なのだ。
挙句の果てに藤森先輩の旧姓である「附子山」を名乗ってるっていうトンデモ展開。

3月から支店で一緒に仕事してるこの自称附子山さんは、名前を付烏月、ツウキっていう。
お手製お菓子がバチクソ美味しい。
先輩は「安心して頼れ」って言うけど、
ぶっちゃけ、この静かで平和な支店の中で、
常連のおばあちゃんとお茶飲んで、お菓子食べて、お話するのが日常業務なラブ&ピースな支店の中で、
付烏月さんに対する私からの好感度だけ、不穏です。

「付け焼き刃附子山の〜、付け焼き〜Tipsぅー」
「今日もやるの付烏月さん」
「附子山だってば後輩ちゃん。俺、ブシヤマ」
「で?」

「恋と愛、愛と平和、実は頭の中では別々なの。恋すると、頭のブレーキの効きが悪くなって、かつストレスホルモン等々が増える。愛はブレーキの効きが元に戻って、絆ホルモン等々が増える。完全平和を『争わず』とするなら、多分そこに『絆』は無いよん」
「平和に『絆が無い』はおかしいよ」
「その『絆』を担う通称愛情ホルモン、オキシトシンが、そもそも敵と味方を線引きしたがるからねー」
「つまり今、私の『愛情』は付烏月さんのことを、まだ敵か味方か線引きできてないワケだ」

「今日のおやつはオーツ粉ラングドシャだよん」
「いつもありがとうございます附子山さん」

1日10人も来れば「今日は忙しかったね」な支店は、先月まで居た本店の部署に比べて、本当にピースフルで、チルチルしい。
モンスターカスタマー様はこの10日で1度も遭遇してないし、クレーム等々の変な電話も来ない。
外からのパトカーとか救急車とかのサイレンが無ければ、自分が東京に居ることすら、忘れそうだ。

そんなチルな支店に、先輩が居ない。
今までずっと一緒に仕事して、別に恋とか愛とかそういう対象じゃないけどシェアランチして、
去年の先輩の「恋愛トラブル」も、
つまり先輩が「附子山」から「藤森」に改姓した元凶との最終決戦的ないざこざも、一緒に解決して、
2月末には、先輩の雪国に一緒に帰省もしたのに。
その先輩が、3月から、パッタリ居ない。

「……そういえばその『恋愛トラブルの元凶さん』がウチに履歴書出して、採用された、って」
「『恋愛トラブルの元凶さん』、加元のこと?」
「付烏月さんには関係無いと思う」

「試作の米粉ラングドシャも食べる?」
「ありがとうございます附子山さん」

愛&平和な支店で、付烏月さんだけが私にとって不穏で、多分私の知らない場所で「何か」が動いてる。
その「何か」の正体がいつ判明するのか、今の私にはサッパリなので、
とりあえず、今日は美味しいオーツ粉と米粉のチョコ&ジャム or クリームチーズなラングドシャで、平和して、平穏して、満足した。

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