かたいなか

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「7月30日付近にもうひとつ『瞳』書いたわ」
たしか「澄んだ瞳」だったかな。某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら、ぽつり。「安らか」通り越して虚無な瞳で呟いた――眠いのだ。
10時間以上前の揺れに関しては何の被害も無かった。ただ情報を追い掛けているうちに睡眠時間を削ってしまったのだ。
いわゆる「明日は我が身」の心構えである。

「『澄んだ瞳』ってどんな瞳よって、当時俺、それっぽい顔して、鏡見たんよ」
ふわわ、わわぁ。デカいあくびを行儀悪く為して、物書きはまた虚無る。
「……案の定鏡見た途端自爆したわな」
日頃の防災意識は重要だが、眠れるときに寝ておくことも大事である。

――――――

日付変わる頃の例の最大震度5弱、某ヤホーのリアルタイム検索でぼーっとトレンドウォッチンしてたら
『強い地震がありました』
って速報がトップに上がってきて、
一番揺れの酷かった県を見た途端、ヒュッって、私の舌先から血流が引いてった。

そこは「おばあちゃん」の引っ込み先だった。
血縁関係ある本当のおばあちゃんじゃない。小学校と中学校時代にお世話になった「大化け猫の駄菓子屋さん」って駄菓子屋さんを切り盛りしてた、当時の皆のおばあちゃんだ。
去年の5月6日頃――つまり、さかのぼるのも面倒なくらい昔の数ヶ月前――都内のお店を畳んで、福島に引っ込んだ。
さいわい私は約5ヶ月後の10月14日頃――つまり、これまたさかのぼるのが面倒な昔――職場の長い付き合いな先輩のおかげで、「おばあちゃん」に手紙を出すことができて、
おばあちゃんは私にランチクレープのレシピを手紙に書いて贈ってくれた。「贈って」くれたのだ。

福島のおばあちゃん、どうしてるだろう。
おばあちゃんのスマホの番号は知らないし、グルチャや呟きックスに関しては、そもそもおばあちゃんのアカウント自体存在しない。
だから安否の確認方法なんて、手紙しかない。
すぐ書いて速達に出そうにも、0時だから郵便局が開いてない。コンビニに持ち込むにしたって速達対応できるコンビニが分からない。

おばあちゃん、どうしてるだろう。
居ても立ってもいられなくなった私は、呟きックスで現地の「無事です」の投稿を漁って、でもやっぱり少しも安心できなくて、
何をトチ狂ったか、先輩のアパートの近所にある稲荷神社の鳥居を潜ってた。
「困ったときの神頼み」とはこのことだと思う。
テンパってもいたんだと思う。

相手の安否を「すぐ」確かめるための方法が無い。
既読も未読も無い。相手と1ミリも繋がってない。
それは、今の私にはとんでもなくストレスだった。

お賽銭して、手をパンパンして、ただただ、昔お世話になったおばあちゃんの安全を祈る。
我に返って振り返ると、ポツリ、すごくキレイな大人の狐が、ホンドギツネとキタキツネのハーフっぽい色合いの明るい毛並みな狐が、
参道の真ん中におすわりして、私を見て、
すごく安らかな瞳をしてて――


――「……そっから帰宅までの記憶が曖昧なんです」
「狐にイタズラされたのでしょう」
「いたずら、」
「稲荷の狐は善良な心魂を愛でて、そういう者を茶化したり、心の味見をしたりするのを好みますから」
「はぁ……」

15日の昼休憩。
今どこに居るとも分かんない先輩がよく使ってる茶っ葉屋さんにフラリ立ち寄って、リラックス用にスイーツでも買おう、と思ってブラリしてきたら、
お店の女店主さんから開口一発、ポツリ。
『日付変わってすぐの頃、稲荷神社を参拝していませんでしたか』。
茶っ葉屋さんの店主さんは、稲荷神社のひとだった。

「『駄菓子屋のおばあちゃん』でしたら、」
私がレジに持ってきたスイーツをピッピしながら、店主さんが言った。
「震度は3で、被害も無く元気にしていますよ」
何も心配は要りません。善い杞憂で終わるでしょう。
店主さんはそう付け足して、なんだかすごく見覚えありそうな、安らかな瞳を私に向けた。

……。
……いやまさかね(あなた疲れてるのよ案件)

スマホで決済して、おまんじゅうと低価格生菓子を小さい紙箱に入れてもらって、
こちらクーポンですからの、アリガトウゴザイマシタまたお越しくださいからの、退店。
ドア潜って、ふと店主さんの方を振り返ったら、
やっぱり、店主さんはバチクソに見覚えありそうな、すごく安らかな瞳をしてた。

3/15/2024, 4:59:29 AM