かたいなか

Open App

「……言われるまでもなくほぼほぼ『平穏な日常』のネタしか書いてねぇ」
こちとらアプリ入れてから1年、「少し不思議を混ぜた原題軸日常ネタ連載風」で通してきたんじゃい。
某所在住物書きは過去投稿分を辿り、ぽつり。
去年は「平穏な日常は、だいたい手持ちの現金の不足で簡単に瓦解してしまう」といった趣旨を物語に落とし込んだらしい。
当時はプチプライスショップの手芸・ネイルコーナーの商品を利用した、小物製作物語なども2〜3程度。
平穏といえば平穏なネタである。

「今の時期なら『花粉症で付けざるを得ないマスクを彩るマスクチャームの物語』とか……いや、無理」
そういえば以前話題に出したが、北海道には、杉もヒノキも無い天国があるらしいな。
物書きは窓の外を見つめた。花粉の大量飛散無き「平穏な日常」まで、あと何週何ヶ月であったか。

――――――

最近最近の都内某所、某職場の某支店。
都内にありながら1日10人も来れば繁忙のそこ。
ほぼほぼ来店者が常連のロマンスグレー、あるいは老婦人の平和平穏で、
3月に本店から異動してきた女性が、一昨年のノベルティグッズの余り、小洒落た湯呑みで緑茶をすすりながら、カタカタ、ノートのキーボードを叩いている。

「……アミノ酸入りだ」
ずず。ひとくちで旨味成分の追加を言い当てる感覚は、本店時代の影響。茶を好む先輩が居たのだ。
「白米にかけると簡単にお茶漬けになるやつだ」
長年共に仕事をしてきたが、3月、突然離れ離れになり、異動先が分からない。
先輩は名前を藤森、旧姓を附子山という。

今頃どうしてるだろう。
先輩の元恋人さん――8年前に旧姓時代の先輩の心をズッタズタに壊して、去年先輩自身にフられた加元さんが、本店に採用になったらしいけど。
突然己の生活から消えた藤森を思いながら、開放感ある大窓の先を、路地歩く不特定多数の人々を、一旦ノートから視線を上げ、眺める。
新年度間近の異動により平穏な日常を享受するようになって、約10日が経過していた。

正午である。雨のランチタイムである。
ラブラドール連れた男女が通り、立ち止まり、進行方向から歩いてきた柴犬の老夫婦と談笑。
反対車線の歩道では、和装したカフェの従業員が、客に傘の忘れ物を叫んでいる。
手前車線、支店側に視線を戻すと、傘をさして何か撮影している女がひとり。
本店時代に同部署だった同僚だ。今は藤森の元恋人たる加元の先輩、あるいは上司である。

「ウチの支店の中、撮ってるねぇ」
ニヨロルン。「自称旧姓附子山」の「謎の男」、3月付けで同じ支店に来た彼が、悪い笑顔で呟いた。
本名を付烏月、ツウキという。
「誰の差し金だろうなぁ?加元かなぁ?」
新しいおもちゃを手にした子供のように目を輝かせる
付烏月は、それはそれは、もう、それは。
バチクソに嬉しそうであった。

「どゆこと?」
「多分ね、加元、元恋人の藤森の職場と部署を突き止めて転職してきたけど、いざ就職してみるとその部署に藤森が居なかったんだろうねぇ」
「そりゃ私と先輩、3月で突然異動になったもん」
「おまけに『附子山』って名前の職員が居ない」
「そりゃ先輩、加元さんに心をズッタズタにされてから、『藤森』に改姓しちゃったもん」

「加元はその改姓を知らないワケだ」
「うん……」

つまり加元も、「旧姓附子山」が、つまり藤森が、今どこで仕事しててどこに住んでるか掴めてないんだ。
わぁ。不穏だねぇ。平穏な日常が、崩れていくねぇ。
ニヨロルン。自称旧姓附子山たる付烏月の悪い笑顔が、更に、よりいっそう、悪く咲く。
その間に支店を撮影していた女性はスマホを耳元に当てて、可視範囲の外へ。
「藤森先輩、大丈夫かな……」
ゆっくり去っていく女性の唇は通話相手に対し、
あっ、 カモトさん?
と、動いているようであった。

「平穏が、せっかくの支店での、チルな日常が……」
「加元も必死だねぇ。去年藤森がフったんだから、諦めればイイのにさ。まぁ、できないんだろうなぁ」
「先輩マジどこ居るの……」
「俺ならココに居るよ後輩ちゃん」
「お呼びじゃないです付烏月さん」

3/12/2024, 4:14:08 AM