かたいなか

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「いや、個人的には、例のロケットの発射失敗の情報はそれこそ『もっと知りたい』だわな……」
だって「じばく」も「だいばくはつ」も覚えないでしょ?まぁそれ言ったら「そらをとぶ」も覚えないタイプだった筈だけどさ。
某所在住物書きはカッコイイものが好きであるがゆえに、トレンドから某ロケットの発射失敗を知って窓の外の空を見上げた。
素人なので、詳細も理由も想像つかぬ。風が強かったのだろうかと素人考えもするが、それならそもそも発射の許可が最初から出なかっただろう。

「……『もっと知りたい』から情報を集めて、それを創作に活用するのは、まぁ大事よな」
で、今日のお題、何書く?物書きは空から目を離し、自室の本棚に目を向ける。
「料理にせよ茶にせよ、酒のツマミにせよ……」
本棚には積ん読状態の複数がズラリ並んでいた。

――――――

最近最近のおはなしです。年度末のおはなしです。
都内某所、某職場に、加元という、すごく中性的な中途採用が入ってきました。
この加元、恋に恋するタイプの厳選厨で、解釈押しつけ厨で、なにより所有欲がバチクソに強火。
この「某職場」に転職してきたのも、恋に恋する加元が、8年前に自分の所から、サヨナラひとつ言わず縁切って消えた2番目の恋人と、ヨリを戻すため。
2番目の恋人は、名前を附子山という、筈でした。

実は加元の元恋人たる附子山、執着強い加元から逃げるにあたって、合法的に改姓していたのです。
旧姓附子山、加元が表のリアルで明るく笑いながら、裏の鍵無し呟き垢で暗く自分をディスり倒していたのを、見つけてしまったのです。
そりゃ縁も切りたくなるというもので。

で、8年ずっと行方知れずだった「旧姓附子山」の足取りを、加元、去年ようやく突き止めまして、
やって来ました附子山の職場。
客として尋ねると「『附子山』という職員は居ません」と言われました。そりゃそうです、もう「附子山」ではないのですから。
探偵雇って内情を探ってもらうとその探偵が調査断念。そりゃそうです、旧姓附子山が探偵に事情を話して、買収という形で手を引いてもらったのですから。
きわめつけに去年11月13日頃、せっかく久しぶりに会ったのに、「ヨリを戻す気は無い」、「それでも私と話をしたいなら、恋人でも友達でもなく他人として、また会いましょう」とか言われる始末。

そこで加元、動きました。
旧姓附子山の職場と部署は特定していました。
自分の手元から勝手に消えた元恋人の、勤務先に履歴書を出して面接も通って、
今年3月、年度末からの中途採用組として、
まさしく「附子山」と同じ部署に、配属になった、
筈なのですが。

「まさか、去年ウチを出禁になった筈のお前が、ウチの部署に入ってくるとはな」
部署を何度見渡しても、おかしいな、目当ての相手がどこにも居ません。
「主任の宇曽野だ。お前の教育係ということになってる。……何度も言うがウチに『附子山』は居ないぞ」
しかも、加元の教育係が、去年加元に「『附子山』という職員は居ません」と告げた張本人。

逃げられたのかな。加元は考えます。
いや、そんな筈はない。まだこの職場に居る筈だ。加元は考え直します。
執着と所有欲の強い加元は、自分の手元から勝手に消えたジュエリーの居場所を突き止めるべく、
侵入可能な部署、侵入可能な階を、地道にちまちま新人のジコケンサン、自己研修として歩き回り、
この職場に支店が存在することを知りました。

附子山は支店に異動になったかもしれません。
でも加元、この職場に何個支店があって、それらがどこに建てられているか、何も知りません。

「職場のこと、もっと知りたいの」
加元は同じ部署の、優しそうな女性の先輩に目をつけ、近寄りました。
「支店にも挨拶に行きたいんだけど、支店の数と場所と、外観も分からなくて」
もっと知りたいだけなの。教えてくれる?
ぬるり、ぬるり。高い男声とも低い女声ともとれる中性的な声と抑揚で、加元、先輩の心に潜り込みます。

「良ければ撮ってきてあげようか」
加元のたくらみなんて、先輩、何も知りません。
「外回りついでに、今日ひとつ行ってきてあげる」
先輩は親切心からニッコリ、加元は所有欲と執着からニッコリ。双方表面上は穏やかです。
ただ、主任の宇曽野だけが、加元の心の奥の奥を知っていて、ふたりをチラリ、見ておったのでした……

3/13/2024, 3:41:30 AM