かたいなか

Open App
3/13/2024, 3:41:30 AM

「いや、個人的には、例のロケットの発射失敗の情報はそれこそ『もっと知りたい』だわな……」
だって「じばく」も「だいばくはつ」も覚えないでしょ?まぁそれ言ったら「そらをとぶ」も覚えないタイプだった筈だけどさ。
某所在住物書きはカッコイイものが好きであるがゆえに、トレンドから某ロケットの発射失敗を知って窓の外の空を見上げた。
素人なので、詳細も理由も想像つかぬ。風が強かったのだろうかと素人考えもするが、それならそもそも発射の許可が最初から出なかっただろう。

「……『もっと知りたい』から情報を集めて、それを創作に活用するのは、まぁ大事よな」
で、今日のお題、何書く?物書きは空から目を離し、自室の本棚に目を向ける。
「料理にせよ茶にせよ、酒のツマミにせよ……」
本棚には積ん読状態の複数がズラリ並んでいた。

――――――

最近最近のおはなしです。年度末のおはなしです。
都内某所、某職場に、加元という、すごく中性的な中途採用が入ってきました。
この加元、恋に恋するタイプの厳選厨で、解釈押しつけ厨で、なにより所有欲がバチクソに強火。
この「某職場」に転職してきたのも、恋に恋する加元が、8年前に自分の所から、サヨナラひとつ言わず縁切って消えた2番目の恋人と、ヨリを戻すため。
2番目の恋人は、名前を附子山という、筈でした。

実は加元の元恋人たる附子山、執着強い加元から逃げるにあたって、合法的に改姓していたのです。
旧姓附子山、加元が表のリアルで明るく笑いながら、裏の鍵無し呟き垢で暗く自分をディスり倒していたのを、見つけてしまったのです。
そりゃ縁も切りたくなるというもので。

で、8年ずっと行方知れずだった「旧姓附子山」の足取りを、加元、去年ようやく突き止めまして、
やって来ました附子山の職場。
客として尋ねると「『附子山』という職員は居ません」と言われました。そりゃそうです、もう「附子山」ではないのですから。
探偵雇って内情を探ってもらうとその探偵が調査断念。そりゃそうです、旧姓附子山が探偵に事情を話して、買収という形で手を引いてもらったのですから。
きわめつけに去年11月13日頃、せっかく久しぶりに会ったのに、「ヨリを戻す気は無い」、「それでも私と話をしたいなら、恋人でも友達でもなく他人として、また会いましょう」とか言われる始末。

そこで加元、動きました。
旧姓附子山の職場と部署は特定していました。
自分の手元から勝手に消えた元恋人の、勤務先に履歴書を出して面接も通って、
今年3月、年度末からの中途採用組として、
まさしく「附子山」と同じ部署に、配属になった、
筈なのですが。

「まさか、去年ウチを出禁になった筈のお前が、ウチの部署に入ってくるとはな」
部署を何度見渡しても、おかしいな、目当ての相手がどこにも居ません。
「主任の宇曽野だ。お前の教育係ということになってる。……何度も言うがウチに『附子山』は居ないぞ」
しかも、加元の教育係が、去年加元に「『附子山』という職員は居ません」と告げた張本人。

逃げられたのかな。加元は考えます。
いや、そんな筈はない。まだこの職場に居る筈だ。加元は考え直します。
執着と所有欲の強い加元は、自分の手元から勝手に消えたジュエリーの居場所を突き止めるべく、
侵入可能な部署、侵入可能な階を、地道にちまちま新人のジコケンサン、自己研修として歩き回り、
この職場に支店が存在することを知りました。

附子山は支店に異動になったかもしれません。
でも加元、この職場に何個支店があって、それらがどこに建てられているか、何も知りません。

「職場のこと、もっと知りたいの」
加元は同じ部署の、優しそうな女性の先輩に目をつけ、近寄りました。
「支店にも挨拶に行きたいんだけど、支店の数と場所と、外観も分からなくて」
もっと知りたいだけなの。教えてくれる?
ぬるり、ぬるり。高い男声とも低い女声ともとれる中性的な声と抑揚で、加元、先輩の心に潜り込みます。

「良ければ撮ってきてあげようか」
加元のたくらみなんて、先輩、何も知りません。
「外回りついでに、今日ひとつ行ってきてあげる」
先輩は親切心からニッコリ、加元は所有欲と執着からニッコリ。双方表面上は穏やかです。
ただ、主任の宇曽野だけが、加元の心の奥の奥を知っていて、ふたりをチラリ、見ておったのでした……

3/12/2024, 4:14:08 AM

「……言われるまでもなくほぼほぼ『平穏な日常』のネタしか書いてねぇ」
こちとらアプリ入れてから1年、「少し不思議を混ぜた原題軸日常ネタ連載風」で通してきたんじゃい。
某所在住物書きは過去投稿分を辿り、ぽつり。
去年は「平穏な日常は、だいたい手持ちの現金の不足で簡単に瓦解してしまう」といった趣旨を物語に落とし込んだらしい。
当時はプチプライスショップの手芸・ネイルコーナーの商品を利用した、小物製作物語なども2〜3程度。
平穏といえば平穏なネタである。

「今の時期なら『花粉症で付けざるを得ないマスクを彩るマスクチャームの物語』とか……いや、無理」
そういえば以前話題に出したが、北海道には、杉もヒノキも無い天国があるらしいな。
物書きは窓の外を見つめた。花粉の大量飛散無き「平穏な日常」まで、あと何週何ヶ月であったか。

――――――

最近最近の都内某所、某職場の某支店。
都内にありながら1日10人も来れば繁忙のそこ。
ほぼほぼ来店者が常連のロマンスグレー、あるいは老婦人の平和平穏で、
3月に本店から異動してきた女性が、一昨年のノベルティグッズの余り、小洒落た湯呑みで緑茶をすすりながら、カタカタ、ノートのキーボードを叩いている。

「……アミノ酸入りだ」
ずず。ひとくちで旨味成分の追加を言い当てる感覚は、本店時代の影響。茶を好む先輩が居たのだ。
「白米にかけると簡単にお茶漬けになるやつだ」
長年共に仕事をしてきたが、3月、突然離れ離れになり、異動先が分からない。
先輩は名前を藤森、旧姓を附子山という。

今頃どうしてるだろう。
先輩の元恋人さん――8年前に旧姓時代の先輩の心をズッタズタに壊して、去年先輩自身にフられた加元さんが、本店に採用になったらしいけど。
突然己の生活から消えた藤森を思いながら、開放感ある大窓の先を、路地歩く不特定多数の人々を、一旦ノートから視線を上げ、眺める。
新年度間近の異動により平穏な日常を享受するようになって、約10日が経過していた。

正午である。雨のランチタイムである。
ラブラドール連れた男女が通り、立ち止まり、進行方向から歩いてきた柴犬の老夫婦と談笑。
反対車線の歩道では、和装したカフェの従業員が、客に傘の忘れ物を叫んでいる。
手前車線、支店側に視線を戻すと、傘をさして何か撮影している女がひとり。
本店時代に同部署だった同僚だ。今は藤森の元恋人たる加元の先輩、あるいは上司である。

「ウチの支店の中、撮ってるねぇ」
ニヨロルン。「自称旧姓附子山」の「謎の男」、3月付けで同じ支店に来た彼が、悪い笑顔で呟いた。
本名を付烏月、ツウキという。
「誰の差し金だろうなぁ?加元かなぁ?」
新しいおもちゃを手にした子供のように目を輝かせる
付烏月は、それはそれは、もう、それは。
バチクソに嬉しそうであった。

「どゆこと?」
「多分ね、加元、元恋人の藤森の職場と部署を突き止めて転職してきたけど、いざ就職してみるとその部署に藤森が居なかったんだろうねぇ」
「そりゃ私と先輩、3月で突然異動になったもん」
「おまけに『附子山』って名前の職員が居ない」
「そりゃ先輩、加元さんに心をズッタズタにされてから、『藤森』に改姓しちゃったもん」

「加元はその改姓を知らないワケだ」
「うん……」

つまり加元も、「旧姓附子山」が、つまり藤森が、今どこで仕事しててどこに住んでるか掴めてないんだ。
わぁ。不穏だねぇ。平穏な日常が、崩れていくねぇ。
ニヨロルン。自称旧姓附子山たる付烏月の悪い笑顔が、更に、よりいっそう、悪く咲く。
その間に支店を撮影していた女性はスマホを耳元に当てて、可視範囲の外へ。
「藤森先輩、大丈夫かな……」
ゆっくり去っていく女性の唇は通話相手に対し、
あっ、 カモトさん?
と、動いているようであった。

「平穏が、せっかくの支店での、チルな日常が……」
「加元も必死だねぇ。去年藤森がフったんだから、諦めればイイのにさ。まぁ、できないんだろうなぁ」
「先輩マジどこ居るの……」
「俺ならココに居るよ後輩ちゃん」
「お呼びじゃないです付烏月さん」

3/11/2024, 2:24:01 AM

「わぁ。来た。去年もバチクソに悩んだお題」
某所在住物書きは「愛」と「平和」を双方ネット検索にかけながら、深く長いため息を吐いた。
双方に単語や仕組み以上の意味を抱きづらいのだ。

愛である。愛情ホルモンと俗に言われているオキシトシンは、「仲間以外への攻撃性」も一緒に持ち合わせているという。
平和である。「世界全員これ皆家族」は多様性も認められているとは思うが、現実を見れば二次創作の解釈論争にカップリング闘争、「家族こそ敵」が横行。
愛&平和とは何であろう。

「……少なくとも二次が『平和』だったら、俺このアプリに来なかったわ」
野暮なので詳細は省く。

――――――

突然支店に異動になって、早くも10日くらい。相変わらず3月から発生してる謎は全然解けてない。
先輩どこ行っちゃったの。付烏月さんって、誰。

長年一緒に仕事してた先輩は、名前を藤森っていって、私同様いきなり部署を飛ばされたんだけど、
この先輩が今どこで仕事してるかサッパリ。
なんならこの先輩が今まで住んでたアパートに、家具そのまんま、内装手つかずで、「謎の男」が変わりに住みついてて、そのことを先輩も了承済みという。
しかもこの謎の男、私の異動先の人なのだ。
挙句の果てに藤森先輩の旧姓である「附子山」を名乗ってるっていうトンデモ展開。

3月から支店で一緒に仕事してるこの自称附子山さんは、名前を付烏月、ツウキっていう。
お手製お菓子がバチクソ美味しい。
先輩は「安心して頼れ」って言うけど、
ぶっちゃけ、この静かで平和な支店の中で、
常連のおばあちゃんとお茶飲んで、お菓子食べて、お話するのが日常業務なラブ&ピースな支店の中で、
付烏月さんに対する私からの好感度だけ、不穏です。

「付け焼き刃附子山の〜、付け焼き〜Tipsぅー」
「今日もやるの付烏月さん」
「附子山だってば後輩ちゃん。俺、ブシヤマ」
「で?」

「恋と愛、愛と平和、実は頭の中では別々なの。恋すると、頭のブレーキの効きが悪くなって、かつストレスホルモン等々が増える。愛はブレーキの効きが元に戻って、絆ホルモン等々が増える。完全平和を『争わず』とするなら、多分そこに『絆』は無いよん」
「平和に『絆が無い』はおかしいよ」
「その『絆』を担う通称愛情ホルモン、オキシトシンが、そもそも敵と味方を線引きしたがるからねー」
「つまり今、私の『愛情』は付烏月さんのことを、まだ敵か味方か線引きできてないワケだ」

「今日のおやつはオーツ粉ラングドシャだよん」
「いつもありがとうございます附子山さん」

1日10人も来れば「今日は忙しかったね」な支店は、先月まで居た本店の部署に比べて、本当にピースフルで、チルチルしい。
モンスターカスタマー様はこの10日で1度も遭遇してないし、クレーム等々の変な電話も来ない。
外からのパトカーとか救急車とかのサイレンが無ければ、自分が東京に居ることすら、忘れそうだ。

そんなチルな支店に、先輩が居ない。
今までずっと一緒に仕事して、別に恋とか愛とかそういう対象じゃないけどシェアランチして、
去年の先輩の「恋愛トラブル」も、
つまり先輩が「附子山」から「藤森」に改姓した元凶との最終決戦的ないざこざも、一緒に解決して、
2月末には、先輩の雪国に一緒に帰省もしたのに。
その先輩が、3月から、パッタリ居ない。

「……そういえばその『恋愛トラブルの元凶さん』がウチに履歴書出して、採用された、って」
「『恋愛トラブルの元凶さん』、加元のこと?」
「付烏月さんには関係無いと思う」

「試作の米粉ラングドシャも食べる?」
「ありがとうございます附子山さん」

愛&平和な支店で、付烏月さんだけが私にとって不穏で、多分私の知らない場所で「何か」が動いてる。
その「何か」の正体がいつ判明するのか、今の私にはサッパリなので、
とりあえず、今日は美味しいオーツ粉と米粉のチョコ&ジャム or クリームチーズなラングドシャで、平和して、平穏して、満足した。

3/10/2024, 4:16:40 AM

「去年は職場ネタ書いたわ。『オツボネのクソ上司にも過ぎ去った昔があるんだよな』みたいな」
それ書いてから1年だってよ。なんならこのアプリ入れてから375日だってよ。早いよな。
某所在住物書きはそれこそ「過ぎ去った日々」を想起し、ため息を吐いた。よく今まで続いたものである。

「日常ネタが長期連載に耐え得るのは分かった」
事実、現在の作風と主要な登場人物は、去年の3月からあまり変わっていないのだ。
「……問題は俺自身の引き出しの少なさだわ」
まぁ、「みんなの作品」見れば確実に勉強になるけどさ。俺より秀逸で良い作品見ると、嫉妬するんよな。
ぶつぶつ。物書きは呟き、天井を見上げた。

――――――

3月6日投稿分の「絆」から始まった図書館のおはなしの、これがいわゆる最終回。
昔々、年号がまだ平成だった頃、都内某所某図書館に、都会の悪意と忙しさと距離感に揉まれて擦れた雪国出身者が、非常勤として流れ着きまして、
名前を附子山といい、正職員の付烏月、ツウキという男に目をつけられました。

「人間は、敵か、『まだ』敵じゃないか」。
まるで人を救う薬のチカラを持ちながら「人間嫌い」の毒を呟く附子、トリカブトのように、
すべての人間を嫌って、疑って、恐れる附子山。
付烏月はこの興味深い、新しいおもちゃに、「誰が怖くないか」を推測する方法を吹き込みました。
脳科学です。人の心の覗き方を教えたのです。
「人間は、敵も味方も『頭』で説明できる」。
けれど附子山の人間嫌いも人間不信も、ちっとも、ほんの少しも、改善しませんでした。
ここまでが前回のおはなしです。

で、今回です。時は進んで新年度です。
附子山は非常勤の契約を更新せず、付烏月にさよならも言わず、1年で図書館から去りました。

「仕事すごく早かったのに、もったいないよね」
付烏月の隣で司書さんが、お昼ご飯を食べつつ電話番もしながら、ポツリ、言いました。
「ひとりで黙々仕事して、たまに受付業務して。愛想さえ良ければ附子山さん、すごく向いてたのに」

「重傷過ぎたんだよ」
新しいおもちゃが消えたのに、ニヨロルン、付烏月は相変わらず悪い笑顔して、サンドイッチをぱくり。
「仕事、向いてるのは、向いてたんだろうね。でも『今』じゃなかったんだよ」

過ぎ去った日々を、付烏月はじっくり味わいます。
附子山と視線を合わせて「絆」の話を、または「もっと」の仕組みを、あるいはストレスの恐ろしさを吹き込んだのを、高解像度で、思い返します。
都会の荒波にさらされた雪の人、附子山にとって、図書館に来る大勢の不特定の他者は、揉まれ擦り切れた心の傷への火の粉か塩でした。
降りかかる火の粉を減らすため、増える心の傷を減らして治すために、附子山は離職し、避難したのです。

きっと次の職場で附子山は、付烏月が吹き込んだ脳科学を武器に、もう少し上手く世渡りするでしょう。
ああ、そして附子山は、あの無垢で根は優しい筈の雪の人は、いつか人間嫌いと人間不信の雪から抜け出して、どこかで真に芽吹き、花を咲かせるのです!
「ああ、見たい、附子山さんの花の色、見たい!」
ニヨロルン。付烏月はとても悪い笑顔で言いました。

「付烏月さん、やってることは『心に傷負った人に寄り添ってサポート』って、すごく善いことなのにね」
「なぁに?」
「動機が不純過ぎるんだよね。単に『自分が闇堕ちからの光復帰がヘキ of ヘキだから』だもんね」

「俺、ヒトサマにメーワクかけてないよ。なんにも悪いことしてないよん」
「そうじゃなくて」
「俺のヘキ、君の地雷?アナフィラキシー?」
「そうじゃなくて」

「過ぎ去った善良な日々は、キレイな花の良い養分になるんだよん……」
「はいはいヘンタイヘンタイ」

図書館を去った附子山の人間嫌いが治る日を想像して、付烏月はその日も図書館でせっせとお仕事。
ちなみに離職後の附子山は、都会の歩き方を少しずつ覚え、「藤森」に改姓する「諸事情」を経て、
約十数年先の現在、次の次の職場で親友と後輩に恵まれて、まぁまぁ幸せに暮らしておりましたとさ。
そして、物語は過去投稿分、3月2日〜5日あたりのそれに繋がるのですが、
スワイプも面倒なので、気にしない、気にしない。

3/9/2024, 5:57:00 AM

「お金より大事な、『物』なのか『者』なのか、なんなら自然保護の観点から『藻の』もアリか」
やっぱり平仮名のお題は便利よな。漢字変換でどうとでもいじれるから。某所在住物書きは「もの」の予測変換を辿りつつ、何をどう書くか思考していた。
「喪の」では少々センシティブであろう。
「Mono」はギリシア語由来の接尾辞で「ひとつの、唯一の」といった意味を持つらしい。

「『お金より大事』って、今の時代、だいたい金額で数値化できちまうもんなぁ……」
たとえば人の命だって、乗用車と競走馬輸送車とか、精密機器輸送車とか。自然の原風景だって「そこに風力発電所建てた方が金になる」とかさ。なんかな。
物書きは首筋をガリガリ。天井を見上げる。

――――――

前々回の「絆」から続く図書館のおはなしも、ようやくそろそろ、ひと区切り。
昔々のおはなしです。都内某所、某図書館、年号がまだ平成だった頃のおはなしです。
都会と田舎の違いに揉まれて擦れて、人間嫌いと寂しがり屋と少しの不信&怖がりを併発してしまった雪国出身者が、非常勤として流れ着きまして、
かわいそうに、「脳科学」に関して付け焼き刃的に物知りな正職員に、目をつけられてしまいました。
雪の人が附子山、正職員が付烏月、ツウキです。

すべての人間が敵に見えるのは、誰が怖い人で、悪い人で、危ない人か、見分け方を知らないからだ。
附子山よ、純粋で無垢で初々しい雪の人よ、図書館で人の頭を、心を、脳科学を学ぶのだ!
良いヒマつぶしを得た付烏月は、ニヨロルンとイタズラな悪い笑顔で、附子山にアレコレ吹き込みます。
「絆」の線引きを担うオキシトシンに、
「月夜」の読書で覚えた頭のブレーキ、前頭前野。
真面目で根は優しい附子山、図書館で人の心を学び続けました。ここまでが前回のおはなしです。

で、今回です。だいたい2ヶ月3ヶ月後です。
勉強熱心な附子山だから、もう怖い人間と悪い人間と距離離すべき人間の特徴を理解しただろうと、
ニヨロルン、付烏月はバチクソに悪い笑顔で、新着図書にフィルムを貼る作業中の附子山のところへ、
「ブシヤマさ〜ん、ゴキゲンいかがん」
「フィルムコート貼りの作業中です。すいませんが話は後でお願いします」
行ってみたは良いものの、附子山、人間嫌いも少しの不信も、全然、ちっとも治っていません!
唇は緊張の真一文字。視線を逸らすのは心理的不快感のあらわれ、遮断行為のひとつです。

人の見分け方、頭の覗き方を覚えても、まだ「人間は敵か、『まだ』敵ではないか」と考える。
予想外の展開に、付烏月の目が輝きました。

「俺が嫌い?仕事が怖い?給料安いのが不満?」
附子山の瞳をバチクソ熱心に観察しながら、物知り付烏月、考え得るすべてを列挙しました。
「作業中だと、言っているでしょう」
淡々。附子山は付烏月の話に知らんぷりでしたが、
「お客さんが苦手?地味な作業が、面倒……?」
付烏月の列挙が「お客さん」の札を切った途端、
附子山はまぶたを下げて視線を落とし、
札が過ぎ去ると、ようやく視線を元に戻しました。
ほほーん。そゆことね。
付烏月の悪い笑顔が、もっと悪くなりました。

「クレーマー対応が嫌。違う」
「あの、なにを、」
「特定の変な客に絡まれ、てるワケでもない」
「付烏月さん?」
「自分のストレス……そう。都会に揉まれて心に傷がいっぱいなのに、その状態で不特定多数と」
「ちがう!」

「あのね、附子山さん」

ぽふん。肩に右手を置いて、悪い笑顔のまま、付烏月がニヨロルン。言いました。
「過剰なストレスってね、ホントに、頭に悪いの」
附子山は付烏月から目が離せません。緊張とストレスで、カッチコッチに固まったままです。
「コルチゾールだよ。ストレスホルモンの一種。それの分泌に、海馬がブレーキをかけてるんだけど、ストレスが酷過ぎると、海馬が傷ついちゃうの。
コルチゾールは神経細胞を活発にさせ過ぎて過労死させちゃう。心が体を殺しちゃうんだよ。
ストレスで傷ついた脳はね、今の医療技術じゃ、どうにもならない。脳は、お金より大事なものなの」

あのね。附子山さん。
付烏月は附子山に視線を合わせました。
附子山は相変わらず、緊張に唇が真一文字。あらゆる人間を嫌って、疑って、恐れていましたが、
それでも、初めて目を合わせた日に比べれば、付烏月に絆を、少しくらいは感じてそうな気がしないでもありませんでした。

Next