「『天の川観測には満月の光でさえ強過ぎる』ってハナシをどこかで聞いた気がする」
逆に皆既月食なら、天の川が見える場合もあるとか。
某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら、ポツリ。去年は稲荷神社の子狐が月夜に餅つきする物語を書いた様子。二番煎じには不向きなネタであろう。
月夜ねぇ。物書きは再度ポツリ。数十年後の夜の月には、探査ロボットが居るだろうから、太陽光パネルが十数枚百数枚、敷き詰められているに違いない。
――――――
まさかまさかの続き物。昔々のおはなしです。
まだ年号が平成だった頃、だいたい10年くらい前、都内某所某図書館に、いわゆる「脳科学」について、悪い意味で付け焼き刃かつ物知りな社会科学担当者がおりまして、名前を付烏月、ツウキといいました。
ある日、付烏月が勤めている図書館に、寂しがり屋と人間嫌いと、それから少しの不信と怖がりも併発した雪国出身者が、非常勤として流れ着きまして、
どうやら都会の悪意と忙しさと、その他諸々に揉まれて擦れて、全部の人間が怖くなってしまった様子。
東京の荒波の、泳ぎ方を知らないのです。都民と上京民の距離の測り方も、離し方も知らないのです。
おまけに誰が善い人で誰が悪い人か、その見分け方も、分からないのです。
付け焼き刃の物知り付烏月、無垢で純粋で初々しい雪国の人を見つけて、ニヨリニヨリ、悪い笑顔。
この雪の人に、都会の泳ぎ方を授けよう。
「人間の見方」を、「頭の見方」を仕込むのだ。
バチクソ良いヒマつぶしになるに違いない!
雪の人よ、「脳科学」を、「人の心」を学べ!
ニヨロルン、悪い笑顔で付烏月が言って、そこまでが、前回のおはなしでした。
で、今回です。
その日の図書館が閉まりまして、満月昇る月夜です。
正職員はその日汚破損した本を直したり、あるいは寄贈された本を仕分けたり。
例の雪の非常勤は、名前を附子山といいまして、
いわゆる「4類」、「490番台」、医学の書籍が集まる本棚で、数冊本を取り出して、
月がパトカーだの救急車だの工事の轟音だのに顔をしかめて曇る下で、それらを読んだり、ルーズリーフノートにメモしたりなど、しておったのでした。
「前頭前野は略称PFC。頭のブレーキ。理性」
雪の人附子山、『少し語弊があるザックリ脳科学』なる本を、まるで明日その範囲を再テストか追試でもする学生のように、熟読します。
「一般的に20歳ではまだ未熟、25歳頃ようやく完成し、40代には萎縮が始まっていることが多い。
よって10代20代は我慢が難しい。40以降は、統計的に女性より男性に、比較的怒りやすい人が多い」
東京に来てから、財布スられて置き引き食らって、田舎の距離のとり方も近過ぎて、
ゆえに、誰も彼もが怖くなってしまった附子山。
人の心を、行動の傾向を、頭の成長と結びつけるその本は、青天の霹靂、目からウロコでした。
「いわゆる『オヤジギャグ』も、統計的に中年男性の方が、PFCの整理整頓により『言わない方が良い』のブレーキが緩くなりやすい人が多いため……」
人の心は、怖さは、ある程度説明が可能なのだ。
これをよくよく勉強すれば、怖い人間、離れるべき人間を知り、他人と適正な距離を保てるかもしれない。
他者から傷つけられることも、減るかもしれない。
雪の人附子山、小さく頷いて、深呼吸です。
窓の外に浮かぶ月を眺めようと、視線を上げて、
「勉強熱心だねぇブシヤマさん」
「わっ!?」
目が合ったのはお月様ではなく物知り付烏月。相変わらずニヨロルン、イタズラな悪い笑顔をしています。
「PFCの他にも、ドーパミンに焦点当てて人を説明してる本もあるよん。『Not Moral, MORE!』って原題、『モラルを知らないドーパミン』ってタイトルで日本語訳されてる。面白いよ」
「は、……はぁ、」
「『絆』のオキシトシンに対して、ドーパミンは『もっと』。覚えると便利だよ、ベンリダヨ……」
じゃーね、お先。おつかれさま〜。
言うだけ言って、付烏月、附子山から離れます。
なんなんだ。あのひと……。
いきなり話しかけられた附子山は緊張まじりの困惑顔。まだ心臓がドキドキです。
まんまるお月様は夜空の上から、それらすべてを、静かに見ておりましたとさ。
「へぇ。絆って、元ネタ、綱……」
ぶっちゃけ「絆ってなにそれ。仕入れ値いくら」って思うことは多々ある。
某所在住物書きはお題1字を見てポツリ、呟いた。
ネット検索によれば、もともと「きずな」とは、犬や馬等々を、通りがかりの立木に繋いでおくための綱であるという。
「……しがらみとか呪縛とかの意味で使われたのか」
何かエモい物語に使えそうだと閃くが、ネタの引き出しが少ないせいで発展していかない。
もちょっと本とか読まなきゃダメかねぇ。
物書きはひとつ、ため息を吐いた。
――――――
昔々のおはなしです。まだ年号が平成だった頃、だいたい10年くらい前のおはなしです。
都内某所、某図書館に、附子山という雪国出身の上京者が、非常勤として流れ着いてきました。
『人間は、敵か、「まだ」敵じゃないか』。
田舎と都会の違い、スリや置き引きの悪意なんかに揉まれて擦れて、寂しがり屋と人間嫌いと、それから少しの不信も、一緒にこじらせておったのでした。
なお現在は図書館と違う職場で、諸事情で名字も「藤森」に変えて、のんびり生活しています。
良い後輩と善い親友に恵まれて、お茶など飲んで、まったりしておるのです。
で、図書館に非常勤として流れ着いた、寂しがり屋と人間嫌いを併発している附子山ですが、
こいつにキラリ目をつけた、変わり者がおりまして、
いわゆる「3類」、社会科学の担当の正職員。
名前を付烏月、ツウキといいました。
『人間は、敵も味方も「頭」で説明できる』。
変わり者付烏月、淡々とぼっちで仕事をさばく附子山を見て、ニヨリ。イタズラに笑いました。
『人が嫌いっていうより、優し過ぎて、信じ過ぎて、何度も傷つけられてきたタイプなんだろうなぁ』
付烏月は附子山を観察して推測しました。
『この怖がりさんに「頭の見方」を教えるのは、きっと良いヒマつぶしになるに違いない!』
なんということでしょう。
変わり者付烏月、社会科学の担当のくせに、自然科学の担当以上に自然科学の「ある1点」、脳科学に、悪い意味で詳しい変わり者だったのです!
そんなことなど知らぬ犠牲者附子山、非常勤としてせっせとお仕事。新しい本にブックコートフィルムを貼ったり、貸し出しのためのバーコードを付けたり。
教わった仕事はなんでも覚えて、ぼっちで、誰とも話さず、淡々と作業します。
「ブシヤマさん、脳科学、キョーミなぁい?」
附子山にニヨロルンと近づく付烏月。すごく悪い笑顔です。すごく、すごーく、悪い笑顔です。
「この表情はその感情、その感情は脳のココ、脳のココは人の心のアレソレ。覚えとくとベンリダヨー」
対する附子山は相変わらず、淡々。唇はチカラが入って一直線、時折首筋など触っています。
怖いのです。不安なのです。また自分は他人に傷つけられるのだと、附子山、付烏月を恐れておるのです。
テキパキ、テキパキ。淡々と仕事だけする附子山。
その附子山に、 ずいっ!
付烏月、一気に顔を寄せて、視線を合わせました!
「なっ、……いきなり、なにを」
附子山、カッチカチに固まって目の下が少し震えています。緊張して、不安で、やっぱり怖いのです。
教科書レベルの、典型的なストレスの表出。
「敵」から視線を離せない附子山に、付烏月、ニヨリ楽しそうに笑いました。
「オキシトシン、ってゆーの」
「おきしとしん?」
「一般的に愛情ホルモンって言われてるけど、どっちかっていうと、絆のホルモン」
「きずな?」
「こーやって目と目を合わせたりすると、脳の深いところから出てくるの。『この人間は敵』、『この人間は味方』っていう線引きに関わってるんだよ。
目と目が合って、相手を心地よく思うのもオキシトシン、相手を排除したくなるのもオキシトシン。
絆を、心を、他人を説明できるのが、脳科学」
「心を、説明……」
「俺の印象、最悪でしょ?それも『絆』の線引き」
4類の書架、490番台だよ。たのしーよ。
脳科学に少し興味を持ち始めた附子山に、付烏月、役に立つ本棚の場所を教えてバイバイ。
手を振り、立ち去ります。
ポツン、ひとり残された附子山、付烏月の「絆」の講義が頭にずっと、ずっと残り続けておりました。
「人の心」を学んだ附子山は、それをきっかけに遠回りしつつ、少しずつ他人との距離のとり方を覚えて、
今では人間不信も怖がりも、十分寛解しましたとさ。
「たまには贅沢、たまに花見でも、多摩には多摩地方と奥多摩地方、白玉には黒蜜かみたらしか。
いやぁ、全部ひらがなのお題はいじりやすいなぁ」
他にも「『偶々(たまたま)』には少々出来過ぎた偶然」とかも、「たまには」だからアリよな。
某所在住物書きは今回配信分の4字を見てポツリ。他にどう変わり種を作れるか思考に思考を重ねた。
個人的に白玉にはつぶあん・こしあん派であるが、蛇足に過ぎないので捨て置く。
「……そういや、あの『多摩川の土手のロケ』、どこの土手だったんだろう」
たま、玉、弾、多摩。変換候補を辿って物書きが脱線した着地点は某ホラーゲーム第1作目の実写映像。
懐かしさゆえに、物書きは執筆そっちのけで……
――――――
都内某所、某職場の某支店、1日に10人も来れば「今日は忙しかったね」のそこ、昼休憩。
スマホが伝えてくる天気予報を見て、口をパックリ開き、愕然とする者がある。
降雪予報である。金曜日である。
気温も酷く、最低など氷点下に迫る。
その絶望を見て、固まっているのである。
「後輩ちゃん。無事?」
カタン。そんな絶望者のデスクに、3月から支店配属となった男が、小さな湯呑みを置いた。
自称、旧姓附子山。本名は付烏月、ツウキという。
「お茶飲みなよ。多分落ち着くよ」
支店長もお茶、どーぞ。
付烏月は他の2席3席にも茶を配り、絶望者の向かい側であるところの自分のデスクに戻った。
「お茶飲んだって、金曜の雪は変わんないもん」
付烏月に「後輩」と呼ばれた彼女は両手で湯呑みをつつみ、茶の甘香をいっぱいに吸い込んで、深く、長いため息を吐く。
「……ふぁっきん突然の低温」
3月だよ。春だよ。酷いよね。
後輩はひととおり呟き倒すと、湯呑みの中の約80℃を口に含み、喉に通して、再度息を吐いた。
「付け焼き刃附子山の〜、付け焼き〜Tipsぅー」
「突然どしたの付烏月さん」
「附子山だよ後輩ちゃん。俺、ブシヤマ」
「で?」
「東京にもお茶農家さんが居るらしいよん。埼玉との県境な多摩には、埼玉県産と区別して、『東京狭山茶』って呼ばれてるお茶を作ってる人が居るんだって。今淹れたお茶っ葉のパックの裏に書いてた」
「で?」
「注意関心が天気予報から離れれば、後輩ちゃんのゼツボーも、ちょっと軽減するかなって」
「はぁ……」
たまには、こういう有益な情報も良いでしょ?
旧姓附子山を自称する付烏月が、湯呑みを片手に、にっこり。後輩に少しの達成感と満足感を投げる。
対する後輩はただジト目で、スマホのディスプレイから天気予報を退かし、「東京狭山茶」のファクトチェックを開始して、
すぐ、それが事実だと理解し、ヘェのため息。
「ヘイ付烏月さん、オッケー付烏月さん」
「附子山だよん」
「突然下がる気温に対処する方法」
「一般的な方法しか知らないから、ひとまず気持ちを上げるためにお菓子食べると良いよ。俺、今日はジンジャークッキー作ってきたよ」
「ありがと附子山さん感謝してる」
温かい茶と、茶菓子のクッキーと、それから役に立つやら立たぬやらの雑学的雑談。
その日も某支店の昼は平和に、平穏に過ぎていった。
「ところでさ後輩ちゃん」
「なに付烏月さん」
「金曜もだけど、今日も夜、雪の可能性」
「あーあー、聞こえない、聞こえませぇーん」
「クッキーおかわり?」
「いただきます附子山さん」
「自分が、『君』のことを大好きなのか、
たとえば『お菓子が大好きな君』がいて、その君に向けて『チョコが大好きな君』へのプレゼンか。
『君』だから、捻くれれば『大好きな君主に』も、書けるっちゃ書けるわな」
某所在住物書きは今日も通知文をざっと見て、いじり倒し、最終的に面倒になって努力を放棄した。
お題の「大好きな君に」の前後に、少し言葉を付け足す。物書きの常套手段である。
「……恋愛ネタも君主もムズい」
ぽつり。物書きは本音を呟く。
唯一の救いは「『◯◯が大好き』な君に」か。
――――――
年度末、残り1ヶ月だけど、
突然支店異動を食らって、長年一緒に仕事してきた先輩とも離れ離れになっちゃって、
その先輩から届いた手紙を、部屋で読んでる。
届けてくれたのは子狐の郵便屋さん。
比喩でも冗談でもなく、先輩がヒイキにしてるお茶っ葉屋さんの看板狐、稲荷神社在住のコンコンが、
頭に郵便屋さんキャップな飾りをつけて、郵便屋さんユニフォームなポンチョ羽織って。
ポンチョのおなか部分にはマジックテープで、郵便屋さんバッグなナイロン製がくっついてる。
撫でて、とばかりにおなか見せると、丁度そこに封筒入りバッグが有る設計になってた。
どうやって私の部屋知ったんだろう。
狐だよ。子どものおつかいバイトじゃないよ。
どうやって私の部屋知ったんだろう。
「『付烏月さんには、お前の寒暖差等々による体調の酷い崩れのことは、ある程度話してある』」
封筒を切って、シンプルな便箋を引き上げる。
いつもの明朝体な綺麗さで書かれた真面目な文章は、手紙って言うより、引き継ぎ書だ。
「『付烏月さん自身も、お前ほどではないが、体調に少し波がある。サポートは惜しまないと言っていたので、安心して頼ってほしい』。……あのさぁ……」
手紙に書かれてる「サポート」とは、多分先輩とのシェアランチ、シェアディナー、それから先輩の部屋でのお泊りのことだ。
私と先輩は、別に恋人同士でもないし、お互いにそういう目でお互いを見てるワケでもない。
でも生活費節約術として、それから主にお人好しで優しい先輩の自称お節介で、私はたまに先輩のアパートに行くし、一緒にごはん食べるし、寒暖差とかで体が本当に動かないときは泊めてもらったりする。
今、先輩の部屋に先輩は居ない。
居るのは、先輩の旧姓「附子山」を名乗る、お菓子作りがバチクソ上手な「謎の男」。付烏月さんだ。
別に大好きだからってハナシでもないし、付き合ってるワケでも全然ないけどさ。……だけどさ。
「私、先輩だったから先輩を頼ってたんだけど」
ねー。 なんなんだろねー。
悶々々。悶々悶々。このモヤモヤをグルチャで先輩にぶつけたけど、ごはんの準備でもしてるのか、既読は1分経っても5分経っても付かなかった。
「なんなんだろね。なんだんだろうねぇー」
私の心が分かるのか、子狐の郵便屋さんは私の膝に飛び乗って、コテン。おなかを見せた。
「よーしゃしゃしゃ。待っててね。お返事書くから」
読み終えてない先輩の「引き継ぎ書」を机に置いて、100均で買ってきたばっかりの便箋1枚出して、
久しぶりに、なんなら十数年ぶり以上かもしれない、手書きで長文の文章を書く。
「……なに書こう」
十数字、多くても百数字くらいの短文なら、グルチャでポンポン送れるのに、
ボールペン持って便箋を前にして書く百数字千数字は、最初の1字も出てこない。
手紙って、不思議。 先輩は何を書いてたっけ。
ふと「引き継ぎ書」に目を戻したら、最後に
『私などが作る簡素な飯が大好きなお前に』
って題して、先輩がよく作ってくれた粉スープ活用オートミールとか、ホットミルクとかのレシピが、
相変わらずの真面目さと見やすさで、書いてた。
「ホットミルク飲みながら考えよっと」
子狐抱っこして、牛乳温めて、ジンジャーと砂糖とシナモン入れてたら、5分経っても既読が付かなかったグルチャにピロン、返信。 先輩のお返事は、
『文句なら附子山に言ってくれ』
「……ん?」
手紙では「付烏月さん」って本名を書いてたのに、グルチャでは、付烏月さんを「附子山」って呼ぶ先輩。
「女の勘」でもないけど、なんか、ピンときた。
『拝啓 先輩』
メモ帳アプリで、私は手紙の下書きを打ち始めた。
『もしかして:グルチャ誰かに読まれてる説?』
「ひなまつりの替え歌、結構バリエ多いのな」
俺は「ドカンと一発ハゲ頭」の方だったわ。某所在住物書きは過去投稿分を辿りながら呟いた。
アプリを入れて、はや1年と少し。お題の傾向として年中行事はお題として配信されやすい。
たとえばバレンタインとかクリスマスとか。
「……でも5月5日は去年、全然違うお題が来たわ」
菱餅、ひなあられの地域性、「『女の子』の成長を願う日」にご当地ひな壇、あとお菓子業界等々。
意外にも多種多様と思われる「ひなまつり」の書き方だが、物書きはそのいずれも諦めた。
自分の執筆レベルでは非常に難しい。
――――――
私の職場に、長年一緒に同じ部署で仕事してた先輩がいる。藤森っていう名前で、旧姓が附子山だ。
その先輩、3月から行方不明だ。
連絡はとれる。でも3月から突然私の異動先と違う「どこか」に飛ばされて、どの部署に配属になったのか、なんなら支店規模で飛ばされたのかさえ、
なにも、一切、教えてもらえない。
唯一の頼みは先輩のアパートだったけど、
そのアパートには、今、先輩の旧姓「附子山」を名乗る、ツウキっていう男が住んでる。
ツウキさん、付烏月さんは、先輩の前の前の前あたりの職場で、先輩に色々知識を授けたひと。
このひとが作るカップケーキがバチクソ美味。
何故か3月から、私の異動先の支店で、一緒に隣同士で働くことになった。
あとこのひとが作るレモンパイもドチャクソ美味。
ワケ分かんない。
今日も「親睦会」なる名目で、付烏月さんに占拠されてる先輩のアパートに(言い方)
行ってきます、だったんだけど。
「お邪魔、します」
今日こそ付烏月さんから、先輩との関係と、先輩が消えた理由と、レモンパイのレシピを聞き出そう。
先輩のアパート、今は付烏月さん在住になっちゃってるそこ、家具の配置も種類も全然変わってない部屋に行って、インターホン鳴らしてドアを開けると、
「あのね、コンちゃん……」
リビングで
おすわり子狐と正座付烏月さんが向かい合って
間に菱餅ヨモギ餅さくら餅等々入ったカゴ挟んで
お餅屋さんごっこみたいなことしてた。
「俺、藤森じゃないから、あんまりお餅食べないの。……買わなきゃイタズラ?……そう……そっか……」
わぁ。ひなまつり。
ナニコレ(わかんない)
「あっ、藤森の後輩ちゃん!いらっしゃーい」
私に気付いた付烏月さんが、イマジナリーわんこ尻尾をビタンビタン振り回すように、バチクソまぶしい笑顔で私に手を振った。
お餅屋さんごっこしてるのは、私もよく知ってる子狐だ。先輩がひいきにしてる茶っ葉屋さんの看板狐で、近所の稲荷神社に住んでる子。
去年の3月、それこそひなまつりの頃から、先輩の部屋に週1〜2回、遊びに来てるらしい。
そういえば去年の今頃、先輩からお餅貰った。
「1個だけ買うつもりだったのが、妙に美味くて懐かしくて、つい買い過ぎた」って。「食うの手伝ってくれないか」って。美味しかったからよく覚えてる。
……。 まさかね。
「後輩ちゃんも買う?稲荷神社のお餅?」
藤森がお得意様になって、今日で1周年のアニバーサリーだったんだって。
付烏月さんが自作のキューブケーキを冷蔵庫に戻しつつ言った。 すいませんそっちも食べます(食欲)
「あと、そのコンちゃんに、今日から郵便屋さん頼んだの。お手紙書けば、藤森に届けてくれるよん」
ケーキの代わりに付烏月さんが持ってきたのは、今どき珍しい紙の便箋と紙の封筒。それから先輩がこの部屋でよく使ってた少し高そうなボールペン。
「ヤギさん郵便ならぬ、キツネさん郵便。コンコン」
任用書、ちゃんとあるよ。ビタンビタン尻尾をぶん回す子狐が、付烏月さんの爆弾発言に乗じて、
『あなたを宇曽野・附子山・藤森・後輩ちゃん間の郵便屋さんに任命します』
って書かれたバチクソそれっぽい紙を見せてきた。
ナニコレ(2回目)
3月から突然支店に異動させられて、今まで長年一緒に働いてた藤森先輩は行方不明で、
異動先ではその先輩の旧姓「附子山」を名乗る付烏月さんが「ブシヤマって呼んで」でケーキが美味。
更には3月3日のひなまつり、先輩のアパートによく遊びに来る子狐ちゃんだか子狐くんだかが、お餅屋さんごっこしてて郵便屋さんに任命。
これだけイベントが大混雑してまだ3日。
先輩。早く帰ってきて(切実)
非常識ばっかり渋滞して常識が迷子(懇願)
でもキューブケーキ美味しいです(真理)