「自分が、『君』のことを大好きなのか、
たとえば『お菓子が大好きな君』がいて、その君に向けて『チョコが大好きな君』へのプレゼンか。
『君』だから、捻くれれば『大好きな君主に』も、書けるっちゃ書けるわな」
某所在住物書きは今日も通知文をざっと見て、いじり倒し、最終的に面倒になって努力を放棄した。
お題の「大好きな君に」の前後に、少し言葉を付け足す。物書きの常套手段である。
「……恋愛ネタも君主もムズい」
ぽつり。物書きは本音を呟く。
唯一の救いは「『◯◯が大好き』な君に」か。
――――――
年度末、残り1ヶ月だけど、
突然支店異動を食らって、長年一緒に仕事してきた先輩とも離れ離れになっちゃって、
その先輩から届いた手紙を、部屋で読んでる。
届けてくれたのは子狐の郵便屋さん。
比喩でも冗談でもなく、先輩がヒイキにしてるお茶っ葉屋さんの看板狐、稲荷神社在住のコンコンが、
頭に郵便屋さんキャップな飾りをつけて、郵便屋さんユニフォームなポンチョ羽織って。
ポンチョのおなか部分にはマジックテープで、郵便屋さんバッグなナイロン製がくっついてる。
撫でて、とばかりにおなか見せると、丁度そこに封筒入りバッグが有る設計になってた。
どうやって私の部屋知ったんだろう。
狐だよ。子どものおつかいバイトじゃないよ。
どうやって私の部屋知ったんだろう。
「『付烏月さんには、お前の寒暖差等々による体調の酷い崩れのことは、ある程度話してある』」
封筒を切って、シンプルな便箋を引き上げる。
いつもの明朝体な綺麗さで書かれた真面目な文章は、手紙って言うより、引き継ぎ書だ。
「『付烏月さん自身も、お前ほどではないが、体調に少し波がある。サポートは惜しまないと言っていたので、安心して頼ってほしい』。……あのさぁ……」
手紙に書かれてる「サポート」とは、多分先輩とのシェアランチ、シェアディナー、それから先輩の部屋でのお泊りのことだ。
私と先輩は、別に恋人同士でもないし、お互いにそういう目でお互いを見てるワケでもない。
でも生活費節約術として、それから主にお人好しで優しい先輩の自称お節介で、私はたまに先輩のアパートに行くし、一緒にごはん食べるし、寒暖差とかで体が本当に動かないときは泊めてもらったりする。
今、先輩の部屋に先輩は居ない。
居るのは、先輩の旧姓「附子山」を名乗る、お菓子作りがバチクソ上手な「謎の男」。付烏月さんだ。
別に大好きだからってハナシでもないし、付き合ってるワケでも全然ないけどさ。……だけどさ。
「私、先輩だったから先輩を頼ってたんだけど」
ねー。 なんなんだろねー。
悶々々。悶々悶々。このモヤモヤをグルチャで先輩にぶつけたけど、ごはんの準備でもしてるのか、既読は1分経っても5分経っても付かなかった。
「なんなんだろね。なんだんだろうねぇー」
私の心が分かるのか、子狐の郵便屋さんは私の膝に飛び乗って、コテン。おなかを見せた。
「よーしゃしゃしゃ。待っててね。お返事書くから」
読み終えてない先輩の「引き継ぎ書」を机に置いて、100均で買ってきたばっかりの便箋1枚出して、
久しぶりに、なんなら十数年ぶり以上かもしれない、手書きで長文の文章を書く。
「……なに書こう」
十数字、多くても百数字くらいの短文なら、グルチャでポンポン送れるのに、
ボールペン持って便箋を前にして書く百数字千数字は、最初の1字も出てこない。
手紙って、不思議。 先輩は何を書いてたっけ。
ふと「引き継ぎ書」に目を戻したら、最後に
『私などが作る簡素な飯が大好きなお前に』
って題して、先輩がよく作ってくれた粉スープ活用オートミールとか、ホットミルクとかのレシピが、
相変わらずの真面目さと見やすさで、書いてた。
「ホットミルク飲みながら考えよっと」
子狐抱っこして、牛乳温めて、ジンジャーと砂糖とシナモン入れてたら、5分経っても既読が付かなかったグルチャにピロン、返信。 先輩のお返事は、
『文句なら附子山に言ってくれ』
「……ん?」
手紙では「付烏月さん」って本名を書いてたのに、グルチャでは、付烏月さんを「附子山」って呼ぶ先輩。
「女の勘」でもないけど、なんか、ピンときた。
『拝啓 先輩』
メモ帳アプリで、私は手紙の下書きを打ち始めた。
『もしかして:グルチャ誰かに読まれてる説?』
3/5/2024, 2:35:07 AM