かたいなか

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「お金より大事な、『物』なのか『者』なのか、なんなら自然保護の観点から『藻の』もアリか」
やっぱり平仮名のお題は便利よな。漢字変換でどうとでもいじれるから。某所在住物書きは「もの」の予測変換を辿りつつ、何をどう書くか思考していた。
「喪の」では少々センシティブであろう。
「Mono」はギリシア語由来の接尾辞で「ひとつの、唯一の」といった意味を持つらしい。

「『お金より大事』って、今の時代、だいたい金額で数値化できちまうもんなぁ……」
たとえば人の命だって、乗用車と競走馬輸送車とか、精密機器輸送車とか。自然の原風景だって「そこに風力発電所建てた方が金になる」とかさ。なんかな。
物書きは首筋をガリガリ。天井を見上げる。

――――――

前々回の「絆」から続く図書館のおはなしも、ようやくそろそろ、ひと区切り。
昔々のおはなしです。都内某所、某図書館、年号がまだ平成だった頃のおはなしです。
都会と田舎の違いに揉まれて擦れて、人間嫌いと寂しがり屋と少しの不信&怖がりを併発してしまった雪国出身者が、非常勤として流れ着きまして、
かわいそうに、「脳科学」に関して付け焼き刃的に物知りな正職員に、目をつけられてしまいました。
雪の人が附子山、正職員が付烏月、ツウキです。

すべての人間が敵に見えるのは、誰が怖い人で、悪い人で、危ない人か、見分け方を知らないからだ。
附子山よ、純粋で無垢で初々しい雪の人よ、図書館で人の頭を、心を、脳科学を学ぶのだ!
良いヒマつぶしを得た付烏月は、ニヨロルンとイタズラな悪い笑顔で、附子山にアレコレ吹き込みます。
「絆」の線引きを担うオキシトシンに、
「月夜」の読書で覚えた頭のブレーキ、前頭前野。
真面目で根は優しい附子山、図書館で人の心を学び続けました。ここまでが前回のおはなしです。

で、今回です。だいたい2ヶ月3ヶ月後です。
勉強熱心な附子山だから、もう怖い人間と悪い人間と距離離すべき人間の特徴を理解しただろうと、
ニヨロルン、付烏月はバチクソに悪い笑顔で、新着図書にフィルムを貼る作業中の附子山のところへ、
「ブシヤマさ〜ん、ゴキゲンいかがん」
「フィルムコート貼りの作業中です。すいませんが話は後でお願いします」
行ってみたは良いものの、附子山、人間嫌いも少しの不信も、全然、ちっとも治っていません!
唇は緊張の真一文字。視線を逸らすのは心理的不快感のあらわれ、遮断行為のひとつです。

人の見分け方、頭の覗き方を覚えても、まだ「人間は敵か、『まだ』敵ではないか」と考える。
予想外の展開に、付烏月の目が輝きました。

「俺が嫌い?仕事が怖い?給料安いのが不満?」
附子山の瞳をバチクソ熱心に観察しながら、物知り付烏月、考え得るすべてを列挙しました。
「作業中だと、言っているでしょう」
淡々。附子山は付烏月の話に知らんぷりでしたが、
「お客さんが苦手?地味な作業が、面倒……?」
付烏月の列挙が「お客さん」の札を切った途端、
附子山はまぶたを下げて視線を落とし、
札が過ぎ去ると、ようやく視線を元に戻しました。
ほほーん。そゆことね。
付烏月の悪い笑顔が、もっと悪くなりました。

「クレーマー対応が嫌。違う」
「あの、なにを、」
「特定の変な客に絡まれ、てるワケでもない」
「付烏月さん?」
「自分のストレス……そう。都会に揉まれて心に傷がいっぱいなのに、その状態で不特定多数と」
「ちがう!」

「あのね、附子山さん」

ぽふん。肩に右手を置いて、悪い笑顔のまま、付烏月がニヨロルン。言いました。
「過剰なストレスってね、ホントに、頭に悪いの」
附子山は付烏月から目が離せません。緊張とストレスで、カッチコッチに固まったままです。
「コルチゾールだよ。ストレスホルモンの一種。それの分泌に、海馬がブレーキをかけてるんだけど、ストレスが酷過ぎると、海馬が傷ついちゃうの。
コルチゾールは神経細胞を活発にさせ過ぎて過労死させちゃう。心が体を殺しちゃうんだよ。
ストレスで傷ついた脳はね、今の医療技術じゃ、どうにもならない。脳は、お金より大事なものなの」

あのね。附子山さん。
付烏月は附子山に視線を合わせました。
附子山は相変わらず、緊張に唇が真一文字。あらゆる人間を嫌って、疑って、恐れていましたが、
それでも、初めて目を合わせた日に比べれば、付烏月に絆を、少しくらいは感じてそうな気がしないでもありませんでした。

3/9/2024, 5:57:00 AM