かたいなか

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「去年は職場ネタ書いたわ。『オツボネのクソ上司にも過ぎ去った昔があるんだよな』みたいな」
それ書いてから1年だってよ。なんならこのアプリ入れてから375日だってよ。早いよな。
某所在住物書きはそれこそ「過ぎ去った日々」を想起し、ため息を吐いた。よく今まで続いたものである。

「日常ネタが長期連載に耐え得るのは分かった」
事実、現在の作風と主要な登場人物は、去年の3月からあまり変わっていないのだ。
「……問題は俺自身の引き出しの少なさだわ」
まぁ、「みんなの作品」見れば確実に勉強になるけどさ。俺より秀逸で良い作品見ると、嫉妬するんよな。
ぶつぶつ。物書きは呟き、天井を見上げた。

――――――

3月6日投稿分の「絆」から始まった図書館のおはなしの、これがいわゆる最終回。
昔々、年号がまだ平成だった頃、都内某所某図書館に、都会の悪意と忙しさと距離感に揉まれて擦れた雪国出身者が、非常勤として流れ着きまして、
名前を附子山といい、正職員の付烏月、ツウキという男に目をつけられました。

「人間は、敵か、『まだ』敵じゃないか」。
まるで人を救う薬のチカラを持ちながら「人間嫌い」の毒を呟く附子、トリカブトのように、
すべての人間を嫌って、疑って、恐れる附子山。
付烏月はこの興味深い、新しいおもちゃに、「誰が怖くないか」を推測する方法を吹き込みました。
脳科学です。人の心の覗き方を教えたのです。
「人間は、敵も味方も『頭』で説明できる」。
けれど附子山の人間嫌いも人間不信も、ちっとも、ほんの少しも、改善しませんでした。
ここまでが前回のおはなしです。

で、今回です。時は進んで新年度です。
附子山は非常勤の契約を更新せず、付烏月にさよならも言わず、1年で図書館から去りました。

「仕事すごく早かったのに、もったいないよね」
付烏月の隣で司書さんが、お昼ご飯を食べつつ電話番もしながら、ポツリ、言いました。
「ひとりで黙々仕事して、たまに受付業務して。愛想さえ良ければ附子山さん、すごく向いてたのに」

「重傷過ぎたんだよ」
新しいおもちゃが消えたのに、ニヨロルン、付烏月は相変わらず悪い笑顔して、サンドイッチをぱくり。
「仕事、向いてるのは、向いてたんだろうね。でも『今』じゃなかったんだよ」

過ぎ去った日々を、付烏月はじっくり味わいます。
附子山と視線を合わせて「絆」の話を、または「もっと」の仕組みを、あるいはストレスの恐ろしさを吹き込んだのを、高解像度で、思い返します。
都会の荒波にさらされた雪の人、附子山にとって、図書館に来る大勢の不特定の他者は、揉まれ擦り切れた心の傷への火の粉か塩でした。
降りかかる火の粉を減らすため、増える心の傷を減らして治すために、附子山は離職し、避難したのです。

きっと次の職場で附子山は、付烏月が吹き込んだ脳科学を武器に、もう少し上手く世渡りするでしょう。
ああ、そして附子山は、あの無垢で根は優しい筈の雪の人は、いつか人間嫌いと人間不信の雪から抜け出して、どこかで真に芽吹き、花を咲かせるのです!
「ああ、見たい、附子山さんの花の色、見たい!」
ニヨロルン。付烏月はとても悪い笑顔で言いました。

「付烏月さん、やってることは『心に傷負った人に寄り添ってサポート』って、すごく善いことなのにね」
「なぁに?」
「動機が不純過ぎるんだよね。単に『自分が闇堕ちからの光復帰がヘキ of ヘキだから』だもんね」

「俺、ヒトサマにメーワクかけてないよ。なんにも悪いことしてないよん」
「そうじゃなくて」
「俺のヘキ、君の地雷?アナフィラキシー?」
「そうじゃなくて」

「過ぎ去った善良な日々は、キレイな花の良い養分になるんだよん……」
「はいはいヘンタイヘンタイ」

図書館を去った附子山の人間嫌いが治る日を想像して、付烏月はその日も図書館でせっせとお仕事。
ちなみに離職後の附子山は、都会の歩き方を少しずつ覚え、「藤森」に改姓する「諸事情」を経て、
約十数年先の現在、次の次の職場で親友と後輩に恵まれて、まぁまぁ幸せに暮らしておりましたとさ。
そして、物語は過去投稿分、3月2日〜5日あたりのそれに繋がるのですが、
スワイプも面倒なので、気にしない、気にしない。

3/10/2024, 4:16:40 AM