「からっ風なら分かるが、この真冬の時期に、『木枯らし』と言われてもなぁ……」
わぁ。高難度がやってきた。某所在住物書きは相変わらず途方に暮れて、ポンポン、今回投稿分の文章を打ち続けている。
「木枯らし」の意味は目を通した。タイトルに木枯らしがつく小説と、小説を原作とするドラマも調べた。
ショパン作曲の「Winter Wind」は日本で「木枯らし」と訳されているという。
「気象学は専門外だし、モンジローは世代じゃねぇし、音楽も知らねぇよ……」
何を、どう書けってよ、これ。
物書きは大きなため息を吐き、天井を見上げた。
――――――
こがらし【木枯らし・凩】
日本の太平洋側地域において、晩秋から初冬の間に吹く、強く冷たい北寄りの風のこと。
地域によって、期間や定義に僅かな差があるものの、
おおむね10月半ばから11月末の頃、西高東低の気圧配置の日に、北寄りかつ最大風速8m/s以上で吹く風をさして言う。
なお、似たものに「からっ風」がある。
こちらは関東地方などで、冬から春先にかけて、山を越えて吹いてくる風であり、冷たく乾燥している。
「じゃあ、今日吹いてるのは、木枯らしじゃなくてからっ風ってこと?」
「風の吹く向きによるがな」
職場で長い付き合いの先輩が、レンタルで借りてるロッカールームに本を置きに行くって言うから、私もついてってみた。
先輩のロッカールームは最近まで図書館だった。
去年の9月10月頃、それこそ木枯らしが吹く季節のあたりまで、本専用倉庫だった。
ものの2〜3ヶ月の間だけ、過去形だった。
雪国出身で東京に十数年住んでる先輩が、理想押しつけ厨な元恋人に、バチクソ酷く粘着されて、
Uターンを本気で考えて、一旦ここの倉庫の中身を全部実家に送っちゃったのだ。
しかも木枯らしが吹いてる間に、この理想押しつけ厨な元恋人との恋愛トラブルが、キッパリバッサリ、解決しちゃったのだ。
木枯らしからからっ風に変わる頃、Uターンの必要が無くなった先輩は、実家から、自分が送った大量の本を数回に分けて着払いで送り返してもらっていて、
で、今日、最後の本の段ボールが届いたから、レンタルで借りてるロッカールームに本を置きに行くと。
「からっ風と木枯らしって、地域限定だったんだ」
「なんなら木枯らし一号は、記憶が正しければ、もっと地域が狭かった筈だぞ。……東北と北海道で未発表だったかな?」
「それ『春一番』だって。春一番が北海道と東北除く全国で発表されてて、木枯らし一号は、東京と大阪だけって書いてる」
最後の本の段ボールには、「450〜499」って黒い太文字ペンで書いてて、
最初に目に入ったのが、『気象学豆知識辞典』っていう、カラー刷りで写真付きの本。
パッと開いたページの、右上に書かれてたのが、「木枯らし」の説明。
木枯らしって、日本海側では吹かないんだ。へー。
「……あ!」
「どうした」
「突発的に気になっちゃった、ことわざ!『ナントカとからっ風がどーとかこーとか』!」
「スマホで調べれば良いだろう」
「ことわざの本無い?天気の言葉だけ集めたやつ?」
「買った記憶が無い。辞書なら8類の棚だ」
「ハチルイ……?」
ハチルイって、なんぞ。
「450〜499」って書かれた段ボールからパッパさっさと、「4類」って目印が付いてる棚に本を突っ込んでる先輩は、
特にハチルイの説明をしてくれるでもなく、私をハチルイの棚に連れてってくれる様子もない。
「はちるい……8類?」
ここかな、って棚を見つけて、ザッと見たけど、その棚の本は4類に比べて、冊数が6分の1も無い。
少し退屈した私は、他の棚を行ったり来たりして、
5類の棚の、新品っぽい本を手に取った。
「『調理科学でみるズボラお菓子の作り方』?」
「なっ、おま、辞書は8類だ、何故5類にいる?」
「『心に寄り添うほっこりお茶菓子レシピ50』と、『料理下手でも作れる低糖質スイーツ』?」
「やめろ!いちいち読み上げなくていい!」
「先輩は別に料理下手じゃないと思う」
「そりゃどうも!」
「前々回が『どうして』、前回が『この世界は』、それから今回が『美しい』。……実は三部作要請?」
いや書けねぇけど。今更前々回と前回に関係性持たせて、そこから今回に繋げるとか、無理だけど。
某所在住物書きはスマホの通知画面に大きなため息を吐き、ガリガリ、頭を抱えた。
このアプリにエモネタが多いのは理解していた。そのエモネタを書くのが不得意なのだ。
「美しいものの背景、美しいに味と書いて美味、あなたの美しいは私の地雷。……他には?」
わぁ。意外と思いつかねぇ。物書きは再度息を吐き、天井を見上げた。
――――――
塩味からの甘味からの塩味。美しい組み合わせだと思います。それはその辺に置いといて、昔々のおはなしです。完全に非現実なおはなしです。
◯◯年前の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、一家で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の若狐が、前回投稿分でいうところの父狐。そろそろお嫁さんを探す時期になりました。
祭神のウカノミタマのオオカミ様が、「北に良き相手あり」とお告げをくださったので、
後のコンコン父狐、お告げに従い北上の旅です。
当時のコンコン若狐、お嫁さん探して北上の旅です。
「東京の狐のお嫁さん?私が?」
まずは近場を尋ねましょう。
狭山茶香る埼玉県、狭山の静かな茶畑で、コンコン若狐、美しい瞳の狐に会いました。
このひとこそ、私のお嫁さんに違いない!若狐は力いっぱい大きな声で、愛を叫びました。
美しいあなた、私のお嫁さんになってください!
すると美しい瞳の狐、困った顔して言いました。
「私、優しい方より、広い茶畑を駆け回って悪いネズミを全部退治するような、持久力ある方が好きなの」
都内の病院で漢方内科の研修医をしている若狐、広い広い茶畑を見渡して、しょんぼり。
無理です。若狐、そこまで体力無いのです。
失意の中、コンコン若狐、また北上の旅なのです。
「私を、あなたの嫁にしたい?」
東京の真北といえばここでしょう。
風に稲穂そよぐ新潟県、庄内の一面金色な田んぼで、コンコン若狐、美しい声の狐に会いました。
このひとこそ、私のお嫁さんに違いない!若狐は頑張って綺麗そうな声で、愛を叫びました。
美しいあなた、私のお嫁さんになってください!
すると美しい声の狐、困った顔して言いました。
「私、静かな方より、ドッサリ積もる雪を軽々片付けられるような、寒さにも雪にも強い方が好きなの」
都内の雪ほぼ積もらぬ神社に住む若狐、新潟の豪雪を思い浮かべて、しょんぼり。
無理です。若狐、雪片付けなどしたことありません。
意気消沈の中、コンコン若狐、更に北上の旅です。
山形のアメジストかエメラルドなブドウ畑を通り、秋田の絹の反物みたいな手延うどんを見ながら白神山地に入り、とってって、とってって。
コンコン若狐、北上と失恋を重ねに重ねて、とうとう本州最北の県までやって来ました。
ここまで55連敗。そろそろ気持ちがキツいのです。
「東京のあなたが、北国の私を嫁に、ですか」
雪降り積もる小さな霊場の山の中で、コンコン若狐、美しい毛並みの狐に会いました。
父親は、北海道と本州繋ぐトンネル伝って、長い旅してきた黒狐。母親は、小さな霊場を根城にする白狐。
親のどちらにも似てないけれど、その美しい毛並みは、雪氷まとってキラキラ光り輝いておりました。
このひとこそ、私のお嫁さんに違いない!若狐はこれを最後と、一生懸命愛を叫びました。
美しいあなた、私のお嫁さんになってください!
すると美しい毛並みの狐、困った顔せず言いました。
「東京からここまで来るあたり、随分辛抱強い方ですね。私は心の強さと柔軟さを好みます。
良いでしょう。あなたの嫁になってあげましょう」
都内某所の稲荷神社在住な若狐、ここにきてようやくニッコリ。55連敗のその先で、ついに、美しいお嫁さんと巡り合ったのです!
幸福と感謝でビタンビタン。尻尾をバチクソ振って、若狐、お嫁さんと一緒に東京へ帰ってゆきました。
それから都内の若狐は病院の漢方医として、北国の嫁狐は稲荷神社近くに茶葉屋を開いて、
酷い喧嘩も無く、双方浮気もせず、いつまでもいつまでも穏やかに、幸せに、平和に暮らしましたとさ。
「世界、せかい……?」
前回のお題が「どうして」で、今回のお題が「この世界は」である。某所在住物書きはスマホの通知画面を見た途端、第一印象で「どうしてこの世界は◯◯なんですか」を閃いた。
某灰白の猫が黄色い受話器持って、抗議している姿しか出てこない。ヒヤリハットネタ大集合である。
「多分出題者としては、『この世界は美しい』とか『この世界は残酷』とか書かせたいんだろうけど、
俺、その分野書くと、バチクソ厨二チックになるし、なにより説教臭くなるし……」
この世界、このアプリ、なかなかネタのチョイスが手強い。物書きは今日も途方に暮れる。
――――――
「この世界は」。今回もなかなか手ごわいお題がご到着の様子。こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。童話チックで非現実増し増し、不思議な都内某所の稲荷神社と、「この世界」ではないどこかのおはなしです。
敷地内の一軒家で、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で仲良く暮らしているその稲荷神社は、
草が花が山菜が、いつか過去の東京を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折奇妙な連中が花咲いたり、頭を出したり、迷い込んだり■■■したりします。
直近では6月27日、もう画面スワイプで辿るのがバチクソ面倒な過去の頃、「ここではないどこか」のお題のせいで、妙ちくりんな黒ウサギが、どこか知らない場所から稲荷神社に誤進入。
そういう妙な連中は大抵、都内で漢方医として労働し納税する稲荷神社在住の父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。
今回も約7ヶ月ぶり、その手のタイプのおはなし。
神社にやって来た妙な連中を少しご紹介しましょう。
ある時、某所のイチョウがどっさり葉を落とした頃、神社の参道に、見事なサシの入ったお肉にしか見えない模様のキノコが顔を出しました。
そのキノコは、たしかに高級和牛のメイラードチックな香りがするのに、そのメイラードを嗅ぐと何故か無性に野菜を食べたくなってくるのでした。
「この世界は野菜摂取量が不足している!」と、キノコはキノコのくせに、健康リスクを指摘します。
父狐はキノコを「ニクナシヤサイダケ」と呼び、周囲の土ごと掘り起こして、「世界線管理局 植物・菌類担当行き」の黒穴に放り込みました。
またある時、まだ早咲き寒桜のツボミもかたい頃、神社の薬草園で、青い羽のモフモフちょうちょが、ツバキの葉の上で休んでおりました。
モフモフちょうちょは羽と羽を叩き合わせ、「パチリ」、小さな音を出すと、その羽いっぱいに、キッチリ30年前の光景を映し出しました。
「そう、この世界は、昔こういう景色だったのね」
モフモフちょうちょは感慨深そうに言いました。
父狐はちょうちょを「カイコガ」、懐古蛾と呼び、ちょっとエモい虫かごに入れて、「世界線管理局 節足動物・昆虫担当行き」の黒穴に送り出しました。
そしてある時、都内が初雪で賑わった頃、神社の庭で、白百合のような花を右耳の裏か首筋あたりに付けた白い狼が、日向ぼっこをしていました。
狼は、「実は前にも、4月16日頃、一度迷い込んだんだ」と申告しました。とんだ大昔です。
「こことは別の世界の、恐ろしい裂け目に落ちて、気がつけばまたこの神社だ。……私の世界とこの世界はどうやら、ピッタリくっついているようだね」
父狐は彼を「迷子常習犯」と呼び、「世界線管理局 密入出・難民保護担当行き」の黒穴へ案内しました。
最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社は、今日も「この世界とは違うどこか」と繋がり、関わり、送り返しています。
「どうして、肉まん食いたい日に限って準備中か、
どうしても、キャッシュレスの残高が1円足りない、
どうしてもっと、早く気づかなかったのか。
他に『どうして』といえば、何だろうな?」
時々、「このトレンド、どうして上がってきた?」って思うワードがSNSに上がってくることはあるわな。
某所在住物書きは次々投稿される映画だのアニメだのの動画を観ながら、分かるだの、俺には刺さらねぇなだの、頷いたり首を傾けたり。
で、誰が始めたのだ。この「こういうの好きなんでしょ選手権」は。
「こういうの観てる場合じゃ、ねぇんだけどな……」
投稿分書かねぇと。残り時間6時間半じゃん。
物書きはスマホ上部の時刻を確認するものの、動画から気をそらすことができず――
――――――
日曜日の朝のハナシ。
土曜日に職場の先輩のアパートで、互いの生活費節約術としてシェアディナー食べて、丁度初雪が降って、
私は、雪道用の靴を履いてなかった。
路面凍結が怖いから、その日は先輩のアパートに宿泊避難。翌日気温が上がりきってから、自分のアパートに帰ることにした。
先輩は土曜日のうちに日曜の朝ごはんの仕込みをしてくれてて、白米より低糖質なオートミールを使った鶏雑炊風の予定。おいしそう。
雑炊だし、普通に食べられると思ってた。
で、翌朝。日曜日。
寒暖差か、ホルモンバランスだの自律神経だのの乱れか、完全に、ベッドから起きられなくて、食欲も全然無くて、バチクソなダルさとともに目が覚めた。
起きられない。 どうしても、起きられない。
気合いが足りないとか早寝早起きの習慣の崩れとか、そんなんじゃない。これはきっと分かる人にしか分からない。ともかく、どうしても、胃も体も動かない。
「なんだ、もう起きたのか」
ジャパニーズアロマポット、茶香炉に火を入れて、本棚のなんか難しそうな本を読んでた先輩が、私のウーウーなうめき声に気付いた。
「お前にしては早い。飯はどうする?もう食うか?」
サーセン先輩。今はそれどころではないです。
「からだうごかない」
「例の、突発的な酷い倦怠感か。食欲は?」
「ない。胃が、うごいてない。きのうから仕込んでくれてたのに、なんか、ごめん」
「問題無い。鶏雑炊から雑炊を抜けば良いだけだ」
「へ?」
「どうしてオートミールを選んだと思う?」
ちゃぷ、ちゃぷ。
小さなスープカップに、キッチンの小鍋から何かすくって入れて、先輩はそれを私に持ってきた。
「白米は炊いて、食わなければ余るが、オートミールは食う直前に食う量を、熱湯なりスープなり、牛乳なりを入れて混ぜるだけで良い。よって急なキャンセルに比較的強い」
ひとまずそれでも飲んで、温まっておけ。
先輩から渡されたのは、具材少なめの、コンソメみたいな琥珀色した、ぬる過ぎず熱過ぎずなスープ。
本当は、これにオートミールが入って、雑炊風になる予定だったんだろう。
ひとくち飲むと、なんとなく、ため息がもれた。
「つまり、お前の体調に合わせやすいわけだ。食えそうならそこそこの量ブチ込めば良いし、食えそうにないなら、雑炊風ではなく、スープとして出せばいい」
「おいしい」
「そりゃどうも」
「コンソメだ。ちょっと洋風だ」
「オニオンコンソメと、少しのめんつゆで味付けしている。不評であれば今後は控える」
「鶏肉入ってない」
「胃が動いていないと自己申告しなかったか?」
2杯目が必要になったら、いつでも呼べ。
言い残した先輩は定位置に戻って、また本棚の本をバラリ、ぱらり。
ダルいのはダルいし、冗談抜きでまだ動けないけど、
スープで体がちょっと温まったおかげで、心の方は、なんかほっこりできた、気がした。
「先輩おかわり。鶏肉多めで」
「無理をするな。後で苦しむのはお前だぞ」
「無理じゃないもん。多分大丈夫だもん」
「あのな……?」
「夢……?」
『夢を見ていたい』。アレか。冬の毛布の中とか二度寝とかか。某所在住物書きは今日も今日とて、前日配信されたお題に20時間程度悩み続けた。
最近、自分の不得意が多いのだ。
「まぁ、『見てたい夢』にも、種類はあるわな」
物書きはポツリポツリ、ネタを並べた。
「将来の夢を夢のままにしてたいとか。
誰かに騙されてるけど、まだ騙され続けてたいとか。
それこそ、今見てる夢をそのまま見続けたいとか。
何か理想を追い続けていたいってのも、あるわな」
はぁ。 大きなため息を、ひとつ吐く。
で、書きやすいのはどれ……?
――――――
東京で初雪が降った日の夜、つまり土曜日、「自分は雪国在住だ」って名乗る垢の人が、呟きックスの東京雪降りました投稿に写真付きでマウントとってた。
これが本当の積雪、これが本当の吹雪、これが本当の真冬の景色。自分で撮影した画像をバラまいてたけど、すぐ出火して、鍵垢になって、魚拓撮られて、
最終的に、ものの1〜2時間で鎮火した。
丁度、雪国出身っていう職場の先輩のアパートに居たときの炎上だったから、ハナシのネタに先輩にマウント画像を見せたんだけど、
先輩は、数秒画像をじっと見て、小さく首を傾けて、
静かに、スマホを私に返してポツリ。
「まぁ、雪国と言っても、色々あるから」
私からの批評は控えるよ。先輩はそう付け足して、キッチンに戻った。明日の朝ごはんの仕込みだ。
「先輩、この画像よりスゴいの、見たことある?」
「……積雪量だけで、何々と言うのは難しい。私の故郷より雪が少なくても寒い地域など、たくさんある。そういう場所からの投稿かもしれない」
「『先輩にとって』、一番の吹雪な画像ってどれ?」
「撮れない。撮ったところで画面が白いだけだ」
「それ吹雪じゃなくてホワイトアウト」
「たしかに。ごもっとも」
トントントン。さくさくさく。
何かの野菜を切ってる音が、キッチンから聞こえる。
「明日はオートミールで鶏雑炊風の予定だが、お前、食欲は?もう少し軽い方が良いか?」
「多分だいじょーぶー」
長いこと一緒に仕事して、節約術としてシェアランチしたりシェアディナーしたりして、生活の時間をそこそこ重ねてきた私と先輩。
別に恋仲でもないし、先輩をそういう目で見たこともないけど、
まるで覚めない夢を見てるみたいな、それか長編の物語を読んでるみたいな、ともかく他人と他人の穏やかな関係が、長ーく続いてる。
「昼飯は食っていく予定か?」
「明日の路面状況による。最低気温0℃らしいし、なんか凍りそうだし」
「雪靴じゃないなら、滑るのが怖ければ食っていけ。昼飯とスイーツくらいは準備できる」
「スイーツ助かります」
私が今の、ブラックに限りなく近いグレーな職場を辞めたり、逆に先輩が辞めたりしたら、すぐ覚めちゃう夢だけど、
私としては金銭的にすごく助かってるし、なにより、ごはんを一緒に食べる人がいるのがちょっと嬉しい。
いつ覚めるか知らないけど、
可能ならもうちょっと、夢を見てたい気は、しないでもない、かもしれない。
「先輩フラペチーノとか飲まない?私買ってくるよ」
「凍結の可能性がある道路を歩いて?」
「あっ。あ……」
「低糖質アイスなら冷凍室だ。それにコーヒーでも混ぜて我慢しろ。アフォガードモドキ程度にはなる」
「あふぉがーど、もどき……?」