かたいなか

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10/1/2023, 2:44:12 PM

「たそがれ、たそがれ……ねぇ」
「黄昏」、「誰そ彼」とか書くらしいが、LEDだの液晶だの大量展開してる東京じゃ「誰そ」なんて言うこと少ねぇ気がするわな。某所在住物書きは言った。
似た題目として、4月の最初頃に「沈む夕日」なら遭遇していた物書き。同名でBGM検索をして、「沈む夕陽」、某有名探偵アニメがヒット。無事爆笑した経緯がある。

「アレの劇場版第一作目、たしか環状線の爆弾回収、たそがれ時だったな」
実際、現実世界じゃ有り得ないシチュエーションで、管制室のシーンも観る人が観れば指摘箇所満載らしいが、俺はああいうの、好きだったよ。
物書きは昔々に思いを馳せ、今日もため息を吐く。

――――――

10月だ。
最高気温はまだ数日、夏日が続くみたいだけど、最「低」の方がやっと下がってきた。
明日の21℃予報を区切りに、向こう1週間以上、都の最低気温はずっと20℃未満の予想。
来週3連休の最後、月曜日なんて14℃だって。
先月までの熱帯夜が、ウソみたい。

今日も、ほんのちょっとだけ涼しさを、感じるような気のせいっぽいような日没前、たそがれ時を、
その涼しさのせいで、微妙に崩れちゃった体調のために、同じ職場の先輩のアパートに向かってる。

体調だのメンタルだのの波でダウンな時とか、単純に食費節約したい時とか、
事情を話すと、先輩は5:5の割り勘想定な金額で、よほどの事情でも無い限りは、調理代行を引き受けてくれる。
なんなら防音設備の整ってる静かな部屋と、心落ち着くお茶なんかも、料理と一緒にシェアしてくれる。

近々東京から離れて、実家のある雪国の田舎に、戻っちゃうかもしれないのがアレだ。

「にしたって、悪いタイミングで来たな」
さて。
「今日のメシ、私のレパートリー開拓用の、試作品だぞ。同額でデリバリーでも頼んだ方が美味い」
秋は、夕暮れから暗くなるまでが短い。
私がダルい体を引きずって、先輩の部屋にたどり着いた頃には、もう「誰そ彼」どころか、照明ついて広告も光って、「彼」が簡単に特定できる頃になった。
ほぼ夜だ。
「それでも、良いのか」

「いい。先輩の部屋、落ち着くから」
ウェルカムドリンクで出された、ちょっと温かめのハーブティーを飲みながら、私はちまちま先輩の料理を突っついた。
今日のメインは、半額だったらしいカツオ。
担々麺の素、ポーションタイプのやつを、お刺身なカツオに絡めてサッと熱を通して、
伝家の宝刀「実家から送られてきたお米」にイン、からのお豆腐と一緒に混ぜ混ぜして、完成。

カツオは生臭さ等々を消すため、生姜のような薬味を使うだろう、って先輩。
カレーや担々麺の素なんかでも、臭み消しはできないだろうかと思ってな、だって。
こういう実験と、トライアンドエラーの積み重ねで、先輩の低糖質低塩分メニューは作られてるんだなぁ(たそがれ後のしみじみ)

「メシの後は?帰る気力は、残っているのか?」
「わかんない」
「変なことを聞くが、今日の睡眠時間は?」
「寝る時暑くて、寝たら夜中涼し過ぎて、結局ちゃんと寝れてない」
「少し寝ていけ。ベッドは貸してやるし、ホットミルクも必要なら作る」

「お砂糖5個入れて」
「糖質過多。ハチミツで我慢しろ」

ちまちまちま。
れんげスプーンでカツオの担々丼をすくって、お豆腐と一緒に食べる。
先輩は相当味に自信無いみたいで、「今日は割り勘の代金はいらない」とまで申し出てたけど、
別に、言うほどマズいとは、個人的には思わない。
「カツオってパスタ行けるのかな」
「なんだって?」
「先輩よくパスタ作るじゃん。ブリの進化前のクリームパスタおいしかった」
「イナダだ」

ハーブティーおかわり貰って、坦々丼にマヨネーズ追加してみて、たそがれ後の試食会はいつも通り、ほっこり進む。
仮眠前のホットミルクは結局ハチミツ少々になった。

9/30/2023, 12:40:29 PM

「『明日』はこれで、4例目よな」
5月の「明日世界がなくなるとしたら(略)」と「明日へのさよなら(略)」、それから8月の「明日、もし晴れたら」。
今日は「きっと明日も」らしい。某所在住物書きは配信の題目を目でなぞり、わずかな手ごわさを感じた。
大抵配信される題目は、この物書きにとって手ごわいものであった。それこそ、「きっと明日も」、難題のそれであろう。

「『明日』ねぇ……」
ニュースを観ながら、物書きが呟く。
10月1日はコーヒーの日らしい。きっと明日も、無糖のコーヒー牛乳を飲むだろう。

――――――

日中のくもり空が、数時間だけ抜けて、十六夜の月かかる都内の某所、某稲荷神社。
「無形民俗文化財の指定は、受けていないらしい」
この物語の主人公、宇曽野とその親友の藤森が、祭屋台で買ったウナギ入りのいなり寿司を食いながら、
ヒガンバナ咲く広場、その中央に作られた四角い木造舞台と、舞台の奥先に座る白無垢と黒紋付を、好奇の目で見ている。
「保存会も補助金も、宣伝サイトも無し。それでも今まで、こうして続いてきたんだとさ」

知名度が相当低いのであろう。
都内でのイベントにもかかわらず、見物客はさして多くもなく、200人居るか居ないかの程度。
ドレスコードとして、思い思いの場所にキツネの面と、フェイクの稲穂を一本つけて、
ある者はスマホで舞台の動画を撮ったり、ある者はその舞台に硬貨で浄財・賽銭をしたり。

「あの白無垢が、五穀豊穣・商売繁盛の神の、化身という設定だそうだ」
宇曽野が藤森に説明した。
「稲刈りの終了を見届けに来た神様は、黒紋付の男に正体を見破られ、求婚されて、豪勢なご馳走と最高の舞いで接待を受ける。
料理と舞いに満足した神様が、褒美に来年の商売繁盛と五穀豊穣を予祝するんだとさ」
で、白無垢が今食ってるのがその「豪勢なご馳走」、舞台上でやってるのが「最高の舞い」ってワケだ。
補足する宇曽野は己の分の寿司を食い終えると、ニヤリ笑い、藤森のプラ容器からひとつ、同じものをかっさらった。

「あっ。おまえ」
「キツネはイタズラするものだろう」
「自分のウナギは自分で獲れ。ごんぎつね」

ふたりの小突き合いを差し置いて、演目は続く。
豪華な衣装にキツネ面の2人が、飛んで跳ねて、観衆にちょっかい出す所作をして、
ダダン、ダダン、タン、タンタカタン!
木造舞台を力強く、軽やかに、踏み鳴らす。
高く跳び上がり、舞台が音をたてるたび、ギャラリーが小さく沸きたち、歓声が上がり、
舞台奥の白無垢はそれらを気に留めず、ただ目の前に出された肉に魚に野菜にキノコ、それから餅等々を、幸福に胃袋へ収めている。
白無垢役は、神社敷地内の一軒家に住まう家族の末っ子。食べ盛りの食いしん坊。
豪勢なご馳走に釣られて、大役を任されたのだろう。

「都会にせよ田舎にせよ、有形も無形も、」
宇曽野が言った。
「伝統は、今やどこも人手不足だ。残して次の世代に繋ぎたいのに、人が集まらないから機能不全を起こす。……『どうせ来年も』どころか、『きっと明日も』さえ」
意外と、数年先を作るより、数年前を残す方が、難しいのかもしれないな。
ぽつり付け足す宇曽野の言葉を、待っていたかのようなタイミングで、舞台の上の舞いが終わり、演者が深々と一礼する。
「そうだな。『きっと明日も』さえ」
東京を来月の終わり頃で静かに、密かに離れる予定の藤森。思うところがあって、言葉を繰り返した。

料理をもっちゃもっちゃ平らげていた末っ子白無垢はというと、予祝のセリフである「来年も、商売繁盛、五穀豊穣」を言うべきタイミングで、
どうも食欲に負けてしまったらしく、大きな声で元気いっぱいに、

「おかわり!!」

数秒後セリフを間違えたことに気付き、失敗と羞恥でわんわん泣きじゃくり始めた「狐のお嫁さん」を、
ギャラリーは最大の温かい拍手で許した。
末っ子白無垢はきっと明日も、わんわん泣いているに違いない。

9/29/2023, 3:11:05 PM

「6月頃に『狭い部屋』ってお題なら書いたわ」
エモい話を、書けないこともない。某所在住物書きはカキリ小首を鳴らし、ため息を吐いた。
静寂には複数の色が存在する。
痛い、気まずい、穏やかな、あるいは感動的な。
いずれにせよ、夕暮れの部屋を舞台に主人公ひとり、あるいは友人とふたりで、何か酷く悩ませれば良い。
沈黙はスパイスとなるだろう。

「でも不得意なのよ。エモネタ。納得行くハナシ書こうとすると投稿16時17時になっちまうし……」
ぽつり。物書きは弱点を吐露し、物語を組む。

――――――

中秋の名月の東京、都内某所、某アパートの一室。
部屋の主を藤森というが、18時頃は少なくとも月の見えていた窓を背に、
月見の餅を置いたテーブルを挟んで座って、
「げんせーな、シンサの結果、」
向かい側では、不思議な不思議な子狐が、コンコン、言葉を喋っている。
「今年の『狐のお嫁さん』は、おとくいさんに決定となりました」

テーブルの上の餅を、商品として持ってきた子狐は、ご利益豊かな稲荷神社の神使。
善き化け狐、偉大な御狐となるべく、餅を売り、人を学んでいる最中。
藤森はこの不思議な餅売りの、唯一の得意先である。
目の前で狐がものを言う珍事に、藤森はいつの間にか慣れてしまった。
しかしそれでも解せぬのが、今晩の新出単語。
「狐のお嫁さん」とは?

「……」
素っ頓狂な藤森の、開いた口は開きっぱなし。目はパチパチ、まばたきを繰り返す。
藤森の無言が、痛い静寂を部屋に呼び込んだ。

「ユイショ正しい、古くから伝わるギシキなの」
コンコンコン。
子狐の補足は相変わらず、分からない。
「狐のお嫁さんは、ウカノミタマのオオカミサマの化身役なの」
なんなら、下手をすれば本人、本狐もよく理解していないのだ。
小さなメモ帳の、明らかに大人が書いたであろう文字を、目で追いながらのコンコンであったから。
「稲刈りが終わりに近づく、9月最後か10月最初の満月の次の日、十六夜の夜に、キツネのととさんと、ケッコンするフリするの」
藤森の理解と状況把握を置き去りに、子狐はただ、しゃべる、しゃべる。

「稲荷神社で、ケッコンして、誓いのおさけ、イッコン傾けるの。ウカサマの化身役のお嫁さんは、たくさんのお料理と踊りで、オモテナシされるの。
お料理と踊りで満足したお嫁さん、ウカサマ役は、最後に満足して、『来年も、商売繁盛、五穀豊穣』って言うんだよ。
ととさん、ヨシュクゲーノー、『予祝芸能の一種』って言ってた」
理解が迷子。説明が為されているのに脳内が静寂。
藤森はただポカンであった。

「何故私なんだ」
「げんせーな、シンサの結果なの」
「狐の、『お嫁さん』だろう」
「ウカサマ、美人さんなの」

「私のどこが『美人さん』だって?」
「あのね、おとくいさん。
おとくいさんは、3月1日の1作目投稿から今日の最新作まで、たったの1回も『男』と明言されてないし、『女』とも断言されてないし、『彼』とか『彼女』とかも、一切特定されてないんだよ。
だからおとくいさんは、男かもしれないし、女かもしれないんだよ」
「は……?」

駄目だ。理解が追いつかない。
こういう時に振るという◯◯値チェック用のダイスとやらは何処だ。
藤森は完全に頭の中がパンク状態。
満月が雲で隠れている空を背負い、頭を抱えて、大きなため息を吐く。

「……謹んで、辞退させて頂く」
ただ選任拒否を述べ、再度息を吐いて、思考タスクの過負荷で重くなった頭と視線を子狐に向けると、
「じたい……?」
今度は子狐の方が、口をパックリ開け、固まった。
おいしいお料理、いっぱい、食べないの……?
驚愕に見開かれた狐の目が、声無く藤森に訴える。
双方無言が続き、藤森の部屋は再度静寂に包まれた。

9/29/2023, 1:01:13 AM

「5月頃に、『突然の別れ』ってお題は書いたわ」
お題に限らず、現代・日常ネタ、続き物の連載風で文章上げてるから、「別れ」そのものはチラホラ題材として出してるわな。某所在住物書きは録画済みだった某魔改造番組を見直しながら、それでもちょこちょこ、スマホの通知画面を確認している。
今回の題目は「別れ際に」。日常的な別れから、セーブデータ誤削除等による悲劇、恋愛沙汰、人生最大の際まで、執筆可能なネタは幅広い。
広いのだが。
「だって今回、S社参戦だもん……。いつかNも出てきて、リアル大乱闘魔改造兄弟ズとか、しねぇかなぁ」
当分、執筆作業は始まりそうにもない。

――――――

中秋の名月を数時間後に控えた都内某所、某アパートの一室、朝。
部屋の主を藤森というが、昨晩の夕食の余りをサッと加熱調理し直し、サンドイッチとして挟んで、ランチボックスに詰めていた。

ブリ大根の出世前の出世前、イナダ大根。その出汁を存分に吸った鶏の手羽元。アジフライならぬイナダフライ。それから、少しの栗にしめじ。
秋を取り入れたラインナップ、特に魚メニューの豊富さは、ぼっち生活では到底食いきれぬ秘技「一尾買い」によって、大幅なコスト削減を実現。
食費節約と仕事の効率化を理由として、昨晩まで職場の後輩が、藤森の部屋に来ていたのだ。
昨今急速に整えられた非出勤型。社外勤務である。

後輩は5:5の割り勘想定で藤森に現金を渡し、
藤森は金額に見合った昼食と夕食をシェアする。
在宅のリモートワークは、低糖質のスイーツと緑茶を伴い、順調に進んだ。
なにより理不尽な指示を飛ばすクソ上司や、妙な難癖をつけてくる悪しきクレーム客の機嫌取りをしなくて良いのは、非常に大きかった。

(で、……昨晩の「アレ」は、何だったのだろう)

薄くタルタルソースを塗ったパンでイナダフライを挟みながら、藤森は昨晩の後輩を思い返していた。
食後の茶を飲み終え、土産に弁当用の手羽元煮込みを持たせて、その日のリモート業務を終えた後輩。
別れ際に言われた言葉が意味深だったのだ。

『私、先輩がちゃんとハッキリ言ってくれるまで、待ってるから』
「何」を「ハッキリ言う」のだろう。
藤森はひとつ、心当たりがあった。

(バレているのだろうか。私が、この部屋を引き払って、田舎に戻ること)

雪降る田舎出身の藤森。13年前上京して、9年前初めて恋をして、その初恋相手が悪かった。
恋に恋する極度の理想主義者・解釈厨だったのだ。
縁切って8年、ずっと逃げ続けてきた筈が、今年の7月相手に見つかり、8月には職場に突撃訪問。
9月最初など、藤森の現住所特定のため、後輩が探偵に跡をつけられる事案が発生する始末。
自分が居ては、周囲に迷惑がかかる。
藤森はひとり、誰にも相談せず、10月末で離職し、アパートから出て、故郷へ帰る決心をした。
これ以上、初恋相手が己の職場を荒らさぬように。
初恋相手が、己の大事な後輩と友人を害さぬように。

『ハッキリ言ってくれるまで、待ってるから』
別れ際の後輩は、藤森の離職と帰郷について言及したのだろうか。

(そう言われてもなぁ)

初恋相手から縁切り離れる際も、藤森は誰にも言わず、相談せず、己個人の選択と責任のもと、職を辞し居住区を変えた。
今回もそのつもりであったし、今更どのツラで「実はな」と言えば良いのか。

「……はぁ」
仕方無い。 難しい。
藤森はひとり、ため息を吐き、首を小さく振って、サンドイッチを詰めたランチボックスを包んだ。

9/27/2023, 11:48:55 PM

「『雨』もね。これで5例目なのよ……」
どの「雨」が何月何日に出題されたかは、8月27日投稿分「雨に佇む」の上部にまとめてあるから、気になったらどうぞ。某所在住物書きはポツリ、降雨の外を気にしながら言った。
「物語に出てくる『通り雨』も、3月24日あたりの『ところにより雨』に似たところが有る気がする」
つまり、一部地域にしか降らない筈が、まさしくその「一部地域」に、自分が居るシチュエーション。
二番煎じが無難かと、物書きはため息を吐く。

――――――

ネット情報によれば、「通り雨」は気象用語における「時雨」、そして時雨は冬の季語だそうですね。
冬どころか、9月末なのに30℃超えの地域がある昨今ですが、こんなおはなしをご用意しました。

最近最近の都内某所、某アパートに、人間嫌いと寂しがり屋を併発したひねくれ者が住んでおり、名前を藤森といいました。
この藤森の部屋に、何がどうバグって現実ネタ風の物語に忍び込んだか、週に1〜2回、
現実ネタには有るまじく、不思議なお餅を売りに、なんと不思議な子狐が、コンコン、やって来るのです。

コンコン子狐は稲荷の狐。近所の神社のご利益豊かな、ありがたいお餅を売りに来ます。
ひとくち食べれば心に溜まった毒を落としてくれる、心も身体もお財布も喜ぶコスパ抜群なお餅を、コンコン、売りに来るのです。
その日もお題の「通り雨」どおり、通り雨降りしきるなか、子狐が藤森のアパートにやって来ました。

「お月見団子、ごよやく、いかがですか」
葛で編んだカゴの中のお餅と、クレヨンで一生懸命ぐりぐり描いたと思しき手作りパンフレットを、しっかり雨から守った子狐。
だけど自分はぐっしょり濡れて、まるで洗濯直後のぬいぐるみです。
「焼きもち、へそもち、餡かぶり、おはぎもあるよ」
雨に体温を持っていかれて、少しぷるぷる震える子狐は、なんだかんだで根っこの優しい藤森に、タオルで包まれて優しくポンポン、叩き拭かれておりました。

「今予約とって、スケジュールは間に合うのか」
忙しい仕事と、季節感ブレイカーな気温のせいで、すっかり忘れていた藤森。
9月29日は中秋の名月。十五夜です。
「十五夜など、すぐだろう。大丈夫か?」

狐ゆえに、たとえ五穀豊穣を呼び寄せる恵みの雨とて、濡れるのは好かないだろうに。
それでも商売魂たくましく、お餅の予約をとりに来るのは、なんともまた、微笑ましい。
通り雨いまだ止まぬ外を、防音防振設備バッチリな、ほぼ静音の部屋から眺めて、
藤森は子狐を、気遣ってやりました。

「キツネのおとくいさん、おとくいさんひとりしか、いないもん。へーきだよ」
「そのびしょ濡れのせいで、予約とって帰った途端、熱出して、風邪でも引いたらどうする」
「キツネ、人間の風邪ひかないもん」
「そうじゃなくてだな」

「たんと買ってくれるの?いっぱいいっぱい、間に合わないくらい、どっさり買ってくれるの?」
「そうじゃない」
「ごよやく、ありがとうございます!」
「あのな子狐」

3月3日に初めて会ってから、随分稲荷の商売人、商売狐として図太く賢く、成長したものだ。
藤森はため息を吐いて、ポンポン、拭いてるタオルを新しいものに替えてやります。
「……ひとまず、何か、温かいものでも飲むか?」
いまだにプルプル、寒さで震える子狐は、「温かい」の単語に、尻尾をブンブン、振り回しましたとさ。

「あったかいもの!おしるこ!」
「小豆が無い。雑煮なら、可能だが」
「お月見雑煮!
ごよやく、ありがとうございます」
「そうじゃないと言っている」
「おもちはいくつ、ごよーいしましょう」
「子狐。ひとの話を、まず聞きなさい」

「ふぇっ、へっッ、くしゅん!」
「そらみろ。くしゃみが出た……」

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