かたいなか

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「『明日』はこれで、4例目よな」
5月の「明日世界がなくなるとしたら(略)」と「明日へのさよなら(略)」、それから8月の「明日、もし晴れたら」。
今日は「きっと明日も」らしい。某所在住物書きは配信の題目を目でなぞり、わずかな手ごわさを感じた。
大抵配信される題目は、この物書きにとって手ごわいものであった。それこそ、「きっと明日も」、難題のそれであろう。

「『明日』ねぇ……」
ニュースを観ながら、物書きが呟く。
10月1日はコーヒーの日らしい。きっと明日も、無糖のコーヒー牛乳を飲むだろう。

――――――

日中のくもり空が、数時間だけ抜けて、十六夜の月かかる都内の某所、某稲荷神社。
「無形民俗文化財の指定は、受けていないらしい」
この物語の主人公、宇曽野とその親友の藤森が、祭屋台で買ったウナギ入りのいなり寿司を食いながら、
ヒガンバナ咲く広場、その中央に作られた四角い木造舞台と、舞台の奥先に座る白無垢と黒紋付を、好奇の目で見ている。
「保存会も補助金も、宣伝サイトも無し。それでも今まで、こうして続いてきたんだとさ」

知名度が相当低いのであろう。
都内でのイベントにもかかわらず、見物客はさして多くもなく、200人居るか居ないかの程度。
ドレスコードとして、思い思いの場所にキツネの面と、フェイクの稲穂を一本つけて、
ある者はスマホで舞台の動画を撮ったり、ある者はその舞台に硬貨で浄財・賽銭をしたり。

「あの白無垢が、五穀豊穣・商売繁盛の神の、化身という設定だそうだ」
宇曽野が藤森に説明した。
「稲刈りの終了を見届けに来た神様は、黒紋付の男に正体を見破られ、求婚されて、豪勢なご馳走と最高の舞いで接待を受ける。
料理と舞いに満足した神様が、褒美に来年の商売繁盛と五穀豊穣を予祝するんだとさ」
で、白無垢が今食ってるのがその「豪勢なご馳走」、舞台上でやってるのが「最高の舞い」ってワケだ。
補足する宇曽野は己の分の寿司を食い終えると、ニヤリ笑い、藤森のプラ容器からひとつ、同じものをかっさらった。

「あっ。おまえ」
「キツネはイタズラするものだろう」
「自分のウナギは自分で獲れ。ごんぎつね」

ふたりの小突き合いを差し置いて、演目は続く。
豪華な衣装にキツネ面の2人が、飛んで跳ねて、観衆にちょっかい出す所作をして、
ダダン、ダダン、タン、タンタカタン!
木造舞台を力強く、軽やかに、踏み鳴らす。
高く跳び上がり、舞台が音をたてるたび、ギャラリーが小さく沸きたち、歓声が上がり、
舞台奥の白無垢はそれらを気に留めず、ただ目の前に出された肉に魚に野菜にキノコ、それから餅等々を、幸福に胃袋へ収めている。
白無垢役は、神社敷地内の一軒家に住まう家族の末っ子。食べ盛りの食いしん坊。
豪勢なご馳走に釣られて、大役を任されたのだろう。

「都会にせよ田舎にせよ、有形も無形も、」
宇曽野が言った。
「伝統は、今やどこも人手不足だ。残して次の世代に繋ぎたいのに、人が集まらないから機能不全を起こす。……『どうせ来年も』どころか、『きっと明日も』さえ」
意外と、数年先を作るより、数年前を残す方が、難しいのかもしれないな。
ぽつり付け足す宇曽野の言葉を、待っていたかのようなタイミングで、舞台の上の舞いが終わり、演者が深々と一礼する。
「そうだな。『きっと明日も』さえ」
東京を来月の終わり頃で静かに、密かに離れる予定の藤森。思うところがあって、言葉を繰り返した。

料理をもっちゃもっちゃ平らげていた末っ子白無垢はというと、予祝のセリフである「来年も、商売繁盛、五穀豊穣」を言うべきタイミングで、
どうも食欲に負けてしまったらしく、大きな声で元気いっぱいに、

「おかわり!!」

数秒後セリフを間違えたことに気付き、失敗と羞恥でわんわん泣きじゃくり始めた「狐のお嫁さん」を、
ギャラリーは最大の温かい拍手で許した。
末っ子白無垢はきっと明日も、わんわん泣いているに違いない。

9/30/2023, 12:40:29 PM