かたいなか

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「『雨』もね。これで5例目なのよ……」
どの「雨」が何月何日に出題されたかは、8月27日投稿分「雨に佇む」の上部にまとめてあるから、気になったらどうぞ。某所在住物書きはポツリ、降雨の外を気にしながら言った。
「物語に出てくる『通り雨』も、3月24日あたりの『ところにより雨』に似たところが有る気がする」
つまり、一部地域にしか降らない筈が、まさしくその「一部地域」に、自分が居るシチュエーション。
二番煎じが無難かと、物書きはため息を吐く。

――――――

ネット情報によれば、「通り雨」は気象用語における「時雨」、そして時雨は冬の季語だそうですね。
冬どころか、9月末なのに30℃超えの地域がある昨今ですが、こんなおはなしをご用意しました。

最近最近の都内某所、某アパートに、人間嫌いと寂しがり屋を併発したひねくれ者が住んでおり、名前を藤森といいました。
この藤森の部屋に、何がどうバグって現実ネタ風の物語に忍び込んだか、週に1〜2回、
現実ネタには有るまじく、不思議なお餅を売りに、なんと不思議な子狐が、コンコン、やって来るのです。

コンコン子狐は稲荷の狐。近所の神社のご利益豊かな、ありがたいお餅を売りに来ます。
ひとくち食べれば心に溜まった毒を落としてくれる、心も身体もお財布も喜ぶコスパ抜群なお餅を、コンコン、売りに来るのです。
その日もお題の「通り雨」どおり、通り雨降りしきるなか、子狐が藤森のアパートにやって来ました。

「お月見団子、ごよやく、いかがですか」
葛で編んだカゴの中のお餅と、クレヨンで一生懸命ぐりぐり描いたと思しき手作りパンフレットを、しっかり雨から守った子狐。
だけど自分はぐっしょり濡れて、まるで洗濯直後のぬいぐるみです。
「焼きもち、へそもち、餡かぶり、おはぎもあるよ」
雨に体温を持っていかれて、少しぷるぷる震える子狐は、なんだかんだで根っこの優しい藤森に、タオルで包まれて優しくポンポン、叩き拭かれておりました。

「今予約とって、スケジュールは間に合うのか」
忙しい仕事と、季節感ブレイカーな気温のせいで、すっかり忘れていた藤森。
9月29日は中秋の名月。十五夜です。
「十五夜など、すぐだろう。大丈夫か?」

狐ゆえに、たとえ五穀豊穣を呼び寄せる恵みの雨とて、濡れるのは好かないだろうに。
それでも商売魂たくましく、お餅の予約をとりに来るのは、なんともまた、微笑ましい。
通り雨いまだ止まぬ外を、防音防振設備バッチリな、ほぼ静音の部屋から眺めて、
藤森は子狐を、気遣ってやりました。

「キツネのおとくいさん、おとくいさんひとりしか、いないもん。へーきだよ」
「そのびしょ濡れのせいで、予約とって帰った途端、熱出して、風邪でも引いたらどうする」
「キツネ、人間の風邪ひかないもん」
「そうじゃなくてだな」

「たんと買ってくれるの?いっぱいいっぱい、間に合わないくらい、どっさり買ってくれるの?」
「そうじゃない」
「ごよやく、ありがとうございます!」
「あのな子狐」

3月3日に初めて会ってから、随分稲荷の商売人、商売狐として図太く賢く、成長したものだ。
藤森はため息を吐いて、ポンポン、拭いてるタオルを新しいものに替えてやります。
「……ひとまず、何か、温かいものでも飲むか?」
いまだにプルプル、寒さで震える子狐は、「温かい」の単語に、尻尾をブンブン、振り回しましたとさ。

「あったかいもの!おしるこ!」
「小豆が無い。雑煮なら、可能だが」
「お月見雑煮!
ごよやく、ありがとうございます」
「そうじゃないと言っている」
「おもちはいくつ、ごよーいしましょう」
「子狐。ひとの話を、まず聞きなさい」

「ふぇっ、へっッ、くしゅん!」
「そらみろ。くしゃみが出た……」

9/27/2023, 11:48:55 PM