かたいなか

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9/1/2023, 3:13:35 PM

「『あけない』、『ひらけない』。その後のアルファベット4文字はまぁ、ドチャクソ捻くれて読めば、回線・接続・釣り糸・方針・口癖等々の英単語よな」
今回配信分の題目をチラリ見て、某所在住物書きは相変わらず、ガリガリ頭をかいた。
「Line」に多々和訳が存在する。英単語1個を全部大文字表記するのは、一種の強調表現でもある。
よって「開けないLINE」を「ひらけない『その』接続」や「あけない『特定の』回線」と曲解することも、まぁ、まぁ。
問題はそれで実際物語が書けるかどうか。
「うん。俺にはムズいわな」
そもそもアプリを入れてないので「開けない」。いっそこれで書いてやろうか。物書きはまた頭をかく。

――――――

最近最近の都内某所。藤森という雪国出身者が、諸事情により、親友の家に身を寄せ隠れている。
解説し始めれば長い長い、色恋沙汰の小さな騒動と共にドッタバッタで駆け抜けた今週も、とうとう週末。
少しだけ豪華な夕食を、家主の宇曽野とその嫁と、一人娘と、それから居候中の藤森とで囲み、
明日の朝食の仕込みとして、藤森お得意の低糖質低塩分なダイエットメニューの料理教室が始まり終わり、
ようやく、1日の終わりとして、ひと息ついた頃。

「……来た」
ピロン。
リビングでソファーに座り、宇曽野が淹れたコーヒーを飲む藤森のスマホに、
突然、見覚えのあるアカウントから、個人用チャットのダイレクトメッセージが届いた。

『久しぶり。加元です。附子山さんだよね?』

アプリは敢えて開けない。既読マークを付けず、通知画面でのみ到着メッセージの内容を確認している。
「『今の名字』はバレてないのか」
目を細め唇をかたく結ぶ藤森の隣に腰掛けて、一緒に画面を見る宇曽野がポツリ呟いた。
「アカウントID、実名にしなくて良かったな」

『言葉が凶器って、附子山さんが居なくなってから分かったの。SNSで色々言って、附子山さんのこと傷つけてごめんなさい』

『でも、だからって勝手に居なくならないで。一方的に突然消えないで。せめて話をさせて』

『それで叶うなら、もう一度だけ、仲直りさせて』

「なかなおり!仲直りだとさ!」
ピロン、ピロン、ピロン。
立て続けに届いたメッセージに、宇曽野は静かな怒りとも僅かな軽蔑ともとれる笑いで吐き捨てた。
「よく言えたもんだ。それこそSNSで散々言って、『附子山』を傷つけたくせに!」

これこそ「藤森」が親友の家に身を寄せている「諸事情」であり、「色恋沙汰の小さな騒動」であった。
元々旧姓を「附子山」といった藤森。かつて、ダイレクトメッセージの送信元である相手に惚れられて、自分も後から相手を好きになり、
恋したと思ったら、SNSで「あれが地雷」、「ここが解釈違い」、「頭おかしい」と、言いたい放題、書き散らされていたことが発覚。
藤森の心はズタズタに壊された。

改姓して転職して、居住区もスマホの番号もアカウントも全部変えた藤森の職場が、
先日、とうとうバレてしまった。
ゆえに、アパート等の住所まで知られぬよう、宇曽野の提案で彼の自宅に招かれたのである。

執着の強かったらしい、藤森の恋愛相手。今度はメッセージアプリのアカウントを特定したらしい。

「宇曽野。私は、」
不安になったら使ってみて。
事情知ったる職場の後輩から贈られた「お守り」を握りしめ、藤森が何か決意したらしいトーンで言った。
「私は加元さんが、こわい。
でも私のせいで、お前や、あの後輩に何か危害が及ぶのは、もっと、……もっと、嫌だ」

ピロン。藤森のスマホに再度、アプリを開かないために既読のつかぬメッセージが届く。
『それと、先々月、7月18日だったか19日だったかに一緒に居た人、誰?』
藤森はただ息を吐き、目を細めて画面を見ている。

9/1/2023, 4:07:30 AM

「不完全な、ボク、しもべ、やつがれ。読み方が指定されてねぇから、下僕の話も書けるし一人称が『やつがれ』な誰かの話も書けるワケだ」
下僕っつったら、猫飼ってるひとの、飼い主のことを「猫の下僕」って表現する場合があるわな。某所在住物書きは猫の画像を見ながら呟いた。
「不完全、ふかんぜん……
逆に『完全な僕』って、『何』についての『完全』なんだろうな。『不完全体僕』と『完全体僕』?」
何か複数の資格等を取る目標があって、道なかばの状態を言う、とかはアリなのかな。物書きは考え、すぐ首を横に振る。
「多分書けねぇ」

――――――

リアル法則ガン無視のおはなしです。不思議8割に申し訳程度の現代をトッピングしたおはなしです。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
その内末っ子の子狐は、稲荷神社の祭神様、ウカノミタマのオオカミサマの、まだまだ未熟で不完全な僕(しもべ)。
善き化け狐、偉大な御狐、なにより一人前の神使となるべく、ご利益豊かなお餅を売り歩いて修行をしておったのでした。

そんなコンコン子狐には、たったひとり、3月3日のひな祭りからずっとお取り引きしてもらっている、優しいお得意様がおりました。
アパートの部屋にお邪魔して、1個200円のお餅を売って、少しお話もして、たまに余り物のお揚げさんを貰ったりして。
それはそれは、平和に取り引きしておりました。

お得意様は、雪国出身の自称ひねくれ者。藤森といいました。
ただこの藤森、前回・前々回投稿分あたりから、諸事情で自分のアパートを離れ、親友の一軒家に身を寄せているのです。
解説すれば長くなるこの騒動。要するに、昔々の初恋相手と、色々ゴタゴタあったのです。
ありふれた恋の暗い部分。しゃーない、しゃーない。

「もうっ。おとくいさん、おうち持つなら、言ってくれれば良かったのに」
そんな人間同士の揉め事など、コンコン子狐はガキんちょなので、まだまだ、ちっとも知りません。
お得意様のお引っ越し先が、自家用車持ちの一軒家であることを、自慢の鼻と御狐のチカラで探し出し、
無事「お得意様が家を持った」と勘違い。
紅白二色のお餅を持って、藤森が身を寄せる部屋に、突撃訪問します。
「おとくいさん、おとくいさん、持ち家、おめでとーございます」
コンコン、コンコン。子狐はうやうやしく、お餅を葛のカゴから出して、藤森に無料で手渡しました。

どうしてこんな事になったのでしょう。
今回のお題が「不完全な僕」だからです。
どうしてこんな事になったのでしょう。
物書きが「不完全な僕(ぼく)」のエモいエモい物語を、一度二度書こうとして大失敗したからです。
すべてはエモネタ下手な物書きの苦し紛れ。
しゃーない、しゃーない。

「あの、子狐、これは私の家ではなくてだな」
「おとくいさんの、実家?おとくいさん、里帰り?」
「実家は都内に無いし里帰りでもない。どこから説明すれば良いか、いや、そもそも説明不要か、」

「じゃあ、おとくいさん、ここのおうちの家族になったんだ。おヨメさんかおムコさんだ」
「は?!」
「おヨメさん、おムコさん、ごケッコン、おめでとーございます」
「待て。私が誰と結婚するって?」

どこからともなく神社での挙式&宴会プランのパンフレットを取り出す子狐に、
どこから間違いを指摘して、どのあたりまで経緯を説明すべきか頭を抱える藤森。
コンコンコン、待て待て違う。
ひとりと1匹のおしゃべりは、その後だいたい30分程度、続きましたとさ。
おしまい、おしまい。

8/31/2023, 3:23:17 AM

「アレか。『別に君を求めてないけど』か?何か思い出すのか?」
よほど日常的に愛用してるヤツでもなけりゃ、香水、意外と余りがち説。
某所在住物書きは「香水」をネット検索しながら、アロマオイルやルームフレグランスとしての香水活用術を見つけ、軽く興味を示した。
「個人的に、『この店の「この香り」を、香水でもルームフレグランスでも良いから、持ち帰りたい』って、たまにあるわ。例として無印良◯とか」
あと内容物要らないから、香水の容器だけ欲しいとかな。物書きは付け足し、未知のサプリに行き着いた。
「……『食べる香水』と『飲む香水』?」

――――――

8月27日投稿分から続く、ありふれた失恋話。
雪国出身の若者が東京で初めての恋に落ち、その恋人にSNSでズッタズタに心を壊され、
ゆえに居住区も職場もスマホの番号も、恋人に繋がる「一切」を変えて、逃げ続けた筈の約8年。
若者は今の名字を藤森と、恋人は元カレ・元カノの安直ネーミングで加元という。

散々ディスり、なじり倒したのだから、藤森のことなど放っておけば良いものを。
己の所有物に対する理想と執着の強い加元は、無断で姿を消したアクセサリーを探し続け、
とうとう前々回、藤森の職場にたどり着いた。

『藤森は今回も「一切」の連絡手段を断ち、この区から居なくなってしまうかもしれない』
長年仕事を共にしてきた後輩がアレコレ考え、実行に移したところで、今回の物語のはじまりはじまり。

――「いっぱい考えたの」
加元に住所まで特定されぬよう、藤森が一時的に身を寄せている親友の一軒家、その一室。
「加元さん追っ払えたら、先輩逃げる必要無いかなとか。魔除けアイテム買ったら安心するかなとか」
藤森の部屋から唯一の花を、その底面給水鉢を救出し、届けに来た後輩。
ガラスの小瓶を置いたテーブルをはさみ、向かい合って座っている。

「でも、私は先輩がつらい今グイグイ干渉しまくってるけど、先輩は、私がつらかった3月18日頃、干渉しないで、ただ私の話、聞き続けてくれたよねって」
だから、これだけ買ってきたの。後輩はテーブルの小瓶を右手で取って、左手の甲に近づけた。

「……リラックス効果がある香水だって。先輩、今絶対苦しいから、先輩の好きな花とか草とかの香りがあれば、ちょっとは、落ち着けるかなと思って。
すごくいい香りなの。良かったら、不安になった時使ってみて」

しゅっ、しゅっ。
手の甲に拭き付いた香りは、2種類程度のスッキリしたフローラルかシトラスをまとい、ひとつの確固たるメインとして木の香りが据えられている。
それは藤森が昔々よく嗅いだ、故郷の木の香り。
ヒノキ科アスナロ属、日本固有種「ヒバ」、すなわちアスナロの優しさであった。

「懐かしい」
加齢と過度なストレスで涙腺の緩くなった30代。ひとすじ涙を落として、藤森が呟いた。
「あの公園の、遊歩道の香りだ」
花咲く空き地、草木生い茂る森、水路きらめく田んぼと畑。それらをただ愛し、駆け抜けた時代。
都会の荒波も地方との速度の違いも知らず、SNSで陰口を投ずる仕組みも分からず、それらと出会うことすらなかった過去の雪国の田舎町。
それらの、なんと善良で、崇高で、美しいことか。

「いつか、連れてってよ」
小瓶を両手で受け取り、じっと見つめる藤森に、後輩が言った。
「加元さんの一件が全部片付いたら。加元さんが嫌って先輩が愛して、私が知らない先輩の故郷に。1日だけで良いから、連れてって」
藤森はただ目を閉じ、頷くことも、首を横に振ることもしない。
それが何を意味するか、後輩には分からなかったが、
せめて己の購入してきた香水が、心に傷負った先輩に、少しでも寄り添ってくれることを願った。

8/30/2023, 1:32:49 AM

「5月31日に類似のお題があったわ。『天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、』ってやつ。ネタ浮かばなくて轟沈したけど」
今回は「僕が話したいことは」にあたる部分が自由だから、ありがてぇ、少し書きやすいわ。某所在住物書きは今回配信分の題目に、一定の安堵を得た。
「『言葉はいりません。ただガチャ運ください』、
『お詫びはいりません。ただチケットください』、
『お祈りメールはいりません。ただお前のとこの商品はもう使いません』。
……お題から離れるけど、追加要素もブラッシュアップもいらないから、そのまま移植だけしてくれってゲーム、ある気がする」
別に何とも、どれとも言わんけどな。物書きは脱線した話題に頭をガリガリ。執筆作業に戻る。

――――――

職場に、先輩の元恋人が押しかけてきた。
メタいけど、詳しくは前回投稿分参照だ。
先輩が自分の名字を変えてまで、8年間、ずっと逃げ続けてきたひと。
先輩のことを散々「地雷」「解釈違い」ってディスって、先輩の心をズッタズタに壊したひと。
先輩は「今は」藤森、元恋人は加元っていう名前。
向こうが「取り次いで」って無理言ってきたけど、先輩自身は過呼吸になっちゃうくらい、メンタル的にキちゃってて、
先輩を加元さんの目から隠すため、隣部署の宇曽野主任、先輩の親友が機転を利かせてくれた。

先輩に対して、バチクソに執着心強かった加元さん。
その先輩は今、一時的、短期間だけ、宇曽野主任の一軒家に身を寄せることになった。
宇曽野主任としては、加元さんが先輩のアパートを、特定できないように。
私としては、先輩が突然自分のアパートを引き払って、いきなり私の前から居なくならないように。

先輩は昔、加元さんから逃げるために、居住区もアパートも職場もスマホの番号も、「全部」変えた。
加元さんに職場がバレた今、同じように「全部」捨てて、私の前から消えちゃうんじゃないかって、
すごく、怖かった。

「安心しろ。あいつは、本当の意味での『突然の失踪』はしない」
先輩の過去も背景も知ってる宇曽野主任が言った。
「離職の届け出はする。部屋も掃除して元の状態に戻してから引き払う。藤森が出ていくのは、常識的な『後始末』が全部終わってからだ」
藤森の外見しか眼中に無かった加元には「突然」に見えただろうが、
藤森の内面を知った上で長く仕事してるお前には、ちゃんと、あいつの「さよなら」が見えるだろうさ。
主任はそう付け足して、先輩のことを全部知ってるような、全部信頼して尊重してるような顔をした。

「先輩、また逃げるんですか」
私も先輩とは長いけど、宇曽野主任に比べれば短いから、主任ほど余裕ぶってなんか見てられない。
「また、加元さんに何も仕返ししないで、自分だけ苦しい思いして、先輩、逃げちゃうんですか」
先輩が、消えちゃう。
先輩と一緒につっついたお弁当が、先輩の部屋で一緒に食べた水炊きモドキが、レトルト使った雑炊が、先輩の故郷の夏の味っていう、ざるラーメンだかざる中華だかが、無くなっちゃう。
一緒に買いに行った甚平も、贈りあった風鈴も、遠い遠い昔3月1日に見せてくれた春の花の画像も。
全部、全部、ぜんぶ。離れちゃう。
「先輩はもう、居なくなっちゃうんですか」

「突然じゃないから『さよなら』は見える」。そんな形式的な言葉なんか要らない。
先輩に別に恋なんてしてないし、そういう対象として見たこともない。
けど、ただ、ただ。
言葉なんか要らないから、ただ先輩を引き留めるためのチカラが、きっかけが、欲しかった。

「加元から離れるか、加元に立ち向かうかは、お前が決めることじゃない」
宇曽野主任の声には、どこか力強さがあった。
「あいつ自身が決めることだ。……ただ、それでもお前があいつを動かしたいなら、全力で、やってみろ」
理詰めの言葉は要らん。あいつにそれは響かない。
ただお前の思うように。お前のやり方で。
やってみろ。宇曽野主任はそう言って、私の肩にポンポン。強く、重々しく、右手を置いた。

8/28/2023, 10:34:07 AM

「それこそ昨日の、『1週間リセマラして、大妥協して1枚だけ揃えたキャラが、本日ピックアップガチャとして登場しました』よ」
アプリ内で全然事前告知されねぇんだもん。こっちとしては完全に「突然の訪問」だわな。
某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、ため息を吐き、しかしそれでも満足そうではあった。

「引くか引かねぇか悩んで、ひとまずフレポで引ける常設ノーマルガチャ引いたら、最高レアのキャラが出てな。今その、突然の訪問者さん育ててるわ」
単色統一パから、多色パになっちまったが、ちょいとエモいメンバーだから、贅沢な文句は言わねぇや。
物書きは再度息を吐き、スマホをいじる。

――――――

私の職場に、長い付き合いで諸事情持ちの、優しくて真面目な先輩がいる。
旧姓がすごく珍しい名字で、雪国から東京に来たひとで、都内で初恋して失恋して。
その失恋相手が、酷いひとだった。
自分から先に先輩の外見に惚れておきながら、
内面が解釈違いだったからって、いちいちそれを、呟きックスで愚痴ってディスったひと。
そのくせ、恋に恋してる自分を手放したくないからって、地雷で解釈違いの先輩にずっと執着したひと。
加元って名前だ。

もう恋なんてしない。
心をズッタズタのボロッボロに壊された先輩は、8年前、加元さんから逃げるために、改姓して居住区も変えて、この職場に流れ着いた。
メタいハナシをすると、詳しくは7月18日から20日のあたり。もしくは8月27日つまり前回。
名前も住所も変えて、先輩はずっと逃げ続けてきた。

その先輩と私の職場に、突然、加元さんが来た。

「すいません」
ホントに突然の訪問。
お客様入り口のあたりで声がした途端、先輩は一瞬にして凍って、短く小さく、静かに、まるで悲鳴みたいに息を吸った。
「附子山という人に、取り次いでください」
附子山。「藤森」に改姓する前の、先輩の旧姓だ。
ここに勤めているのがバレてる。
先輩の目には、恐怖と狼狽の色が、バチクソにハッキリ映ってた。

「『ブシヤマ』?どこの課のブシヤマでしょう?」
すぐ動いたのが先輩の親友。先輩の事情も背景も、「旧姓」も全部知ってる、隣部署の宇曽野主任。
「聞かない名前なので多分ウチには居ないと思いますが、一応ここにフルネームで、漢字と読み仮名と、所属の部署名をお願いします」
加元さんに紙とペンを渡して、用紙の記入に集中するよう仕向けてる宇曽野主任が、
「あと、失礼ですがお客様のお名前は?ブシヤマとはどのようなご関係で?ご用件は?」
一瞬だけ、こっちに視線を寄越した。

『今のうちに逃げろ』
主任は真剣な、鋭い瞳で、フリーズして動けないでいる先輩に退室を促してる。
だから、私が静かに視線を返して、小さく、頷いた。

「恋人です。どうしても、話がしたくて」
加元さんの、低い女声なのか、高い男声なのかすごく分かりづらい、中性的な声にミュートとブロックを連打しながら、私は先輩と一緒に休憩室に引っ込んだ。
恋人。「恋人」だって。
先輩を呟きックスでボロクソにディスって、先輩の心をズッタズタにしたくせに。
みぞおちから背筋を伝って、後頭部のあたりまで一気に不快が駆け上がってきて、きっとこれが「カッとなった」ってやつなんだと思う。
大声で「お前が言うな」って、怒鳴り返してやりたくなったけど、すっっごく我慢して、耐えた。

キレなかった私えらい(覚えてろよ加元)

「先輩、」
「すまない、ちょっと、くるしくて、吐きそうで」
は、 は、 って呼吸の異常に早く浅い先輩は、手が震えてて、すごく弱々しい。
私は、宇曽野主任から加元退店の連絡を貰うまで、先輩に寄り添うくらいしかできなかった。

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