かたいなか

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「5月31日に類似のお題があったわ。『天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、』ってやつ。ネタ浮かばなくて轟沈したけど」
今回は「僕が話したいことは」にあたる部分が自由だから、ありがてぇ、少し書きやすいわ。某所在住物書きは今回配信分の題目に、一定の安堵を得た。
「『言葉はいりません。ただガチャ運ください』、
『お詫びはいりません。ただチケットください』、
『お祈りメールはいりません。ただお前のとこの商品はもう使いません』。
……お題から離れるけど、追加要素もブラッシュアップもいらないから、そのまま移植だけしてくれってゲーム、ある気がする」
別に何とも、どれとも言わんけどな。物書きは脱線した話題に頭をガリガリ。執筆作業に戻る。

――――――

職場に、先輩の元恋人が押しかけてきた。
メタいけど、詳しくは前回投稿分参照だ。
先輩が自分の名字を変えてまで、8年間、ずっと逃げ続けてきたひと。
先輩のことを散々「地雷」「解釈違い」ってディスって、先輩の心をズッタズタに壊したひと。
先輩は「今は」藤森、元恋人は加元っていう名前。
向こうが「取り次いで」って無理言ってきたけど、先輩自身は過呼吸になっちゃうくらい、メンタル的にキちゃってて、
先輩を加元さんの目から隠すため、隣部署の宇曽野主任、先輩の親友が機転を利かせてくれた。

先輩に対して、バチクソに執着心強かった加元さん。
その先輩は今、一時的、短期間だけ、宇曽野主任の一軒家に身を寄せることになった。
宇曽野主任としては、加元さんが先輩のアパートを、特定できないように。
私としては、先輩が突然自分のアパートを引き払って、いきなり私の前から居なくならないように。

先輩は昔、加元さんから逃げるために、居住区もアパートも職場もスマホの番号も、「全部」変えた。
加元さんに職場がバレた今、同じように「全部」捨てて、私の前から消えちゃうんじゃないかって、
すごく、怖かった。

「安心しろ。あいつは、本当の意味での『突然の失踪』はしない」
先輩の過去も背景も知ってる宇曽野主任が言った。
「離職の届け出はする。部屋も掃除して元の状態に戻してから引き払う。藤森が出ていくのは、常識的な『後始末』が全部終わってからだ」
藤森の外見しか眼中に無かった加元には「突然」に見えただろうが、
藤森の内面を知った上で長く仕事してるお前には、ちゃんと、あいつの「さよなら」が見えるだろうさ。
主任はそう付け足して、先輩のことを全部知ってるような、全部信頼して尊重してるような顔をした。

「先輩、また逃げるんですか」
私も先輩とは長いけど、宇曽野主任に比べれば短いから、主任ほど余裕ぶってなんか見てられない。
「また、加元さんに何も仕返ししないで、自分だけ苦しい思いして、先輩、逃げちゃうんですか」
先輩が、消えちゃう。
先輩と一緒につっついたお弁当が、先輩の部屋で一緒に食べた水炊きモドキが、レトルト使った雑炊が、先輩の故郷の夏の味っていう、ざるラーメンだかざる中華だかが、無くなっちゃう。
一緒に買いに行った甚平も、贈りあった風鈴も、遠い遠い昔3月1日に見せてくれた春の花の画像も。
全部、全部、ぜんぶ。離れちゃう。
「先輩はもう、居なくなっちゃうんですか」

「突然じゃないから『さよなら』は見える」。そんな形式的な言葉なんか要らない。
先輩に別に恋なんてしてないし、そういう対象として見たこともない。
けど、ただ、ただ。
言葉なんか要らないから、ただ先輩を引き留めるためのチカラが、きっかけが、欲しかった。

「加元から離れるか、加元に立ち向かうかは、お前が決めることじゃない」
宇曽野主任の声には、どこか力強さがあった。
「あいつ自身が決めることだ。……ただ、それでもお前があいつを動かしたいなら、全力で、やってみろ」
理詰めの言葉は要らん。あいつにそれは響かない。
ただお前の思うように。お前のやり方で。
やってみろ。宇曽野主任はそう言って、私の肩にポンポン。強く、重々しく、右手を置いた。

8/30/2023, 1:32:49 AM