かたいなか

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「それこそ昨日の、『1週間リセマラして、大妥協して1枚だけ揃えたキャラが、本日ピックアップガチャとして登場しました』よ」
アプリ内で全然事前告知されねぇんだもん。こっちとしては完全に「突然の訪問」だわな。
某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、ため息を吐き、しかしそれでも満足そうではあった。

「引くか引かねぇか悩んで、ひとまずフレポで引ける常設ノーマルガチャ引いたら、最高レアのキャラが出てな。今その、突然の訪問者さん育ててるわ」
単色統一パから、多色パになっちまったが、ちょいとエモいメンバーだから、贅沢な文句は言わねぇや。
物書きは再度息を吐き、スマホをいじる。

――――――

私の職場に、長い付き合いで諸事情持ちの、優しくて真面目な先輩がいる。
旧姓がすごく珍しい名字で、雪国から東京に来たひとで、都内で初恋して失恋して。
その失恋相手が、酷いひとだった。
自分から先に先輩の外見に惚れておきながら、
内面が解釈違いだったからって、いちいちそれを、呟きックスで愚痴ってディスったひと。
そのくせ、恋に恋してる自分を手放したくないからって、地雷で解釈違いの先輩にずっと執着したひと。
加元って名前だ。

もう恋なんてしない。
心をズッタズタのボロッボロに壊された先輩は、8年前、加元さんから逃げるために、改姓して居住区も変えて、この職場に流れ着いた。
メタいハナシをすると、詳しくは7月18日から20日のあたり。もしくは8月27日つまり前回。
名前も住所も変えて、先輩はずっと逃げ続けてきた。

その先輩と私の職場に、突然、加元さんが来た。

「すいません」
ホントに突然の訪問。
お客様入り口のあたりで声がした途端、先輩は一瞬にして凍って、短く小さく、静かに、まるで悲鳴みたいに息を吸った。
「附子山という人に、取り次いでください」
附子山。「藤森」に改姓する前の、先輩の旧姓だ。
ここに勤めているのがバレてる。
先輩の目には、恐怖と狼狽の色が、バチクソにハッキリ映ってた。

「『ブシヤマ』?どこの課のブシヤマでしょう?」
すぐ動いたのが先輩の親友。先輩の事情も背景も、「旧姓」も全部知ってる、隣部署の宇曽野主任。
「聞かない名前なので多分ウチには居ないと思いますが、一応ここにフルネームで、漢字と読み仮名と、所属の部署名をお願いします」
加元さんに紙とペンを渡して、用紙の記入に集中するよう仕向けてる宇曽野主任が、
「あと、失礼ですがお客様のお名前は?ブシヤマとはどのようなご関係で?ご用件は?」
一瞬だけ、こっちに視線を寄越した。

『今のうちに逃げろ』
主任は真剣な、鋭い瞳で、フリーズして動けないでいる先輩に退室を促してる。
だから、私が静かに視線を返して、小さく、頷いた。

「恋人です。どうしても、話がしたくて」
加元さんの、低い女声なのか、高い男声なのかすごく分かりづらい、中性的な声にミュートとブロックを連打しながら、私は先輩と一緒に休憩室に引っ込んだ。
恋人。「恋人」だって。
先輩を呟きックスでボロクソにディスって、先輩の心をズッタズタにしたくせに。
みぞおちから背筋を伝って、後頭部のあたりまで一気に不快が駆け上がってきて、きっとこれが「カッとなった」ってやつなんだと思う。
大声で「お前が言うな」って、怒鳴り返してやりたくなったけど、すっっごく我慢して、耐えた。

キレなかった私えらい(覚えてろよ加元)

「先輩、」
「すまない、ちょっと、くるしくて、吐きそうで」
は、 は、 って呼吸の異常に早く浅い先輩は、手が震えてて、すごく弱々しい。
私は、宇曽野主任から加元退店の連絡を貰うまで、先輩に寄り添うくらいしかできなかった。

8/28/2023, 10:34:07 AM