かたいなか

Open App

「『あけない』、『ひらけない』。その後のアルファベット4文字はまぁ、ドチャクソ捻くれて読めば、回線・接続・釣り糸・方針・口癖等々の英単語よな」
今回配信分の題目をチラリ見て、某所在住物書きは相変わらず、ガリガリ頭をかいた。
「Line」に多々和訳が存在する。英単語1個を全部大文字表記するのは、一種の強調表現でもある。
よって「開けないLINE」を「ひらけない『その』接続」や「あけない『特定の』回線」と曲解することも、まぁ、まぁ。
問題はそれで実際物語が書けるかどうか。
「うん。俺にはムズいわな」
そもそもアプリを入れてないので「開けない」。いっそこれで書いてやろうか。物書きはまた頭をかく。

――――――

最近最近の都内某所。藤森という雪国出身者が、諸事情により、親友の家に身を寄せ隠れている。
解説し始めれば長い長い、色恋沙汰の小さな騒動と共にドッタバッタで駆け抜けた今週も、とうとう週末。
少しだけ豪華な夕食を、家主の宇曽野とその嫁と、一人娘と、それから居候中の藤森とで囲み、
明日の朝食の仕込みとして、藤森お得意の低糖質低塩分なダイエットメニューの料理教室が始まり終わり、
ようやく、1日の終わりとして、ひと息ついた頃。

「……来た」
ピロン。
リビングでソファーに座り、宇曽野が淹れたコーヒーを飲む藤森のスマホに、
突然、見覚えのあるアカウントから、個人用チャットのダイレクトメッセージが届いた。

『久しぶり。加元です。附子山さんだよね?』

アプリは敢えて開けない。既読マークを付けず、通知画面でのみ到着メッセージの内容を確認している。
「『今の名字』はバレてないのか」
目を細め唇をかたく結ぶ藤森の隣に腰掛けて、一緒に画面を見る宇曽野がポツリ呟いた。
「アカウントID、実名にしなくて良かったな」

『言葉が凶器って、附子山さんが居なくなってから分かったの。SNSで色々言って、附子山さんのこと傷つけてごめんなさい』

『でも、だからって勝手に居なくならないで。一方的に突然消えないで。せめて話をさせて』

『それで叶うなら、もう一度だけ、仲直りさせて』

「なかなおり!仲直りだとさ!」
ピロン、ピロン、ピロン。
立て続けに届いたメッセージに、宇曽野は静かな怒りとも僅かな軽蔑ともとれる笑いで吐き捨てた。
「よく言えたもんだ。それこそSNSで散々言って、『附子山』を傷つけたくせに!」

これこそ「藤森」が親友の家に身を寄せている「諸事情」であり、「色恋沙汰の小さな騒動」であった。
元々旧姓を「附子山」といった藤森。かつて、ダイレクトメッセージの送信元である相手に惚れられて、自分も後から相手を好きになり、
恋したと思ったら、SNSで「あれが地雷」、「ここが解釈違い」、「頭おかしい」と、言いたい放題、書き散らされていたことが発覚。
藤森の心はズタズタに壊された。

改姓して転職して、居住区もスマホの番号もアカウントも全部変えた藤森の職場が、
先日、とうとうバレてしまった。
ゆえに、アパート等の住所まで知られぬよう、宇曽野の提案で彼の自宅に招かれたのである。

執着の強かったらしい、藤森の恋愛相手。今度はメッセージアプリのアカウントを特定したらしい。

「宇曽野。私は、」
不安になったら使ってみて。
事情知ったる職場の後輩から贈られた「お守り」を握りしめ、藤森が何か決意したらしいトーンで言った。
「私は加元さんが、こわい。
でも私のせいで、お前や、あの後輩に何か危害が及ぶのは、もっと、……もっと、嫌だ」

ピロン。藤森のスマホに再度、アプリを開かないために既読のつかぬメッセージが届く。
『それと、先々月、7月18日だったか19日だったかに一緒に居た人、誰?』
藤森はただ息を吐き、目を細めて画面を見ている。

9/1/2023, 3:13:35 PM