かたいなか

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3/18/2023, 11:28:35 AM

「おぉ。不条理……」
やべぇ。昨日のネタから簡単スライドできるじゃん。
毎度毎度、通知画面の短い文章に頭をかかえ途方に暮れる某所在住物書きが、今日は珍しく、心安らかに、小さく頷いて短文のスタートを組み立てている。

「そうそう、こういうのが良いんだよ。自分の嘆きだの、苦しいのだのを、本気で文章に叩き込めるから」
■■のノルマ営業で心壊されたのも書ける。△△の「実はイメージほど温かくない」も書けるぜ。
1、2、3。ネタを指折り列挙して、
「……で、世の闇書きたいのにギャグになる……」
5を数えた頃、かくんと、頭を垂れた。
「よのなか、ふじょうり、いっぱい……」

――――――


「世の中!不条理ッ!!」
夜。日付が変わり、時計の短針も1周回り終えた頃。
「なにアレ!『アナタの担当でしょ?なんでアナタが責任持って、最後までやらないの?』だって!」
尾壺根係長による「前日」のトラブルで、後輩の精神衛生が酷く悪化してしまったので、
次の業務に支障が出ないよう、急きょ私のアパートに呼び、毒だの涙だのを抜こうと、考えたのだが。
「パワハラパワハラ!オツボネ反対ー!」
たまたま残っていた餅の複数を、チーズと一緒に炙るなり、みたらし醤油に絡めるなりして食わせ、
心の落ち着いたあたりで、ノンアルコールと告知せずノンアルコールビールを出したところ、
「全国の!クソ上司被害に遭ってる皆さん!心の中で一緒にご唱和ください!『うるせぇクソ上司!』」
非常に、ひじょうに、元気になった。

どこかで「脳は一度酒と酔いの味を覚えるとノンアルでも雰囲気で実際に酔える」と聞いた。
本当かどうかは分からない。後輩は酔うらしい。

「少しでも、気が晴れたのなら、なにより……」
最初に用意した餅が早々に底をつきそうなため、キッチンで新しいのを準備しつつ応対している。
後輩が不条理を嘆くのは、もっともな話だった。
職場で「お名前まんまのオツボネ様」と名高い、係長の尾壺根に、何度も何度も確認をとり、最終的にゴーサインを出されて課長へ提出した業務が、
肝心の尾壺根の、チェックを頼んでもほぼ我関せずな悪癖が祟り、課長決裁でミスが見つかった。
そこからの、オツボネ様による「あなたの担当でしょ」であり、「始末書書きなさい」だ。
そりゃ理不尽だ不条理だと叫びたくもなる。

「まだっ!まだ、晴れてなぁーい!」
餅より先に、酒がエンプティーらしい。後輩が上機嫌な頬と足取りで、冷蔵庫を漁り始め、
「うぇぅ。ノンアルしかない。いいやコッチ貰おう」
片っ端から強炭酸だの、朝飲む用のコーヒーだの、それに入れる牛乳だのをサルベージして、ぴょこぴょこ更なる上機嫌で退散していった。
小さな不条理と形容すべきか、後輩のメンタルケアに対する重要な必要コストと定義すべきか。
じゅーじゅーお焦げをつくり始めた餅に対処しながらの頭では、ちょっと判別が難しかった。

3/17/2023, 3:09:48 PM

都内某所、夜の某アパート。茶香炉焚いた一室で、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、ぼっちで職場の後輩のアフターフォローをしていた。
アプリを通して、グループチャットと通話を両方しながら、こちらは明日の仕事準備、後輩は泣いてたまにしゃっくり。
何度も何度も確認したと、後輩は嘆く。
係長にチェックも貰ったし、最後コレで良いって言ったもんと、後輩は訴える。
しかし後輩が任された仕事は、課長決裁で重大ミスが発覚。以前も確か同じことがと、捻くれ者が気付いたタイミングでは既に遅く。
保守に回った係長は全責任を後輩に回し、後輩ひとりに始末書の提出を命じた。
上が良ければそれでヨシ。下は使い潰せば宜しい。
これが捻くれ者とその後輩の勤務先の、昔々からの悪しき慣習と体質であった。

世の中は、敵かまだ敵じゃないかの2種ばかり。
そもそも自己中をデフォルトに持つ人間を信用した方がマズい。
それが持論の捻くれ者ではあるが、後輩に自論をぶつける気には、なれなかった。

「明日。どうするつもりだ」
トントントン。確認用に印刷した紙束の、端をデスクで揃えながら、捻くれ者が尋ねると、
『わかんない』
ぐすぐす鼻をすすりながら、後輩が答える。
『行かなきゃだけど、行きたくないけど、そもそも行ける気がしない』
わかんない。どうしよう。
後輩は2言3言付け足すと、どうやら土砂降りだの集中豪雨だのが来てしまったらしく、通話から少し離れてしまった。

大丈夫だよ。
無責任な楽観視など、言える筈もなく。
泣かないで。心を強く持って。
励ましなど、完全に役立たずなのは明白で。
かける言葉をあちこち探し続けた捻くれ者は、最終的に満腹中枢とエンドルフィンで物理的にコンディションを底上げさせようとして、
「今、私のアパートに来れるか」
ケトルの電源を入れ、茶香炉の葉を入れ替えた。
「丁度、魔法の餅を仕入れてある。たまに不思議な子狐が売りに来る不思議な餅でな。食べると、何故か元気になる。どうだ」

『狐って。なにそれ。絵本じゃなし』
突然の妙な申し出に、後輩は少し笑った風であった。
『そっち行く。泣いて、おなか空いたし。甘いの食べたくなってきたし』
お酒も用意しといてよね。
精いっぱいの強がりの後、いくつか言葉を交わして、それから、通話は途切れた。

「泣きっ面で大丈夫か?迎えは」
『大丈夫ですもう泣きませーん。
じゃ。近くに来たらメッセ送るから』

3/16/2023, 12:15:08 PM

「怖がり……こわがり、ねぇ」
昨日に比べれば、何倍も書きやすそうな題目だ。定時にスマホの通知画面を確認する、某所在住物書きは、それでも頭が固いため、すぐにはネタが出てこない。
「コミュスキル無いから、人間全般怖い説はある」
特にフレンド系よ。フレンド系。
首筋をかきながら、椅子に体重を預け、天井を見る。
「クチじゃ何とでも言えんのよ。メッセも何とでも書けんのよ。表でキレイな対応してても、どうせ裏垢であーだこーだ愚痴ってるぜ」
おーこわい。両手で体をさする仕草をする物書きは、しかし、はたと思い出し、

「ガチャの爆死と限凸の引き際も怖い」
ぽつり。小さく真剣に呟いた。

――――――

ようやく終わった本日の業務。
今日も理不尽不条理から、好かぬ上司の難題まで、時に内心舌打ちながら仕事をこなした後輩と、
それらは所詮毎度毎度と、精神的負荷への抵抗をほぼ諦めている先輩が、
遅くまでの残業により、空腹間近まで腹を空かせて、ディナーの店を其処ココあそこと探し歩いていた。
「カツ丼行こうよ、カツ丼」
あそこ酒美味しそう。後輩が前方に指をさし、
「そこのそば屋の方が空いている」
今からの酒は体に悪いぞ。先輩がもう少し先を見る。
「すぐ食べるならドモドモ、ムス、マッケ、クンタ」
「サイドを抜けば、塩分2、3gで済みそうだな」

「えんぶん、」
「摂り過ぎは高血圧や慢性腎臓病のもとだ」
「おいしいものは、糖と塩分でできてんだよ」
「まぁ、同意……、一部同意する」

あーだこーだの討論を終え、出た結論は串焼き屋。
早く席ついて酒飲みたいと、後輩が店に走り寄り、引き戸の取っ手に、その銀に輝く金属に、
「あっ」
手をかける前に口が開き、
「コレ絶対パチるやつぅー……」
どこかのCMで聴いた調子で、小さく、歌った。
金属である。金属対指先である。おまけに春用の薄手のコートは、フードにフサフサのファー付きである。
パチる。絶対パチる。絶対盛大に音をたててパチる。

それは怖い。

「せんぱい……」
おねがい、かわりに、ドアあけて。
目と両眉で必死に訴える後輩は、いつになく弱々しく、懸命であった。

3/15/2023, 11:50:47 AM

星が溢れる。今日も今日とて、なにやら難しそうなお題ですね。

困った時の、童話頼みなおはなしです。「都内にそんな神社無いよ」は気にしない構えのおはなしです。
最近最近、都内某所の稲荷神社に、不思議なお餅を売り歩く、不思議な子狐が住んでおりました。
稲荷神社は森の中。あっちこっちに木が生えて、あっちこっちに花が咲き、あっちこっちで山菜や、キノコがポコポコ出てきます。
そんな稲荷神社の中に、春一番、フクジュソウの大きな花畑が、パッとできあがる場所があります。
これは、そのフクジュソウの早起き組、フライングチームが、花を咲かせた時期のおはなしです。

「咲いた、咲いた!今年もさいた!」
稲荷神社の社殿のそば、正面向かって斜め右よりの、お日様がポカポカ当たる広場で、
今年も春の妖精が、春の儚い告知花が、20も30もある黄色い花びらを、傘かパラボラアンテナのように、力いっぱい数輪だけ、綺麗に広げておりました。
「おっきなお星さま、あぁ、キレイだなぁ!」
これから顔を出すであろう、いろんな色や形のフクジュソウを、子狐は思い出し、跳ねまわります。

今年も春が、始まるのです。
今年もあの花畑が、去年より少し大きくなって、この場所に現れるのです。
茎を長く出すフクジュソウ、短い花びらのフクジュソウ、長い花びらのフクジュソウ、たまに見つかる白やオレンジのフクジュソウ。
まるで夜のお空のお星さまが、朝昼の間ここに来て、ぎゅうぎゅう、溢れてしまっているような。
あの花畑が、始まるのです。

今年も多くの人間が、パシャパシャいうカメラと一緒に、あるいは同じ音で鳴く板を片手に、この稲荷神社へ来るのでしょう。
今年も多くの人間が、お賽銭して、ガラガラを鳴らして、祈りを願いを嘆きを決意を、稲荷神社に託すのでしょう。
「でも、一番星は、渡さないんだ。一番星は、だれにも、渡さないんだ」
今年最初のお星さまを、フサフサ尻尾で囲い込み、子狐はにんまり幸福に、そこでお昼寝を始めました。

3/14/2023, 11:13:09 AM

「安らかな瞳と来たよ……」
昨日の「ずっと隣で」は、まだ簡単な方だったのだ。
某所在住の物書きは、頭を抱え天井を見て、大きなため息とともに視線を落とす。そして再度天井を見る。
ギキッ。反った背中、預けられた体重により椅子が小さくたてた音は、
コレくらいで毎度毎度途方に暮れるなよ物書きだろ、と愚痴をこぼしているようであった。

「安らかな瞳って、そもそもどんな瞳だ……」
机の上のカードミラーを手繰り、それっぽい表情を試行したのが最大の悪手。
「……ぶふぅっ!」
鏡の向こうのアホづらに、物書きは敗北し、崩れた。

――――――

その日の後輩は朝から虚無って……もとい、すごく安らかな瞳をしていた。
理由は明白だ。業務開始早々、他部署に「ご要望にお応えするのが少々困難なお客様」が、時間差で2名もお越しになったのだ。
他部署のため、私達の部署に直接の影響は無かったものの、朝から怒号とヒステリーが刺さり、他の客がドン引きして逃げ去り、
そのたび、被災地の主任、宇曽野が少々強引な手段で客に理解を求め、「ご満足」頂きお帰り頂いていた。

宇曽野譲久の真骨頂、「ウソ野ジョーク」と「悪いお客様はしまっちゃおうねバズーカ」が発動して、終了するたび、後輩はそれに対して安らかな瞳を送った。
嵐は去った。邪悪は滅びた。世界に平和が戻ったと。

「やー。今日は記念日だねせんぱーい」
2人目の客が出ていくのを視線だけで見送る後輩の目は、本当に虚無、もとい、穏やかで、安らかだった。
「二度も世界が救われたよ。平和が戻ったよ。仕事終わったら今週のランチミーティングの、低糖質スイーツバイキングの下見行きたいなぁー」
声にまったく抑揚が無い。

「そうだな。下見は……重要だな」
ここは提案に賛同しておいた方が良い。
マネークリップを取り出し、残高を確認する私の目は、瞳は、一体どんな色をしていただろう。

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