かたいなか

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「安らかな瞳と来たよ……」
昨日の「ずっと隣で」は、まだ簡単な方だったのだ。
某所在住の物書きは、頭を抱え天井を見て、大きなため息とともに視線を落とす。そして再度天井を見る。
ギキッ。反った背中、預けられた体重により椅子が小さくたてた音は、
コレくらいで毎度毎度途方に暮れるなよ物書きだろ、と愚痴をこぼしているようであった。

「安らかな瞳って、そもそもどんな瞳だ……」
机の上のカードミラーを手繰り、それっぽい表情を試行したのが最大の悪手。
「……ぶふぅっ!」
鏡の向こうのアホづらに、物書きは敗北し、崩れた。

――――――

その日の後輩は朝から虚無って……もとい、すごく安らかな瞳をしていた。
理由は明白だ。業務開始早々、他部署に「ご要望にお応えするのが少々困難なお客様」が、時間差で2名もお越しになったのだ。
他部署のため、私達の部署に直接の影響は無かったものの、朝から怒号とヒステリーが刺さり、他の客がドン引きして逃げ去り、
そのたび、被災地の主任、宇曽野が少々強引な手段で客に理解を求め、「ご満足」頂きお帰り頂いていた。

宇曽野譲久の真骨頂、「ウソ野ジョーク」と「悪いお客様はしまっちゃおうねバズーカ」が発動して、終了するたび、後輩はそれに対して安らかな瞳を送った。
嵐は去った。邪悪は滅びた。世界に平和が戻ったと。

「やー。今日は記念日だねせんぱーい」
2人目の客が出ていくのを視線だけで見送る後輩の目は、本当に虚無、もとい、穏やかで、安らかだった。
「二度も世界が救われたよ。平和が戻ったよ。仕事終わったら今週のランチミーティングの、低糖質スイーツバイキングの下見行きたいなぁー」
声にまったく抑揚が無い。

「そうだな。下見は……重要だな」
ここは提案に賛同しておいた方が良い。
マネークリップを取り出し、残高を確認する私の目は、瞳は、一体どんな色をしていただろう。

3/14/2023, 11:13:09 AM