かたいなか

Open App

「怖がり……こわがり、ねぇ」
昨日に比べれば、何倍も書きやすそうな題目だ。定時にスマホの通知画面を確認する、某所在住物書きは、それでも頭が固いため、すぐにはネタが出てこない。
「コミュスキル無いから、人間全般怖い説はある」
特にフレンド系よ。フレンド系。
首筋をかきながら、椅子に体重を預け、天井を見る。
「クチじゃ何とでも言えんのよ。メッセも何とでも書けんのよ。表でキレイな対応してても、どうせ裏垢であーだこーだ愚痴ってるぜ」
おーこわい。両手で体をさする仕草をする物書きは、しかし、はたと思い出し、

「ガチャの爆死と限凸の引き際も怖い」
ぽつり。小さく真剣に呟いた。

――――――

ようやく終わった本日の業務。
今日も理不尽不条理から、好かぬ上司の難題まで、時に内心舌打ちながら仕事をこなした後輩と、
それらは所詮毎度毎度と、精神的負荷への抵抗をほぼ諦めている先輩が、
遅くまでの残業により、空腹間近まで腹を空かせて、ディナーの店を其処ココあそこと探し歩いていた。
「カツ丼行こうよ、カツ丼」
あそこ酒美味しそう。後輩が前方に指をさし、
「そこのそば屋の方が空いている」
今からの酒は体に悪いぞ。先輩がもう少し先を見る。
「すぐ食べるならドモドモ、ムス、マッケ、クンタ」
「サイドを抜けば、塩分2、3gで済みそうだな」

「えんぶん、」
「摂り過ぎは高血圧や慢性腎臓病のもとだ」
「おいしいものは、糖と塩分でできてんだよ」
「まぁ、同意……、一部同意する」

あーだこーだの討論を終え、出た結論は串焼き屋。
早く席ついて酒飲みたいと、後輩が店に走り寄り、引き戸の取っ手に、その銀に輝く金属に、
「あっ」
手をかける前に口が開き、
「コレ絶対パチるやつぅー……」
どこかのCMで聴いた調子で、小さく、歌った。
金属である。金属対指先である。おまけに春用の薄手のコートは、フードにフサフサのファー付きである。
パチる。絶対パチる。絶対盛大に音をたててパチる。

それは怖い。

「せんぱい……」
おねがい、かわりに、ドアあけて。
目と両眉で必死に訴える後輩は、いつになく弱々しく、懸命であった。

3/16/2023, 12:15:08 PM