かたいなか

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3/14/2023, 12:55:06 AM

たん、とん、たん。
どこかの暗い舞台、真上から一点だけスポットライトの当たるそこ、真下にあるパイプ椅子。
ゴム対木材の断続的な接触を響かせながら、ひとり、物書きが歩いてきて、椅子に座る。
「朝っぱらに、ライブ扉ニュース見たんだ」
指を組み、視線を下げる姿勢は懺悔の様子。
「赤と緑のどんべー、具材、単品で発売らしいな」
言い終えて目を閉じると、首を小さく、左右に振り、
「……今回のお題『ずっと隣で』だったろう」
大きな、長いため息を、ひとつ、吐いた。
「腐ってんのかな俺……」

――――――

かつて物書き乙女であった、現概念アクセサリー職人たる社会人は、ローリングストックしている防災用非常食補充のため、スーパーマーケットに立ち寄り、
カップラーメンの売り場で、大きな衝撃に打たれた。
「新、商品……」
スーパーのオリジナルブランド、白のうどんに薄茶のそば、2種類だけだった麺類に、薄黄色のラーメンが参入したのである。
「わあぁ……」
その陳列が酷かった。元薔薇物語作家であった乙女を、その心を、一撃必倒のもとに打ち据えてしまった。なにもこんな並べ順にする必要は無かった。
ド真ん中である。横入りである。
ずっと隣同士片時も離れなかった白と薄茶、その間に薄黄色が、我が物顔で、堂々エントリーである。
社会人になって数年。二次創作からも離れて数年。
物書き乙女の薔薇が久方ぶりにごうと燃えた。

(駄目駄目駄目ダメだめ。今月余裕無い。ない)
白と薄茶と薄黄色の前に立ち尽くす彼女は、ふるふる小さく首を振った。脳内では金銭管理何するものぞと、創作欲求の火が盛っている。
白茶の主従に黄の理不尽か、白茶の親友に黄の誘惑か。そもそも敵か味方か三角関係もアリか。
じっと3種を見詰めて離さぬ乙女に、商品整理中の店員が、二重マスクに業務スマイルでとどめを刺した。

「おいしいですよ」
店員が言った。
「うどんのスープをアレンジしてるんです」

白(うどん)か。白(ひだり)の仲間なのか。
ずっと隣同士の白茶で、想うがゆえの白の苦悩を茶に言えず、黄が聞いて茶にそっと、白茶を壊さぬよう伝えるのか。おお、プラトニックな友情ロマンよ。
乙女の心はとうとう完全に打ち負かされ、唇を噛み締め、最終的に薄黄色を掴んだ。

3/13/2023, 2:42:26 AM

今日も相変わらずの仕事仕事シゴト。頭おかしい客は来るし、頭おかしい指示も飛ぶ。
最初言ってた話と、最終的に出た話が、全然整合性取れてないなんてザラ。
課長クラスはただ決裁だけやってりゃ良さそうで、新人いびりに余念がない係長は今日も安定の監視業務。
だいたい迷惑を被るのは、善良な客と真面目な部下。

どっか行きたい。
遠い、人も仕事もストレスも無関係な所に行きたい。
休業願望がポッコリ浮かんで、消えて、また浮かんできてを繰り返すのは仕方ない。
具体例として脳内再生されるのは、少し前、田舎出身の先輩から聞いた、先輩の故郷。「花と山野草ばかり」という、「遠い、何もない街」だ。
きっと電車なんて30分に1本で、バスも30分に1本で、道のわきに、いっぱい、花が咲いてて……

「2時間バス無し電車無しも、普通にあるが」
休憩時間にそれを愚痴ったら、先輩が電車とバスを訂正してきた。3時間だってあり得ると。
「花は、たしかによく咲いている。今なら、やっとフクジュソウの第一陣が、咲き始める頃だろうな」
本格シーズンは、まだ先だが。
付け足す先輩の目は懐かしさが滲んでるようだった。

「街の中でフクジュソウ咲くの?」
「咲く。どこかから来た種が、空き地で根付くんだ」
「フクジュソウの次は?」
「オオバコ科の、薄紫色したやつが」
「次は?」
「ニラを差し置いて、スイセンのツボミが」
「その次は?」
「春が来る。目にも、肌にも分かる春が」

今日は随分と質問攻めにあう。
ポリポリ首筋をかく先輩に、それでも脳内再生の解像度を上げたくて、見ず知らず、行ったこともなくの、先輩の田舎の花を聞き続けた。
暖かい、静かな街の朝を、スマホのカメラ片手に……
「想像を壊すようで申し訳ないが、3月はまだ、最低気温氷点下が、チラホラ」
「え」
「だから朝は寒い。なんなら雪が4月に」
「せんぱい いったい どこすんでたの」
「田舎だ。安心しろ、最高氷点下は3月で終わる」
「さいこう ひょうてんかって なに……」

3/11/2023, 10:42:22 PM

給料日を約1週間後に控えた頃合いに、その元物書き乙女は己の資金繰りに関するロードマップの策定を要求される事態となった。
理由は明白であった。かつての二次創作仲間、昔同じ娯楽作品の尊さを語り合い、美しさを共有した同志、最近職場の先輩云々の話題が増えた彼女を、秘密の会合――焼肉屋の個室で肉を焼いて酒をあおる神聖な儀式――に、少々誘い過ぎたのである。

それから最近のプチプライス業界における、趣味のアクセサリー製作に流用可能なネイルシートの、新作発表がエグ過ぎた。
和風デザインである。モダンシリーズである。
おまけに歯車風パーツを土台に、大きなビーズを据えて、チェスの飾り駒モチーフを製作するアイデアを習得してしまったのがいけない。
おお、大それたチリツモよ、私を彩る創作欲求よ。汝の名は材料費であり、"ちょっと幸せ"なWhat Can I Doである。
要するに彼女は今月、資産を趣味と交際費に分配し過ぎたのだ。

(mimeに出してる子たち、値上げする?)
財布と、バーコード決済アプリのチャージ額と、預金の残高を確認する。
一切ソーシャルゲームに課金せず、酒を飲まずプチプライスショップでの散財も我慢し、交際費を500円未満に抑えれば、預金通帳に手を付けず、給料日前を通過できる試算である。
その苦行を自分自身が許せるだろうか。
(でも今の額だから買ってくれてる、って絶対あるよ。どうする?)
登録しているハンドメイドマーケットからの収入が増えれば、生活にはもう少し余裕が出る。
値上げの決断は固定客を逃さぬだろうか。
(わぁ。今月、ここに来て、不穏)

平穏な日常が、金銭の不足により揺れて、今まさに一部瓦解しようとしている。
「……」
心の平穏って、安定したお金の上に成り立ってるんだね。元物書き乙女は小さなため息をひとつ吐き、懐の冷え込みを再認識して、
「心の健康の方が大事」
防災用非常食の名目で備蓄しているポテトチップスの袋を開けた。
「んん……魂にしみる……」

3/10/2023, 11:08:09 PM

朝5時に地震と、何より寒さで目が覚めた。最近の暖かさに油断して、暖房を節約したのが悪かった。
ベッドの上にのせていたエアコンのリモコンを手繰って、スイッチをつけ室内温度を確認すれば、納得の数字に背中が冷える。
今日はおやすみ。もう少しこの、お値段たまに異常なお店の傑作、最上級レベルの〼ウォームに、包まってても大丈夫。
スマホのロックを外し、毛布を肩まで引き上げた。

(先輩も、)
雪国出身って聞いた先輩も、今朝はさすがに、寒いって思ってるのかな。
ヤホーのツイートトレンドランキングをチェックして、気になる記事をチラ見する。
(今頃おんなじように、起きてるんだろうな)
案の定上位に地震の文字。あと野球の話題もまだ熱が冷めてないみたい。
「異常震域」は、見るたび恐竜みたいな飛竜の2体同時討伐が、クエスト確認画面と一緒に頭に浮かぶけど、今回はその地震じゃなかったらしい。

(来週のお昼休憩の話題は地震と震災かかな)
昨日のお昼のおしゃべりは、ニュースのコメンテーターの、愛&平和なお花畑のせいで、大空襲からの戦争からの云々だった。
先輩が言うには、「極論として、平和、矢印、愛はあり得るが、愛、矢印、平和は成り立ちづらいと個人的に思う」とのことだった。
愛の過剰は他者排除に繋がり得るからって。オキシトシンのいち側面云々って。
だから愛と平和の同居は意外と娯楽作品の中の専売特許かもしれないぞって。

先輩たまにハナシ難しい(だって先輩だもの)

(私は私のまわりが平和ならそれでいいや)
揺れたねーとか、起きてるーとか、ぴょこぴょこ届くメッセに適当に返事して、更なる暖をなんとか得ようと、〼ウォームの中にもぐる。
(あとアレね。ほどほどの癒やしと十分なお金と美味しいごはんとスイーツね。それで多分幸せ)
そういや平和と幸福って、云々、云々。
眠気とともに、思考が千切れてバラバラになって、自分でも何考えてるか分からなくなって。
その日私は、盛大にお昼まで爆睡してしまった。

3/9/2023, 4:18:50 PM

「尾壺根係長の過去?」
そんなもの聞いてどうする。カップから唇を離した先輩は、「素っ頓狂」がピッタリ当てはまる顔だった。
「いや、新人時代、どんなだったんだろって」
尾壺根係長。ネット検索で「おつぼね とは」と検索すれば出てくるであろう性質を、全部鍋にブチ込んで12時間以上煮詰めて、新人いびりを隠し味に仕込んだような、名字まんまのオツボネさま。
「あそこに異動になった新人は1年経たずに全員やめる」のギネシー記録保持者。
今日も今年異動してきた新人ちゃんの、背後に突っ立ち監視して、ミスした瞬間ネチネチ心を刺していた。

なんでこんなヤツばっかり生き残るんだろ(不条理)

「オツボネ係長の、イジメ癖のことか」
大きなため息ひとつ吐いて、新人ちゃんへの同情ともとれる額のシワと一緒に、先輩が淡々と話す。
「ただ脳の発達過程の結果として、前頭葉が変容して、頭のブレーキが効きづらくなってるだけ……と言いたいが、彼女は昔から既にアレだったからな……」
私もよくグチグチ難癖つけられたものだ。
そう結んでまた先輩は、コーヒーを口に含む。

なんであんなヤツばっかり生き残るんだろ(理不尽)

「ん?」
「どうした」
「そういや先輩の新人時代ってどんなだったの」
「は?」
ぴちゃり。顔を上げた拍子に、コーヒーのしずくが一滴落ちて、先輩が即座にティッシュをつかむ。
「何故私の話に飛ぶんだ」
テーブルを拭きながら聞き返す先輩の顔は、やっぱり「素っ頓狂」がピッタリだった。
「いや先輩にも新人時代あったんだよなって」
「過ぎたことだ。忘れた」
「初恋の人にズタズタ云々」
「だから。いい加減そこから離れてくれ。なくぞ」
「先輩多分泣かないもん」

「わん」

「そっち、 そっち……」
「おい、なんだ。どうした」
「ツボ、ギャップ……わんわん……」
「ん、んん?」

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