かたいなか

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都内某所、夜の某アパート。茶香炉焚いた一室で、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、ぼっちで職場の後輩のアフターフォローをしていた。
アプリを通して、グループチャットと通話を両方しながら、こちらは明日の仕事準備、後輩は泣いてたまにしゃっくり。
何度も何度も確認したと、後輩は嘆く。
係長にチェックも貰ったし、最後コレで良いって言ったもんと、後輩は訴える。
しかし後輩が任された仕事は、課長決裁で重大ミスが発覚。以前も確か同じことがと、捻くれ者が気付いたタイミングでは既に遅く。
保守に回った係長は全責任を後輩に回し、後輩ひとりに始末書の提出を命じた。
上が良ければそれでヨシ。下は使い潰せば宜しい。
これが捻くれ者とその後輩の勤務先の、昔々からの悪しき慣習と体質であった。

世の中は、敵かまだ敵じゃないかの2種ばかり。
そもそも自己中をデフォルトに持つ人間を信用した方がマズい。
それが持論の捻くれ者ではあるが、後輩に自論をぶつける気には、なれなかった。

「明日。どうするつもりだ」
トントントン。確認用に印刷した紙束の、端をデスクで揃えながら、捻くれ者が尋ねると、
『わかんない』
ぐすぐす鼻をすすりながら、後輩が答える。
『行かなきゃだけど、行きたくないけど、そもそも行ける気がしない』
わかんない。どうしよう。
後輩は2言3言付け足すと、どうやら土砂降りだの集中豪雨だのが来てしまったらしく、通話から少し離れてしまった。

大丈夫だよ。
無責任な楽観視など、言える筈もなく。
泣かないで。心を強く持って。
励ましなど、完全に役立たずなのは明白で。
かける言葉をあちこち探し続けた捻くれ者は、最終的に満腹中枢とエンドルフィンで物理的にコンディションを底上げさせようとして、
「今、私のアパートに来れるか」
ケトルの電源を入れ、茶香炉の葉を入れ替えた。
「丁度、魔法の餅を仕入れてある。たまに不思議な子狐が売りに来る不思議な餅でな。食べると、何故か元気になる。どうだ」

『狐って。なにそれ。絵本じゃなし』
突然の妙な申し出に、後輩は少し笑った風であった。
『そっち行く。泣いて、おなか空いたし。甘いの食べたくなってきたし』
お酒も用意しといてよね。
精いっぱいの強がりの後、いくつか言葉を交わして、それから、通話は途切れた。

「泣きっ面で大丈夫か?迎えは」
『大丈夫ですもう泣きませーん。
じゃ。近くに来たらメッセ送るから』

3/17/2023, 3:09:48 PM