夜兎

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9/14/2025, 11:08:03 AM

部屋の中を見回してみる。
入浴に行く前に居たはずの恋人の姿が消えていた。

窓が開けられカーテンが風で揺れる。
近付いてベランダを確認すれば捜し人の後ろ姿。哀愁を感じる後ろ姿に声をかけるべきか悩み立ち尽くす。
意を決してサンダルを履き隣に立った。

「もしかして、月を見てたの?」

「そう。中秋の名月だから見たくなってさ」

宵闇の中、輝く月を見上げる。
隣では彼が頬杖をつき煙草をふかしており、二人の間に流れる沈黙が心地よい。

まだどうかこのまま。
二人の時間が終わらないようにと月に願った。








9/11/2025, 11:44:10 AM

その神様は生まれた時、一人でした。

際限のない暗闇だけが広がる世界。
その中で彼女はひとり存在していました。
ひとりでいる代わりに
世界を創れる能力に秀でていました。

まるで自らの寂しさを埋めるかのように
世界と秩序を創り上げ
自らの血肉と涙から8人の子どもたちを生み出しました。

平坦な道のりではありませんでしたが、
彼女と子どもたちは
箱庭のような世界を一つにまとめていきました______

****

「(……まるで与太話だ)」

青年は筆を走らせる手を止めた。
母と兄姉達の悲劇を隠蔽するために流布する作り話。

託された形見には母の苦悩が切々と記されており、
読み進めるごとに視界が涙で滲む。
母と兄姉達の確執は修復不可能なまでに拗れ、
更なる悲劇を呼び起こした。

「(この嘘が現実だったったら良かったのに)」

皮肉めいた自嘲が浮かぶ。
何もできなかった僕が願うなど烏滸がましい。
青年は文机に突っ伏し、
しばらくの間顔を上げることはなかった。




涙から生まれた命→(作中における)青年
前半部分は長編で実際に出てくる(事実に基づいた)おとぎ話の一部。

9/8/2025, 11:25:12 AM

ひとり、ポツリと呟いた。

「仲間になってみたかった」

同じ方向を向き、目標を持ち前向きに進んでいく。
そんな後ろ姿は見ていて眩しすぎた。

あの日、最愛の人と離ればなれになって拠り所を失い
足場が崩れ奈落の底へ落下する。
そんな絶望をひしひしと感じていた。
呼吸さえままならない息苦しさに
ひとりもがき苦しんでいた。

またある時は策略に嵌められ、取り返しのつかない過ちを犯す前に止めてくれたのも彼らだった。
全てを受け止め手を差し伸べてくれた。

_____そんな彼らと、敵としてではなく仲間として出会いたかった。
別れの時間はまもなくやってくる。
ひっそりと忍び寄る後悔を飲み込んだ。

9/7/2025, 1:38:03 PM

体を濡らしか細い声で鳴く小さな命
季節外れの大雨が降った日、君に出会った

キーボードを打つ手を邪魔するかのように
寝そべる姿は可愛い
可愛いのだが、邪魔はするのは意図的なのか

「プリュイ。邪魔しないで」

どかそうとすれば、腕に爪を立て抵抗する
チクチクする痛みに顔をしかめ、息を吐いた

あの大雨の日は兄の命日だった
気持ちが沈み止まぬ涙を拭っていた時に
耳に届いた小さな鳴き声
助けを求める小さな命を見て見ぬふりはできなかった
私を見つめる空色の瞳と見つめ合った

「あぁもぅ。分かったから」

降参しましたとばかりにノートパソコンを閉じた
喉を鳴らし擦り寄ってくるプリュイの姿が、
確信犯のように思えて苦笑い。
甘えん坊で寂しがりの白い猫は膝の上に陣取り
甲高い勝鬨をあげた




9/3/2025, 1:54:45 PM

この想いはまだ秘密。
いつの日にか、あなたに伝える日まで。

熱気が漲る体育館、入り口からこっそり中を覗いた。
中では胴着に身を包んだ剣道部部員が稽古に励んでおり、
その熱心な姿に尊敬の念を感じる。
稽古を眺めながら、彼を見つけた。

隣のクラスの想い人。
垂に書かれた名前を確認し、一人頷く。
真摯に剣道に向き合う姿が好きで、こうして練習を見学
させてもらうたび更に惹かれる。

一種の憧憬は姿を変え恋慕になった。
私自身伝える勇気はなく、彼も気づいていない。

「また稽古見に来てたのか?」

「うん。稽古中の姿、格好良くて見とれちゃう」

「ふーん……他の奴にもそういう事言ってんの?」

「え?」

「いや、なんでもない」

今のは、聞き違いだろうか。
明らかに第三者を意識していた。
まるで嫉妬するかのように。
好意があると自惚れてもいいのだろうか。



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