おさしみ泥棒

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2/4/2026, 9:26:55 AM

「いつまでも焼肉を腹いっぱい食える俺でありたい」

 隣を歩いていた山野は、突如として切実な願望を吐露した。俺はそれ以外の言葉も特に思いつかず「あ、そう」と返した。ミント味のガムを噛みながら、こいつまた何か言い出したぞ、と思う。

「でも生きてたらさ、いつかは終わりが来るよな。カルビなんてすぐ食えなくなっちゃうんだよ俺たち」

 そう語る山野の声音には、悲壮感が滲んでいる。
 たしかに、今でこそ俺たちは若い。ピチピチの20歳であるので、胃も強い。今日だって、食べ放題でばっちり元を取ってきた。
 けれども歳を重ねるにつれて、俺たちはだんだんとカルビから遠のいていき、たぶん最果てにはぬか漬けとかに行き着くのだろう。
 夜道を歩きながら、俺は「それもまた人生なんじゃない」と言った。明滅する街灯の横を通り過ぎる。

「それでも俺は、10年先も100年先も1000年先も、ずっと焼肉を食い続けたい」

 山野は言った。それなら勝手にすればいい。元気なおじいちゃんを目指してくれ。1000年も経ったら、さすがに飽きてしまう気もするけど。

「1000年後の焼肉屋ってどんな感じかな」
「全自動肉焼きロボットが肉焼いてくれる」
「技術進歩してるなぁ」
「もしくはゼリー状の肉もどきが出てくる」
「ディストピアになってるじゃん」

 妙な方向に話が転がっていく。例えば、こいつとこんなふうに意味のない会話をして、いたずらに時間を溶かす夜は、あと何年続くのだろうか。そんなことをふと思った。

【テーマ:1000年先も】

2/2/2026, 12:03:01 PM

 店先に、やけに目を引く花があった。かといって、別に見目が派手なわけではない。むしろそれは、人目を忍ぶように、ひっそりと花を咲かせていた。

「かわいいでしょう、そのお花」

 しゃがみこんでじっと見ていたら、声が降ってきた。顔を上げると、人の良さそうな微笑を浮かべた、初老の店主が立っている。
 勿忘草っていうんですよ──店主は、花の名前を教えてくれた。ワスレナグサ。名前を聞いたことはあるけれど、実物を見たことはなかった。雨催いの色をした小さな花びらを眺めていると、どういうわけか、うら寂しい気持ちが込み上げてくる。

「わたしを忘れないで、って」

 そんな花言葉が有名ですね。店主はのんびりとした声音で、そう言った。
 甚く健気な言葉だと思った。だれにも気づかれず、ただ秘めやかに咲くちいさな命の、切なる願いに思いを馳せる。するとふいに、あのひとの言葉が脳裏を過ぎった。

 震える俺の手を、その白い手は、やさしく握り返した。馬鹿みたいに泣きじゃくる俺を見て、ちょっと困ったように笑った。それから俺の名前を呼んで、あのひとは言ったのだ。どうか忘れてください、と。
 そんなのいやだと俺が言ったら、あのひとは「きみはやさしいなあ」なんて言った。そうして、俺の頭にそっと手を置いて、寂しげに笑ってみせたのだった。

「やさしいきみには泣いてほしくないな」

 そう言うあのひとこそ、最期までどうしようもないくらい、やさしいひとだった。
 あのとき、あのひとは、忘れてくれと言ったのだ。けれども、きっと、本当は。

 俺は花鉢を抱えて、店をあとにした。
 いまだにあなたの夢を見ると言ったら、あのひとは怒るだろうか。それとも、ちょっと困ったように眉を下げて、笑ってくれるだろうか。

【テーマ:勿忘草】

2/1/2026, 10:43:25 AM

 時刻は午前0時。なんだか小腹が空いたけど、冷蔵庫が空っぽだったから、近所のコンビニへ買いに行くことにした。
 ダウンを羽織ったら、ソファに寝そべってテレビを見ていた同居人は顔を上げて「どこ行くの」と聞いてきた。「コンビニ」と答えたら「俺も行く」と返ってきたので、ちょっと驚いた。出不精のこいつが、珍しいこともあるものだ、なんて思いながら、二人連れ立って深夜のコンビニへ向かった。

 俺は肉まんを買った。隣を歩く男は、ピザまんを買っていた。帰り道を歩きながら、さっそく肉まんにかぶりつく。
 と、ふいに上着の袖を引っ張られた。何、と聞けば、男はちょうど通りがかった公園を指さして「座って食お」と言った。座って食ったら寒いじゃん。帰りながらでいいだろ、と言う俺を無視して、同居人はさっさと公園に入っていった。
 俺は早く帰りたかったが、いま家の鍵はあいつが持っている。俺は舌打ちをして、同居人を追いかけた。
 同居人はなぜかブランコに座って、もそもそとピザまんを食っていた。俺はため息をついて、ブランコを囲む低い柵に腰かけた。深夜の公園で、ブランコに乗ってピザまんを食らう成人男性。と、それを眺める成人男性その2。どういう状況だ。

「ベンチに座って食うんじゃだめなの?」
「ベンチよりブランコのほうが楽しいだろ」

 よくわからない返事が返ってきた。別に漕ぐわけでもなく、座ってピザまんを食ってるだけなんだから、楽しいもクソもないだろう。

「ブランコって、なんでブランコって言うのかな」

 チーズをみょーんと伸ばしながら、男は言った。俺はちょっと考えてから「ブラブラして遊ぶ遊具だからだろ」と答えた。

「でもそれじゃ『ンコ』はどこから来たのって話になるよね」

 別にそんな話にはならないけどな、と思いながら、肉まんを咀嚼する。

「単純に『ブラブラ』でよくない?」
「それはなんかほら、親しみやすさ的な」
「親しみやすさで言うなら『滑り台』ってちょっとひどくない? 無機質すぎるだろ、名前」
「まあ、言われてみれば」
「『ブランコ』に倣って『スベリンコ』に改名するべきだと思うんだけど、どう?」
「どうでもいいです」

 心の底からどうでもいい。

【テーマ:ブランコ】

1/30/2026, 11:23:12 AM

「俺、いずみちゃん宛てに恋文を書こうと思うんだ」
「……コイブミ?」

 俺は唖然として、隣に座る男の顔を見た。前島は何やら覚悟の決まった顔をして、重々しくうなずいてみせる。

「コイブミってラブレターのこと?」
「そうだとも」
「お前、ついにおかしくなったのか?」

 俺は前島に詰め寄って、制服の胸ぐらを掴んだ。けれども前島は眉ひとつ動かさず、目はどこか遠くを見ている。

「そんなん書いてどうする。泉先生を困らせるだけだろうが」

 前島の親友として、それから、いずみ親衛隊の一員として。俺は黙っていられなかった。
 泉あずさ先生──通称いずみちゃんは、我が高校の美人国語教師だ。男子生徒の大半は彼女のファンであり、そのマドンナぶりは、生徒間でひそかに親衛隊が発足するほどだ。もちろん俺と前島も加入している。
 いずみ親衛隊には鉄の掟がある。
 一つ、泉先生を困らせるべからず。
 一つ、抜け駆けすることを許さず。
 一つ、あらゆる外敵から泉先生を守るべし。
 前島は今、このうちの二つを犯そうとしている。とんでもない無法者である。親友じゃなければ、今ごろ殴っていただろう。

「目を覚ませよ前島。掟を忘れたか?」
「高野。俺はもう、掟とかどうだっていいんだ」

 肩を掴んで揺さぶる俺の手に、前島はそっと触れた。静かに言葉を続ける。

「たしかに生徒である俺がいずみちゃんに告白したら、いずみちゃんは困るし、親衛隊のメンバーからは裏切り者と糾弾されるだろう」
「だったらなんで……」
「でもさ、だからって俺の気持ちは変えられない」

 前島はそう言って、薄く笑った。さざ波ひとつ立たぬ水面のような微笑みだった。

「俺はただ彼女に届けたいんだ、俺の想いを」
「前島……」
「叶わないとわかってる。でも俺、伝えないまま卒業するなんて嫌なんだ」

 だからわかってくれ、高野。そう言って俺をまっすぐに見つめる親友の目の奥には、青い光が揺れていた。俺は直感的に、完敗だ、と思った。

「……わかった。お前の気持ち伝わったよ」
「高野……!」
「でも前島、恋文はやめたほうがいい」
「え!? なんで!?」
「お前の字が絶望的に汚いからだ」

 俺の言葉に、前島は頭を抱えた。どうやら自分の字が汚いことは盲点だったらしい。

「高野どうしよう。俺、直接告るのは無理。手紙じゃないと」

 直接言えるほどの漢気は持ち合わせていないようだ。まあ、そういうところが前島らしいといえば前島らしいが。俺はため息をついて「しょうがねえな」と言った。

「俺が一肌脱いでやる」
「高野?」
「小2から中2まで書道教室通ってた俺の実力を舐めるなよ」
「高野……!」

 さて、役者は揃った。俺たちはさっそく放課後の教室を飛び出して、可愛いレターセットを買いに走ったのであった。

【テーマ:あなたに届けたい】

1/29/2026, 11:59:31 AM

「なあ相田。likeとloveの違いってなんだと思う?」

 放課後の教室にて、向かいに座った沢村は、突如そんなことを問いかけてきた。
 俺はシャーペンを動かす手を止めて、顔を上げる。沢村はいたって真剣な顔で、俺を見つめ返した。

「……えー。likeよりloveのほうが、なんかこう、抑えきれずに溢れ出す感じ?」
「なにが溢れ出すの?」
「パトスとかリビドーとか。あとジェラシー」
「勘で喋ってない?」
「わかんないんだから勘で喋るしかないだろ」

 言って、俺は学級日誌を書くのを再開する。一時間目、数学。備考、みんな寝てた。二時間目、化学。備考、実験をした。三時間目、世界史。みんな寝てた。

「四時間目ってなんだっけ?」
「おまえさ、真面目に考えろよ」

 沢村は俺をじとりと睨んだ。これって俺が悪いのか? 俺は今、真面目に日直の仕事をやってるんだが。さっきから業務をサボっているのは沢村のほうだ。

「俺は真面目に聞いてんだよ」
「……まあマジな話でいうと」

 俺はペンを置いた。

「相手のために死ねるかどうか」
「君のためなら死ねる、が愛?」
「そう」

 俺はうなずいた。正味、俺に愛のなんたるかはわからない。けれども何かしら答えない限りはこのよくわからない尋問は終わらない気がするので、とりあえずそれっぽいことを言っておいた。
 すると沢村は、そうか、とつぶやいてから、ふいに俺の手をがしりと掴んだ。それからまっすぐに俺の目を見据えて「相田」と呼んだ。

「なに」
「それならどうやら、これは愛だ」
「え?」
「いま頭の中で一回死んでみたんだけど」
「は?」
「相田のためなら俺、全然いけるわ」
「へ??」
「あと四時間目は国語」

【テーマ:I LOVE…】

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