ね。

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11/25/2025, 2:21:08 AM

君の髪はお日さまに照らされキラキラ輝いていた。この箱をみるたび君の美しい姿を思い出す。中身を知ることができない、この箱。


出会いは学校の帰り道だった。
私はいつものようにひとりで田んぼ道を歩いていた。ふと、田んぼの真ん中に君が立っているのをみつけた。一体何をしているんだろ?と奇妙に思ったけれど、そこに立つ君の姿があまりにも美しくて、しばしみとれてしまった。しばらくすると君はしゃがみこんで何かを始めた。どうやら土に何かを埋めているようだった。熱心に土を掘る君の背中に向かって、私は思いきって声をかけてみた。君は立ち上がって帽子をとり、こちらを振り向いた。満面の笑みだった。美しかった。土を掘るのをやめた君は、ゆっくりこちらに歩み寄ってきて、黙って私に箱を差し出した。君も箱も泥だらけだったし、とにかくびっくりしたけれど、私は思わず箱を受け取ってしまった。それはずっしりと重かった。
そして、少年は『鍵は隠したんだ』と、ひとことだけつぶやいた。



次の日から私は体調を崩してしまい、1週間ほど学校を休んだ。その間、箱のことがずっと気がかりだった。熱が下がって、久しぶりにその田んぼを通りかかった日、君の姿はなかった。あちこち探してみたけれど、どこにもいなかった。隠した鍵は、田んぼに埋めてあるのだろうと思い、土を掘ってみたが、鍵もどこにもなかった。




君の隠した鍵はいまも見つかっていない。君もどこにも見つからない。
全てが幻だったように思えるけれど、君からもらったこの箱はここにある。

11/24/2025, 6:55:19 AM

何を忘れてきたのだろう。


私はある1年間の記憶がない。ぽっかり、と抜け落ちたその時間が、幸せだったのか不幸だったのか、さえも分からない。なんともない日常だったからこそ思い出せないのかもしれない。



もう長くはない、と医者に言われ、最期は慣れ親しんだこの家に戻ってきた。私は血の繋がった身内はいなかったが、ありがたいことに昔の仲間たちが代わりばんこに世話しに来てくれた。動かない身体をさすったり、食べられそうな食事を作ってくれたりしてくれた。もうすぐ死ぬというのに本当に穏やかな毎日だった。いや、死が間近だからこそ、穏やかだったのかもしれない。



夜中、目が覚め天井をみると、不思議な光がくるくる舞っていた。いよいよか、と思った瞬間に、突然抜け落ちていた空白の1年間の出来事が映画のように目の前に流れはじめた。こんな大切なことを私はなぜ忘れていたのだろう。思い出せてよかった。涙がとめどなく流れ出る。そして、ただただ祈る。手放してしまった、その人のしあわせを。

11/22/2025, 10:46:52 PM

大きなバラの花がついた黒いポーチには、色とりどりの口紅が入っていた。ほとんどメイクをしない母だったが、なぜか口紅だけは凝っていて、毎日欠かさず鏡の前で口紅だけは念入りに塗っていた。
特にお気に入りの色は『紅』と書いてあるもの。母はどちらかというと控えめな顔立ちだったのだが、その色を唇にのせたとたんぱっと華やかな印象に変わった。別人のように変身させてくれたから、特別な日にはいつもその紅色の口紅を塗っていた。私は、そんな母が大好きだった。



23才になったとき、私は家を飛びだした。些細なことから母と大喧嘩をし、そのまま実家に帰らなかった。数年後、この口紅と共に母が死んだという知らせが送られてきた。私は母に2度と会えなくなってしまった、と愕然とした。涙さえ出なかった。




今日は、母の命日。毎年この口紅を塗って1日を過ごす。母を思い出しながら。
残念ながら、私には似合わないのだが。

11/22/2025, 7:41:10 AM

その箱には『夢の断片』と書いてあった。
ぷらぷらと夕暮れの街を歩いていたら、みたことがない店に辿り着いた。入ってみると、どうやらコーヒー店らしい。いろいろな箱があちこちに飾ってある。コーヒーの香りがするから、たぶん、コーヒー。どこにもコーヒーの文字はなかったのだけど。好奇心に駆られ、ボクは気になった箱をひとつ選び、お代を料金箱に入れた。店員はいない店だった。今思えば、奇妙なことばかりだったな。


『夢の断片』と書かれたそのコーヒーは、開けるとジグソーパズルのピースの形をしていた。飲み終えると眠くなり、必ず不思議な夢をみる。その夢が誰かの夢だ、ということに気づいたのは昨日。毎日1杯ずつ楽しんできた。今日でコーヒーも終わり。
最後の1ピースはどんな夢だろう。


11/21/2025, 1:26:05 AM

最果ての地。ここに着いてから、まだ誰とも会っていない。
荷物ひとつで砂漠の中をとにかく歩き回ったボクは、もうダメかもしれない、と諦めそうになったとき、遠くにこの地を見つけた。どうにか辿り着きたくて、もつれる足を叩きながら、必死で歩いた。気がついたらボクはベッドで眠っていた。窓から射し込む太陽の光が眩しい。テーブルには食事が置かれていた。パンとシチュー。まだ、あたたかい。空腹だったボクは夢中でそれらを胃に流し込み、ひと息ついた。


さて。


ここはどこだ?
これは誰の家だ?
そもそも誰がボクをここに運んでくれたんだ?食事も、誰が?



疑問が次々と浮かぶが、とにかく今は安全な場所にいられることの安堵した。ボクは逃げてきたからだ。いろいろなものから。ボクを逃がしてくれた人々はみな、きっともう生きてはいないだろう。



ドアを開け、外に出てみる。
人はいないが、寂しい感じはしない。不思議と安心する場所だった。噴水のわきに看板があった。『最果ての地』と書いてある。遠くまで来てしまったんだな、ボクは。



大きくなったら、科学者になる。幼いボクはそう決めていた。父のように立派な科学者になることを夢みていた。なれると信じていた。母のように料理が上手くて優しい妻と可愛い子どもたちがいる、ありきたりだけど、そんな未来をみていた。
しかし、全く違う未来がいまここにある。目の前には誰もいない。知らない場所にひとり立っているボクがいる。正直お先真っ暗だ。住めそうな建物や水がある、それは大きな救いではあったが。


未来は思い描くことはできるが、思い通りに行くわけではなかった。でも、可能性を信じたい。これから誰かに会えるかもしれない。誰かがボクのようにやってくるかもしれない。人はいないが、何かがこの最果ての地を守っているのは確かだ。それらと共存していけるかもしれない。世の中、決まったことは何もないのかもしれない。だから、ボクができることからひとつひとつ始めてみる。焦らずゆっくり進んでみよう。見えない未来をボクが今から作るることができるかもしれないから。

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