ね。

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大きなバラの花がついた黒いポーチには、色とりどりの口紅が入っていた。ほとんどメイクをしない母だったが、なぜか口紅だけは凝っていて、毎日欠かさず鏡の前で口紅だけは念入りに塗っていた。
特にお気に入りの色は『紅』と書いてあるもの。母はどちらかというと控えめな顔立ちだったのだが、その色を唇にのせたとたんぱっと華やかな印象に変わった。別人のように変身させてくれたから、特別な日にはいつもその紅色の口紅を塗っていた。私は、そんな母が大好きだった。



23才になったとき、私は家を飛びだした。些細なことから母と大喧嘩をし、そのまま実家に帰らなかった。数年後、この口紅と共に母が死んだという知らせが送られてきた。私は母に2度と会えなくなってしまった、と愕然とした。涙さえ出なかった。




今日は、母の命日。毎年この口紅を塗って1日を過ごす。母を思い出しながら。
残念ながら、私には似合わないのだが。

11/22/2025, 10:46:52 PM