《終わらない物語》
「終わらない物語ってあんのかなあ」
とある冬の日の夜。俺、齋藤春輝はこたつでみかんを剥きながらふと呟く。
「…………は?」
すると向いで生徒会の資料を睨みつけていた双子の弟、蒼戒がたっぷり間を開けて怪訝そうな声を出す。
ちなみに蒼戒、この時期は寒いからこたつで何かしらの作業をしていることがよくあって、俺はその向いが空いてるからこうやってみかんを食べたり作業を眺めたり。ただしこたつの魔力に当てられて寝落ちしてるのも多々ある。それがまたかわいい。それを眺める俺は我ながら生粋の弟バカ。
「いやだってね、例えばこの前お前が読んでた本。なんだっけ、ホームズだっけ」
「ホームズじゃなくてルパンだ」
「え、嘘。探偵もの読んでなかった?」
「じゃああれか、ルパンの前に読んでたポアロか」
「あー、多分それ。って論点はそこじゃねーんだ! ポアロもホームズもルパンもいつかは終わりが来るわけだろ? だから終わらない物語って存在するのかなー、って」
「…………現在進行形で書かれてる物語なら」
「それだと結局いつかは終わりが来るわけじゃんか」
「…………ネバーエンディングストーリー……?」
「それは確かはてしない物語じゃん」
「まあそうだが直訳すると終わらない物語になる」
「言われてみれば。ってそうじゃなくて! その話だっていつかは終わるじゃん」
「まあそうだが。終わらない物語なんて存在しないと思うぞ」
「そう?」
「たとえば、『シンデレラ』。あれはシンデレラが王子と結婚して、ハッピーエンド。『桃太郎』は桃太郎が鬼を討伐してハッピーエンド。終わりがあるから今日まで読み継がれてきたんじゃないのか?」
「え、なんで?」
「たとえば今あげた童話を3歳くらいの子供に読み聞かせるとする。すると終わりがなかったら子供は途中で飽きてしまうだろう。そうすると子供が飽きたところから先は子供は知らない。読み聞かせていた人が次の世代に伝えられないから、その物語は途中で廃れてしまう」
「あー、なるほど、なんとなくわかった」
難しい理屈だが俺はなんとなく理解する。これはニュアンスだけわかればオッケーだろうし。
「というわけですべての物語には終わりがある。人生にだってな。終わりがあるから輝くんだろうよ」
「……うーん」
我ながら難しい問題を出してしまった。ちょっと反省。
「まだ何か不服なのか? 不老不死の人生なんて途中で知り合いなんぞみんな死んでしまってつまらなくなるだろうが」
「いや別にそこ突っ込んでねーよ」
「そうか? ……よし、お前はもう寝ろ」
「え?」
「お前がそんなこと言い出すなんて絶対どうかしてる。よって早く寝ろ」
「……はあ」
「わかったらさっさと動け。戸締りとかも俺がやっておくから」
「いやいやいやいや、俺やるよ!」
「駄目だ。お前絶対どうかしてる。悪いことは言わないから早く寝ろ」
「どうかしてるってお前さあ……、言いたいことはわかるけど言い方よ」
十中八九疲れてるって言いたいんだろうけど。
「言いたいことがわかれば充分。というわけで早く寝ろ」
「……蒼戒も一緒に寝るんだったら寝る」
「子供か。俺はもう少し作業してから寝る」
「ちぇー」
「ちぇー、じゃない。いいから早く寝ろ」
「あーはいはいわかりましたー。お前も早く寝ろよ」
蒼戒が早く寝ろと俺を追い立てるので俺は観念して寝ることにする。
「作業の終わり具合によるが早く寝れるよう努力はする」
「マジで努力しろよ! つーことでおやすみ。戸締りよろしく」
「わかってる。おやすみ」
「よろしくなー」
というわけで俺は結構早い時間から布団に潜り込む。そのあとすぐ眠っちゃったけど。ちなみに深夜3時に目が覚めた時(昔は蒼戒が魘されてることが多かったから、悪夢から叩き起こしてやるために深夜に起きてしまうクセがある)、蒼戒はまだこたつで作業をしていて、俺は早く寝ろよーと言いながらお茶を入れてあげた。
(おわり)
2025.1.25《終わらない物語》
《やさしい嘘》
「怪盗ブレインの予告時間まで、残り1分を切りました! 現場は大盛り! さあ、カウントダウンが始まりました!」
怪盗ブレインの予告時刻の1分前。
普段は至って普通のJKをしている私には、怪盗ブレインというもうひとつの顔がある。
怪盗ブレインは今世間を騒がせる大怪盗。私は高一の春、母の後を継いで二代目ブレインとなった。
「さあ来い! 怪盗ブレイン!!」
警備陣の中、私の親友、なつこと中川夏実が言う。その隣には同じクラスの紅野くんもいる。その2人は訳あって警察の協力をしている。つまり、警察側。私の、怪盗の“敵”。
私は親友だって騙して、盗みをする。
それが私の、運命だから。
『5、4、3、2、1、ゼロ!!』
ボフッ。
場の緊張感に似合わない、のどかな音がして周囲が煙に包まれる。私が煙玉を投げたのだ。
ゆっくりと煙が晴れていく。段々と、私の姿が露わになる。
「来たわね、怪盗ブレイン!!」
なつが言う。
「ええ。今日も獲物はいただくわ!」
私は怪盗ブレインの衣装を纏い、怪盗ブレインとして答える。
なつ、貴方が私の正体を知ったら、なつはどうする?
私を捕まえる? 怒る? それとも、見逃してくれる?
見逃してくれなんて言わない。許してくれなんて言えない。
でもきっとなつは私の正体に気づいたら迷うよね。信じられない、って思うよね。
だからね、なつ。私は貴方に正体をバレるわけにはいかないの。私は貴方に悩んでほしくなんかない。
なつには、無邪気に笑っていてほしいのよ。
だから私は今日も、嘘をつく。
これが私の、人生最大の《やさしい嘘》だ。
(終わり)
2025.1.24.《やさしい嘘》
《瞳をとじて》
「ねーねー明里ー、ちょっと目、閉じてみてくれる?」
「え?」
ある日のお昼休み。私、熊山明里が親友のなつこと中川夏実とお弁当を食べていると、なつがふと思い出したように言った。
「だから目だよ目! 閉じてみて!」
「はいはい」
私はそう言って母譲りの空色の瞳を閉じる。
「そしたら最初に思いついたことは?」
「え、最初に思いついたこと? うーんと……あっ! 醤油買わなきゃ!」
「そこかいっ!」
私が答えた瞬間、なつのツッコミが入る。
「あと洗濯洗剤も買わなきゃ」
「うん、買い物リストはもういいから。じゃあ目を閉じて最初に思いついた人は?」
「ひとぉ? うーんと……、露店のおっちゃん」
私は私の家の近所でたこ焼きの露店を開いているおっちゃん、通称露店のおっちゃんを思い浮かべる。前に道端でバッタリ会った時「近いうちにたこ焼き買いにおいでー」って言ってたんだよね。
「露店のおっちゃん?! これ目を閉じて最初に思いついた人が好きな人、って心理テストらしいんだけど絶対間違ってるよね?!」
「心理テスト?! いやいやいやいや絶対間違ってるって! だって露店のおっちゃんが出てきたのは近いうちにたこ焼き買いに来いって言われてたの思い出しただけだし!」
「だよねだよね! 明里の好きな人は蒼戒だもんね!!」
「ちょっとなつ?! あんたいきなり何を言い出すの?!!」
当の蒼戒はちょうど教室にいなかったからいいが、いきなり何を言い出すのやら。
「だーって事実じゃん!」
「なわけあるかぁ!」
「隠したって無駄無駄〜! みんな知ってるもん!」
「それは絶対有り得ない!!」
「まあ最低でもあたしと紅野くんとハルは知ってる」
「知ってるって……事実無根なこと言われましても……」
「明里はさっさと自覚した方がいいよ〜。蒼戒結構人気者だし」
「はあ?」
「変な虫がつく前にちゃんと捕まえとかなきゃね」
「はあ……?」
私はなつの言葉に生返事をして、お弁当に入っていた卵焼きをパクリと食べた。
(おわり)
※実際には作中の心理テストは(多分)ありません
2025.1.24《瞳をとじて》
《あなたへの贈り物》
「うーむ、一体どうしたものか……」
「失礼しまーす、……ってあれ、珍しいこともあるもんですねぇ」
ある日の放課後、僕、紅野龍希が部活をしようと格技室に入ると、珍しいことに同じクラスで主将の蒼戒くんが素振りもせず何やら考え込んでいた。まあ彼は主将でありながら生徒会男子副会長でもあるし何かと悩みが尽きないんだろうな……。
「ん、ああ紅野か」
邪魔しないようにそそくさと更衣室に退散しようと思ったら蒼戒くんに気付かれてしまった。
「あ、蒼戒くん……、すみません、邪魔しましたね」
「いや別に。それより早く着替えてこい。さっさと始めるぞ」
「あ、はいわかりましたー」
そう言って着替えに行こうとすると、ちょうど更衣室から誰か出てきた。
「あれ齋藤ー、お前まだ考え事してたの? というか何を考え込んでるの?」
隣のクラスで副主将の東堂くんだ。結構ノリがいい性格だが、さっぱりしているため蒼戒くんとも仲がいい。
「東堂か。お前いつからいた?」
「結構前から。一応声はかけたんだよ? ちなみにお前がなんか言ってるのも聞こえてた」
「東堂、お前のこれからの身の振り方次第では今すぐ叩き斬る」
「おー怖いねー、さすが主将」
「斬られたいのか?」
「いやいやそんな滅相もない。でもうちの鬼主将が彼女へのプレゼントで悩んでるとは泣けてくるねー」
「東堂お前やっぱり今すぐ斬る」
「あ、なるほどなるほど。もうすぐ熊山さんの誕生日ですもんねー」
蒼戒くんが同じクラスで空手部主将の熊山明里さんと付き合い始めたという噂は記憶に新しい。本当かどんかは怪しいが、ハルたちいわくどうやら本当らしい。
「紅野、お前も斬られるか?」
「ひえー、す、すみません……」
軽く脅されて僕は口をつぐむ。
「とはいえまだ決まってないんでしょ? いっそのこと直接本人に聞いてみたら?」
さっきまで本気で斬られかけてたのにケロッとした顔で言う東堂くん。やっぱこの人図太いな……。
「いやしかし……って東堂お前!!」
蒼戒くんは何やら顔を真っ赤にして竹刀を持ち、東堂くんに斬りかかる。いやー、蒼戒くんの赤面とは珍しいものを見た。
「あははっ、せっかくだから2人でどっか行ってきたらー?」
一方蒼戒くんの竹刀をひらりと避けて笑う東堂くん。
「うるさいぞ東堂!」
「いーじゃんいーじゃん。ちなみに俺は最近できたプラネタリウムがおすすめ」
「黙れ東堂! 紅野はさっさと着替えて来い! 今日一年は来ないしさっさと始めるぞ!」
「あ、はーい」
僕はそう言って素直に着替えに行く。
それにしても蒼戒くん、熊山さんのこと大好きなんだな……。素振りも忘れて考え込んでしまうくらいには。
ちなみに僕が袴に着替えている間にも蒼戒くんと東堂くんの言い合いは続き、最終的に防具をつけた本気モードになっていた。
結局蒼戒くんが熊山さんに何をプレゼントしたのかは、本人たちしか知らない。
(おわり)
※明里×蒼戒 未来if
2025.1.22《あなたへの贈り物》
《羅針盤》
「なあ紅野、羅針盤ってどんなイメージがある?」
「羅針盤、ですか?」
ある平日の帰り道、僕、紅野龍希は同じクラスで親友のハルこと齋藤春輝の質問をおうむ返しした。
「そう。今度放送委員会と演劇部が協力してちょっとしたラジオドラマ的なのを企画するんだけど、なぁーぜかテーマが羅針盤なわけね」
ハルはこれでも放送委員会をしている。ちなみに副委員長は同じクラスの熊山明里さん。この2人は小学生の頃から放送委員をやっていたらしく、放送スキルがとんでもなく高い。
「何をどうやったらテーマが羅針盤になるんですか……」
「俺が知りたい。明里いわく、顧問の岩下が突然現れて、ちょうど方位磁針を持ってたから、だって」
放送委員会の顧問は岩下先生。化学と地学の担当教師のはずだから、方位磁針を持っていることには納得できなくもないけど。
「何も思いつかなかったから適当に言った、ってことであってます?」
「やっぱそうなるよなー。ってわけで羅針盤ってどんなイメージ? 演劇部の連中にちったあ脚本のアイディア出せやって言われてて」
「うーん……、海賊、ですかね」
なんか羅針盤って某ハリウッド映画の海賊が持ってるイメージがあるんだよな……。
「やっぱり? 誰に聞いてもこれしか出てこなくてよ〜」
「テーマ変えた方がいいんじゃないですか?」
「だよなー……あっ! 昔岩下が放送室をジャックするって話あったよな! 海賊よろしくあれやらせよう! 客船をジャックする海賊岩下。うん、いける! サンキュー紅野! 俺明里に話つけてくる!」
ハルは何か思いついたのか、学校にダッシュで戻っていく。というか口走ってたことが大分すごいことだったような……?
「あ、ちょっ、ハル?!」
まあこうなったら彼は止まらないので、放っておこう。
というわけで僕はさっさと思考を放棄し、家路についたのだった。
ちなみにこのあと、この案はやっぱり強引すぎたそうで、そもそものテーマが変更になったそう。
(終わり)
2025.1.21《羅針盤》