谷間のクマ

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《羅針盤》

「なあ紅野、羅針盤ってどんなイメージがある?」
「羅針盤、ですか?」
 ある平日の帰り道、僕、紅野龍希は同じクラスで親友のハルこと齋藤春輝の質問をおうむ返しした。
「そう。今度放送委員会と演劇部が協力してちょっとしたラジオドラマ的なのを企画するんだけど、なぁーぜかテーマが羅針盤なわけね」
 ハルはこれでも放送委員会をしている。ちなみに副委員長は同じクラスの熊山明里さん。この2人は小学生の頃から放送委員をやっていたらしく、放送スキルがとんでもなく高い。
「何をどうやったらテーマが羅針盤になるんですか……」
「俺が知りたい。明里いわく、顧問の岩下が突然現れて、ちょうど方位磁針を持ってたから、だって」
 放送委員会の顧問は岩下先生。化学と地学の担当教師のはずだから、方位磁針を持っていることには納得できなくもないけど。
「何も思いつかなかったから適当に言った、ってことであってます?」
「やっぱそうなるよなー。ってわけで羅針盤ってどんなイメージ? 演劇部の連中にちったあ脚本のアイディア出せやって言われてて」
「うーん……、海賊、ですかね」
 なんか羅針盤って某ハリウッド映画の海賊が持ってるイメージがあるんだよな……。
「やっぱり? 誰に聞いてもこれしか出てこなくてよ〜」
「テーマ変えた方がいいんじゃないですか?」
「だよなー……あっ! 昔岩下が放送室をジャックするって話あったよな! 海賊よろしくあれやらせよう! 客船をジャックする海賊岩下。うん、いける! サンキュー紅野! 俺明里に話つけてくる!」
 ハルは何か思いついたのか、学校にダッシュで戻っていく。というか口走ってたことが大分すごいことだったような……?
「あ、ちょっ、ハル?!」
 まあこうなったら彼は止まらないので、放っておこう。
 というわけで僕はさっさと思考を放棄し、家路についたのだった。
 ちなみにこのあと、この案はやっぱり強引すぎたそうで、そもそものテーマが変更になったそう。
(終わり)

2025.1.21《羅針盤》

1/21/2025, 4:20:52 PM